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明けの明星が輝く空に 第98回 特撮俳優列伝9 水野久美

明けの明星が輝く空に  第98回 特撮俳優列伝9 水野久美
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【最近の私】妖艶」の関連語句を調べていて、「凄艶」や「姸姿艶質(けんしえんしつ)」という言葉を発見。四字熟語ってなぜかカッコイイ。「鎧袖一触」、「疾風迅雷」、「孤影悄然」・・・。むかし小説で見つけた「星眸濶面(せいぼうかつめん」など、意味がよく分からないけどカッコイイ。

 
「妖艶な女優」といえば、皆さんは誰を思い浮かべるだろうか。インターネットで検索してみると、「壇蜜」や「高岡早紀」、「吉瀬美智子」といった名前が並ぶサイトが出てきた。この結果についての論評は避けておくが、僕なら迷うことなく「水野久美」を選ぶだろう。彼女は、今年のNHK大河ドラマ『西郷どん』でのやさしげな祖母役からは、想像できないほど妖しく艶やかな女優だった。

 
水野さんは、『別冊映画秘宝 東宝特撮女優大全集』というムック本の表紙を大きく飾っていることからも分かるように、東宝の特撮映画史を語る上で欠かせない女優だ。しかも、東宝こそが『ゴジラ』などの特撮映画を日本に根付かせ、エンタメ映画の一大ジャンルに押し上げたことを考えれば、彼女は日本を代表する特撮女優と言っても過言ではない。

 
このムック本の表紙に使用された写真は、水野さんが『怪獣大戦争』(1965年)でX星人役に扮したときのもので、体のラインが出る(当時としては)大胆なコスチュームに魅了されたファンが多かったようだ。水野さんが演じたX星人は、海外のSF映画ファンの間では神話的な存在になったというし、英語のファンレターもたくさん来たという。ただ、妖艶という意味では、同年に公開された『マタンゴ』で演じた関口麻美の方が、数段上だろう。それはまるで、妖美な光を放ちながら、艶麗なる香りをまとい、密林に咲いた真紅の花のようだった。

 
『マタンゴ』は、離島に流された男5人女2人による一種の“密室劇”で、唯一の“生存者”の証言から物語が始まる。食料が乏しくなる中、人間の醜い本性が浮き彫りになるのが見どころだ。水野さんが演じた麻美は歌手で、愛人である実業家のほか、作家、大学の助教授といった仲間たちとヨットでクルージング中、嵐が原因で遭難し離島に流れつく。さまよった末に見つけた大型の難破船に残されていた日誌には、その島で発見された新種のキノコ、“マタンゴ”を食べると、神経をおかされることが記されていた。

 
マタンゴを食べた人間は気分が良くなるのだが、やがて眼が虚ろとなり人格を失う。また、顔や体が変形し、最後はキノコ人間となってしまう。ただ不思議なことに麻美はそうならず、唇はつやつやと赤く輝き、青いアイシャドーが濃くなって、悪女的な色香を増すだけだった。一度食べたらやめられないという特性を持つマタンゴは、現実社会における麻薬のアナロジーだと推測できるが、それを食べながら「おいしいわぁ」と言って男に勧める麻美自身、麻薬の魔力を象徴している存在なのかもしれない。(「麻美」という役名も、「麻薬」から来ているのだろうか)そう考えれば、麻美が醜い姿にはならず、逆に色気を増す演出にも合点がいく。

 
物語終盤、麻美はマタンゴを食べた作家とグルになり、“邪魔者たち”を消そうとして失敗。寝泊りに使っていた難破船から追放される。しかしその後、雨が強く降りしきる中、一人で戻って来るのだが、このときの麻美は怖かった。愛人だった実業家が一人になるのを見計らって船室に現れ、妖しげに微笑みながら、彼をマタンゴの森にいざなうのだ。こう言っては失礼かもしれないが、幽霊か(美しい雪女のような)妖怪の登場シーンのようで、僕はぞっとしてしまった。

 
東宝の新人時代の記者会見で、「主役はいらないので個性的な脇役を演じたい」と発言し、物議をかもしたという水野さん。若い女優には、「清楚なお嬢さん」的役割が期待された時代だ。なかなか二十歳そこそこの新人が言えることではない。それだけ度胸が良かったのか、または怖いもの知らずだったのか…。どちらにせよ、そういう性格の人が演じたかと思うと、『マタンゴ』の麻美は、よりリアリティを持った人間に見えてくる。

 
水野さん自身、優等生ではない麻美という役が好きだったという。またメガホンを取った本多猪四朗監督は、あまり演技に注文を付けず好きなようにやらせてくれたそうだ。『マタンゴ』の関口麻美という人間は、女優水野久美の一部が強調されて作り上げられたキャラクターだったのかもしれない。

 
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る

 
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