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【修了生・小松原宏子さん】名作『ピーター・パン』の完訳と編訳に導いてくれたのは映像翻訳のスキルでした

【修了生・小松原宏子さん】名作『ピーター・パン』の完訳と編訳に導いてくれたのは映像翻訳のスキルでした

翻訳者、児童文学作家として活躍する修了生、小松原宏子さんが編訳した児童書『ビジュアル特別版 ピーター・パン』(世界文化社)が発売された。小松原さんは、これまで「あしながおじさん」や「若草物語」など多くの名作の編訳を手がけてきた。編訳とは、原書をすべて訳すのではなく、子どもたちが読みやすいように分かりやすい言葉で翻訳をし、さらにコンパクトにまとめていく作業だ。まさに映像翻訳者の腕の見せどころと言える。小松原さんは、JVTAで映像翻訳を学んだことが児童文学の翻訳や執筆に導いてくれたと話す。

『ビジュアル特別版 ピーター・パン』世界文化社
J・M・バリー 原作 小松原 宏子 文 kei saito 絵 川端 有子 監修

名作『ピーター・パン』の完訳と編訳を同じ翻訳者が担当

小松原さんは、昨年(2024年)発売された愛蔵版「ピーター・パン」〈ミナリマ・デザイン版〉(静山社)の完訳(原作のすべてを訳す)を担当。この愛蔵版を読んだ世界文化社の佐久間友梨さんから、同じピーター・パンの児童書執筆のオファーが小松原さんに届いた。

ピーター・パン〈ミナリマ・デザイン版〉
J.M. バリ
 作 / ミナリマ デザイン&イラスト / 小松原 宏子 訳

「愛蔵版の小松原さんの翻訳が素晴らしく、作品の芯をとてもよく捉えていらっしゃると感じました。これまで手がけられた世界の名作の抄訳も大変お上手なので、今回の企画にぴったりだと思い、お声がけをさせていただきました。」(世界文化社 同書の編集担当 佐久間友梨さん)

『ビジュアル特別版』シリーズは小学校低・中学年から読める、美しいカラー挿絵入りの児童書。このシリーズでは今年(2025年)、日本初の全文訳『赤毛のアン』の翻訳者・松本侑子さんの書き下ろしによる児童書が発売され、人気を博している。小松原さんは翻訳や編訳、創作とさまざまなカタチで児童書に携わるベテランだが、同じ作品の完訳と編訳を続けて手がけたのは『ピーター・パン』が初の試みとなった。

「子どもの頃、私の愛読書は、石井桃子さんが翻訳した『ピーター・パンとウェンディ』(福音館書店)でした。昨年、愛蔵版の翻訳を手がけた際に、英語の原書に加え、資料として20冊以上の翻訳本を読み、作品に関しては本当に隅々まで把握したと思いますが、数多い歴代翻訳者の中で佐久間さんから今回のご依頼を受けた時は嬉しかったですね。」(小松原宏子さん)

All children, except one, grow up.

小松原さんが『ピーター・パン』の翻訳で最も熟考したのは、冒頭の一文だという。小松原さんは愛蔵版と児童書をそれぞれ下記のように訳し分けている。

All children, except one, grow up.
(愛蔵版)子どもは、だれでもいつかはおとなになる。たったひとりをべつにして。
(児童書)子どもはみんな、いつかおとなになります。ひとりの男の子をべつにして。

物語の核となる大切な一節であることから、小松原さんは資料として集めた過去の翻訳本の訳し方を一覧表にして比較しながら、自らの表現を作り出したという。

「この作品では大人になることは残念なこと、悲しいこととされていますが、今読み返すと大人になれることは幸せなことと感じます。悩んだあげく、私は2文に分けて訳文を作りました。」(小松原さん)

ピーター・パンを深く理解しているからこその葛藤

原作について深く理解しているからこそ、それを子どもたちが楽しめる児童書として大事なエッセンスをギュッと凝縮するのは至難の業だ。また、読者に合わせた言葉選びも必要となる。豪華な装丁で大人が読むことも想定した愛蔵版の文体は「だ・である調」で作中にはシリアスな描写もあるが、児童書では「です・ます調」でより分かりやすい言葉を使い、子どもたちに語りかけるような優しい口調を意識した。

「はじめは、完訳したデータから削っていこうと考えましたが、最終的な文字量が違いすぎて不可能でした。結局、完訳した際のデータは一旦忘れて、翻訳時に原作から私自身が受け取った印象的な人物描写やエピソードを元に、初めて物語を創作する気持ちで一から書き直しました。児童書の場合、一言一句訳すのではなく要約の要素もあるので、ニュアンスが変わらないように留意しながらも、より自由に言葉や文体を選べるという面白さがあります。」(小松原宏子さん)

