明けの明星が輝く空に 第201回:石ノ森章太郎を読み解く①/石ノ森章太郎:その技術と思想
突如、空から現れた怪人こうもり男が、仮面ライダーの腕をつかんで上空へと舞い上がる。かなりの高度に達したところで手を離し、ライダーは真っ逆さまに墜落していく。迫る地上の街並み。しかし、ライダーは鮮やかに身を翻して地上に降り立った。
これは、石ノ森章太郎作、漫画『仮面ライダー』の一場面だ。墜落し始めてから着地するまで、16コマかけてその様子がじっくり描かれる中、ライダーが膝を抱えてぐるぐる回転する1コマだけ、スローモーションに感じられる。そもそも絵が動かない漫画で、スローモーションとはどういうことか。その手法は、漫画の文法を逆手に取ったものだった。
漫画では通常、動いているものの周囲に効果線を描き入れたり、文字で擬音を入れたりして、動きを表現する。しかし、上記の1コマにはそれがない。その代わりに、ライダーの姿が連続写真のように重ねて描かれ、少しずつ動いていることが示される。さらに、このコマだけ黒のバックに白抜きの絵になっているため、ほかとは異なる時間が流れているように錯覚させられる。それらが相まって、あたかもスローモーションのように感じられるのだ。
この技法が、石ノ森氏のオリジナルかどうかはわからない。ただ、思想論からではなく、技術論から入って初めてわかる漫画の面白さがある、と語っていた石ノ森氏が、さまざまな表現方法を試みていたことは確かなようだ。
たとえば、見開きの1コマの使い方も効果的だ。『仮面ライダー』で特に目を引くのが、12人の仮面ライダーたちが揃って登場する1コマ。前触れもなく、突如姿を現した彼らは、主人公、本郷猛抹殺のため、悪の組織ショッカーが送り込んだ刺客だった。土砂降りの雨の中、彼らが無言で停めたバイクにまたがるこのカットは、雨の音もない完全に無音の状態だ。この時点で彼らの正体や目的は明らかにされていないのだが、一目で不穏なムードが伝わってくる。
『仮面ライダー』と同じく、実写版と並行する形で雑誌に連載された漫画、『人造人間キカイダー』にも、キャラクターの初登場に見開きページが使われている。夜、絵本を幼い弟に読み聞かせている姉の横で、窓の外が突然明るくなる。激しい雷鳴とともに、走る稲妻。ここでページをめくると、見開きいっぱいに走る電光とキカイダーの姿。そこは、キカイダーの生みの親、光明寺博士の研究室で、起動装置に電源を入れた場面だった。(2つの異なる場面を、同じようなモチーフでつなぐのは、映画ではマッチカットと呼ばれる手法。ここでは、「稲妻」→「研究室の放電現象」とつながる。)キカイダーは、顔だけで1コマの1/4の面積を占めるほど大きく描かれており、多くの読者にインパクトを与えただろう。
もちろん、漫画の技術論を重視していた石ノ森氏であっても、内容を疎かにしていたわけではない。そういった意味で、石ノ森氏の思想が垣間見える『人造人間キカイダー』は、読み応え十分だ。ピノキオがモチーフになったというキカイダー。人間になりたいと願い、最後は人間の心を手に入れたことで敵を倒す。それは、仲間だったロボットたちをだまし、破壊するという、悪の心だった。
キカイダーには、光明寺博士によって「良心回路」が組み込まれていた。しかし、それは不完全なものだった。それゆえ、敵ロボットであるゴールデンバットは、キカイダーのことを「最も人間に近い人造人間」と、皮肉を込めて呼ぶ。また、キカイダーの兄弟ロボットであるキカイダー01に至っては、「悪いことをするのは人間だけだ」と言い切る。石ノ森氏が言いたいのは、悪事を働くロボットたちも、それを操る人間がいるからで、人間の中から悪が生まれる、ということだ。ゴールデンバットもそれを理解しており、自分のことを「冷たい科学者の心が生み出した怪物」と呼ぶ。
人間=悪であるならば、人間が存在する限り、この世から悪は消えない。なんともシニカルなこの考えを、石ノ森氏は『サイボーグ009』ではっきりと読者に突きつける。「地下帝国ヨミ編」の最終盤で、敵組織、ブラック・ゴーストの首領が、009こと島村ジョーに告げるのだ。ブラック・ゴーストを殲滅するには、地球上の人類すべてを殺す必要があると…。
話をキカイダーに戻そう。実は、姉が弟に読み聞かせていたのは、ピノキオの絵本だった。そして、キカイダーが人間の心を手に入れ敵を倒したあと、「ピノキオは人間になりました メデタシ メデタシ」という絵本の言葉が示される。だがそれに続けて石ノ森氏は、果たして人間になったピノキオは幸せになれたのか、という疑問を読者に投げかけ、物語の幕を閉じる。
思想は文章でも表すことができる。だから、表現方法の異なる漫画の本質は、技術論にあるというのはその通りだろう。ただ、そこへ思想が加われば、作品の価値がより高まるのは間違いない。石ノ森作品は漫画といえども、大人が本棚に並べておいてもおかしくない。いや、むしろ、本棚の格を上げるとさえ言うことが可能なのではないだろうか。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】実は4月からラジオ講座でフランス語を勉強しています。続けられているのは、無理に覚えようとせず、気楽に構えているからでしょう。そうしてテキストに書き込んだりしていると楽しくて。そんな勉強法が、自分には合っているようです。身につくかどうかは…神のみぞ知る?
