これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第129回 “Matlock”

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第129回“Matlock”
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
予告編:予告編:『マトロック』 本予告
名優キャシー・ベイツの最新作は渾身のヒューマン・リーガルドラマ!
先月77歳になったキャシー・ベイツの最新作は、往年の同名ドラマのユニークなリブート。
“Matlock”は民放大手のCBSが制作しParamount+が配信する、優しくてスリリングでウィットに富んだヒューマン・リーガルドラマなのだ!
“I’m Madeline Matlock, I’m a lawyer like the old TV show!”
―マンハッタン、ニューヨーク市
おたおたした様子の老婦人が、5番街の法律事務所ジェイコブソン・ムーアの正面入口へ入っていく。彼女は従業員の助けを借りてゲートを通過すると、エレベーターで21階まで上がった。一転して、わが物顔でミーティングルームへ入る。打ち合わせ中だった幹部たちは、珍客の登場にあっけにとられている。
マデリン・“マティ”・マトロックと名乗るその女性(キャシー・ベイツ)は75歳で、30年以上前に引退した弁護士だった。一人娘を失い、浮気性の夫はギャンブルの借金を残して死んだ。マティは12歳の孫と安アパートで暮らし、借金を返すために仕事が必要だ。高額のサラリーを払うこの名門法律事務所の採用面接に応募したが無視されたので、直接出向いてきたという。
鼻で笑う精鋭の弁護士たちを尻目に、マティはマネージングパートナーのハワード・マークストン(ボー・ブリッジス)に驚くべき情報を提供する。ジェイコブソン・ムーアが訴訟中の大手医薬品会社が、和解金の上限を2300万ドルに設定したというのだ。ハワードたちは、落としどころを1900万ドルと踏んでいた。
一瞬で4百万ドルの収益をもたらしたマティは、見習いアソシエイトとして雇われた。気性の激しいジュニアパートナーのオリンピア(スカイ・P・マーシャル)が、抵抗虚しくこのお婆さん弁護士のお守り役に指名された。2人のアソシエイト、陽気で人柄のいいビリー(デヴィッド・デル・リオ)と冷たい野心家のサラ(リア・ルイス)が、チーム・オリンピアのメンバーだ。
マティの初仕事は、冤罪で26年間投獄されていた男の賠償交渉だった。運よく彼女の経験と機転によって、事務所はNY市から巨額の賠償金を勝ち取った。
だが、実はマティの本名はマトロックではない。
彼女は郊外の大邸宅に住む資産家だ。
そして、自らに課した困難なミッションがあった。
“Kathy, the show must go on!”
キャシー・ベイツのレジュメは恐ろしく長いが、代表作はスティーヴン・キング原作の『ミザリー』(1990)だろう。彼女はジェームズ・カーンを極限まで拷問して世界中の男を戦慄させただけでは物足りず、同作でアカデミー賞&ゴールデングローブ賞の主演女優賞までさらってしまった。その後もゴールデングローブ賞を1回、エミー賞を2回受賞している。
本作では、円熟の演技と圧倒的な存在感でマティに命を吹き込み、ベイツの俳優人生の集大成となった。引退の噂もあったが、本役でもゴールデングローブ賞にノミネートされ、シーズン2の制作も決まった。もうしばらくマティを演じ続けてくれそうだ。
オリンピア役のスカイ・P・マーシャルは、ちょっと残念な医療ドラマ“Good Sam”で準主役の医師レックスを演じていた。過去の作品リストを眺める限り、本役で初めて出演作に恵まれたのでないか。
ビリー役のデヴィッド・デル・リオとサラ役のリア・ルイスは、黒子に徹してベイツを引き立てながらも、自己PRもできている。
ハワード・マークストンを演じたボー・ブリッジスは、ミシェル・ファイファー&弟のジェフと共演した『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(1989)が懐かしい。本作では、ベイツが浮かないように大物アクターとして作品のバランスを保っている。
お気に入りのスナックのようにクセになる!
ショーランナー(兼共同脚本)のジェニー・スナイダー・アーマンは、5シーズン続いたThe CWの大ヒットコメディ“Jane the Virgin”の生みの親だ。
オリジナル版は、アンディ・グリフィス主演で´86年から9シーズン続いたNBC/ABC制作の正統派リーガルドラマ。ただし本作は、“The Equalizer”や“Kung Fu”のように、主役を女性に置き換えて今風に焼き直したリブートではない。マティは「マトロック」という偽名を、娘の好きだったテレビドラマから思いついただけ。つまり、オリジナルをリスペクトしながらも、彼女の職業が弁護士という点を除けば共通点はない。こんなリブート、聞いたことがない。
生き馬の目を抜くNYの訴訟社会では、幹部以外の高齢弁護士は数少なく軽視される。それがマティにとって最大の武器となる。
彼女は時代遅れで頼りなく見えるが、訴訟をこなすにつれて全盛時代の鋭さを取り戻していく。だが当時のように非情になり切れない。マティは年齢を重ねたことで、ときとして事務所の勝利至上主義に反感を覚え、感情に流されて敵方に同情してしまう。このキャラクターアーク(人物の成長・変化の軌跡)が彼女の魅力を一層際立たせている。
法廷戦略はオリンピアが立案する。情弱なマティを調査能力にたけたサラがフォローし、ビリーがチームの緩衝材となる。4人の間には次第に信頼と絆が育まれ、チーム・オリンピアは強固になっていく。
本作は、基本的には民放の王道である1話完結の勧善懲悪型法廷ドラマだ。とにかくパイロット(第1話)の冒頭6分間が秀逸の出来で、視聴者の心をつかんで離さない。
そして、後半になるとマティの極秘ミッションはサイドストーリーからメインストーリーへと転換し、二転三転しながら加速度的に緊迫感が高まる。
各エピソードは程よいツイスト、適度なヒューマンタッチ、絶妙のユーモアがブレンドされていて、お気に入りのスナックのようにクセになる。
“Matlock”は優しくてスリリングでウィットに富んだヒューマン・リーガルドラマなのだ!
原題:Matlock
配信:Paramount+(Amazon Prime、WOWOWオンデマンド、J:COM STREAM経由)
配信開始日:2025年4月18日~6月20日
話数:19(1話 41-43分)
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。