News
NEWS
明けの明星が輝く空にinCO

明けの明星が輝く空に 第187回 夢幻のヒロインたち7:ゆき(雪女) 

明けの明星が輝く空に 第187回 夢幻のヒロインたち7:ゆき(雪女) 

登場作品:映画『怪談雪女郎』(1968年)
キャラクター設定:我が子への愛ゆえに、去らなければならなかった妖怪

大映映画『怪談雪女郎』に登場する雪女は、恐ろしいだけの存在ではない。金色の瞳で人を睨む形相には心胆寒からしめるものがあるが、最後に見せた姿は切なく哀しいものだった。

小泉八雲の『怪談』に収録された「雪女」が、原案となったと思われるこの作品。物語は、仏師の与作が師匠とともに、山で吹雪に見舞われたところから始まる。その晩、山小屋で過ごしていると、夜も更けたころ、雪女が音もなく入ってきて、師匠は殺されてしまう。与作は美しい若者であることを理由に殺されなかったが、その晩のことを誰かに話せば命はないと告げられる。

村に帰ってきた与作は、ある日ゆきという女性と出逢う。彼女の正体は雪女だったのだが、そんな素振りは一切見せない。それどころか、つつましく思いやりのある好人物で、両人が夫婦となって生まれた子ども(太郎)への愛情は、嘘偽りのないものだった。実は、ゆきが初めてスクリーンに登場する場面から、彼女が観客に好かれるように仕向ける映画の意図が読み取れる。2人の出逢いは雨の日だった。与作がふと外を見ると、軒先で雨宿りをしている女性の後ろ姿が目に入る。すると、視線を感じたのか、彼女がゆっくりと振り向く。一瞬ハッとした与作が、思わず視線を落としたのは、気まずさのせいだけではなかっただろう。なぜなら、そのときのゆきは、楚々とした美しさが際だっていたからだ。

この場面では、出逢いを印象づける演出が効いている。まず彼女の後ろ姿と、家の中から見ている与作というカットのつながりで、自然と観客の視点を与作のものと同期させる。次にゆきをゆっくり振り向かせることによって、彼女を見ているのがバレてしまうと観客に感じさせる“間”を与える。さらには、“どんな女性なのだろう”という興味を掻き立てる効果もあり、思わず僕らはその姿に見入ってしまう。そうしてゆきはカメラに目線を向ける(=与作と目が合う)と、かすかに「あっ」といった表情になる。その反応を見て、僕らも「あっ」となる。これは、見ているのがバレたと感じたせいでもあるが、それ以上にゆきの美しさに魅了された「あっ」でもある。正直に話そう。僕はここで、ときめいてしまった。(残念ながら、ゆきを演じた藤村志保さんは、今年6月、鬼籍に入られた。お悔やみを申し上げます。)

このあと物語は、与作と高名な仏師による観世音菩薩像の競作を縦軸に、いわゆる悪役がもたらす苦境を横軸に展開する。その悪役とは、彼女に横恋慕する卑劣極まりない男(地頭)だ。卑怯な手を使ってゆきを己のものとせんとするなど、典型的な憎まれ役だけに、力づくで迫られた彼女が正体を現した場面では、「やってしまえ!」という気分になる。(当然の報いとして凍死させられるのだが、映像があるのはその前後だけ。肝心の氷付けにされる場面がないのは物足りない!)

また、霊力を持つ老婆(巫女)も、彼女にとっては危険な存在だ。ゆきは“あやかし”、つまり人外の者であると見抜かれ、“湯玉”を浴びせられたり、榊で打たれたりする。本質的に悪人ではないのだが、常に下からの照明によって、ビジュアル的な恐ろしさが強調されるなど、完全な悪役扱いだ。

映画は、与作が吹雪の晩に見た雪女の話をゆきにしてしまう場面で、クライマックスを迎える。実は与作は、ゆきの顔をモデルに菩薩像を彫っていたのだが、その目にどうしても暗い影が出て悩んでいた。その時、何かを思い出したように、そばにいたゆきを振り返る。彼女を“あやかし”と呼ぶ巫女の話は信じないと言いつつも、雪女の記憶が蘇ってきたのだ。

ゆきは正体を現し、与作を殺そうとする。しかしその時、寝ている太郎が声を上げて泣き始めた。ハッとするゆき。太郎の枕元に行くと、その目から涙がこぼれ落ちた。そこにいるのは、もう妖怪雪女などではなく、ひとりの母親だった。ゆきは立ち上がると、与作に太郎の将来を託す。さらに仏像を立派に仕上げてくれと告げたところで、家の扉がひとりでに開いた。ゆきの顔に狼狽の色が浮かぶ。まるで、正体を知られた以上、人間界から去らねばならぬという、抗うことのできない運命を悟ったかのように。

涙を浮かべて去って行くゆき。自分を呼ぶ太郎の声に振り返る。そのとき与作は、ゆきの目に慈悲の心を見た。追いかけようと走り出した太郎が、転んでしまう。しかし、ゆきはもう振り返らない。降りしきる雪の中、その背中は少しずつ小さくなっていった。

僕がこの映画を観て、母親としてのゆきの姿で印象に残ったのが、物語中盤で太郎に歌を教える場面だ。なんとも優しげで、幸せが映像から溢れている。ただ歌詞がよく聞き取れなかったので、何の歌なのかを調べてみた。どうやら、世界遺産の白川郷に伝わる民謡らしい。そう知った途端、寒気を感じた。以前旅で訪れた、冬の白川郷を思い出したのだ。合掌造りの民家に泊まり、囲炉裏のそばで食事をし、部屋に戻ったころは夜も更けていた。そんなところへ、もし雪女が入ってきたら・・・。一瞬にして、そんな妄想が頭を駆け巡ったのだ。白川郷の雪景色はすばらしい。しかしこの先、また冬に訪れる勇気が湧くかどうか。今はちょっと自信がない。

—————————————————————————————–
Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。

【最近の私】たまたま近所のブックオフに寄ってみたら、なんと、漫画『かくしごと』が全巻揃って並んでいるではありませんか!いまどこにも在庫がないので、即買いでした。絵のタッチとかギャグのセンスとか、波長が合うと言ったらいいのか、とにかく超好み。久しぶりにイイ買い物をしました。

—————————————————————————————–

明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る 

バックナンバーはこちら

◆【2025年10月期受講生募集!】
ご興味をお持ちの方は無料の学校説明会へ!
入学をご検討中の方を対象に、リモートでカリキュラムや入学手続きをご説明します。ご都合・ご希望に合わせてお選びください。