明けの明星が輝く空に 第189回 『新幹線大爆破』

僕は、樋口真嗣監督に謝らなくてはいけない。『新幹線大爆破』(2025年)に期待していなかったからだ。(理由は、10年前の樋口監督作品、実写版『進撃の巨人』2部作、とだけ言っておこう。)Netflixで2回に分けて観たが、続きが楽しみになるぐらい面白かった。
『新幹線大爆破』は、1975年に公開された同名作品のリブート版である。爆弾が仕掛けられたのが東京発、博多行きのひかり109号から、青森発、東京行きのはやぶさ60号に変更されたが、ある速度(旧作は時速80km、新作は100km)を下回ると爆発する、という点は同じだ。
旧作は、米映画界にインスピレーションを与え、アクション映画『スピード』(1994年)が作られたことでも知られる。爆弾犯人、沖田(演じたのは高倉健!)を、単なる悪人として描いていないことは評価されるべき点だろう。しかし、その一方、途中から沖田の回想シーンがたびたび挿入され、新幹線を巡るドラマが途切れがちなのも事実だ。さらに映画終盤には、警察が町中で犯人を追い詰める過程が中心になる。映画公開当時、『新幹線大爆破』というタイトルを見て期待したものとは違った、という観客もいたのではないだろうか。
それは、小学校をサボって観に行ったという樋口監督も同じだったかもしれない。リブート版では、ドラマの大半が新幹線を舞台に展開する。おかげで、映画全編を通して緊迫感が維持された。その点は、ミュンヘン五輪の選手村占拠事件をモチーフにしながら、ほぼ放送局内の場面だけで構成されていた『セプテンバー5』(2024年)に似ていると言っていい。
リブート版『新幹線大爆破』においても、犯人には同情すべき事情がある。しかし、その説明は最小限に抑えられ、その一方で新幹線の走行シーンが増えた。面白いことに、ただ走っているだけでも、爆弾が仕掛けられていると思うと、映像から緊迫感があふれ出す。途中駅を通過する場面など、何か起こるわけでもないのにドキドキしてしまった。(駅を通過する新幹線をホームから見たことがあるが、あれは恐い。ひとつ隣の線路で距離があったにもかかわらず、在来線とは迫力がケタ違いなのだ。その記憶があるから、余計に緊張したのかもしれない。)
映画序盤の山場に、上り線から下り線に入る場面がある。盛岡駅の先で、前方を走行中の新幹線が故障で立ち往生したため、回避せざるを得なくなったのだ。しかし、下り線は新函館北斗・秋田行が走行している。爆弾が爆発してしまうため、速度を落としてやり過ごすことはできない。それでも計算上は、ギリギリのタイミングで衝突を避け、下り線に入れることがわかった。関係者が固唾をのんで見守る中、猛スピードですれ違う2つの新幹線。はやぶさ60号が、線路の転轍(てつ)器、いわゆるポイントに差しかかり、下り線に入る。一瞬、下り列車の最後尾と接触。火花が飛び散るも、大事には至らなかった。
この後も、併走する車両から救出作戦のために必要な機材を受け取る場面や、後方から来た救助車両と走行しながら連結する場面など、映画の「動」の部分は新幹線を中心に回る。似たような場面は旧作にもあったが、50年前と比べて映像技術が進化したリブート版は迫力が数段アップ。通常の走行シーン以外、実際の車両を使うわけはないとわかっていても、物語に引き込まれていると、どれも本物にしか見えない。いや、改めて作り物っぽさを探そうとしても、いまやVFXによる映像を素人の目で見破ることは難しい。
ただ、さすがは樋口監督だ。日本特撮伝統のミニチュア撮影も、しっかり取り入れている。ミニチュアと言っても、1/6のスケールで作られた新幹線は、1両の長さが4m以上。スタッフ10人がかりで運ぶぐらいだから、重量も相当あるだろう。それを走らせて脱線させ、障害物にぶつける。なかなかの迫力だ。まして樋口監督は、特技監督を務めた平成ガメラ3部作で日本アカデミー賞、特別賞特殊技術賞を贈られた特撮界の第一人者。着ぐるみのガメラが巨大怪獣に見える映像を撮ったように、アナログ手法で人の目をだますのはお手のものだ。
樋口監督の強みは、もうひとつある。本人曰く、「鉄道オタク」なのだそうだ。当然、新幹線の映像は全て魅力的に仕上がっている。車両を美しく見せるだけでなく、至近距離からのローアングルショットや、並行して移動するトラッキングショットで迫力を演出。通常では見られない映像の数々に、鉄道ファンでなくとも魅了される。そういった意味で、このリブート版は新幹線のための映画であり、新幹線が主役の映画と言えるのかもしれない。
ごく個人的に、残念な点もあった。それは、舞台が秋田新幹線ではなかったことだ。なんといっても、あの赤い車体は映える。スーパー戦隊のセンターがレッドであるように、“主役”に相応しいではないか!ただし、東北新幹線になったのには、相応の理由があったようだ。JR東日本から「東北を世界にアピールできる」という話があり、制作陣がその意を汲んだのだ。それはそれで大変意義深いことだし、異論はない。ただ、一面緑の田園風景の中、赤い新幹線が疾走する映像は、この上なく美しかっただろうとも思うのである。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】JVTAのコラムを卒業された、鈴木純一さんのお疲れ様会に出席しました。ほかのコラム仲間である土橋さんや扇原さん、JVTAの新楽代表はじめスタッフの方々にも、久々にお会いできました。改めて鈴木さん、お疲れ様でした。気が向いたら、特別寄稿とかスポット参戦みたいな形で、また書いてください。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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