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【コラム】JUICE #1「カタコト英語の発信力」●板垣七重

【コラム】JUICE #1「カタコト英語の発信力」●板垣七重
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最近、「パッドマン」*という映画を見た。タイトルだけ聞くとアメコミのスーパーヒーローものに聞こえるが、そうではない。インド社会に改革を起こした実在するスーパーヒーローの半生に基づく作品だ。
 


 

「パッドマン」の「パッド」とは、女性の生理用ナプキンのこと。南インドの小さな村で一人っ子として生まれ育った主人公ラクシュミは、結婚して初めて、女性たちが生理の時に抱える問題を知る。インドでは市販のパッドは高価で簡単には買えない。だから8割を超える女性は不衛生な布の切れ端などを使いまわすのだが、それが原因で感染症にかかったり、時には死んでしまったりすることもある。愛する妻の体が心配なラクシュミは、パッドの手作りに挑戦し始め、幾度とない失敗を経てついには安価で衛生的なパッドを量産する機械を発明する。そして、その機械を使ったパッドの生産を村の女性たちに教え、女性の自立と自由を実現させていく。
 

話そのものもさることながら、私が何より感動したのは、その活動が注目されて国連に招待されたラクシュミがニューヨークでスピーチをするシーンだ。初めの二言三言は通訳を介して話すが、自分と聴衆との間に距離があると感じたラクシュミは、自ら英語で話し始める。通訳が話す美しい英語とはかけ離れたカタコト英語だが、ラクシュミ自身の口から出る単語ひとつひとつには真実味があり、問題だらけの自国の状況をユーモアを交えて語る体験談は聞く人たちの心をぐっと掴む。
 

最後まで聞き終えるまでに何度も涙が出た。英語ネイティブではない人たちが英語で何かを伝える際に必要なのは、表現や発音の美しさではないことがよく分かる。
 

この映画を見たのとちょうど同じ頃、六本木にある「すきやばし 次郎」という江戸前鮨のお店に行った。銀座本店の鮨職人小野二郎さんの次男隆士さんが開いたお店で、二郎さんを取材したドキュメンタリー映画「二郎は鮨の夢を見る」(原題:Jiro Dreams of Sushi)が2011年にアメリカでヒットしたため、海外からも多くのお客さんが訪れる。
 


 

お鮨が美味しいのはもちろんだが、もっと驚いたのは隆士さんのコミュニケーション力だ。
 

隆士さんは鮨ネタの説明をすべて英語ですることができる。私が行った時は、タイから来たお客さんがいて、カタコト英語ながらも一貫握る度に魚の種類や調理法などを懇切丁寧に説明していた。説明するのは鮨ネタにとどまらない。江戸前鮨の起源や、店内のカウンターや暖簾の役割など、味だけではなくその歴史まで紹介する。江戸前鮨の美味しいお店は他にもたくさんあるだろう。でも、日本が誇る鮨の文化をこれほどの熱意をもって世界に伝えることができる人はそう多くはないはずだ。
 

日本ではどうしても発音の美しさや文法の正しさを称賛しがちだが、世界に誇れる技能や能力を持つ日本人、何かすごいことを成し遂げた日本人には、カタコト英語でいいから自信をもってもっともっと世界に発信していってほしい。AIが発達して自動通訳機の精度がどんなに上がっても、自分の体験や情熱を一番うまく語ることができるのは、やっぱり自分自身だからだ。
 

余談になるが、隆士さんのお店にはFacebookのCEOマーク・ザッカーバーグさんや元米大統領のオバマさん、アラブの石油王など世界のセレブも来店する。根っからの江戸っ子である隆士さんは、「セレブだからって横柄な態度を取るやつはたたじゃあおかない!」といつも意気込んで来店を待っているが、皆さんとても礼儀正しくいい人たちらしい。
 

*正式な日本語タイトルは「パッドマン 5億人の女性を救った男」
 

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Written by 板垣七重

いたがき・ななえ●映像翻訳ディレクター、および本科講師を務める。日本映像翻訳アカデミー修了生。英日総合コースⅠ「吹き替え翻訳の基礎~ボイスオーバー」、課外講座「120分でマスター! 最強の調べもの術」などの講義を受け持つ。

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