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明けの明星が輝く空に 第167回:『ゴジラ-1.0』

明けの明星が輝く空に 第167回:『ゴジラ-1.0』
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※今回の記事は、映画の設定に関するネタバレを含みます。ストーリーについては最小限に抑えてありますが、映画鑑賞を検討中の方はご注意ください。

ゴジラシリーズの最新作『ゴジラ-1.0』は、多くの人々の心を捉えたようだ。12月3日までの31日間で、興業収入は38億円を突破した。ちなみに1日には北米でも公開され、出足は好調のようだ。

興行成績が好調なのは、ゴジラ映画が受け入れられる確かな下地が出来上がっていたからだろう。12年ぶりの新作となった『シン・ゴジラ』(2016年)に加え、“ハリウッド版ゴジラシリーズ”である『GODZILLA ゴジラ』(2014年)、『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019年)、『ゴジラvsコング』(2021年)の3作が、結果的に“露払い”のような役目を果たしたと考えられる。

もちろん、作品自体の魅力も無視できない。まず挙げたいのが、主演俳優の存在感だ。主人公の敷島浩一を演じたのは神木隆之介くん(僕はなぜか彼を“くん”付けで呼びたくなる)だ。テレビCMでのコミカルな印象が強いが、映画の中の彼は凜々しかった。シリアスな演技も自然で、物語を牽引する力強さもあった。また演技力以前に、お客さんを呼ぶ上で彼の好青年としてのイメージも大きい。彼が演じるのだから嫌な人間ではないだろう、という安心感がある。

実を言えば、主人公の敷島は精神が鬱屈していてもおかしくないような経験をした男だった。特攻隊員として戦闘機で飛び立ったものの、命惜しさに機体の故障を装い、ある孤島の守備隊基地に逃げ込む。さらに、その島がゴジラに襲われた際には、恐怖のあまり機銃を撃てず整備兵たちを死なせてしまい、その経験がトラウマとなった。実際、ヒロインである大石典子の目の前で、錯乱状態になって取り乱す場面もある。それでも神木くんが演じる敷島に、観ていて気が滅入ってしまうような暗さはない。その点、苦悩の描き方が浅くドラマとしての強度に欠けるという言い方もできるが、おそらく山崎貴監督はあえてそういった演出を避けたのだ。ストレス無く気軽に楽しめる、エンターテインメント性の高い作品にするためだろう。

典子を演じた浜辺美波さんは、春に公開された『シン・仮面ライダー』にもヒロイン役で出演。2大特撮映画に出演という“偉業”を成し遂げたわけだが、それはさておき、偶然にも今年度上半期放送の朝ドラ『らんまん』では、神木くんと夫婦役で出演していた。このことも、従来観る人間を選んできた“怪獣映画”のハードルを下げることに貢献したと言って、まず間違いない。

この朝ドラコンビは、終戦直後の薄汚れた身なりでも泥臭さとは無縁で、清涼感を失わない。アニメのキャラクターのように透明感があり、『未来のミライ』や『竜とそばかすの姫』といった細田守作品の絵柄によくマッチしそうだ。そして、彼ら以外にも、『ゴジラ-1.0』にはアニメが似合いそうな登場人物がいる。機雷掃海艇「新生丸」の艇長、秋津淸治と、元技術士官で「学者」というあだ名の野田健治だ。秋津の大仰で類型的な台詞回しと、野田のボサボサな頭髪に丸眼鏡という外見。どちらもキャラが立っていてわかりやすい。好みによって評価は分かれると思うが、こういった意図的に戯画化された人物造形も、映画を観やすいものにしていると言えるだろう。

もちろん、怪獣映画として肝心なゴジラの魅力も、人気を後押しているに違いない。山崎監督はゴジラの“怖さ”をポイントに挙げていたが、ネット上でも怖かったという感想が多い。たとえば、新生丸がゴジラに追いかけられる場面。背びれと顔を海上に出して泳ぐゴジラが、すぐ後ろまで迫ってくる。秋津と敷島たちは回収した機雷を使って逃げ切ろうとするが、うまく起爆させられない。まさに絶体絶命のピンチだ。こういった映像表現は、山崎監督が得意とするところだろう。というのも、監督は西武園ゆうえんちのアトラクション、「ゴジラ・ザ・ライド」の映像も手掛けているからだ。

ただ、そのせいかどうかは別として、僕には新生丸を追うゴジラが、“テーマパークの池から顔を出すワニ”のように見えてしまった。口が開きっぱなしだからか、目がどこを見ているかわかりにくいからか、とにかく顔に生気が感じられないのだ。また、その泳ぐスピードも、襲うにしては遅いと感じられた。実際、新生丸の窮地を救った巡洋艦を襲う際にはもっと速かった(ように見えた)から、まだ本気で怒っていなかったと解釈すればいいのかもしれない。しかし、いずれにせよ劇場での鑑賞中、僕はそんなことが気になり、怖さを感じることができなかった。せめて徐々に距離が縮まるような演出があればなあ、というのが個人的な感想だ。

逆に拍手を送りたいと思った点を、最後に挙げておこう。それは、ゴジラと敷島のドラマがうまく絡み合っていたことだ。よくありがちな、事件とは無関係な人間ドラマ(夫婦間の問題とか、親子の不和など)は描かれない。物語冒頭でゴジラに襲われた敷島は、復員後、支払いの良い仕事=機雷掃海のため乗り込んだ新生丸でゴジラと再び遭遇。その時は難を逃れたが、翌日、ゴジラの東京襲撃によって典子を失ってしまう。戦時中の自身の行いに負い目を感じ、自分の戦争は終わっていないと感じていた彼にとって、ゴジラは“戦争の亡霊”のようなものだ。すべてを清算するためゴジラに立ち向かったのは、いたって自然な流れだったのである。

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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】書店で『国道16号線 「日本」を創った道』という文庫本を見つけ、ぱらぱらとページをめくってみたら驚きの発見が!なんとモスラと皇后陛下は「繭」というキーワードでつながっているというのだ。そこからの考察はこちらに任された(と勝手に思っている)。果たして答えは出るのか!?

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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る 

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