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[JVTA発] 今週の1本☆inBLG

今週の1本 カズオ・イシグロ原作 『日の名残り』 『わたしを離さないで』

今週の1本 カズオ・イシグロ原作 『日の名残り』 『わたしを離さないで』
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10月のテーマ:気配

 
カズオ・イシグロ氏が小説『日の名残り』でブッカー賞を受賞した時から、いずれはノーベル文学賞を受賞するであろうという気配はあった。これまで数多くのハリウッドのイケメン俳優たちに会ってきた私が、トム・クルーズやジョニー・デップに会った時よりドキドキした著名人の一人がイシグロ氏だ。以前ロサンゼルスで行われたイベントで彼に会った時に、うれしさがにじみ出て、私はたぶんちょっとデレデレしていたのだろう。「この子は本当にファンなんだな」と思ってくれたのか、「何冊でもサインしてあげるよ」と優しく言ってもらって、さらに感激した。 ※トップの写真(右)は、カズオ・イシグロ氏からサインしてもらった『日の名残り』

 
ノーベル賞受賞後に、イシグロ氏の小説が原作の映画『日の名残り』と『わたしを離さないで』を改めて観てみた。静かに淡々とストーリーが進んでいく中で、残酷な現実が浮き彫りになり、両作品ともとても悲しい話なのだが、その救いのなさが怖かったりもする。

 
『日の名残り』(1993年)は、第二次世界大戦前後のイギリスを舞台に、威厳と誇りを持って長年貴族に忠実に仕えてきた有能な老執事、スティーブンス(アンソニー・ホプキンス)が、その広大な屋敷を買い取ったアメリカ人の新しい主人ルイス(クリストファー・リーヴ)に勧められて休暇を取り、主人が貸してくれた車で旅に出るところから始まる。20年ほど前に恋心を抱いていた女中頭のミス・ケントン(エマ・トンプソン)に会いにいく道中で過去を振り返り、自分の犯した取り返しのつかない過ちに気付いていく。この映画はアカデミー賞で主要部門を含む8部門でノミネートされた。ブレークする前のヒュー・グラントや、『ゲーム・オブ・スローンズ』のサーセイ役で有名なレナ・ヘディなども出演している。

 
イシグロ氏が製作総指揮を務めている『わたしを離さないで』(2010年)は、1978年から1994年のイギリスを舞台に、外界から隔絶された寄宿学校で「特別な存在」として管理されて育ち、現在は介護人として「提供者」の世話をするキャシー(キャリー・マリガン)の視点で語られるサイエンス・フィクションである。幼い頃から一緒に育った学友トミー(アンドリュー・ガーフィールド)やルース(キーラ・ナイトレイ)と過ごした過去を回想しながら、キャシー自身もまもなく「提供者」になるという残酷な宿命を、静かに威厳を持って受け入れていくという悲しい映画だ。(※イシグロ氏は、この「特別な存在」や「宿命」について、伏せておく必要はなく本の帯に書いたっていいことだと言っていたけれど、念のため、ここでは伏せておこう。私自身は、主人公たちが何者であるかやその宿命を知り、速攻で本を買って読んだので、この情報が書いてあるほうが、読者や視聴者が増えるのではないかと思っている。)製作総指揮・脚本のアレックス・ガーランドと、「提供者」の一人として出演しているドーナル・グリーソンは、後に『エクス・マキナ』(2015年)を一緒に作っている。

 
2_キャリー・マリガン
※『わたしを離さないで』でキャシーを演じたキャリー・マリガンには、映画『未来を花束にして』の試写会で会いました。本人もとてもすてきで優しい人でした。

 
3_アンドリュー・ガーフィールド
※『わたしを離さないで』でトミーを演じたアンドリュー・ガーフィールドには、映画『ハクソー・リッジ』や『沈黙‐サイレンス‐』などの試写会で何度か会いました。とっても優しかったです。

 

どちらの主人公も、使命感を持って自己犠牲や感情の抑制をしながら任務を全うしようとするが、果たしてそれは本当に意味のあることなのか、人には何が一番大切なのかを考えさせられる。イシグロ氏は、『日の名残り』について、「ハウ・ツー本だとすれば、これは”How to waste your life”だね」と言っていた。主人公スティーブンスは、私たちの多くが国家や会社、大義、上役などに仕える「執事」であることを表すメタファーであり、社会的にも倫理的にも、私たちはこの主人公と同じ状況に置かれている。自分たちは、何か意義のあることに貢献していると信じ、プライドを持って任務を遂行すべく努力しているけれど、往々にしてコンテクストを理解していないために、本当は何が重要かを見失い、気付いた時には手遅れになっている、と説明してくれた。映画の最後のシーンは、小説のそれとは異なるが、スティーブンスの置かれた状況が、なにげなく、でも視覚的に強烈に表現されていて、その意味が分かった時に「オーノォ~!」となってしまう。

 
『わたしを離さないで』の第一印象は、とても残酷で悲しくて救いのない、衝撃的なものだった。でもイシグロ氏は、「今までの作品の中で一番明るい小説だと思う。これまで自分は、人間の弱点や欠点、壊れた部分、悲哀などにフォーカスしていたが、この小説では、人間性に対してとても楽観的な視点を持って、人の良心を描いているから」と語ってくれた。「科学の進歩に伴う倫理性について警告や問題提起をしているという解釈をする人がいても構わないが、それは自分の意図ではない。主人公たちが置かれた状況は、私たちが置かれている状況だ。読者に考えてほしいのは、人は死すべき運命にあるから、その短い時間の中で、本当に大切なことは何かということだ」と言っていた。

 
「人生や機会はあっという間に通り過ぎてしまう。人生の中で重要な岐路はどこにあったのか、手遅れになるまで分からないことが多い。いろいろなものをやり過ごしているうちに、気付いたら人生は台無しになっている」という話を聞いて、またオーノォ~!と思った。が、その後に、イシグロ氏が本に「To Keiko」と書いてサインしてくれて、会話もでき写真も撮ってもらって、すっかり幸せになった私は、せっかく直接ご本人からうかがった大切なお話が頭から抜けて、彼の長編小説『忘れられた巨人』の主人公たちのように、忘却が幸せなのか不幸なのか分からなくなってしまった…。

 
ということで、両作品ともとっても感動的なので、ぜひ本と映画の両方でお楽しみください!

 

『日の名残り』
出演: アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン、ジェームズ・フォックス、クリストファー・リーヴ、ヒュー・グラント
監督: ジェームズ・アイヴォリー
製作: マイク・ニコルズ、イスマイル・マーチャント、ジョン・キャリー
製作総指揮: ポール・ブラッドリー
脚本: ルース・プラワー・ジャブヴァーラ
原作: カズオ・イシグロ

 
『わたしを離さないで』
出演: キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ、シャーロット・ランプリング、ドーナル・グリーソン
監督: マーク・ロマネク
製作総指揮: アレックス・ガーランド、カズオ・イシグロ、テッサ・ロス
脚本: アレックス・ガーランド
原作: カズオ・イシグロ

 

Written by 黒澤桂子

 

〔JVTA発] 今週の1本☆ 10月のテーマ:気配
当校のスタッフが、月替わりのテーマに合わせて選んだ映画やテレビ番組について思いのままに綴るリレー・コラム。最新作から歴史的名作、そしてマニアックなあの作品まで、映像作品ファンの心をやさしく刺激する評論や感想です。次に観る「1本」を探すヒントにどうぞ。

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