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改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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花と果実のある暮らし in Chiang mai プチ・カルチャー集 Vol.106 ムカデのインパクト!?
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なんと、今まで逃れてきたのに、初めてコロナに感染してしまいました。ある日、冷房の効いたカフェに入ると、変な寒気が。インフルエンザっぽい感じがして、家に帰って熱を測っても熱はなし。でも喉がとても痛くて、確かに嫌な感じなのです。さっそく検査キットで試してみたら、インフルエンザではなくコロナにクッキリと線が!熱はないものの、とにかく休んで栄養をつけて、家の中で“疎空間”。愛猫にうつらないかと心配になりながらも、我が家の猫はずっとベットの足元で3日間添い寝してくれたのでした。
インパクトがありすぎのムカデパッケージ
そんな中、5日で日常生活ができるようになりましたが、から咳が止まりません。心配したパートナーが、いろいろな咳止めを買ってきました。中でも目を引いたのが、このムカデマークの咳止め。どのスーパーでも見かけるのですが、ずっとパッケージの威力に押され、見て見ぬ振りをしてきました。「ムカデのマークは、咳止め?!だったんだ。ムカデが入っているの!?」と聞いたら、意外にも薬そのものは普通。いわゆる天然ハーブの成分の仁丹のようなものです。「毒をもって毒を制す」という創業者の考え方でムカデのイラストをつけられたそうで、ムカデ成分は全く入っていないそうです。ムカデも入っていないのにムカデを堂々とロゴにしてしまう創業者に仰天し、改めてパッケージ力のすごさを感じたのでした。早く咳が消えますように!
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Written by 馬場容子(ばば・ようこ)
東京生まれ。米国大学でコミュニケーション学専攻。タイ、チェンマイに移住し、現在は郊外にある鉄工房でものづくりをするタイ人パートナーと犬と暮らす。日本映像翻訳アカデミー代々木八幡・渋谷校時代の修了生。
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花と果実のある暮らし in Chiang Mai
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明けの明星が輝く空に 第200回:石ノ森章太郎:特撮ヒーローたちの父
ついに、このブログ記事も連載200回に達した。年月にして16年と数ヶ月。僕という人間の中にある特撮ファンとしての岩盤は、相当硬いようだ。思うに、この岩盤は僕が小学生だった1970年代前半に形作られた。特撮ヒーロー番組が、毎日のようにブラウン管から流れていた時代だ。その当時、原作者として数々の特撮ヒーローを生んだ漫画家がいる。それが、石ノ森章太郎(当時の名義は石森章太郎)氏だ。
いかに石ノ森氏の手がけた作品が多かったか、例をあげてみよう。1971年に放送を開始した『仮面ライダー』に続き、1972年には『人造人間キカイダー』と『変身忍者嵐』。さらに1973年『仮面ライダーV3』、『キカイダー01』、『ロボット刑事』、『イナズマン』、1974年『仮面ライダーX』、『仮面ライダーアマゾン』、1975年『秘密戦隊ゴレンジャー』、『アクマイザー3』。まさに、枚挙にいとまがない。
たとえば『仮面ライダー』のように、これらの作品の多くは、石ノ森氏本人が描いた漫画版も存在する。これは、すでに立ち上がっていた番組の企画に石ノ森氏が参加し、キャラクターデザインを担当。並行して漫画版を雑誌に連載する、という流れだった。今で言うメディアミックスだ。
石ノ森氏は原作者であるが、テレビ番組の内容について、番組制作スタッフに一任していた。そんな中、石ノ森氏ご本人が積極的に関わった貴重な作品がある。『仮面ライダー』で自らメガホンを取った、第84話「危うしライダー!イソギンジャガーの地獄罠」だ。これは映画好きだった石ノ森氏からの、自分で撮りたいというリクエストに応える形で実現したものだった。番組プロデューサーの立場としては、数カットだけ撮ってもらえばよかったようだが、石ノ森氏は台本の手直しから、ロケハン、カット割りの絵コンテまでこなし、番組を1本まるまる監督したそうだ。実にやる気満々、意気軒昂。結果、できあがった作品は本職の監督にも引けを取らないほどで、スタッフ全員が感心したという。
