歴史に翻弄された武術家たちの対決 池内博之 in 『イップ・マン 序章』
【最近の私】友人から勧められた原田マハの小説『キネマの神様』が面白かったです。もし映像化するなら、どの俳優がいいかと妄想キャスティングもして楽しみました。
8月はTVで戦争映画を放送することが多い月である。戦争を題材にした作品は数多くあるが、今回はその中から、池内博之が日本軍の将校を演じた『イップ・マン 序章』を紹介したい。
物語は1930年代の中国、広東省の佛山市から始まる。この街は道場がいくつも連なり、武術が盛んなことで知られている。イップ・マン(ドニー・イェン)は詠春拳の達人で、佛山で最強の武術家と呼ばれており、妻と息子と平和に暮らしていた。ちなみにイップ・マンは実在の人物で、現在も詠春拳を学ぶ弟子たちは世界中に大勢おり、ブルース・リーもその1人である。
日中戦争が勃発し、1938年に日本軍が佛山を占領。イップ・マンの邸宅は軍に没収されてしまう。平和な暮らしが一変し、イップマンは石炭運びなどをして何とか生活していた。日本軍の車がそばを走るのを横目にしながら、ただ立ちすくむイップマン。最強の武術家として名をはせていても、この状況を変えることはできない。そんな苦悩が出ている場面だ。
一方、佛山にいる日本軍の三浦将校(池内博之)は空手の達人で、対決できる相手を探していた。彼はある日、中国人を集め、自分と戦えば米を与えると言う。3人の武術家が名乗りを上げるが、三浦にあっという間に叩きのめされる。しかも1人は命を落とすことに。それを見たイップマンは「日本人10人と戦う!」と宣言する。これまで日本軍に虐げられてきた怒りが爆発。イップ・マンの繰り出す詠春拳が炸裂し、10人を倒してしまう。しかもイップ・マンは米を受け取らずにその場を去る。「米よりも、死んだ人間の尊厳が大事だ」と言わんばかりに。このイップ・マンVS 10人の戦いでは、「いいぞ、日本軍をぶっつぶせ!」と日本人なのに思わずイップ・マンを応援してしまう。そんなシーンになっている。
本作では、日本軍が中国を侵略しているので、当たり前だが日本人が悪として描かれている。だが三浦は武術を極めようとしており、礼節もある人物として登場する。むしろ三浦の部下である佐藤(渋谷天馬)は本当に下劣である。あまりにもひどいので、中国人から観たら絶対に許せないキャラクターですよ。
三浦を演じる池内博之は、今作で本格的なアクションに挑戦している。撮影前には香港で約1カ月、カンフーの特訓を行ったという。だが本作のオファーが来た時、三浦は単なる悪役として描かれていた。そこで池内は監督と話し合い、武術を通してイップマンと三浦の心が通じ合うようにストーリーを変更していったという。『イップ・マン 序章』以降、池内は『キング・オブ・ヴァジュラ 金剛王』、ジャッキー・チェン主演の『レイルロード・タイガー』などアジアの映画に出演し、海外でも注目されている俳優だ。
三浦はイップ・マンを武術の達人だと見抜き、物語の終盤で、イップマンに日本軍に武術を教えてくれと頼む。だがイップマンはそれを断り、三浦と対決する道を選ぶ。生まれてくる時代と国が違ったら、2人は武術家として友人になれたかもしれない。そんなことを考える作品でもあります。
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Written by 鈴木 純一(すずき・じゅんいち)
映画を心の糧にして生きている男。『バタリアン』や『ターミネーター』などホラーやアクションが好きだが、『ローマの休日』も好き。
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戦え!シネマッハ!!!!
ある時は予告編を一刀両断。またある時は悪役を熱く語る。大胆な切り口に注目せよ!
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