児童書の執筆にあたり、佐久間さんが小松原さんに伝えたのは、「子どもたちの〈お母さんへの気持ち〉に寄り添う作品にしたい」という思いだった。原作を熟読した小松原さんも強く印象に残ったのは、ピーター・パンが母親に抱く複雑な感情や、ティンカー・ベルの嫉妬深さ、悪役のフック船長が実は名門校の出身で自分の残酷な行動に「礼節」がないと葛藤する一面などといった各登場人物の深い描写だったという。児童書の短いテキストの中にもそうした人物の微妙な心情が分かる言葉を巧みに入れたほか、大切な場面には字数を割いて丁寧に描写するなどの工夫をした。ちなみに、「礼節」は子どもにはなじみがないので、「品格」に置き換えている。「品がない」などの言葉は子どもにも馴染みがあると考えたそうだ。

「頂いた原稿は、こちらの希望がきちんと盛り込まれた内容でとても嬉しかったのを覚えています。限られた文字数の中で作品の軸を捉えつつ、心を動かす文章を紡いでくださる小松原先生の腕前に、制作期間を通じて感激しておりました。」(佐久間さん)

ちなみに小松原さんが今回、字数制限でカットせざるを得なかったがお気に入りのシーンがある。ピーター・パンが「おきざりの岩」でフックと戦った後、実は一度死にかけるのだという。

「もうダメだって思った瞬間、『死ぬのってすごい冒険だろうな』とピーターは笑みを浮かべるのです。いわゆる完全懲悪のヒーローだけではない一面が描かれていて印象的なのですが、前後の流れまで盛り込むスペースがなくて児童書では断念しました。編訳はこういう葛藤の繰り返しだったので、ぜひ原作や完訳も読んでみてほしいですね。」(小松原さん)

◆JVTAでの学びがキャリアの幅を拡げてくれた

小松原さんは、40歳を過ぎてからJVTAに入学し、映像翻訳を学んだ。厳しい字数制限や言葉選びのスキルはもちろん、最も役に立っているのはリサーチ力だという。この学びがなければ今のキャリアはないと言い切る。確かなリサーチ力はどんな仕事をする上でも信頼につながるからだ。

「字数制限のなかで大切な要素を的確に取捨選択するスキルはもちろん、児童書や絵本の翻訳に役立っています。でもすべての基本はリサーチ力だと実感しています。私は高校や大学で学生に授業を行っていますが、どんな職種でもそれは同じだと話しています。調べもので相手や状況を正しく理解することは必須です。私もJVTAでリサーチ力を身につけたことでキャリアの幅が拡がりました。」(小松原さん)

編集の佐久間さんは、児童書を作るうえで意識している点を下記のように話す。

「作家さんによってさまざまなスタイルがあるので、話し合いながら、子どもたちの情緒の種となるような、良質な児童書をつくりたいと思っています。また、日本語を覚えていく子どもたちに手渡す本であることを常に意識して、当たり前ですが、誤字がないよう、正しい日本語で届けることを今後も大切にしていきたいと考えています。」(佐久間さん)

かつてJVTAの課外講座で聖書講座を担当していた小松原さんは、いのちのことば社が毎月発行する新聞で連載を手がけている。

「物語とそこにまつわるキリスト教の要素を1500字でまとめるエッセイです。想像以上に短いので毎回字数とのせめぎ合いですが、このエッセイを見て本編の物語を読みたくなったという声もいただき、嬉しいですね。」(小松原さん)

最後に、編集を手がけた佐久間さんにビジュアル特別版ならではの魅力を聞いた。

「挿絵は新鋭画家のkei saitoさんが担当。水彩で色を置いた後、ペンで緻密に描き込むスタイルで、躍動感と繊細な心情を併せ持つ冒険の世界へ読者を誘ってくださいました。解説は英国児童文学者の川端有子先生が執筆。幼い頃に兄を亡くした原作者 J・M・バリーの生涯、物語誕生の背景、『ピーター・パン』の世界をより深く知るための手がかりを、子どもたちに向けて丁寧に紹介してくださっています。」(佐久間さん)

JVTAの受講生・修了生の中にも児童書の翻訳を目指す人がいる。原書の完訳と編訳とは、それぞれどんなスキルなのか。ぜひ小松原さんが手がけた2冊を読み比べてみてほしい。同じ翻訳者が同じ原作から丁寧に訳しわけた工夫から映像翻訳のヒントも学べるに違いない。

◆『ビジュアル特別版 ピーター・パン』世界文化社
J・M・バリー 原作 小松原 宏子 文 kei saito 絵 川端 有子 監修
公式サイト:https://books.sekaibunka.com/book/b10151917.html

◆ピーター・パン〈ミナリマ・デザイン版〉
J.M. バリ 作 / ミナリマ デザイン&イラスト / 小松原 宏子 訳
公式サイト:https://www.sayzansha.com/book/b654414.html

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