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明けの明星が輝く空に 第95回 特撮俳優列伝7 大村千吉

明けの明星が輝く空に 第95回 特撮俳優列伝7 大村千吉
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【最近の私】映画の日に観た『gifted/ギフテッド』は、“ad nauseam”という単語の訳が予告編では「うんざりするほど」、本編では「入念に」と違っていた。場面・状況を考えると、どちらも一長一短がありそうだが、皆さんの意見はどうだろうか。

 
ほんのチョイ役なのに、アップで撮りたくなる。大村千吉という役者は、そんな顔の持ち主だった。目がギョロッとして口が大きく、たとえて言うなら“やせたカエル”だろうか。軽いメイクだけで、カッパに扮することもできそうだ。

 
大村氏は怖がったり驚いたりする時の表情が秀逸で、ひょうきんながらも緊迫感を感じさせるという、実に稀有な“顔芸”のできる俳優だった。『ウルトラセブン』第2話「緑の恐怖」では、夜の路上で宇宙人に襲われる酔っ払いサラリーマン、同じく第41話「水中からの挑戦」では、湖から現れた宇宙人に驚く釣り人を演じ、オーバーなほど恐怖におののいている。実は、後者の「水中からの挑戦」はカッパを題材にしたエピソードなのだが、大村氏のキャスティングは偶然とは思えない。カッパを探しに来た「日本カッパ倶楽部」のメンバーと話している場面、極端なアップで抜かれた大村氏の表情は、まるでカッパそのものだったのだ。

 
1991年に69歳で亡くなった大村氏は、特撮作品に限らず脇役が多かったため、詳しい資料に乏しい。それだけに、1984年に行われた講演会の内容をまとめた『別冊映画秘宝Vol.5 特撮秘宝』(洋泉社)の記事は、大村千吉という人物を知る上で大変貴重だ。それによると大村氏は、怪獣を見て驚く芝居は何十回もやったため、最後は驚き方のパターンがなくなってしまったそうである。ただ、たとえ似たような驚き方になってしまったとしても、あの演技は誰にも真似できない唯一無二のものだし、それだけで十分価値があるのではないかと思う。

 
また、大村氏は“イカレタ役”が得意だったそうだ。『ウルトラマン』第29話「地底への挑戦」での坑夫がまさにそんな役で、自分が発見した金鉱の金に、異常な執着を見せる男を好演していた。彼はある日、金の採掘場に怪獣が現れたため、地中に取り残される。しかし、救助されても感謝するどころか、怪獣に手出しをするなと言い出す。その怪獣は金を食べたため、体が純金でできていると信じているのだ。「あの金は俺のものだ。手を出したら承知しないぞ」とうわごとのようにつぶやき、さらに「安心して少し休め」と言われれば、狂ったように笑いながら「俺が眠っている間に、金を横取りしようってんだろ! そうはさせんぞ!」と騒ぎ出す始末だった。

 
大村氏による、イカレタ役の一つの到達点とも言えそうなのが、『怪奇大作戦』第24話「狂鬼人間」に登場した精神異常者だ。このエピソードでは、「狂わせ屋」が作った機械によって精神に異常をきたした人間が複数登場し、殺人事件を起こす。大村氏が演じたのはそのうちの一人で、画面に映っている時間はおそらく1分にも満たないだろう。それでも「狂鬼人間=大村千吉」と言ってもいいほど、その存在感は際立ったものだった。深夜、日本刀を持った上半身裸の男(大村氏)が、ある高利貸しの屋敷の塀を乗り越え、庭に忍び込む。薄気味悪い笑い声をあげながら刀を抜いた後、部屋に押し入るなり、奇声を発して突進。札束を数えていた高利貸し目がけ、日本刀を振り下ろした。そこでアップになった男は、悪鬼のような恐ろしい形相ではない。どちらかと言えば、気弱そうな男の頼りなげな表情だ。ただし、極度な興奮状態の中、眼前の凄惨な光景を見つめる顔からは、憎しみや恨み、あるいは達成感といったどんな感情も伝わってこず、それがかえって恐ろしい。これ以上の狂気を感じさせる演技は、なかなかお目にはかかれないだろう。(ちなみに「狂鬼人間」はいわゆる封印作品となってしまい、DVDなどで入手することは不可能となっている。)

 
数々の作品で独特の存在感を示した大村氏は、上記の講演会で、イカレタ役の演技のコツは「精神をどこか外してしまう」ことだと語っている。また、一番苦労したのは突然おかしくなる役で、それは相手役の俳優も気持ち悪いだろうけれど、自分も気持ち悪いものだと述懐している。それでもイカレタ役はクセがあるから演じやすく、普通の人の役が実は一番やりにくかったそうだ。これは大村氏ならではの言葉ではないだろうか。薬物患者のような役をやっている時など、寝言で「ヒャー」と叫び奥さんを驚かせたというが、そこまでいけば役作りも成功と言っていいだろう。ほんの脇役であっても、真剣に役に取り組んでいた大村氏は、紛れもないプロフェッショナルであった。

 

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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る

 
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