News
NEWS
キラリinBLG

発見!キラリ 「BGMに心をかき乱されたときの話」

発見!キラリ 「BGMに心をかき乱されたときの話」
Tweet about this on TwitterShare on Google+Share on FacebookShare on TumblrPin on PinterestDigg thisEmail this to someonePrint this page

10月のテーマ:流れ
 

音楽は乱暴に分けると2種類ある。能動的に聴くものと背景で流すもの。安直にも長年そう思い込んでいたがつい最近、前者にも後者にも部類できない音楽に遭遇し、僕の心は激しく弄ばれた。
 

その日は字幕収録のため終日スタジオにこもっていた。終わった頃には19時を回っていたので近くで軽く食事をすませて直帰することにした。駅のほうへ向かう途中に新しいインド料理店の看板が目に入り、直感的に「うまそう!」と思い入店。だが客がほとんどいない。嫌な予感がする。これが失敗の始まり。店構えから予想していたコスト感が大きく裏切られたのだ。
 

まず驚愕したのはメニューの全ページに赤字で記載されている「チャージ」という文字。カレーの店でチャージ? 正気ですか? さらに細かく見ていくと、どのカレーも2000円近くする。しかも、ナンもライスも別売りで、これまた高額。求めていたのは安くて美味しいカレー。これなら駅前のチェーン店に行くんだった…。後悔しつつも、席まで案内されちゃったし、メニューを見始めちゃったことだし、今さら店を出るのもバツが悪い。取りあえずビールを頼もう。
 

ビールを待っていると、奥のほうからミュージシャンらしき二人の若い男女が現れた。店内に用意されていた椅子と譜面台に近寄り何やら準備をしている。団体客の予約が入っていたので、パーティーの余興ライブが予定されていたのだろう。これは楽しみだ。カレーでぼったくりされる分は回収したい。
 

ビールがきた。グラスが小さい。この店のコスパの悪さは徹底されている。まあいい。今からただでライブを観られるわけだし、気持ちを切り替えて楽しもう。ビールを喉に流し込む。味はうまい。
 

店内で流れていたインドの伝統音楽らしきBGMがゆっくりとフェードアウトし、早速ライブが始まった。まだ団体客が集まっていないがいいのかしら。女性のほうがボーカル、男性がギター担当。マイクを手にとると、女性が囁くような声で驚きの一言を口にした。
 

「こんばんは。あくまでもBGM代わりなので拍手は控えてください」…。
 

正気ですか?!
 
ホテルのラウンジでBGMとしてピアノを弾いている人は見たことあるが、ボーカルもいてBGMの演奏を専門とするユニットは初めてだ。一気に期待が急落しかけたが、演奏が始まるとこれが上手い。透き通るような癒し系のボーカルに、それを活かすべく決してでしゃばることのない程良いアコースティックギターのプレイ。ひとまずカレーへの落胆から救われた。
 

高すぎるバターチキンカレーと別売りのナンを注文し、ビールの喉ごしを堪能しながら音楽に聞き入っていると、あっという間に一曲目が終わった。素晴らしいパフォーマンスだ。思わず拍手しそうになったが、いけない、いけない。これはじれったい。酒が入っていることもあり、声援を送りたいが必死にこらえる。拍手の代わりに聞こえるのは厨房で調理している音と、数少ない客の静かな会話。二人は本当にこれでいいのか?
 

僕は学生時代にバンド活動をしていたので、この状況は理解し難い。人前で演奏する以上はたくさんの人に聴いてほしいし、当然のことながら拍手喝采を浴びたい。それなくして果たしてやり甲斐はあるのだろうか。当人たちには余計なお世話かもしれないがいろいろと気になってしまう。このライブのギャラはいくら? BGM専門で食っていけるのか?
 

曲と曲の間に譜面のページをめくる二人の表情はどことなく哀しそうに映った。高すぎるバターチキンカレーと別売りのナンを食べながら、彼らの心の中の会話を勝手に想像してしまう。
 

男:「今日もお客さん少ないね…」
女:「うん…」
男:「でも声の調子いいよ」
女:「ありがと…」
男:「…」
女:「…」
男:「がんばろうね」
女:「うん…」
 
 

曲が終わるごとに二人は「ありがとうございます」と“観客”に向かって律儀に会釈する。店内を見渡す限り他の客は何とも思っていない様子だが、僕はその光景を見るたびに心が痛んだ。
 

ところが、5曲目を終えたあたりで異変が。二人は立ち上がり、店員に案内されて近くのテーブル席についた。インターミッションか。向い合っている二人は満面の笑みでお互いを見つめ合い、演奏中の様子とは打って変わって楽しげに会話をしている。待つことなく彼らのもとに数種類のカレーとサイドが運ばれてきた。饒舌に会話を続けながら次々と料理を平らげていく。
 

おいおいおい…。普通にデートしているカップルじゃないか! ミュージシャンとしての彼らの生活のことまで心配していた僕がバカを見た。ギャラはともかくあの量の注文が無料(おそらくだが…)で食べられるなら十二分においしい仕事なのは間違いない。もしやカレー目当て?
 

音楽の中でもニッチなフィールドで必死に頑張る二人。高すぎるカレーに落胆していた僕を音楽の力で救ってくれた二人。そんな二人を心から応援したいと思っていた矢先になんだか裏切られた気がして残念でならない。でもそんなのは僕の一方的な気持ちで彼らにはなんの非はない。もしかしたら普段は稼ぎのいい会社で働く傍らに趣味でBGMのライブ演奏を楽しんでいるだけなのかもしれない。そういう生き方もあっていいだろう。ごめんなさい。
 

伝票に書かれた金額を見てまたもや絶望。もう帰ろう。
カレーとBGMと妄想により、ただただ心を弄ばれた一日だった。
 

—————————————————————————————–
Written by 相原 拓
—————————————————————————————–
 

[JVTA発] 発見!キラリ☆  10月のテーマ:流れ
日本映像翻訳アカデミーのスタッフが、月替わりのテーマをヒントに「キラリ☆と光るヒト・コト・モノ」について綴るリレー・コラム。修了生・受講生にたくさんのヒントや共感を提供しています。

Tweet about this on TwitterShare on Google+Share on FacebookShare on TumblrPin on PinterestDigg thisEmail this to someonePrint this page