これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第127回 “THE PITT”

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第127回“THE PITT”
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
原題:The Pitt
配信:U-NEXT
配信開始日:2025年1月10日~4月11日
話数:15(1話 41-61分)
予告編:『ザ・ピット / ピッツバーグ救急医療室』 本予告
“Noah Wyle is back on ER!”
Max(旧HBO Max)が制作しU-NEXTが配信する本作で、“ER”のノア・ワイリーが16年ぶりにERドクターとしてカムバックした。
“The Pitt”は現時点で本年度のベストドラマ、「ピッツバーグ救急医療室」の終わりなき戦いを圧倒的な臨場感で活写する、迫真のメディカルドラマなのだ!
※本稿ではドラマ名を“ER”、「救急医療室」をERと表記した。
“The hospital saves money keeping patients down here in the Pitt”
—ペンシルベニア州ピッツバーグ、7:00AM~10:00PM
マイケル・“ロビー”・ロビナヴィッチ(ノア・ワイリー)は、ピッツバーグ救急医療室(“Pittsburgh Trauma Medical Center -Emergency Department”)の責任者兼指導医(“chief attending”)だ。
ここには有能なスタッフが揃っているが、患者満足度は経営目標の36%に対してわずか8%。看護師とベッド不足で、患者が8時間(長いときは12時間!)も待合室に閉じ込められるからだ。
利益優先の経営陣に対して、ロビーにできることはほとんどない。若い医師のスキルを高め、新米を一刻も早く一人前に育て、チームとしてまとめ上げる。そして一人でも多くの患者を救うしかない。
ヘザー・コリンズ(トレイシー・イフェアチョア)とフランク・ラングドン(パトリック・ボール)は、ロビーが信頼する後期専攻医(“senior resident”)だ。コリンズは妊娠を隠して勤務している。
デイナ・エヴァンス(キャサリン・ラ・ナサ)はこの道ひと筋32年の主任看護師(“charge nurse”)。彼女なしでは秩序が保てず、ロビーは仕事ができない。
キャシー・マッケイ(フィオナ・ドゥーリフ)は、11歳の息子を持つ元アルコール依存症の研修医(“resident”)。同じ研修医のモハンは共感力が高すぎてわずかな患者しか捌けず、専攻医のキングは自閉症気味で人間関係に苦しみ、初年度研修医(“intern”)のサントス(イサ・ブリオネス)は自信過剰で利己的だ。
実習生(“MS: medical student”)の2人、農家の末っ子ウィテカーは優しい性格だが自信に欠け、才媛のジャバディは高名な外科医の母親からのプレッシャーに悩む。
キング、サントス、ウィテカー、ジャバディはこのERでの初日を迎える。
今日はロビーの恩師で前任者だったアダムソン医師の命日だ。アダムソンは新型コロナ(“COVID-19”)で命を落とした。
いつものように待合室は不満だらけの患者であふれ、さらに重傷者が次々と到着する。
ロビーにとって、とりわけ辛くて長い1日が始まった—
“Noah Wyle shines on ER again!”
ノア・ワイリーは国民的ヒットドラマ“ER”(1994-2009)で演じた若き医師ジョン・カーター役で大ブレーク、同役でゴールデングローブ賞に3回、エミー賞に5回ノミネートされた。Sci-Fiアクション“Falling Skies”、ファンタジー・アクション“The Librarians”もクリーンヒット。
製作総指揮と共同脚本も務めるワイリーは、タフでシニカル、飛び抜けて有能なロビーをジョン・カーターの二番煎じにせず、巧みに演じ分けた。本役で念願のエミー賞に輝くのではないか。
主任看護師デイナ役のキャサリン・ラ・ナサは、渋いウェスタン・クライムドラマ“Longmire”で演じた主人公の恋人リジー役が懐かしい。最近では、マーベルの“Daredevil: Born Again”で見かけた。タフで優しく地味な美人のデイナは、ドラマに温かみと安定感を与えている。
マッケイを演じたフィオナ・ドゥーリフは、映画『チャッキー・シリーズ』および“Chucky”(本ブログ第118回参照)のニカ役が怖かった。苦労人の研修医役にぴったりだ。
インターンのサントスを演じたイサ・ブリオネスは、“Star Trek: Picard”でアンドロイドを含む4役をこなした。歌手でミュージカル・アクターでもあり、野心家のサントスを憎々しく演じている。
コリンズ医師役のトレイシー・イフェアチョア、ラングドン医師役のパトリック・ボール、さらに研修医・実習生を演じるアクターたちは、知名度こそ低いが演技に説得力がある。アメリカン・ドラマの奥深さを支えるのは、アクターたちの裾野の広さ、層の厚さなのだ。
“ER” + “24” = “The Best Medical Drama on TV ever!”
ショーランナー(兼共同脚本)のR・スコット・ゲミルは、”JAG”(NCISのスピンオフ元)、“ER”、“NCIS: Los Angeles”、“The Unit”などを手掛けた掛け値なしのヒットメーカーだ。
ゲミルが舞台に選んだピッツバーグは、「鉄鋼業が衰退した過去の都市」というイメージが強い。だが現在は全米でも有数のテック企業が集まっており、医療分野でもトップクラスだ。
(タイトルの“The Pitt”は、ピッツバーグと、ERを表すスラング“the pit”に掛けている。)
本作は15時間1シフトを1話1時間(全15話)でリアルタイムに描く。この“24”スタイルが極めて効果的で、ERが持つカオス感、スピード感、緊張感と絶妙にマッチし、圧倒的な臨場感を生み出した。
キャラクターたちの病院外での私生活は一切描かれない。ロマンスはもちろん、最近のドラマにありがちな過剰に感傷的な家族愛もない。視聴者は登場人物同士またはスマホでのさりげない会話から、彼らの人生を垣間見る。思い切ってぜい肉をそぎ落としたこの潔さは小気味いい。医療ドラマ史上最大のヒット作となったソープオペラ“Grey’s Anatomy”とは対極の作風だ。
医師たちは治療を通して患者の人生に触れ、無意識に自分の人生に投影する。共感なしでは成長できないが、適度な距離感を保たないと疲弊して精神が崩壊してしまう。
また医者、看護師、患者、患者の家族の葛藤を通して、病院経営者の人命軽視、貧困格差、依存症、フェンタニルの恐怖、患者の暴力、介護の限界、DV、未成年の妊娠といったアメリカ医療業界の闇が抉り出される。
冷徹な視点とリアリティ重視のストーリーには微塵の妥協もなく、視聴者に衝撃を与え、考えさせ、見え隠れする希望を与える。中でも、銃乱射事件によって112人の犠牲者が搬送される3話連続エピソードは必見で、鳥肌が立つ面白さだ。
クリフハンガーを使わず、余韻を残す穏やかなシーズンフィナーレも心に残る。
あくまでシーズン1だけの評価だが、完成度の高さは群を抜いていて、レベル的にはこのジャンルの頂点に達したドラマといえるだろう。
シーズン2の制作も決まった。“The Pitt”は、ERの医師と看護師たちの終わりなき戦いを活写する迫真のメディカルドラマなのだ!
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。