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【コラム】JUICE #4「“おじさん”という病」●丸山雄一郎

【コラム】JUICE #4「“おじさん”という病」●丸山雄一郎
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45歳を過ぎたあたりから体の不調が気になり始めた。病気というのではなく、階段や坂道を下るときにどこかギクシャクと脚を動かしている感が強くなり、下半身の筋力やしなやかさが失われつつあるとハッキリと感じるようになったのだ。代官山にある西郷山公園から中目黒までの急な坂道を下っているときに「いま転んだら丸ちゃんは寝たきりになっちゃうかもね」と当時付き合っていた彼女に冗談めかして言われたことも、それを意識するようになったきっかけだったが(笑)。
 

以来いつかは体を鍛えようと思いつつ口先ばかりになっていたのだが、一昨年の夏に長年の友人の結婚式に出席するために久しぶりに訪れたハワイが転機になった。朝から晩まで短パン、Tシャツ、水着にビーサンという超軽装でいたのと仕事のことを忘れていたせいか、東京にいるときよりも体に意識が向き、本気で鍛えようという覚悟ができた。帰国してすぐにパーソナルトレーナーを探し、スタジオで毎月2回指導を受け、自宅でほぼ毎日20分程度の自重トレーニング(マシンを使わず腕や腹筋を鍛えるトレーニング)を始めた。2カ月もしないうちに下半身の脂肪はみるみる落ち、食事制限は取り入れてなかったが体重も自然に減り始めていく。現在もトレーニングは続けているが体重はハワイのときと比べると8kg以上、体脂肪率も8%以上ダウンした。下半身のしなやかさを取り戻すにはまだまだハムストリングス(下半身後面の筋肉の総称)の鍛え方が足りないとトレーナーからは怒られるが、お腹も含め体全体が引き締まり、腰痛や肩こりといった僕くらいの年齢にありがちな不調は一切消え去った。
 

渡部篤郎、佐々木蔵之介、名倉潤…。同学年の「おじさん」が気になる
トレーニングのおかげで思った以上に体調がよくなり、気分よく日々の生活を送っていたのだが、そうなると今度は別のことが気になるようになってきた。同年代、いや同学年の「おじさん」たちの体型だ。禁煙した人間が「お前たちいつまでそんなもの吸ってんだ!」と上から目線で喫煙者に強く当たるのと同じことだろう。「お前たちはなぜ鍛えない? そんな体のままでいいのか?」とばかり通勤電車の中で同じ年くらいであろうおじさんを見つけてはお腹の出具合を観察し、家では「50歳 男性 平均体型」「1968年生まれ 有名人」を検索。「ガハハッ、普通のおじさんはこんなものかっ!」と一人ほくそえんでみたり、「芸能人ってスゲ~、みんな気を使っているな~」などと刺激を受けたりしていた(笑)。ちなみに僕と同じ1968年生まれで同学年の有名人は、俳優の渡部篤郎や佐々木蔵之介、内野聖陽、大沢たかお、アーティストなら葉加瀬太郎、お笑いの名倉潤などなどがいた。あと007のダニエル・クレイグも(笑)。
 

そんなことを気にしながら学生時代の友人たちと集まりあった際に彼らに「体形は気にしていないのか?」と聞いてみたが、「トレーニングする元気がない」「それどころじゃない」と申し訳なそうな口ぶりで話す。言うまでもなく、彼らだって体を動かしたほうが体にいいことは十分に理解している。でも健康よりも目の前の大きな問題や家族のことに気力や体力を使っていて、とても自分のことには構っていられないでいるだけだ。
 

50歳という年齢になると、仕事、結婚、家族、親、健康、(独身者は)恋愛に対していままでとは違う対応が求められたり、考えてもみなかったような問題に向き合わなくてはいけない場面がある。もちろんそれまでにも取り組んでいた“問い”だし、とっくにそんな問題と真正面から向かい合ってきたと言う人も多いだろう。でもそういう人であっても問題を解決していくのに今までよりも、もっとエネルギーが必要になったり、自分の年齢のせいで下手をすれば「解決できないかも?」という恐怖が頭をよぎることがあるはずだ。考えれば考えるほど大きな不安に襲われ暗い気持ちになってしまう時もある。そう考えると年を取っていくというのは「決して幸せなことじゃない」と今は思えてしまう。
 