その、“石ノ森監督”による作品、『危うし~』を観ると、いつもの番組とは明らかにテイストが違う。ひとことで言えば、台詞ではなく映像が何かを語る、そんな演出が目立つ。特に異彩を放つのが、オートバイに乗って徐々に近づいてくる数人の敵の映像と、それに気づいたライダーのアップを、カットバックでつなげた場面。大胆にも、BGMも効果音もない、まったくの無音で見せるのだ。そのせいか、一瞬、時が止まったかのように錯覚させられるが、同時にそこで起きていることよりも、ライダーが何を感じているのかということに、観ている者の意識が向けられる。僕には、ライダーの緊張感が伝わってきた。そしてその直後、突然うなりをあげるエンジン音とともに、ジャンプするオートバイ。いわば、音による静から動への切り替え。これで、一気にアクションが加速する。
海岸でのライダーと怪人イソギンジャガーによる対決場面でも、音のON/OFFの使い分けが効果的だ。両者が空中に飛び上がったあと、ライダーのキックが決まる。そして華麗に身を翻すライダー。ここではキックが決まった時のズシンという音のほか、ライダーがジャンプしたり宙返りしたりする際の、番組お決まりの効果音が入っている。そして同じ映像が繰り返されるのだが、今度はキックが決まった直後から音が消えている。それに続くカットは、海岸に打ち寄せる波の映像。ワンテンポ遅れて、波の崩れる音がイン。観ていて一瞬戸惑うような編集だが、何か哀れみというか、虚しさのようなものが伝わってくる。これは怪人が倒された暗示に違いない。僕はそう直感し、次のカットではバタリと倒れる怪人の姿が映し出されるものとばかり思って観ていたが、実際は違っていた。代わりにカメラは、海岸に打ち上げられた、片足のない人形に寄っていく。(対決の結果は明示されないまま、話はそこからさらに展開する。)
この人形のカットの意味は、正直言ってよくわからない。もしかしたら、意味などないのかもしれない。ただし、それによって何かしらの情感を加えようとした、という推測は可能だろう。というのも、石ノ森氏の漫画作品を読み解く上で、「抒情性」がひとつのキーワードだからだ。その作家性の発露として、波打ち際の人形があったのかもしれない。
もうひとつ、抒情性が際立っていて印象的な映像がある。物語冒頭、怪人が砂浜を歩く姿を、空撮で捉えた場面だ。上からのカメラアングルなので、黒っぽい砂浜いっぱいに、波が白い泡の文様を描く様子がよくわかる。そしてカメラが引くに連れて、小さくなっていく怪人の姿。それに反して、砂浜の景色はどこまでも続くかのように広がっていく。これは、怪人に改造されてしまった男が、初めて人を殺めた後だった。まだ人の心が残っていたが、悪の指令には抗いきれず、その場に居合わせた釣り人を襲うのだ。だから、そのあと波打ち際を歩く怪人が、自分の犯した罪の深さに愕然としているかのようにも見えてくる。
実を言うと、怪人に殺されてしまった釣り人を演じたのは、石ノ森氏ご本人だった。監督自ら出演する。ヒッチコック監督を見習ったのかどうかは不明だ。ただ、映画好きなだけに、嬉々としてカメラの前 に立ったのではないだろうか。本業の漫画では「超」がつくほど売れっ子だったから、撮影中は多忙を極めたはずだ。だけど、自分でメガホンを取るのは、楽しくてしかたがなかったに違いない。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】連載50回、100回、150回の節目同様、今回もそれに相応しい題材を選びました。詳しく調べてみると、興味深いテーマが多く、とても1本の記事では書き切れません。漫画作品の話が主体になりますが、次回も石ノ森章太郎氏を取り上げたいと思います。乞うご期待。
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花と果実のある暮らし in Chiang mai プチ・カルチャー集 Vol.105 ソムオーの季節
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みんなでテニスを楽しんだ後、リタイヤしたタイ人女性は、「今から市場に行かなくちゃ。ソムオー(ポメロ)の季節よ~。」と言ってそそくさと帰っていきました。「ソムオーの季節!?」。ソムオーは、ザポンや文旦のような、大きな柑橘系のフルーツ。バナナのように1年中見られる果物のような気がしていたので、今が旬とは知りませんでした。彼女はそれを目的に市場に行くなんて…。なんだか日本の夏に桃を買いに行く風景を思い出しました。
旬のタイのソムオーとライム
子どもの頃、大好きだった桃は、夏にしか食べられないのでとても貴重で楽しみにしていた果物でした。その日本の桃が先日高級スーパーで売られているのを見かけた時、「チェンマイにまで来たかあ!」と驚きました。一年中美味しい果物があるのはありがたいですが、自然のサイクルで育った果実、その土地の物を頂くことは、体にとっても大切な気がします。とはいえ、夏の果物代表「桃の季節」に南国タイの「ソムオーの季節」と出会えてちょっと心豊かになった一場面でした。さあ、私も真似して「ソムオーの季節」にソムオーを買いに行こうっと!
