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修了生・小黒由紀子さんに聞く TNLFの人気企画 サイレント映画の字幕を作る難しさ

修了生・小黒由紀子さんに聞く TNLFの人気企画 サイレント映画の字幕を作る難しさ
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いよいよ2月9日(土)から、「トーキョーノーザンライツフェスティバル 2019」がスタート。北欧5カ国の作品を集めたこの映画祭をJVTAは字幕制作でサポートしています。このイベントの毎年恒例の人気企画といえば、古き良き時代のサイレント映画と柳下美恵さんによるピアノの生演奏との共演。今年の作品は、フィンランドの映画創成期を担った巨匠エルッキ・カル監督が1923年に手がけた『村の靴職人』です。国民的作家アレクシス・キヴィの1864年の戯曲で、フィンランドでは広く親しまれている物語が、約100年の時を経て蘇ります。この作品の日本語字幕を修了生の小黒由紀子さんが手がけました。サイレント映画の字幕に取り組んだのは初めてという小黒さんによると、これまでとはちょっと違った翻訳時の工夫が必要だったそうです。お話を聞きました。

 
『村の靴職人』日本語字幕を担当
修了生 小黒由紀子さん

Village Shoemakers

 
JVTA 音がないサイレント映画の場合、字幕のハコ切りなどはどのように進めたのでしょうか?

 
小黒由紀子さん(以下小黒さん) サイレント映画では、映像の合間にナレーションやセリフの入った中間字幕(インタータイトル)が、現れます。基本的にはこの画面が出るタイミングに合わせてハコ切りをしました。本作品のオリジナル字幕は上段がフィンランド語、下段がスウェーデン語の二段仕立てで、画面下にはあまり余白がありません。そこで日本語の表示位置を通常の横下にするか、縦右にするかを、まずはディレクターと相談しました。

 
セリフ キャプチャ
※『村の靴職人』より。字幕はこのようなイメージで表示されます。

 
1画面の字数を考えると横下にしたいところですが、映像の文字と重なると読みづらく、また下段のスウェーデン語を読む観客もいらっしゃるはずです。結論として、1行の字数をギリギリまで増やした縦字幕で作ることになりました。

 
JVTA 画面を見るとオリジナルの字幕はとても多い。これを縦字幕にするのは大変だったと思います。

 
小黒さん 英文のスクリプトからまずは全訳を書き起こしてみると、やはり日本語訳の方が長くなりました。同じ尺に全部の内容を盛り込むのは厳しく、さらに縦字幕は、横字幕より字数が少なく、小刻みな短文に分けなければいけません。

 
もともとが必要最低限の情報である中間字幕から「何を削れるか」が悩みどころでした。
特に冒頭のナレーションは登場人物の相関関係や話の発端を語る重要な情報であり、ムダな言葉は1つもないわけです。パズルのように形容詞や名詞を足したり引いたり、一部の情報は後の字幕に入れたりと何度も書き直しました。

 
JVTA いつも以上に情報の取捨選択や言葉選びが大変だったんですね。英語字幕以外にオリジナルの字幕も活用されたとか。

 
小黒さん はい。削れる情報を精査する際に、映像中のフィンランド語とスウェーデン語の字幕を自動翻訳ツールで英訳し、こちらも参照しました。英文スクリプトには原文にない情報が足されていることもあったためです。

 
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その時、意外にも(字幕の横出しを阻んだ)スウェーデン語字幕が役に立ちました。フィンランド語は後に続く助詞などによって名詞そのものが格変化して違う言葉になったり、動詞の後ろに主語がくっついて変化したりするため、名詞の原型が分からないと辞書を引くのも難しく、自動翻訳も精度が落ちます。その点スウェーデン語は比較的調べるのが容易でした。言葉の取捨選択を迷うたびに3つの英訳を比べ、1つの事実を3方向から確認するような翻訳作業となりました。

 
JVTA それは時間がかかったでしょうね。音がない分、口調などが分からず、苦労されたのでは?