「おじさん病」だからこそのこの「2冊」
そんな「老い」のことばかり考えていたからか(笑)、昨年読んだ本の中で印象に残った2冊がある。一つは『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)という小説。43歳の独身男である主人公が20代のときに付き合っていた彼女に間違えてフェイスブックの友達申請を送ってしまったことから始まる物語だ。こう書くと、昔の彼女と新たな関係が始まりそうだがそうはならない。いや、それどころかドラマティックな場面はほぼない。友達申請をきっかけに主人公は当時の彼女とのことや仕事、90年代に流行っていたスポットや曲を思い出し、現在とリンクさせながらそれを淡々と語っていくというだけの話だ。著者の燃え殻さんは小説家ではなく、プロの書き手でもない。本業はテレビの美術スタッフをされている方で、この小説も最初から書籍として発売されたわけではなく、ウェブメディアでの連載が話題を呼び、改めて加筆修正して書籍化されたものだ。プロの小説家の作品ではないから多少アラもあるし、編集者目線でいえばもっと完成度を上げられたなぁともったいなく思う部分もある。それでも、主人公の、というか著者の心の底にあるモヤモヤや後悔を素直な言葉で綴ったこの小説には読み手の心を揺り動かす(激しくはないけれど)優れた表現があるし、小説の舞台となる90年代に仕事や恋愛をしていた人ならきっと自分の思い出と向き合える時間をくれるはずだ。そういう僕もこの小説を読んで、忘れていた昔の恋愛や出来事をいくつも思い出した。未来のことを思い描くのはしんどい年齢だから、昔のいい思い出ばかりが浮かぶというほど「じいさん」ではないが、やっぱり「いま」だからこそ印象に残った物語と言えるかもしれない。
 

ボクたちはみんな大人になれなかった
 

もう一冊は、天才的な才能を持ったクラシックのギタリストである蒔野とフランスの通信社で働く有能なジャーナリストである洋子との長い恋模様を描いた平野啓一郎の『マチネの終わりに』だ。「愛する」ということの本質を教えてくれるストーリーも素晴らしいが、日本語表現力の講師としてこの小説で使われている表現は本当にすごいと断言できる。普段の講義の中で僕は「なるべくやさしい言葉を選べ」と教えているが、この小説には辞書を使わないと分からないような言葉がいくつも使われているし、平野節と言えるような独特の難解な表現もある。しかし、そういったある種スノッブさを差し引いても「美しい日本語とはこういうものなのか」と思わされる衝撃があり、本を読むという行為の喜びや醍醐味を味わわせてくれる。芥川賞を受賞した『日蝕』も含めて平野啓一郎の初期の作品は正直好みとは言えずどちらかと言えば敬遠してきた作家だったがこの一作ですっかりファンになり、昨年出版された『ある男』もすぐに購入した。
 

マチネの終わりに
 

『マチネの終わりに』が素晴らしい小説ということは間違いないが、実はここで紹介したのにはわけがある。主人公の蒔野は僕と同じ1968年生まれという設定なのだ(笑)。そしてもう一つ。この作品は映画化され今年の秋に公開が決まっている。蒔野を演じるのは福山雅治。彼は1969年生まれだが誕生日が2月なので僕と同じ学年なのだ! ちなみに洋子を演じるのは石田ゆり子。原作では洋子は蒔野の2つ年上という設定だが、石田ゆり子は1969年生まれだ。
 

「年を取っていくというのは決して幸せなことじゃない」と書いてしまったが、紹介したような小説を「いい」と思えたのはきっといまの年齢だからだし、人と出会い、その人と新たな関係を作っていけたときの喜びは、間違いなく僕にとって若い時以上の喜びだ。これからもJVTAでそんな出会いと喜びをたくさん味わっていきたい。そのためにもぜひ今月の27日から始まる日本語表現力強化コースにいらしてください(笑)。つまんないことに興味を持ったり、色々なことに思い悩んでしまう「“おじさん”という病」と闘いながら、皆さんの日本語力の向上に全力で闘っていく所存です!
 

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Written by 丸山雄一郎
 

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まるやま・ゆういちろう●日本語表現力強化コースの主任講師。学生時代からJVTA代表である新楽直樹に師事し、ライターとしてデビュー。小学館「DIME」「週刊ポスト」「週刊ビッグコミックスピリッツ」などでライター、編集として活動後、講談社「週刊現代」「FRIDAY」「セオリー」などで執筆。現在は、映像翻訳本科のほか企業の社内研修でも講師を務める。

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