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Written by 馬場容子(ばば・ようこ)
東京生まれ。米国大学でコミュニケーション学専攻。タイ、チェンマイに移住し、現在は郊外にある鉄工房でものづくりをするタイ人パートナーと犬と暮らす。日本映像翻訳アカデミー代々木八幡・渋谷校時代の修了生。
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明けの明星が輝く空に 第199回:夢幻のヒロインたち9:春日藤千代
登場作品:映画『ガス人間第一号』(1960年)
キャラクター設定:零落した日本舞踊の家元 “ガス人間”と運命を共にする
「幽玄」という言葉は、こんな光景のことを言うのだろう。『ガス人間第一号』の冒頭、銀行強盗犯を追った岡本警部補が、人里離れた夜の山中で鼓の音を耳にする。その音が聞こえてくる方向へ向かうと、やがて屋敷に辿り着いた。庭へと回り込む岡本。その目に飛び込んできたのは、戸が開け放たれた板の間で、般若の面を着けた女性が舞う姿だった。
舞っていたのは、昭和の名優、八千草薫さんが演じる春日藤千代。凜とした風情が美しい日本舞踊の家元だが、春日流は弟子がみな離れるなどして落ちぶれ、発表会を開くことすら危ぶまれる窮状にあった。逃走した強盗殺人犯、水野は、彼女のために金を工面しようと犯行に及んだのだ。彼はある科学者による実験の犠牲者で、結果的に、自分の意思で体をガス化できるようになっており、その特殊な能力を使って犯罪を重ねる。
先月初旬、Netflixで配信が開始された『ガス人間』(全8話)は、本作のリブート版で、設定やストーリーは別物だ。画面から漂う緊迫感はさすがだが、オリジナルが持つ趣や幻想性には乏しい。個人的な意見ではあるが、60年以上前に公開された『ガス人間第一号』は、こんにちに至るまで、特撮史上最もロマンティックかつ、悲劇的な物語だ。
水野は彼女を愛している。彼の愛には、どこにも利己的なところがない。金の出どころを知った藤千代に対し、僕を利用すればいいとさえ言う。そんなふうに言われ、普段は感情を表に出さない藤千代も、この時ばかりは恋する女の目になり、水野の胸に顔を埋めている。ただ、彼女も水野を愛していたのか。映画は意図的に、それを明確にしていない。
藤千代は、事件を追う記者、甲野京子に、水野を愛しているのかと問われると、少し驚いた表情を浮かべてから目線を反らし、諦めたかのような口調で「どうにもならないんです」とだけ答えている。愛していることを認めたように聞こえるが、映画全体を観ても、彼女が水野を愛している確証になるようなシーンはない。藤千代にとっては、踊りこそ全て。だからこそ、強盗によって手に入った金だと知った後も、発表会をやり遂げようとする。水野の胸に顔を埋めたのも、彼女を苦境から救ってくれる唯一の存在が目の前にいる男だったという実情を考えれば、思わず心がなびいたという解釈も可能だ。
実を言うと、本作のメガホンを取った本多猪四郎監督も、ラストの悲劇的結末を生む藤千代の心境について、「情にほだされた」という表現を使っていたらしい。水野役の土屋嘉男さんが、水野は愛されていたと解釈していることに対して、水野から見ればそうだろうとも言っていたようだ。その悲劇的結末とは――。
発表会の劇場で踊り終えた藤千代。客席には水野ただ一人。「すばらしかった」と言って藤千代を抱きしめる。しかしこの時、劇場内には引火性のガスが充満していた。警察は、捕まえることが不可能なガス人間を爆殺しようとしていたのだ。水野はそれを察知し、発火装置を壊していたが、藤千代が彼の背に回した手にはライターがあった。一瞬の躊躇。恋慕の激情に流されるかのように、水野を固く抱きしめる。それでも、彼女は意を決する。涙を浮かべた目を見開くと、中空を見つめたまま、ライターに火を点けた。