 
小黒さん 口調は、約100年前の農村という舞台背景に合うようやや古風にして、“靴屋”“鍛冶屋”など、通常NGな“~屋”という表現も今回は使っています。校正では、なかなかバッサリと情報を落とせずにいた箇所の整理や、昔話風のよりぴったりな表現を提案していただいたディレクターに大変感謝しています。

 
木靴イメージ - コピー
※イメージ画像 当時は木靴でした。

 
※先崎進ディレクター談
「英語のスクリプトを読んでも原語のフィンランド語の意味を調べても、どうしても意味がよく分からない箇所がありました。その際、小黒さんは最後まで諦めず、映画の元になった戯曲を台本とそのセリフが登場するシーンを探し出して執念で調べ上げてくれました。映画の中の流れからだけでは分からなかったニュアンスを戯曲から読み解き、字幕に反映させることができました。今回の作品は無声映画だからこそ「あたかも聞こえるように訳す」のがポイントだと思いました。100年前にこの作品を見た人は、きっと衝撃を受けたと思いますが、面白さのエッセンスは今も昔も変わらないのだと感じます。約100年という時を経て、日本語字幕作品として新たな命が吹き込まれることにとても大きな意義を感じています」

 
JVTA 映像翻訳者にとって、すべて無音の映像に向き合うのは、あまりないケースですよね。

 
小黒さん 実は、最初に映像ファイルを字幕制作ソフトに読み込んだ時、“(音声)波形データ作成に失敗しました“というエラーメッセージが出て、すぐにこれが正しいファイルかをディレクターに確認したのですが、メールを送った直後、“音がないのだから波形はなくて当たり前”と気付いたという失敗がありました。なぜか音楽が一緒に入っていると思い込んでおり、「そうだ、音は会場での生演奏だった」とひとりで納得したのですが(笑)。

 
スコットジョップリン - コピー sting - コピー
※スコット・ジョプリンは映画『スティング』のテーマ曲「ジ・エンターテイナー」で知られています。

 
とはいえ、無音の映像での翻訳作業はどうも今ひとつ調子が出ません。そこで作業中は大好きなスコット・ジョプリンのピアノ演奏をシャッフル再生で流していました。映画とほぼ同年代のラグタイムは喜劇のコミカルなテンポとぴったりでした。

 
JVTA なるほど。音楽と一緒に無音の映像を見ることで、実際に上映会場の雰囲気がイメージできそうですね。最後にこの作品のみどころを教えてください。

 
小黒さん そうですね。ドタバタが始まる後半は特に楽しいシーンが詰まっています。個人的に何度見ても笑えたのは、主役のエスコが全速力で走って逃げる場面で、柵をひょいと飛び越えるエスコも、土煙をあげて追いかける村人も早回しのように足が速い! ほんの数十秒のシーンですが、マンガのひとコマみたいで面白いです。酔っ払ったエスコの視点よろしくグルグル回るカメラワークや、結婚式などの当時の暮らしぶりが見られるところも興味深いと思います。

 
舞台演劇のような大げさな表現が楽しいサイレント映画は、表情やしぐさだけでもストーリーや人物の性格が伝わります。その中で中間字幕の役割は、観る人の想像を膨らませる手伝いをする、映像という主役を盛り上げる名脇役であるべきと学びました。日本語字幕も少しでもその役割を果たせていれば幸いです。

 

ピアノと客席 - コピー
 
最後はほっこりした気持ちになれる本作品、ピアノの生演奏での上映という一期一会の映画体験を、ぜひ多くの方に楽しんでいただけるとうれしいです。

 
JVTA 上映会場でのピアノの生演奏と映像、字幕との融合が楽しみですね! ありがとうございました。

 
『村の靴職人』 上映スケジュール
2/10 sun 18:30 2/13 wed 19:00


 
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詳細はトーキョーノーザンライツフェスティバルの公式サイトをご覧ください。
http://tnlf.jp/

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