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明けの明星が輝く空に 第162回:夢幻のヒロインたち1:緑川ルリ子

明けの明星が輝く空に 第162回:夢幻のヒロインたち1:緑川ルリ子
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登場作品:『シン・仮面ライダー』(2023年)
人物設定:かつて所属したSHOCKERを壊滅するため、仮面ライダーの力を借りる

 

『シン・仮面ライダー』の3枚組のポスターは、緑川ルリ子を軸に物語が進むことを示唆している。登場人物の中でただ1人、3枚全てに登場する上、1枚目は彼女単体のデザインだ。作品内でいかに重要な位置を占めているか、それだけでもわかるだろう。
 

まず、ルリ子の視点から物語を振り返っておこう。非合法組織SHOCKERの構成員だった彼女は、父である緑川弘博士とともに本郷猛(仮面ライダー)を連れて組織を抜け出す。それは、SHOCKERの壊滅と、そこに残る兄、イチローの計画を止めるためだった。本郷の力を借り、SHOCKERのオーグメントたち(身体の強化=オーグメンテーションを施された人間)を排除していくルリ子。志半ばで倒れるも、そのプラーナ(生体エネルギー)は残存され、ある種の精神世界における対話によって、イチローの心を開かせることに成功する。

 

ルリ子は銃の扱いに慣れているという以外、特殊な戦闘能力を持たない。オーグメントと戦うのは本郷であり、ルリ子は守られる立場にある。そういった意味で、キャラクターとしては典型的な“お姫様”の類型だ。イチローの“妹”という設定も含め、いかにも男性目線で作られたヒロインという印象は否めない。しかし、ルリ子は決して“か弱い女性”ではない。まるで特務機関の諜報員のように冷徹で、父が死んだ時でさえ、(動揺が目の動きに表れてはいたが)悲しむ素振りなど全く見せなかった。
 

そんな彼女が、仮面ライダーのイメージを象徴するアイテムの1つ、赤いマフラーを本郷の首に巻いたのは、映画が始まって間もない頃だ。ドラマチックな演出もなく、なんということはない行為のように見せているが、その意義は大きい。オリジナルであるテレビ番組『仮面ライダー』から半世紀を経、初めて赤いマフラーを巻いている理由が提示されたからだ。(『シン・ゴジラ』(2016年)や『シン・ウルトラマン』(2022年)同様、庵野秀明監督はオリジナルを引用しながら、巧みに新しい意味づけをしていく。)
 

この場面は、ルリ子という人物を理解する上でも重要だろう。他人を信じないという彼女は、初対面の本郷にマフラーを巻く際、「同行を許すから、少しで私が我慢できる格好にして」と突き放すように言う。なぜ我慢できる格好が赤いマフラーなのか。実は、父、緑川博士も若い頃はバイク乗りで、赤いマフラーを愛用していた。映画には、緑川博士とまだ子どもだったイチローがバイクにまたがる写真が登場するのだが、ルリ子は本郷に遺言として残した映像の中で、自分もその写真の中にいたかった、父の後ろに乗れたらよかったと告白している。
 

写真には緑川博士の妻、そしてイチローの母の姿もあるが、彼女はルリ子が生まれる前に無差別殺人事件で帰らぬ人となっている。緑川博士が人々を絶望から救う理念を掲げるSHOCKERに身を投じたのは、おそらくそれが理由だろう。彼はその後、自身の遺伝子情報を元に、人工子宮を使ってルリ子を誕生させる。オーグメンテーションプロジェクトに必要な“生体電算機”として利用するためだった。自分は研究用の道具に過ぎないと考えていたルリ子は、父親に対して冷淡な態度を見せていたが、心の奥底ではそのぬくもりを求めていたのだ。
 

そんなルリ子にとって、本郷の存在は救いとなった。遺言では、オートバイの後部座席で本郷の背中が暖かいと感じたことを打ち明け、自分にも「幸せ」が何か理解できた気がすると言っている。(彼女の感じた幸せの形が、SHOCKERの構成員たちが求める歪んだ幸せの形と対照的であることは、本作を理解する上で重要な鍵となる。)
 

人との触れ合いは、この作品が重視するものの1つかもしれない。特に、手の平を通して特殊能力を発揮できるルリ子の場合、イチローと相対したときや、一文字隼人(もう1人の仮面ライダー)の洗脳を解くときなど、相手に直接触れる様子が描かれていた。ルリ子は一文字にも赤いマフラーを巻くのだが、本郷の時と同様、渡すのではなく巻くという行為自体、人に触れることのメタファーと解釈できそうだ。
 

戦いを通し、本郷を信頼するようになっていったルリ子は、遺言の中で初めて「猛さん」と名前で呼びかける。当初の冷徹さはそこにはなかった。「マフラー、似合ってて良かった」と少し満足げに言う彼女は、どこにでもいるごく普通の女性のようだ。そして遺言の映像が終わると、音声データで残されていた一言が流れた。
 

「追伸。マフラーの話は直接言いたいな。」
 

その思いは叶えられた。しかし、瀕死の重傷を負った中、必死に振り絞ったルリ子の声は、本郷の耳にしっかり届いただろうか。もちろん届いていた。彼女のためにも、そう信じたい。
 

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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】ある人がChatGPTに特撮TV番組『忍者キャプター』について質問したところ、何も知らなかったそうです。これを聞いて「ChatGPT、恐るるに足らず!」と思った特撮ファンは、僕だけではないはず。

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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る 

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