『情鬼』――それが、藤千代が披露した演目のタイトルだった。架空の演目であるが、踊りを見る限り、道成寺に伝わる安珍・清姫の物語と類似の内容のようだ。すなわち、悲しみの淵に沈んだ女性が、恨みから人ではないものに変化する。当然、映画の作り手は、そこに何らかの意味を含ませているだろう。とすれば、情鬼とは藤千代自身のことだ。踊りの終盤、彼女は般若の面を被って舞う。手にしているのは、能の舞台で鬼や龍神役が使う打杖と呼ばれる小道具か。その先には藤の枝。まだ鬼へと変わる前、憎しみから花をむしり取った時のものだろう。それを狂おしく打ち振る。しかし、目の前の誰かを打つかのように振り上げたところで手が止まり、杖は足もとに落ちた。そして最後は、苦悶と悲しみの中に絶命する。(断っておくが、能や日本舞踊を見る目を僕は持ち合わせていないので、これは当てずっぽうに近い推測だ。ついでに言うと、女心を論ずるのも…。)
藤千代は、水野との心中を選んだ。彼女は、水野の犯行で得た金で発表会を開いた。もちろん、その罪は自覚していただろう。心中は贖罪のためだったのだろうか。同時に、狂気に染まった水野の魂を救済するという意味もあったかもしれない。それも「愛」のひとつの形だ。ただし、どちらかといえば慈悲の心に近い。いずれにせよ、映画は明確には語ってくれない。しかし、俳句の例を引くまでもなく、全てを説明せず余白を残した方が想像力は刺激される。そして人はそんなところにも、ロマンを感じるものだ。
春日藤千代の余白にも、ロマンがある。
参考:過去記事
第118回:特撮俳優列伝23 八千草薫 https://www.jvta.net/co/akenomyojo118/
第97回:特撮俳優列伝8 土屋嘉男 https://www.jvta.net/co/akenomyojo97/
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【最近の私】ジャン・リュック・ゴダール監督のことを描いた映画『ヌーヴェルヴァーグ』を観てから、ゴダール監督の長編デビュー作『勝手にしやがれ』を観ました。ちょっとだけ「映画通」っぽいことしてるなあと、自己満足した次第です。
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花と果実のある暮らし in Chiang mai プチ・カルチャー集 Vol.104 近所のマッサージ屋さん
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タイといえば、タイ古式マッサージが有名ですが、最近ビジネスライクなところも増えて質も落ちてきている気がします。そんな中、近所にいいマッサージ店はないだろうかとGoogle マップで探して試したお店が一軒ありました。
初めて訪れた時、ドアを開け「マッサージできますか。」と尋ねると、小柄な女性は、「普通のマッサージを受けたい場合は隣の店へどうぞ。どこかお悪いのであれば治療マッサージはお受けします。」と言いました。はっきり言ってくれた所が気に入って、少し気になっていた腰をお願いしたいと言ってそこで施術を受けました。部屋は殺風景だけれど、きちんと整理されていて、清潔感もありました。話をするとシングルマザーで2人の子どもを育て上げたとのこと。もちろん資格を持って教えられる立場でもありながら、今でもきちんと勉強を続けているという。そんな彼女のマッサージを受けた次の日、テニスの仲間から、「今日動きがいいね。」と言われ、それ以来約一年、疲れた時には、彼女の元へ駆け込むという私にとってありがたい場所になりました。
イメージ
お気に入りのバーム
そんな彼女が最近、「娘も手伝ってくれることになり、お店を移転し、スパ要素も入れるのよ。」という。彼女の実直なマッサージが好きだったので、私の中では応援したい気持ちと複雑な想いが交錯してしまいました。こういう所からも娘に継がせていきたい、もっと広げたいという気持ちが生まれるように、発展というのはその手綱を持つ人で大きく変わるもの。彼女と娘さんを信じて、ビジネスライクな今時のスパマッサージ店という発展に向かわないことを願っている今日この頃です。
雨季の合間の晴れ間
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明けの明星が輝く空に 第198回:「ギャオ」なんて鳴いてない!
