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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第133回 “BOOTS”(『オレたちブーツ』)

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第133回 “BOOTS”(『オレたちブーツ』)
“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi 

第133回“BOOTS”(『オレたちブーツ』)
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。

今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
 
予告編:『オレたちブーツ』 本予告

 
おかしくて悲しくて感動的なミリタリー・ドラメディ!
始めに、米国軍隊の同性愛者に関する入隊規定の変遷をおさらいしておく:
1)1993年まで同性愛者の入隊は禁止。
2)1994年2月に施行されたいわゆるDADT政策(“Don’t Ask, Don’t Tell Policy”)により、性的指向を公言しないことを条件に入隊が認められた。ただし同性愛者であることが発覚したら即時除隊。
3)2011年9月20日から正式に同性愛者の受け入れ開始。
 
“Boots”はNetflixの隠し玉で今年の大穴。’90年代にゲイの18歳が海兵隊のブートキャンプでのたうち回る、おかしくて悲しくて感動的なミリタリー・ドラメディなのだ!
 
“WHERE IT ALL BEGINS”
—1990年、ルイジアナ州ニューオーリンズ
キャメロン・コープ(マイルズ・ハイザー)は18歳、高校を卒業したばかりだ。彼は家庭ではシングルマザーのバーバラ(ヴェラ・ファーミガ)に軽んじられ、怠け者の兄に無視され、学校では陰湿ないじめにあってきた。自分がゲイであることは、親友のレイ(リアム・オー)にしか話していない。(レイはストレートだ。)
 
レイの父親はベトナム戦争の英雄だ。彼は厳格な父親に認めてもらいたい一心から、この夏を海兵隊のブートキャンプで過ごすと決めていた。キャメロンはゲイの入隊は違法と知りつつ、「サマー」「キャンプ」という単語に騙されてレイと共に参加する。どうせ大学へ行く経済的余裕はない。軍隊で「自分を変えて自分らしく生きたい」という気持ちも多少はあった。
 
「レイと海兵隊のブートキャンプへ行ってくる」
「帰りにミルクをお願い」
それが母親と交わした最後の会話だった。
 
—海兵隊訓練場、サウスキャロライナ州パリスアイランド
配属先の兵舎では個性的な新兵たちが右往左往していて、さながら動物園のようだ。キャメロンとレイは思わず顔を見合わせた。
さっそく上級教官のマッキノンと2名の教官補佐による、鬼のシゴキが始まった。
 
あまりの厳しさに早くも音を上げたキャメロンは、初日の体力テストで故意に失格しようと試みる。だが、隣で懸垂に苦しむデブのジョンを助けた結果、2人とも合格してしまう。
 
アジア系のレイに暴力をふるった差別主義者の教官補佐がクビになり、代わってサリバン軍曹(マックス・パーカー)が赴任してきた。サリバンはグアムに駐屯していた若きエリートで、なぜパリスアイランドへ異動してきたのかは謎だった。
 
これからの13週間、キャメロンは精神的・肉体的に極限まで鍛えられる。何が起こり、どれだけ自分が変わっていくのか、彼には知る由もない…。
 
“Once a Marine! Always a Marine!”
18歳のキャメロンを演じたマイルズ・ハイザーは実は31歳。Netflixのミステリードラマ“13 Reasons Why”が代表作で、準主役のアレックスを全4シーズン演じた。ヴィヴィッドな演技力は数ある新兵役アクターの中でも群を抜く。ハイザーは19歳の時にゲイであることをカミングアウトしている。
 
サリバンを演じたマックス・パーカーは英国出身。周囲からは理想の海兵隊員に映る、悩める軍曹を颯爽と演じて魅了する。
 
レイ役のリアム・オーは初めての準主役。キャメロンとの友情を育みながら自身の弱点を克服していくレイを熱演している。
 
キャメロンの母親バーバラ役のヴェラ・ファーミガは、サイコホラー“Bates Motel”で主役のノーマ・ベイツを演じてエミー賞候補となった。最近では、ハリケーン’カタリナ’に襲われたニューオーリンズの病院を描いた佳作“Five Days at Memorial”で主演していた。
 
異彩を放つのがサイコパスの新兵ヒックスを演じたアンガス・オブライエンで、こいつやたら面白い。
 
“What you just earned will never fade!”
原作はグレッグ・コープ・ホワイトによる回想録“The Pink Marine”。ショーランナー(兼共同脚本)のアンディー・パーカーは、’80年代のミュージック、絶妙のユーモア、さらに青春学園ドラマ的な魅力を巧みに融合させ、見事に映像化してみせた。最近では、AIの進化をテーマにした壮大なSci-Fiアニメ“Pantheon”を手掛けている。
 
本作は反戦ドラマでも好戦ドラマでもない。銃撃戦もなければ、『トップガン』のように勇敢な主人公が戦場で活躍する場面もない。
これは、青年の葛藤と成長の記録なのだ。
 
キャメロンは、『フルメタル・ジャケット』より“The Golden Girls”が好きな優しい青年。軽い気持ちで入隊したブートキャンプで将来の戦友たちと出会い、レイとの友情を再確認する。そして過酷で屈辱的な訓練を耐え抜き、厳格な教官たちとの交流を通じて、タフで思慮深い自立した大人へと変貌してゆく。
それは、しばしばラブストーリーと誤解される『愛と青春の旅立ち』(原題は“An Officer and a Gentleman”、1982)の真のテーマ「士官である前に紳士であれ」にも通じている。
 
ゲイの自分を一生閉じ込めて生きるのか、強い自分に変わるのか—キャメロンは苦悩する。芯が強く、異なる価値観を理解し、他人の気持ちを推し量る自分の稀有な資質に気づかない。1990年という厳しい環境下で描かれる、キャメロンの絶望と希望、挫折と成功は観る者の胸を打つ。
 
物語の大半は訓練場内で展開する。詳細に描かれるエグい海兵隊の訓練は新鮮で、罵声を浴びながら徹底的にシゴかれるおバカで頼りない新兵たちが哀れで笑える。(今では人権的に許されないレベルだろう。)
ゲイは本作の重要なファクターだ。だがそこに多様性を押しつけるような説教臭さはなく、素直に理解できる誠実さがある。
 
各エピソードはサクサク観られてやめられなくなる。感動が止まらないシーズンフィナーレは、キャメロンたちの将来を暗示する不穏なクリフハンガーでフィニッシュ。いや、お見事でした。
 
本作は、Netflixの片隅に埋もれた愛すべき小品。口コミで評判が広がり、シーズン2の制作につながって欲しい。
“Boots”は、ゲイの18歳が海兵隊のブートキャンプでのたうち回る、おかしくて悲しくて感動的なミリタリー・ドラメディなのだ!(“Oorah!”)
 
原題:Boots
配信:Netflix
配信開始日:2025年10月9日
話数:8(1話 40-50分)
 
写真Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。