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【第3回ヘルヴェティカ・スイス映画祭が神戸で開催】主催の松原美津紀さんと翻訳者に聞く今年の見どころ

【第3回ヘルヴェティカ・スイス映画祭が神戸で開催】主催の松原美津紀さんと翻訳者に聞く今年の見どころ

「第3回ヘルヴェティカ・スイス映画祭」が11月22日(土)に神戸の元町映画館で開幕する。JVTAは第2回となる昨年から日本語字幕制作を担当しており、今年は全6作品のうち、日本初公開となる4作品の字幕を7人の翻訳者が手がけた。

この映画祭を主催するのは、スイスで新旧の日本映画を上映する唯一の日本映画祭「GINMAKU日本映画祭」を2014年から開催する松原美津紀さん。スイスと日本に関する映画を上映する映画祭を両国で、しかもたった一人で運営するという稀有な存在だ。今年の上映作品は、スイスという国を、映画を通して多面的に見てもらうという視点から選定したという。全ての上映の前後にトークの時間を設け、作品の背景や、スイス社会の現在の姿を伝えたいという松原さん。今年の見どころを聞いた。

松原美津紀さん

◆注目は決してハッピーエンドではない名作

松原さんがまず注目の1本に挙げるのは、『バガー・ドラマ』。舞台芸術を手がけ、今年の「サン・セバスティアン国際映画祭」では新人監督賞も受賞したピート・バウムガルトナー監督の初長編映画だ。「GIINMAKU 日本映画祭」では、決してハッピーエンドではない作品を上映することが多いそうだが、同作もその一つだという。

「美しい映像の中に潜む小さな不協和音。完璧な家庭のように見えるけれど、どこかずっと心がざわつく。その違和感の描き方が本当に見事で、“家族が壊れていくことが、結果的に良かった”と思えるような作品です。」(松原さん)

観終わった後、しばらく席を立てなかった感動作

また、松原さんは心に深く残る作品として『マイ・スイート・ホーム』を挙げる。取り壊しのために団地から退去を迫られる二人の高齢女性の姿を追ったというドキュメンタリーだ。

「高齢化が進むスイスで、どう生きるのか、家族の気持ちと自分の心の声の間で揺れる姿が、静かに胸に迫ります。観終わった後、しばらく席を立てなかったほど深く感動を覚えた大切な作品です。」(松原さん)

何気ないひと言ほど、大切に翻訳する

『マイ・スイート・ホーム』の字幕は板垣麻衣子さんと中野真梨子さんが手がけた。スイスにはドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語の四つの公用語があり、多様な文化が根付いている。この作品のオリジナル言語はドイツ語だが、字幕は英語字幕から翻訳した。板垣さんはドイツ語の翻訳者でもあるが、スイス・ドイツ語はアクセントが強く、登場人物たちが高齢なこともあって聞き取りに苦労したそうだ。しかし、控えめで実直でチャーミングな2人の人生を、翻訳を通じて垣間見ることができたのは得がたい体験だったと話す。

「プロデビューして初めて手がけた映画作品が、この静謐なドキュメンタリーでした。カメラが追いかけるのは、スイス・チューリッヒ郊外に暮らす2人のお年寄り。保険会社の利益追求のために、思い出の詰まった住まいが取り壊されることになったハンニとロサは、大切にしてきた家財道具や本、旅先で縫った思い出のスカートなど、彼女たちの人生そのものといっていい品々を手放さなければならなくなります。そこにあからさまな暴力や不正はありませんが、人生最後の日々を住み慣れた家で暮らすこともやはり人間の尊厳に関わっているのだということを、視聴者はほろ苦いラストシーンで直感します。」(板垣麻衣子さん)

また、翻訳者の中野真梨子さんは、映像の中のセリフ以外に状況を説明する要素がなく、登場人物が置かれた状況を理解するために、集合住宅の仕組みがスイスで生まれた背景を含め、歴史や文化に関する情報を確認した。移民の増加や地価の高騰、洗濯機の共同利用が一般的であることを確認したり、番地や映像に映る建物を地図上で確認したり、できる限り把握することに努めたという。また、セリフだけを追っていると薄い内容の字幕になってしまうため、何気ないひと言ほど、どう表現するか悩んだと話す。

「この作品の見どころはハンニとロサが時折見せる穏やかな眼差しです。変えられない状況があっても、家族や思いを受け止める理解者がいれば前を向くためのささやかでも確かな力になることを教えてくれます。彼女たちが何を感じ、何を思い出しながら言葉を発しているのか目の表情や声のトーンを意識して翻訳するようにしましたが、行き詰まったときは監督のインタビューを読んだり映画のレビューを読んだりして、他の人の視点を知るようにしました。同じように、相互チェックをしてくださった板垣さんとチェッカーの方々のフィードバックが丁寧かつ的確でとても助けられました。」(中野真梨子さん)

スイスと日本を結ぶ“不思議なご縁”

元町映画館15周年記念上映と銘打った『要塞』にも注目したい。2008年に35mmフィルムで撮影された同作は、同映画館のプレオープンの時に最初に上映されたという特別な作品だ。松原さんは、準備の段階である“不思議なご縁”を感じることになる。実は「元町映画館」と、スイスで「GINMAKU 日本映画祭」を開催している映画館「Houdini」の開館日が、全く同じ日、8 月 21 日だったのだという。

「スイスと日本、それぞれの映画館が同じ誕生日だなんて、本当に不思議なご縁で、ちょっと涙が出ました。この『要塞』という作品は“過去”の難民受け入れ施設を見つめるドキュメンタリーなのですが、同じく今回上映する『ロツロッホ』という“現代”の難民を映すドキュメンタリーと両方ご覧いただくことで、“時代とともに何が変わり、何が変わっていないのか”を感じていただけたらと思っています。」(松原さん)

JVTAへのメッセージ

昨年は関西在住の翻訳者が元町の映画館に駆けつけ、松原さんと直接お会いすることができた。今年も翻訳者とともに大きなスクリーンで作品を鑑賞できることを楽しみしていると松原さん。JVTAにメッセージを頂いた。

「今年も、一つひとつの作品に心を込めて丁寧に向き合ってくださり、心より感謝申し上げます。作品の背景や専門的な理解を要するシーンに至るまで、さまざまな場面を見事に汲み取り翻訳していただき、昨年に続き字幕作成をお願いして本当によかったと感じております。翻訳者の方々へお繋ぎいただき、スムーズなコミュニケーションが叶いましたのは、いつも迅速にご対応くださる麻野さん(翻訳ディレクター)のお力添えあってのことです。ありがとうございました。」(松原さん)

◆手作り感あふれるおもてなしは初の試み

今年は初の試みとしてイスラーム映画祭主宰の藤本高之さんをゲストに迎え「ひとりで映画祭を運営するということ」をテーマにしたトークイベント(https://www.motoei.com/post_event/hsff03_talk/)も開催される。さらに、映画祭開催中は、部数限定で「松原セット」が販売されるという。これは不定期で発行している手書き新聞「松原ニュース」のアーカイブと、全上映作品が神戸での上映が叶うまでの舞台裏や作品の魅力を語る「松原コラム」をセットにしたもの。こうした松原さんの手作り感あふれるおもてなしもこの映画祭の大きな魅力だ。映画祭会場で松原さんは着物姿で観客を迎えるという。ぜひ、会場に足を運んでスイスの映画の世界を堪能してほしい。

◆第3回 ヘルヴェティカ・スイス映画祭
2025年11月22日(土)~11月28日(金)
神戸・元町映画館

公式サイト:https://www.h-sff.com

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