ガメラシリーズ第3作『大空中決戦ガメラ対ギャオス』(1967年)に登場した英一少年は、怪獣にギャオスと名付けた理由を聞かれてこう答えた。「鳴き声がギャオって聞こえるもん。」え?なに言ってんの?子供のころ、僕はそう思った。全然そんなふうに聞こえなかったからだ。ギャオスの出す音はもっと、「キャイコォォ」とか「キアオォォ」とかいった感じである。(怪獣の声ほど、文字で表すのが難しいものはない)
英一少年の発言は、怪獣対策本部でのものだ。制服姿の人々は、警察や自衛隊のお偉いさんたちだろう。もちろん、怪獣映画らしく博士もいる。英一少年はそんな大人たちの真ん中で得意げに怪獣の目撃談を述べる。誰かが「あの怪獣」と言えば、すぐさま「ギャオスだよ!」と間違いを正す。結局、皆が「ギャオス」と呼び始め、正式名称となった。鳴き声が「ギャオ」と聞こえなかった僕は、この現実的とは言えない流れに、子供ながらに違和感を覚えたこともあり、どこか偉そうな英一少年に対して大いに反感を抱いた。
昭和の特撮作品には、子供がしゃしゃり出てきたり、自分勝手な行動で迷惑をかけたりすることが多かった。そんな子供たちの見本市のような様相を呈していたのが、ガメラシリーズだ。「ガメラは子供の味方」という設定上、子供を中心に物語が進むのは当然ではあったが、映画の中の生意気そうな少年たちは虫が好かなかった。シリーズ第4作『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』(1968年)では、停泊中の小型潜水艇に少年2人が勝手に乗り込んでイタズラ。そのせいで動かせなくなって困っている大人に対し、いけしゃあしゃあと自分たちなら動かせると言い放ち、再び乗り込んでまんまと水中遊泳を楽しんだ。2人はその後、異星人の人質となり、子供たちを助けたければ降服せよという要求が、人類に突きつけられることになる。
シリーズ第6作『ガメラ対大魔獣ジャイガー』(1970年)でも、自由奔放すぎる少年2人が登場。彼らは、ジャイガーによって仮死状態になったガメラの体内に、無断で小型潜水艇を使って進入。偶然、ジャイガーの弱点を見つけるという“お手柄”を立てる。結局、勝手な行動をとがめられることもなく、「子供たちの持っている素朴な直感と汚れなき魂を、大人になっても失ってはならない」という、(とってつけたような)教訓を得た、と語るナレーションが入り、彼らの行動は見事な美談として映画は幕を閉じる。
こういった子供の登場人物は、ガメラシリーズに留まらない。もうひとり、『ウルトラマン』のホシノ少年を忘れるわけにはいかないだろう。彼の自由奔放さも、誠に目に余るものがある。第2話「侵略者を撃て」では、科学特捜隊の車に隠れて乗り込み、見つかると「へへへ、まともに頼んだら置いてけぼりにされちゃうからね」と屈託なく言い放ち、車の中にいたことについて「気にしない、気にしない」とごまかす。こういった――天真爛漫だとか無邪気だとか言えば聞こえはいいが――立場や状況を一切無視した言動に、僕は腹が立ってしょうがない。さらに、あろうことか彼は科特隊本部の作戦室に、なぜか自由に出入りする。第3話「科特隊出動せよ」では、そこから武器を拝借し、科特隊専用機に潜り込んで、怪獣のいる現場まで無断で付いていった。そして、ひとりで怪獣に攻撃を仕掛けるのだが、逃げる際に転んで気を失い、倒れているところを発見される。その時、うわごとのように「ウルトラマン、ネロンガ(怪獣の名前)をやっつけてくれよ」などと言い、それを聞いた主人公のハヤタ隊員がウルトラマンに変身して怪獣を倒す。なんという都合の良さか!
こういった子供が嫌いなのは、僕だけではなかったらしい。同じような意見はネット上で簡単に見つかった。いわく、「勝手な行動をして」見ていても「イラつく」とか、「大人の領分に子供が強引に入ってくるのが嫌」などなど。中には、「子供は子供らしいキャラが嫌い」というような、大人が映像作品に登場させる子供についての真理(?)をズバリ言い当てているものもある。
そもそも、なぜ怪獣映画やヒーロー番組に、子供の登場人物が必要なのだろう。考えられるのは、子供の観客や視聴者の感情移入のしやすさを狙っているということだ。実際、子供が登場しなかったガメラシリーズの第2作『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』(1966年)では、飽きてしまった子供たちが何人も席を立ったそうだ。また、作劇上の要請もあるかもしれない。子供がトラブルを起こせば、物語を展開させるきっかけとなる。さらに、ピンチに陥った子供を救い出すというエピソードを盛り込めば、その結末を誰もが見届けたくなるだろう。ちなみにSNS上には、足手まといの子供は、ヒーローの邪魔をしてはならないという反面教師として役に立っていた、という意見もあった。ふうむ。
ところで、ギャオスの名付け親となった英一少年だが、あらためて作品を観ると、なかなか愛嬌のある男の子だ。少しぽっちゃり気味のほっぺが愛くるしい。洞窟の落石で身動きが取れなくなるシーンなど、怖がっている顔を見ると守ってあげたい気分になる。「ギャオ」なんて聞こえないじゃないかとあの時は思ったが、彼に対するイメージは半世紀以上立ってようやく上書きされた。大人げないことを言うのはやめにしよう。こうして僕は今、英一少年との歴史的な和解に辿り着いた気分に(勝手に)なっているのである。
