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【フィンランド映画祭】姉妹の口調や関係の変化、縦字幕の厳しい字数制限、解釈の相違などを4人で精査した字幕翻訳秘話とは

【フィンランド映画祭】姉妹の口調や関係の変化、縦字幕の厳しい字数制限、解釈の相違などを4人で精査した字幕翻訳秘話とは

フィンランド映画祭が11月8日(土)渋谷のユーロスペースで開催される。JVTAは毎年、この映画祭に字幕制作で協力。上映作品には、今フィンランドで話題の選りすぐりの傑作がラインナップされており、今年も全5作品の日本語字幕を担当した。

『100リットルのゴールド』(テーム・ニッキ監督)はニッキ監督の地元であるフィンランド中西部シュスマを舞台にした風刺コメディだ。主人公は、フィンランド名産である濃厚なビール、サハティを自家醸造する中年の姉妹、タイナとピルッコ。ある日、二人の妹、パイヴィの結婚式に100リットルのサハティを届ける依頼を受けるが、仲間と大騒ぎするうちに在庫をすべて飲み干してしまう…。結婚式まであと24時間。妹に贈る100リットルのサハティを求めて二人の豪快で無鉄砲な珍道中が始まる!ニッキ監督は、この作品で2026年アカデミー賞最優秀国際長編映画賞のフィンランド代表に選出された。ちなみに、ニッキ監督もシュスマの養豚農家の息子で家族がサハティを醸造しているそうだ。

『100リットルのゴールド』

日本語字幕は、JVTAで学んだ翻訳者、赤井雅美さん、川原田仁美さん、濱本佐宮良さん、福地奈緒子さんの4人がチームを組んで手掛けた。4つのパートに分けて各自が作った字幕を統合し、4人で話し合いながら細かい精査を行い、一つの字幕として完成させた。

「プロデビューしたばかりの翻訳者さん4人が、持てる力をすべて出し切って全身全霊で取り組んでくれました。どの字幕をとっても、一つひとつが選び抜かれた言葉で作られていていきいきとした表現が、キャラクターとストーリーにまさに命を吹き込んでくれています。ご覧になった方たちにきっと楽しんでいただけると思います。」(先崎進・JVTAディレクター)

翻訳チームで最も話し合ったのは、姉妹の口調だという。セリフを訳す映像翻訳の場合、口調は人物のキャラクターを表す重要なポイントとなる。基本的には全体を通して統一していくが、同じ人物でも相手やシチュエーションによって語尾などが変わってくる。

「特にタイナをどう描くかで意見が割れましたが、最終的には語尾をそろえるより、そのシーンの感情に合わせてトーンを考えることにしました。人間らしい感情の振れ幅があるキャラクターなので、場面に合った自然な口調を大事にしました。」(赤井雅美さん)

「物語が展開していく中で、登場人物にも変化が訪れるので、各パートでのキャラクター像も当然変わってきます。全体を通しての統一感を維持するために、“木を見て林を見て森を見て…”を繰り返すことを心掛けました。また、セリフの翻訳は感覚に頼りがちです。正しい日本語を使いながらも、硬すぎず、砕けすぎず、クセの強いキャラクターに合った表現を探すことに苦心しました。」(福地奈緒子さん)

濱本佐宮良さんは、一つの作品に4人で向き合う中で、ストーリーの解釈にも意見が分かれることがあったと話す。濱本さんが担当したパートでも別の解釈を提案された箇所もあり、改めて自身の解釈について深く考え直し、自分の伝えたいポイントが字幕にしっかり反映されているかどうかを徹底的に検討する、よい機会になったという。

「翻訳をするにあたっては当然自分なりに作品をしっかり観てから臨むわけですが、作業をするうちに自分のパートに集中しすぎて大局的な視点を失ってしまわないようにすることが大切だと感じました。」(濱本佐宮良さん)

