「密かな目標が達成できた」METライブビューイング『サロメ』の字幕翻訳を修了生が担当!

近年、映画館で増えている「ライブビューイング」をご存じだろうか?
ライブビューイングとは、音楽コンサートやイベント、演劇などを全国各地の映画館でリアルタイム中継することである。チケット入手が困難なコンサートや遠方で開催されるイベントなどを、現場の臨場感を味わいながら近所の映画館で見ることができるシステムだ。2003年頃から行われるようになったライブビューイングは、コロナによる影響も相まって、日本社会に広がっている。
ライブビューイングにいち早く取り組み始めた団体のひとつが、世界3大歌劇場のひとつであるニューヨークのメトロポリタン歌劇場である。メトロポリタン歌劇場では2006年より、世界各地の映画館で最新シーズンのオペラの生中継を開始。時差の関係で生中継が難しい日本では、松竹株式会社が「METライブビューイング」として日本語字幕付きの映像を映画館で上映している。
2025年6月27日(金)に上映が始まるのは、リヒャルト・シュトラウスの『サロメ』である。オスカー・ワイルドの戯曲から生まれたシュトラウスの傑作オペラが、20年ぶりの新演出で上映される。

舞台から映像へ。コロナをきっかけに新しいキャリアを模索
本作の日本語字幕を担当したのは、JVTA修了生の前原拓也さんだ。前原さんは大学でドイツ文学を専攻し、ドイツ演劇の研究で修士号を取得。その後舞台芸術の制作会社に身を置きつつ、ドラマトゥルクとしても活動した。
ドラマトゥルクは、作品の演出コンセプトを演出家と一緒に立てるなど、作品ができるまでの過程に壁打ち相手として伴走する役割である。日本ではあまりなじみがないが、ドイツではどの劇場にも雇用されているそうだ。上記の役割に加えて、上演する作品を芸術監督と一緒に考えたり、配布するパンフレットの編集をしたりなど、美術館のキュレーターのように、劇場の頭脳的な役割を担っていると前原さんはいう。前原さんはその後ドイツへ留学し、ドラマトゥルクへの理解をさらに深めた。現在は日本に戻り、SPAC-静岡県舞台芸術センターで働いている。
そんな前原さんは、ドイツ留学前のタイミングでJVTAの英日映像翻訳コースを受講。実践コースまで修了し、トライアル(プロ化試験)にも合格した。ドラマトゥルクとして活動する中、映像翻訳に興味を持ったきっかけは何だったのか?
「大きなきっかけはコロナです。コロナの流行で、舞台芸術は大打撃を受けました。僕自身の仕事も大幅に減り、別の仕事にも目を向けたほうがいいかもしれないと思ったんです」(前原さん)
前原さんは、ドラマトゥルクの仕事の延長でオペラを始めとする舞台の字幕翻訳にも携わっていた。自身で翻訳することもあれば、翻訳者から上がってきた字幕を演出家の要望に合わせて調整するなどの仕事をしていたという。そのような経験から「字幕翻訳はおもしろい」と考え、JVTAで映像翻訳を学ぶことにした。
「舞台字幕は映像の字幕に比べて歴史が浅い。そのため良く言えば自由ですが、悪く言えばクオリティにバラつきがあると思います。JVTAで映像翻訳の確立されたルールを学んだことで、映像の字幕ルールの良い部分を舞台字幕に持ち込みたいと考えています」(前原さん)
密かな目標だった「METライブビューイングの翻訳」
METライブビューイングは、メトロポリタン歌劇場で上映された最新オペラをライブ撮影した映像を映画館で見られるものである。臨場感あふれる5.1chサラウンドの音響、映像ならではの多彩なカメラワーク、さらに幕間には歌手へのインタビュー等も加わっている。映像作品として上映されるので、日本語字幕は一般的な映画などと同様に、基本的に映像の下に横出しで表示される。
実は前原さんにとって、METライブビューイングの翻訳は目標のひとつだった。「映像翻訳をやるからには、いつかMETライブビューイングの字幕翻訳をやってみたい」と密かに考えていたという。
念願が叶い、『サロメ』の字幕翻訳を担当することになった。字幕制作作業で印象に残っているのは、「重唱」パートの翻訳だという。オペラでは2つ以上の声部を、各部それぞれ一人の歌手が受け持って歌う「重唱」がある。今回の『サロメ』では、5名のユダヤ人がケンカをするシーンがあった。つまり5人の歌手が同時に歌い続けるのだ。
「5人が持論を話し続けるシーンでは、字幕の出し方に頭を悩ませました。映像が届くまでの準備段階では、台本を基に一旦すべて翻訳しておきましたが、具体的にどのようにハコ切り(原文のどこからどこまでを1枚の字幕にするか決めること)するかは未知数でした。その後実際に届いた映像を見ると、5人を順に映すようなカメラワークがあったので、そこは画面に映っている人が変わっていくタイミングでセリフが出るように調整。またカメラが引いて全員が映る際は、『言い争いをしている』ということを伝えることが重要だと配給の松竹さんとも相談し、あえて字幕を出さずに映像を見せるように判断したところもあります」(前原さん)
その他にもオペラと映画作品で違いを感じた部分がある。一般的な映画作品ではセリフに対して字幕で表示できる文字数が少なく、情報の取捨選択に苦心するケースが多い。一方オペラでは、「愛してる」の一言をなん十秒もかけて伝えることもあるという。このような字幕の「長さ」の扱いも、オペラ作品と映画作品で違いを感じたそうだ。
JVTAを通して培った、プロとしての自信
元々舞台字幕の制作経験があった前原さん。しかしJVTAの映像翻訳コースで学んだことで得たものは色々あったという。字幕と字幕のつながりを考えることや、翻訳を裏付けるリサーチの仕方など技術的なことも学べたというが、大きいのは「プロの映像翻訳者です」と言えるようになったことだ。
「トライアルに合格し、JVTAからもらった翻訳の仕事もしています。それによって『プロとして映像翻訳をやっています』とはっきり言えるようになりましたし、気持ちの上でも自信がつきました」(前原さん)
今後もチャンスがあれば、METライブビューイングの翻訳に携わりたいと前原さんは考えている。コロナをきっかけに新たなキャリアの選択肢として始めた映像翻訳だったが、結果的に仕事の幅を広げることにつながった。
最後に、今回の『サロメ』の見どころを聞いた。
「サロメを演じるエルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァーがとにかくすばらしいです。サロメという役は高音で歌いっぱなしというとても大変な役なんですが、彼女は本当にすばらしい。これほど良いサロメはなかなか見られないと思います。字幕は、技巧を凝らしたというよりも、あくまで作品が自然に入ってくるように、黒子に徹しました。なので、字幕翻訳者としては、字幕が気にならず、とにかく作品を楽しんでもらえたら何よりです」(前原さん)
METライブビューイング『サロメ』は、6月27日(金)~7月3日(木)まで各地の映画館で上映される。チケット詳細等はオフィシャルサイトでご確認を。

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