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【最近の私】サッカーのW杯やテニスのウィンブルドンなど盛りだくさんなスポーツ界ですが、僕は世界最大の自転車ロードレース、ツール・ド・フランス一択です。今年はガリビエ峠もアルプ・デュエズも登場すると知って大興奮。酷暑なのが気がかりですが、今から楽しみです。
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花と果実のある暮らし in Chiang mai プチ・カルチャー集 Vol.103 オンラインショッピングの信用度
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個人的な話になりますが、先輩がもうすぐ59歳になるにあたり、還暦までの日めくりカレンダーを作ろうと奮起した私。これはテレビドラマ『続・続・最後から二番目の恋』で主人公の和平さんが千明さんにプレゼントしていたもの。いいアイデアだなあと思ったのがきっかけで、私も作ろう!と思った次第であります。
久々の工作気分。あまり考えもせず、ブロックメモに、先輩の誕生日からの日付と一言を添えていこうと、まずタイのShopeeというオンラインのショッピングサイトでブロックメモ400枚入りを購入。届いたメモに、さっそく数字のスタンプで日付を押していったら…なんと365日のうち50日くらい足りないではないですか!ここまできて足りないとは…。400枚と謳っているのだから、余裕分であるはずの35枚も合わせれば85枚も足りない!インチキーー!400枚入りといっても、ブロックメモが届いてわざわざ数える人は少ないし、ほとんどの人は足りないことには気づいていないのだと思います。しかし、私としては困った事態に。運よく予備に買っていた2ブロック目を開けて、「ちっ、やられたなあ…」と思いながら、ひたすら作業を続けるのでありました。
そういえば、先日頼んだフェイスカバーは色違いが届いていたし、タイのオンラインショッピングの信頼度は私的には60%です。
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Written by 馬場容子(ばば・ようこ)
東京生まれ。米国大学でコミュニケーション学専攻。タイ、チェンマイに移住し、現在は郊外にある鉄工房でものづくりをするタイ人パートナーと犬と暮らす。日本映像翻訳アカデミー代々木八幡・渋谷校時代の修了生。
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花と果実のある暮らし in Chiang Mai
チェンマイ・スローライフで見つけた小さな日常美
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明けの明星が輝く空に 第197回:夢幻のヒロインたち8:霧島美穂(仮面ライダーファム)
登場作品:『劇場版 仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL』(2002年)
キャラクター設定:シリーズ初の女性仮面ライダー 姉を生き返らせるために戦う
「真司…真司…。靴の紐ぐらいちゃんと結べよな。」
戦いで傷付いた霧島美穂は、真司と別れた後、そうつぶやいてこの世を去った。瀕死の重傷であることは悟られたくなかった。常にマイペースでつかみどころがなく、あっけらかんとした態度を取っていた彼女らしい最期だ。
この作品の主人公である城戸真司(仮面ライダー龍騎)と美穂の出逢いは偶然だった。ある結婚詐欺師を追っていた見習い記者の真司は、その男が女性をだまそうとしている現場に踏み込む。しかし、男に詰め寄っている間に、女性は姿を消してしまった。それも、男から贈られた結婚指輪とともに。逆に詐欺師をだましたこの女性こそ、霧島美穂だ。無断で拝借した他人の豪邸に男を招き入れて信用させるあたり、相当したたかな人物である。
その美穂が犯罪に手を出すのには、理由があった。姉の遺体の冷凍保存を維持するための費用が必要だったのだ。そして姉を生き返らせるために、彼女は仮面ライダーファムとして戦う。最終的な勝者となれば願いを叶えることができるという、「生き残りゲーム」の参加者として。彼らは鏡の中の異世界に住むミラーモンスターとの契約により、全員仮面ライダーに変身することができる。つまり、本作で繰り広げられるのは、いわば最強ライダー決定戦。ライダー同士によるバトルロイヤルなのだ。
その参加者の顔ぶれは、さまざまだ。TV版『仮面ライダー龍騎』(2002年~2003年)には、学生や弁護士、実業家などが登場する。『劇場版 仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL』は、TV版とは結末が異なる“アナザー龍騎”とも言える内容で、美穂はこちらが初登場。そのほか、まだTV版ライダーバトルから退場していない者たちが存在する。その中に、殺人鬼、浅倉(仮面ライダー王蛇)の姿もあった。この男こそ、美穂の姉を死に追いやった犯人で、美穂にとっては復讐を果たし、勝ち残って姉を生き返らせるという二つのチャンスを手に入れたことになる。
