明けの明星が輝く空に 第191回 クリスマスには・・・シャケぇ!?
ことしのクリスマス、果たして農林水産省は再び“シャケ推し”でいくのか。スーパー戦隊ファンは、固唾を飲んで見守っている。というのはオーバーだが、過去2年、同省のクリスマス関連ツイートが話題になったことは事実だ。きっかけは、『怪盗ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』(2018年~2019年)の第45話「クリスマスを楽しみに」に、“シャケ激推し”の怪人、サモーン・シャケキスタンチンが登場し、「クリスマスにはシャケを食え!」と叫んだことだった。
例によって、絶妙な緩さが魅力のスーパー戦隊シリーズ。サモーンが行う非道は、街の肉屋を急襲し、チキンの代わりにシャケを置かせるという、実にたわいのないものだ。「今年のクリスマスはシャケ一色に染めてやる!」と謎の宣言をし、嵐のように現れて、嵐のように去って行く。そんなサモーンの行動に目をつけた農林水産省が、2023年に魚食普及の一環として、「#クリスマスにはシャケを食え」と、サモーンの画像付で公式Xにポストした。
ところが、同省は翌2024年の公式Xに、「#シャケ もいいけど、他の魚も食べてほしい」とポスト。クリスマスカラーということで、マグロとアボカドを使ったメニューを紹介したのだ。(とはいえ、農林水産省は同じ日に、公式YouTubeチャンネルで、「【水産庁】サモーン・シャケキスタンチン様に感謝しながらシャケ食べた」と題する動画もアップしている。)
それにしても、サモーンという怪人の目的は何だろう。チキンの代わりにシャケを食べさせて、一体何になるのか。彼は異世界犯罪集団ギャングラーの一員で、その組織は犯罪行為を通して、人間社会の掌握を目論んでいるらしい。窃盗や誘拐、中にはプロパガンダ映画の制作といったユニークなことをする怪人もいるが、クリスマスにシャケを食べさせることで人間社会を掌握できるとも思えない。たとえばこれが仮面ライダーシリーズであれば、シャケには毒が混入されている、といった仕掛けが考えられるが、サモーンは純粋にシャケを食べてほしいだけのようだ。
もちろん、クリスマス商戦でチキンの売り上げを伸ばそうと思っている店主たちは、たまったものではないだろう。中には、閉店に追い込まれる店だってあるかもしれない。それでも、暴力を振るうでもなく、ただ鶏肉を撤去しシャケを陳列棚にきれいに並べて置いていくだけのサモーンは、どことなく憎めない。スゴイ勢いで走って来て、高い所から飛び降りた際に無様に転んだ場面では、「着地しっぱーい!でも、めげない!」と言って走り続ける、健気さのようなものさえ感じさせた。
サモーンはその攻撃技も、ユニークで楽しい。まずは“切り身配り”。シャケの塩焼きをヒーローたちの口に投げ込む。攻撃を食らった一人が、思わず「うまいな」とつぶやいたことからわかるように、それはちゃんとした料理だった。そして極めつきの大技が、“シャケチャーハン”と“氷頭なます”。ヒーローをご飯と一緒に炒めたり、甘酢に漬けたりするのだ!技を食らった方も、「パラパラになっちゃうよー!」とか「すっぱい!すっぱい!」とか、なかなか愉快な苦しみ方だ。画面にはそれぞれのレシピや作り方が表示され、なんともシュールな映像が出現。画面右下には「※イメージ!?」というテロップまで表示され、目の前の光景が現実に起こっていることなのか、それともサモーンが見せる幻影なのか、なんだかよくわからない。もちろん、こんな映像を真面目に解釈するほど野暮ったいことはないので、単純にノリで楽しむのが正しい鑑賞方法だ。
ところで、サモーンは悪役でも、彼を全否定するとシャケという食材の否定にもなりかねない。そこは現代の作品らしく、ヒーローたちが「確かに鮭はすばらしい食材だと思う」とか、「僕もサーモンは大好物の部類に入るよ」などと多様性を認める発言をしている。その上で、「クリスマスにはチキンでしょうがー!」と、正論(?)をぶつけるのだ。この言い方も絶妙だ。たとえば「クリスマスにはチキンだ!」というように、突き放した言い方と比べるとわかりやすい。「でしょう?」という言葉には、「そうじゃない?違う?」といったように、相手の立場も少しは認めているようなニュアンスがある。それでいて、語尾に「が」を置くことで、相手が間違っていることを強く主張する言い回しにもなっている。
余談だが、僕は「でしょうが」という言い回しを聞いて、ドラマ『北の国から’84夏』の、「子どもがまだ食ってる途中でしょうが!」という台詞を思い出した。父親の黒板五郎が、ラーメン屋で器を下げようとした店員に怒鳴るシーンだ。脚本を書いた倉本聰氏によれば、あの台詞は物語の“へそ”、またはドラマチックの“ドラマ”ではなく“チック”なんだそうだ。それは、ちょっとした台詞、場面ではあるけれど、グッと心をつかまれるとか、印象深く記憶に残るようなもののことらしい。
サモーンの「クリスマスにはシャケを食え!」は、まさにその“へそ”なのだ、と言えたらきれいにまとまったのだが、残念ながらそうとは言えない。サモーンは他にも、「ノーモア・チキン」、「チキンのかわりにシャケを食べろ」、「クリスマスにチキンを食べるなんて許せない」などなど、同じような台詞をまくし立てる。「クリスマスにはシャケを食え!」は、その大量の台詞の中に埋没してしまっている。
個人的には、ヒーローがシャケチャーハンにされるという、ある意味とてもショッキングな映像も含め、「パラパラになっちゃうよー!」こそが、この作品の“へそ”なんじゃないかと思う。バカバカしくも楽しい。これぞ、スーパー戦隊シリーズを象徴する名場面。けっこう本気で、そう考えている。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】予期せぬ出逢いがあるという意味で、テレビは書店に似ています。先日たまたま日本赤軍のドキュメンタリー(NHK)を観ましたが、「オールドメディア」の底力を見た気がします。それに比べてSNSの情報って薄っぺらい。正直な話、そう感じました。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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