明けの明星が輝く空に 第201回:石ノ森章太郎を読み解く①/石ノ森章太郎:その技術と思想
突如、空から現れた怪人こうもり男が、仮面ライダーの腕をつかんで上空へと舞い上がる。かなりの高度に達したところで手を離し、ライダーは真っ逆さまに墜落していく。迫る地上の街並み。しかし、ライダーは鮮やかに身を翻して地上に降り立った。
これは、石ノ森章太郎作、漫画『仮面ライダー』の一場面だ。墜落し始めてから着地するまで、16コマかけてその様子がじっくり描かれる中、ライダーが膝を抱えてぐるぐる回転する1コマだけ、スローモーションに感じられる。そもそも絵が動かない漫画で、スローモーションとはどういうことか。その手法は、漫画の文法を逆手に取ったものだった。
漫画では通常、動いているものの周囲に効果線を描き入れたり、文字で擬音を入れたりして、動きを表現する。しかし、上記の1コマにはそれがない。その代わりに、ライダーの姿が連続写真のように重ねて描かれ、少しずつ動いていることが示される。さらに、このコマだけ黒のバックに白抜きの絵になっているため、ほかとは異なる時間が流れているように錯覚させられる。それらが相まって、あたかもスローモーションのように感じられるのだ。
この技法が、石ノ森氏のオリジナルかどうかはわからない。ただ、思想論からではなく、技術論から入って初めてわかる漫画の面白さがある、と語っていた石ノ森氏が、さまざまな表現方法を試みていたことは確かなようだ。
たとえば、見開きの1コマの使い方も効果的だ。『仮面ライダー』で特に目を引くのが、12人の仮面ライダーたちが揃って登場する1コマ。前触れもなく、突如姿を現した彼らは、主人公、本郷猛抹殺のため、悪の組織ショッカーが送り込んだ刺客だった。土砂降りの雨の中、彼らが無言で停めたバイクにまたがるこのカットは、雨の音もない完全に無音の状態だ。この時点で彼らの正体や目的は明らかにされていないのだが、一目で不穏なムードが伝わってくる。
『仮面ライダー』と同じく、実写版と並行する形で雑誌に連載された漫画、『人造人間キカイダー』にも、キャラクターの初登場に見開きページが使われている。夜、絵本を幼い弟に読み聞かせている姉の横で、窓の外が突然明るくなる。激しい雷鳴とともに、走る稲妻。ここでページをめくると、見開きいっぱいに走る電光とキカイダーの姿。そこは、キカイダーの生みの親、光明寺博士の研究室で、起動装置に電源を入れた場面だった。(2つの異なる場面を、同じようなモチーフでつなぐのは、映画ではマッチカットと呼ばれる手法。ここでは、「稲妻」→「研究室の放電現象」とつながる。)キカイダーは、顔だけで1コマの1/4の面積を占めるほど大きく描かれており、多くの読者にインパクトを与えただろう。
もちろん、漫画の技術論を重視していた石ノ森氏であっても、内容を疎かにしていたわけではない。そういった意味で、石ノ森氏の思想が垣間見える『人造人間キカイダー』は、読み応え十分だ。ピノキオがモチーフになったというキカイダー。人間になりたいと願い、最後は人間の心を手に入れたことで敵を倒す。それは、仲間だったロボットたちをだまし、破壊するという、悪の心だった。
キカイダーには、光明寺博士によって「良心回路」が組み込まれていた。しかし、それは不完全なものだった。それゆえ、敵ロボットであるゴールデンバットは、キカイダーのことを「最も人間に近い人造人間」と、皮肉を込めて呼ぶ。また、キカイダーの兄弟ロボットであるキカイダー01に至っては、「悪いことをするのは人間だけだ」と言い切る。石ノ森氏が言いたいのは、悪事を働くロボットたちも、それを操る人間がいるからで、人間の中から悪が生まれる、ということだ。ゴールデンバットもそれを理解しており、自分のことを「冷たい科学者の心が生み出した怪物」と呼ぶ。
人間=悪であるならば、人間が存在する限り、この世から悪は消えない。なんともシニカルなこの考えを、石ノ森氏は『サイボーグ009』ではっきりと読者に突きつける。「地下帝国ヨミ編」の最終盤で、敵組織、ブラック・ゴーストの首領が、009こと島村ジョーに告げるのだ。ブラック・ゴーストを殲滅するには、地球上の人類すべてを殺す必要があると…。
話をキカイダーに戻そう。実は、姉が弟に読み聞かせていたのは、ピノキオの絵本だった。そして、キカイダーが人間の心を手に入れ敵を倒したあと、「ピノキオは人間になりました メデタシ メデタシ」という絵本の言葉が示される。だがそれに続けて石ノ森氏は、果たして人間になったピノキオは幸せになれたのか、という疑問を読者に投げかけ、物語の幕を閉じる。
思想は文章でも表すことができる。だから、表現方法の異なる漫画の本質は、技術論にあるというのはその通りだろう。ただ、そこへ思想が加われば、作品の価値がより高まるのは間違いない。石ノ森作品は漫画といえども、大人が本棚に並べておいてもおかしくない。いや、むしろ、本棚の格を上げるとさえ言うことが可能なのではないだろうか。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】実は4月からラジオ講座でフランス語を勉強しています。続けられているのは、無理に覚えようとせず、気楽に構えているからでしょう。そうしてテキストに書き込んだりしていると楽しくて。そんな勉強法が、自分には合っているようです。身につくかどうかは…神のみぞ知る?
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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