各自が訳した言葉を一つの字幕にまとめるには、全体のトーンや言葉の統一も不可欠だ。川原田仁美さんは、各パートに出てくる同じ単語やフレーズの訳語を統一するのか、状況に応じた訳語にするのかなど、チームで細かく訳語をすり合わせたと振り返る。

「解釈が分かれる訳語については、納得がいくまでとことん意見を交わしました。その甲斐あってリライトを重ねるうちに訳がどんどん磨かれていき、最終的に無駄を削ぎ落とした濃い字幕になったのではないかと思います。」(川原田仁美さん)

オリジナルの言語はフィンランド語だが、こうした多言語の作品が映画祭で上映される場合、ほとんどが英語字幕を元に日本語に翻訳される。映画祭では英語字幕と日本語字幕は併記されることも珍しくない。この作品でも横字幕で英語字幕が表示されるため、必然的に日本語字幕は縦字幕となり、文字数がさらに限られ、翻訳者には難易度が増すことになった。

例えば、少ない文字数の中で、姉妹を馬鹿にしたような英語の言葉遊びを「タイナ タイナ めでたいな」と日本語にもうまく反映し傍点で強調した。また、作中に何度か出てくるキーワード「クルナ」に関しては、初出時に「ろ過槽」にクルナとフリガナをつけ、その後は「クルナ」に統一するなど簡潔ながら作品のニュアンスが伝わるための工夫も字幕に垣間見える。

「各セリフのメッセージやニュアンスを過不足なく伝える字幕を作ることに力を注ぎました。文字数が多いほうが伝えられる内容は増えますが、少ない文字数の中に本当に伝えなければいけない内容をぎゅっと凝縮する作業は翻訳者冥利に尽きる幸せな苦悩でしたし、最終的に無駄のない美しい字幕ができたのではないかと思っています。」(濱本佐宮良さん)

大量のサハティを手に入れるために姉妹はハチャメチャな作戦を繰り返すが、やがて父や親せき、地元の仲間などとのやり取りの中で二人が抱える問題が見えてくる。川原田さんは、「見どころは、サハティ騒動の中で描かれる姉妹の関係性や心情の変化。酒にだらしないのにどこか憎めない二人を応援したくなる」という。

「自分以外のパートをチェックしながら、思わずホロリとさせられるシーンもありました。ただのコメディではなく、心が揺さぶられる作品だと思います。」(川原田仁美さん)

「豪快な姉妹ですが、妹のために必死になる理由がそれぞれにあり、約束を果たすまでの過程で描かれる葛藤や決意など、心の動きにもご注目いただきたいです。」(福地奈緒子さん)

北欧の映画は静かな日常の中にシュールな笑いがあり、翻訳者の間でも人気がある。仲が良かった姉妹だが次第にほころび始め、最後には気持ちをぶつけ合う。その過程がすごく人間味があり、心に残ったと話すのは、赤井雅美さんだ。

「作品のいたるところにふっと笑える瞬間があって、静かなユーモアがフィンランドらしい作品だと思いました。字幕を通して、登場人物の息づかいや、フィンランドの空気のようなものが少しでも伝わればうれしいです。」(赤井雅美さん)

「フィンランドの片田舎の風景や素朴なインテリアなども印象的でした。散らかった部屋の壁に飾られた絵や置かれた小物たちがどれもかわいくて、北欧好きな方なら心をくすぐられるのではないでしょうか。」(濱本佐宮良さん)

福地さんは、最終稿が完成して全体を見た時に、始めに英語字幕だけで観たときとは比較にならないほど作品の魅力が伝わってきて、日本語字幕の持つパワーを強く感じたという。トラブルだらけの姉妹は妹のためにサハティを手に入れられるのか?

ぜひ、劇場で見届けてほしい。

◆フィンランド映画祭
2025年11月8日(土)~ 14日(金)
ユーロスペース
公式サイト:http://eurospace.co.jp/works/detail.php?w_id=000934