シリーズ初の女性仮面ライダーであるファムは、気品を感じさせる外見が印象的だ。それは、白をメインカラー(ファムのモチーフはハクチョウ)に、部分的に金色をあしらった配色のためだろう。白という色には「清廉」や「純粋」といったイメージがあるが、これは美穂という人物の内面を示しているのだろうか。姉を生き返らせたいという彼女の思いは、純粋で尊い。(その一方で、アクセントカラーの金色が「お金」、つまり美穂が人をだまして調達する金銭を象徴していると考えてみるのも面白い。ただの善人だとするよりも、人物造形として深みが出るだろう。)
ハクチョウというモチーフも、よく考えると示唆的だ。「スワンソング」という言葉は、死を前にハクチョウは美しい声で鳴くという言い伝えから来ているし、バレエの『白鳥の湖』は、演出によってはヒロインが命を絶つ結末もあるという。つまりハクチョウは、「死」のイメージもまとっている。前述したとおり、美穂は結局生き残ることができない。ファムのモチーフにハクチョウが選ばれたのは、それを暗示するためだったのかもしれない。
ファムの武器のひとつは、細長い棒状の剣だ。それを使って、フェンシングのように突き技を繰り出す。また、顔面を覆うフェイスシールドにはスリット状の“覗き穴”があり、背にはマントを装着。まるで西洋の騎士のような出で立ちで、白と金を配したカラーリングと相まって、“王家の女性剣士”とでも呼ぶべき高貴な雰囲気がある。それだけに、大いに活躍が期待されるところだったが、残念なことに戦闘能力は高くなかった。姉の仇である浅倉は戦いの中で“消滅”したが、ファムは浅倉の変身体である王蛇には刃が立たず、自分の力で倒すことはできなかった。美穂には手を血で染めて欲しくないという思いが、作り手にはあったのだろうか。
美穂はその後の戦いで重傷を負ったところを、真司に助けられる。倒れたまま動けない美穂を前に、動揺する真司。すると美穂はゆっくり左手を上げ、真司のおでこを指で軽く弾いた。「また引っかかった」とイタズラっぽい笑みを浮かべる美穂。どこまでも人を食った態度だ。しかし、すでに美穂は自分が助からないことを悟っていた。それでも真司を安心させ、二人は別れる。その直後、道端に倒れ込んだ美穂は空を見上げ、生き返らせることができなかった姉に謝罪した。そして、真司の名をつぶやく。出てくるのは感謝の言葉かと思いきや…。冒頭で紹介した「靴の紐ぐらいちゃんと結べよな」という台詞は、彼女が2回も真司の靴紐を結んでやったことを踏まえてのものだ。最期に「ありがとう」では、はっきり言って平凡な場面になっていたろう。それにどこか湿っぽいし、よそよそしさも感じてしまう。美穂の最期の言葉は、彼女のカラッとした人柄を示すとともに、真司に対する親しみの気持ちも表していたに違いない。そんなことを知る由もない真司は、バイクを運転しながら美穂の結んでくれた靴紐に視線を落とす。そうして嬉しそうな表情を浮かべ、走り去っていった。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】いつの間にか、腰に不安を抱えるようになってしまいました。運動は問題ないのですが、体がほぐれていない朝はメリメリ音がしそうな感じ。湯治は無理だけど、打たせ湯とか電気風呂のある銭湯通いでもしようかな…。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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花と果実のある暮らし in Chiang mai プチ・カルチャー集 Vol.102 海を渡った梅仕事!?
★「花と果実のある暮らし in Chiang Mai」
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いきつけのパン屋さんに行ったら、タイ人のオーナーから、「あそこにいるお客さんが、梅干しについて知りたいって言うんだけど、話聞いてくれる?」と相談を受けました。そのお客さんは40~50代のアメリカ人の男性で、話を聞くと、梅の実をたくさん買ったので、梅干しを作ろうと思うんだけど、赤紫蘇はどこで売っているのか?という内容でした。近頃タイ人でも梅酒を飲むし、作ることにも興味があるようです。日本の文化は着実にタイに浸透しているなあと思っていたら…なんと西洋人が梅に関するこんなディープな質問をしてくるとは!!
梅干しじゃなくて、もっと簡単な梅酒や梅シロップを作ったらと提案したら、すでにYouTubeを見て両方作ったそう。そして青紫蘇なら最近スーパーでも見かけるけれど、赤紫蘇は私もチェンマイで見た事がないと伝えました。でも赤紫蘇がなくても梅干しは作れるし、まずは赤紫蘇なしの梅干しを好きかどうか食べてみたら?と薦めてみたところ、なんと彼はまだ梅干しを食べたことがないと言うではないですか。ええー!それじゃ出来上がりが分からないじゃなーい…と拍子抜けしながらも、西洋人が梅仕事をする時代なんだなあと驚いた一コマでした。
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Written by 馬場容子(ばば・ようこ)
東京生まれ。米国大学でコミュニケーション学専攻。タイ、チェンマイに移住し、現在は郊外にある鉄工房でものづくりをするタイ人パートナーと犬と暮らす。日本映像翻訳アカデミー代々木八幡・渋谷校時代の修了生。
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