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Tipping Point Returns Vol.18 「〇〇」は私の人生の一部である

Tipping Point Returns Vol.18 「〇〇」は私の人生の一部である
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リジー・ホーカーというアスリートがいる。
 

メディアによく登場するプロアスリートでもなく、オリパラ競技のメダリストでもないから、知る人は少ないはずだ。イギリス人女性であるホーカーが得意とする競技は「トレイルランニング」である。
トレイルランニングは、山々の道なき道を駆け抜けた走破タイムを争う競技だ。山の愛好家たちが絵画のような景色をバックに笑顔でジョギングを楽しんでいる姿を思い浮かべるかもしれないが、ホーカーの名を世に知らしめたレースはまったく違う。
 

「ウルトラ・トレイル・デュ・モンブラン(UTMB)」。フランス東部、アルプス登山の聖地として知られるシャモニーをスタートしてイタリアとスイスの国境を横切り、再びシャモニーへと帰る。その距離なんと155キロメートル。高低差の累積は8,500メートルというからエベレストの頂上まで登ってまた下りてくるようなものだ。命の危険を伴うことは想像に難くない。本来は海洋学者であり、2000年のロンドン・マラソンでは3時間40分という凡庸な記録に甘んじていた彼女が、それから5年後にUTMBで優勝を果たす。その後も4度のチャンピオンに輝き、他の主要なレースでも活躍を続けた。
 

今年、彼女が執筆した本の翻訳版が出版された。原題「RUNNER」、邦題『人生を走る ウルトラトレイル女王の哲学』。
 

とても不思議な本だ。書評家として言わせてもらえば「書評に選びたくない一冊」である。彼女の息遣いまでが聞こえてきそうな臨場感でレースを綴り、読者に伴走を求めるが、耐久レースのドキュメンタリーというわけではない。自身の人生や人となりを俯瞰し、分析する記述が多いが、「自伝」ではない。邦題には「哲学」とあるが、持論をこれ見よがしに披露するものでもなく、ましてや彼女自身が綴っているように「走り方のハウツー本でもなければ『私はこうした』とか『私のしたことはこうだった』とかを伝えるつもりもない」。
 

彼女はこう言う。「純粋に物語を語ることで、あなたがあなた自身の物語にもっと深く分け入り、機会をつかみ、その機会が自分をどこに導くかを見つめる勇気を持つ一助になれば幸いである」。その言葉通りの本だと思う。
 

「走ること」が自分という物語、つまり人生の大きな部分を占めている。だからこそ、走ること、特に超・長距離走に惹かれたわが身を見つめ直し、それを言葉にすれば、それは自らの人生を可視化する(物語にする)に等しい。私はそのように理解し、納得した。
 

「走ること」を人生の一部だと自覚するのに、競技会に出場したとか、そこで勝ったとか、ましてや名を馳せることなどまったく必要ない。それらはたまたまそうなっただけだ。ホーカーはこう嘆く。「子供の頃は誰もがもっていた感覚なのに、大人になると走らないか、単なるエクササイズになってしまう」。つまり、彼女にとって「走ること」はこの世で生を得た瞬間から自分の一部であり、超・長距離走に参戦したことや、そこで優勝したことは偶然そうなっただけに過ぎない。大事なのは自分の定義であり、それをなす舞台や他人の評価は問題ではないのだ。彼女はきっと、年老いてロンドンの公園の遊歩道を歩くように走る自分に対しても、モンブランの麓を駆け抜けるのと同じ充実感を抱くのだろう。
 

翻って私はどうか。これまでもこれからも「走ること」は私の人生の一部ではない。ホーカー自身も「走ろう」などとは呼びかけてはいない。私が問われているのは、彼女にとっての「走ること」のように、「〇〇は私の物語、つまり人生の一部である」と自覚しているものがあるかということだ。
 

皆さんはどうだろう。「〇〇」に入るのは成功した仕事とか、他人に褒められた行為とか、特別な特技とか、そういう現実的な視座から見えるものではない。きっと生まれた時から自分の中に灯っていた小さいが熱いともし火。決して消えない蒼い炎。誤解を恐れずに言えば、「身近な動物に愛情を注ぐこと」や「本から生き方を学ぶこと」などは「〇〇」になり得る。「〇〇」は一つである必要もない。
 

このコラムを読んでくださっている皆さんには、「英語も、日本語も、その他の言語も、『言葉を学ぶこと』は私の人生の一部である」と自覚し、その美しい物語を紡ぎ続けてほしい。同時に、言葉の探求に情熱と時間を注ぎ込んでいる自分自身を誇りに思ってほしい。
 

そんな皆さんを信じ、応援し続けることは私の人生の一部である――。
それがホーカーの問いに対する私の答えだ。そう謳い上げることに、過信も恥ずかしさもない。なぜならそう考えた時にだけ、失敗や後悔に満ちあふれたこれまでの人生にも幾ばくかの意味があったと思えるからだ。
 

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Tipping Point~My Favorite Movies~ by 新楽直樹(JVTAグループ代表)
学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。
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Tipping Point Returnsのバックナンバーはコチラ
https://www.jvta.net/blog/tipping-point/returns/
2002-2012年「Tipping Point」のバックナンバーの一部はコチラで読めます↓
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