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発見!キラリ〈最終回〉「さよならが別れの言葉じゃないならば」

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12月のテーマ:再会
 

そこそこの年数を生きてきた大人なら誰でも「あとになって気づく」経験なんてものは何度も繰り返してきていて、少々のインパクトでは動じない程度に耐性ができていたりするのでしょう。とはいえ、「その当時、気づくことができなかった」自分に密かに恥じ入りつつも、「そうだったの?!」と不意に訪れた鈍い驚きに向き合う素直さは、いつまでも忘れないでいたいものです。
 

例えば地元の友達と久方ぶりに会ったり、昔見た映画を見直したり、昔読んだ小説をふたたび手に取ったり、あるいはひょっとしたら随分前に自分が訳した原稿をふと読み返したり。そうやって私たちが日々繰り返す大小さまざまな「再会」の中で、「以前は見えなかったことに気づく」瞬間というのは、やはり何物にも代えがたい人生のスパイスといえるのではないでしょうか。
 

ちょっと前に読んだ村上春樹の『意味がなければスイングはない』に、ブルース・スプリングスティーンの章を見つけた時も、私にとっての、そんな「再会の驚き」の一つでした。
 

というか、びっくりしませんか? 村上春樹がブルース・スプリングスティーンって。私は勝手に、村上春樹はジャズとクラシックの人かと思ってました。もしくはビーチ・ボーイズとかドアーズとかのクラシック・ロックの人。確かにこれ、ひょっとしたら村上春樹のよき読者なら驚かないのかもしれないですけど。でも私が一番驚いたのは実はそのことではなく、村上春樹が「Hungry Heart」の歌詞とライブ・パフォーマンスにすごく驚いているということです。
 

“こんなとんでもなく暗い内容の、複雑な物語性をもった歌詞を(中略)合唱できてしまうという事実が、ここにある。まさに驚くべき事実だ” ――村上春樹『意味がなければスイングはない』(文藝春秋刊)より
 

ね、すごく驚いているでしょ、村上春樹。これが恐るべき慧眼でなくて何でしょう。そこから村上春樹はレイモンド・カーヴァーとの対比において、ブルース・スプリングスティーンの紡ぐ物語の深部へと分け入っていきます。ちなみに私、高校時代にブルース・スプリングスティーンが好きで村上春樹も聞いたという5枚組のライブ盤を愛聴し、さらには歌詞をこっそり自己流で訳して悦に入ったりしてましたが、村上春樹みたいに驚いたことはなかったです。こうして、私はブルース・スプリングスティーンに驚く村上春樹に驚かされ、久方ぶりに思い出した曲である「Hungry Heart」との再会、ブルース・スプリングスティーンとの再会は、私が「その当時、気づくことができなかった」ことを思い知らされた、苦い経験となったわけです。
 

にもかかわらず、やはりこの再会はすばらしかったというほかありません。それは本書中の村上春樹によるブルース・スプリングスティーンの訳詞がすばらしすぎるせいではなく(私が言うまでもないですが本当にすばらしい)、それが再会だからすばらしいという以外にないのです。
 

ということで最後に、村上春樹の名訳詞をもう1つ。
(I’d Like to Get You on a) Slow Boat to Chinaという“古い唄”の一節を。
 

中国行きの貨物船(スロウ・ボート)に
なんとかあなたを
乗せたいな、
船は貸しきり、二人きり……
 

「See you」も「再見」も「Au revoir」も「ではまた」も。いつも再会を匂わせながらさよならを言う私たちには、きっとまたもうじき、再会の驚きが訪れることは間違いなさそうです。
 

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Written by 石井清猛
 
ishii-san
映像翻訳チーフ・ディレクター、および本科講師を務める。英日・日英翻訳のディレクションや海外映画祭での特別上映、ワークショップの企画を手がける。青山学院大学総合文化政策学部「映像翻訳ラボ」ではショートショートフィルムフェスティバル、UNHCR難民映画祭での上映作品の字幕指導をサポート。

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[JVTA発] 発見!キラリ☆ 12月のテーマ:再会
日本映像翻訳アカデミーのスタッフが、月替わりのテーマをヒントに「キラリ☆ と光るヒト・コト・モノ」について綴るリレー・コラム。修了生・受講生にたくさんのヒントや共感を提供しています。

本コーナーは今回が最終回。今までご愛読いただき、ありがとうございました。また新たな形で“再会”しましょう! 

 
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