News
NEWS
明けの明星が輝く空にinCO

明けの明星が輝く空に 第96回 干支と特撮:イヌ

明けの明星が輝く空に 第96回 干支と特撮:イヌ
Tweet about this on TwitterShare on Google+Share on FacebookShare on TumblrPin on PinterestDigg thisEmail this to someonePrint this page

【最近の私】小学生の頃、ドラゴンズの青い帽子をかぶっていた僕にとって、星野仙一さんはヒーローだった。「反骨精神」を学んだのは、マウンド上での星野さんの姿からだったと思う。ご冥福をお祈りいたします

 
ダニエル・キイスが書いた小説『アルジャーノンに花束を』は、日本でもテレビドラマ化されており、ご存じの方も多いだろう。実は、この小説に出てくるネズミ(アルジャーノン)をイヌに置き換えた話が、昭和の特撮番組にあった。ピー・プロダクション制作の『スペクトルマン』(1971~72年)48話「ボビーよ怪獣になるな」と、その後編、49話「悲しき天才怪獣ノーマン」だ。

 
『アルジャーノンに花束を』は、「知的障害者のチャーリイが、知能を高める手術を受けて大学教授をしのぐ天才となるが、その手術には予見できなかった欠陥があり、再び知能レベルが低下。最後は、自ら養護学校で暮らすことを選択する」という話で、彼よりも先に同じ手術を受けていたのが、ネズミのアルジャーノンだった。

 
『スペクトルマン』では、ボビーというイヌが実験動物となり、手術によって天才犬となるが、ある日人間の脳を食らう怪獣となってしまう。それを見てショックを受けたのが、ボビーと同じ手術を受けていた三吉だった。知的障害のあった彼は「利口になれないんなら、死んだ方がいい」という切実な思いから人体実験に応募したのだ。手術後、医学博士となった彼は、必死に怪獣化を食い止める術を模索するがうまくいかない。やがて、自らも醜い姿となって街をさまよい、人を襲いその脳を食べてしまう…。

 
人を殺めるという十字架を背負ってしまった三吉には、チャーリイとは全く異なる悲劇が待っているのだが、その結末を見届けた後には深い悲哀や寂寥感が心に残る。これは、俳優の演技、脚本、演出の力によるところが大きいだろう。

 
まず、三吉を演じた鶴田忍氏の好演が光る。三吉は手術で知能が高くなってもおごることなく、実直で純朴な人柄のままだったが、鶴田氏の表情・口調からはそれが本当によく伝わってくる。より天才になったら人類のために貢献したいと、真剣な眼差しで語る姿にも、三吉の真摯な態度が表れていた。ついでに言うならば、手術前後のキャラクターの演じ分けは見事としか言いようがなく、無邪気な表情でブランコに乗っていた三吉と、医学博士となり引き締まった表情の三吉は、まったくの別人としか思えないほどだ。

 
そんな三吉には、特撮史上屈指と言っていいほどドラマチックなセリフが用意されていた。「もし怪獣化を止める方法が見つからなかったら、ボビーと同じように殺してくれ」と主人公の蒲生譲二(スペクトルマン)に頼み、別れ際にこう言うのだ。「万が一の時のために、今から言っておきます。さようなら!」。決然と言い放った最後の一言には、一人の男の悲しいまでの覚悟が込められていた。またこの後、怪獣ノーマンとなってしまった三吉が発した言葉も、観る者の心に突き刺さり、容易に消えることはないだろう。彼はスペクトルマンとの戦いのさなか、「なぜ殺してくれないんだ、僕にはまだ、わずかながら人間としての心と意思が残っている。僕は人間として死にたいんだ。人間として死なせてくれー!」と訴えたのだ。これほど悲しい叫びが、他にあるだろうか。

 
このあと、二人の戦闘場面はストップモーションとなり、三吉の最期は描かれない。そしてカットが変わり画面が映し出すのは、海を見下ろす丘にひっそりと立つ、三吉とボビーの墓標。辺りに人影はなく、ただ優しいオルゴールの調べだけが聞こえている。なんと情感にあふれたラストシーンだろう。実は、ここで流れるBGMは他の場面でも使用されていて、三吉のキャラクターを印象付ける上で重要な役割を果たしていた。まだ手術前、亡くなった母親の写真に語り掛ける場面や、手術後に身寄りのない者同士だと言ってボビーと戯れる場面、さらには自分の運命を呪い、頭が悪かったころを懐かしむ場面で、オルゴールが胸に染み入るような旋律を奏でる。こういった演出によって、作品全体の印象も優しく穏やかなものとなり、ただの怪獣退治ものとは違う世界を子供たちに見せてくれた。

 
「ボビーよ怪獣になるな」と「悲しき天才怪獣ノーマン」は、特撮番組らしい自由な発想で『アルジャーノンに花束を』を換骨奪胎した作品だ。2体の怪獣のデザインと造形は今改めて見ると“残念”としか言いようがないものだったが、そんなことはどうでもいいと思わせるほどの魅力にあふれている。特撮史上屈指の名作として、長く語り継がれるべきだろう。

 
—————————————————————————————–
Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
—————————————————————————————–

 

明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る

 
バックナンバーはこちら

Tweet about this on TwitterShare on Google+Share on FacebookShare on TumblrPin on PinterestDigg thisEmail this to someonePrint this page