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Tipping Point Returns Vol.10 「追悼 緒方貞子さん ~難民支援と映像翻訳~」

Tipping Point Returns Vol.10 「追悼 緒方貞子さん ~難民支援と映像翻訳~」
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緒方貞子さんが亡くなった。享年92歳。緒方さんと言えば多くの人が国連難民高等弁務官という肩書を思い浮かべるだろう。しかし、緒方さんが国連難民高等弁務官事務所(UNHCR:The Office of the United Nations High Commissioner for Refugees)のトップに就く決断をしたのは、1991年、なんと63歳になってからだ。学生時代に国際政治を学び、1976 年には日本初の女性国連公使となる。その後、国連人権委員会日本政府代表などの要職を歴任し、そこで第一線を退いたとしても日本を代表する国際人という評価は十分に得られたはずだ。しかし、緒方さんは違う。ほんとうの挑戦はそれから始まったのだ。

 
私が初めて緒方さんの存在を知ったのは、戦禍を逃れ彷徨うクルド人に寄り添う姿をテレビのニュースで観た時だ。日本人女性初の国連難民高等弁務官にして、徹底した現場主義を貫く人。こんな日本人がいるのかと驚いた。隣国から越境を拒否されイラク北部に取り残されたクルド人の命を救ったのは、紛れもなく緒方さんその人であった。
当時の国際条約では国境を越えてはじめて「難民」と定義される。つまり、イラクに留まる人々は、難民ではないから支援の対象ではない。緒方さんの考え方に対してはUNHCRの内部からでさえ反対の声が上がったという。
慣行を破り、国際ルールを覆し、世界最高の権力者である米国大統領と渡り合ってまで貫いた人道主義。穏やかな表情の緒方さんからは想像できないその革命的な行為で、現代史に刻まれる一大事件を引き起こしていたことを、実は多くの日本人は知らない。今回の訃報に接した多くのジャーナリストがそのことを嘆いている。例えば、次のような記事だ。

 

緒方貞子最大の功績。それは悲劇が生じた国から逃れようとも逃れられない人々を国内避難民として初めて国連による保護の対象にしたことにある。それまでも、当事国から出国した人々を難民条約に加盟する国は保護してきた。だが緒方は、出国できない難民も保護の対象としたのだ。その実現のために緒方が払った努力は並大抵のものではない。なぜなら、問題が生じた国に乗り込んで難民を保護すると言うことは、その国(大抵の場合、独裁的な行為が行われている国だ)に「内政干渉」すると言うことだからだ。
その壁を乗り越えて緒方は、「困っている人に国外も国内もあるものか」と、各国の外交官を説得して回った。その結果、湾岸戦争に端を発したイラク国内のクルド難民は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の支援を受けることができた。緒方の勇気ある行動で、一体どれだけの人命が救われただろう。どれだけの人々が希望を抱いて生きることができただろう。そして、今を生きているだろう。

『Newsweek日本版』webサイト(10月30日)より

 
その時、緒方さんは私にとって唯一無二の‛尊敬すべき偉人’となった。

 
時は流れて2008年。日本映像翻訳アカデミー(JVTA)の受講生募集イベント「一日体験セミナー」(現在の「オープンスクール」)で、一人の女性参加者が私に声をかけてきた。「先ほど新楽さんのレクチャーでJVTAが多くの映画祭に字幕翻訳協力をしているというお話がありました。私は今大学生で、東京の国連難民高等弁務官事務所でアルバイトをしています。『難民映画祭』をご存知ですか?」。申し訳ないが知らなかったと答えた。
難民映画祭は日本における難民問題の啓蒙を目的に2006年から始まり、第3回目を迎えるという。「世界中から素晴らしい作品が集まるのですが、予算などの事情で字幕を付けられない。字幕無しで上映している作品がたくさんあるのが残念で悔しいです。JVTAと映像翻訳者の方々にやってもらえませんか?」。

 
確かにJVTAはいくつもの映画祭に協力していたが、無報酬で字幕翻訳を行い提供している例は無かった。果たしてそんなことができるのか。スタッフや映像翻訳者の方々に理解してもらえるのか。しかし、私はこう伝えた。「UNHCRの担当者の方を紹介してください。詳しく話を聞きたいです」――。

 
休憩時間のロビーでの立ち話だったと記憶している。彼女は、個人的に映像翻訳に興味を抱いたのでJVTAの募集セミナーに来たという。そこでたまたま聞いた私の話をアルバイト先であるUNHCRが実施する映画祭の課題に頭の中で結びつけた。そのアイデアを初対面の私に声をかけて訴えたのだ。
学生らしい行為ではあるが、私はその時、(この人には緒方イズムが継承されている。UNHCRは素晴らしい組織だな)と思った。そこでUNHCRとその活動についてあらためて勉強し直し、「難民映画祭」という斬新なアイデアが駐日事務所のオリジナルだということも知った。JVTAや修了生が映像翻訳の力でその活動に関わる意義は大きいと確信した。
一人の大学生の発想と行動――それが今日まで11年続く難民映画祭(第14回の2019年より「UNHCR WILL2LIVE映画祭」に名称変更)と私たちがつながるきっかけである。(彼女は結局JVTAには入学はせず、UNHCRからも就職を機に退いたそうだ。その後、メールでやりとりすることができ、感謝の気持ちを伝える機会を得た)

 
難民映画祭のオープニング上映に緒方さんが足を運ばれ、熱心に作品をご覧になっている姿をお見かけしたことがある。私の斜め前の席だったが、その時私は柄にもなく声をおかけすることができなかった。何せ人生で最も尊敬する人物だ。〈あこがれのスターを前にして固まっちゃう〉とはこういうことなのかと思った。

 
こうしてUNHCRと映像翻訳者はつながった。つまり、私たちは緒方さんの志の一端とつながっているのだ。JVTAが創業⒛周年を迎えた年、緒方さんからメッセージを頂いた。それは今もこれからも私たちの支えであり、誇りであり続ける。

 
「祖国を奪われた人々の過酷な現実、恐怖や喪失、希望や成功、困難を生きぬく力を描いた作品と向き合い、字幕翻訳を行う作業には、並々ならぬご苦労があることでしょう。
UNHCRの啓発活動に対するJVTAと映像翻訳者の方々のご協力に、あらためて感謝を申し上げると共に、ますますのご発展をお祈りいたします」。


 
平等で幸福な人間社会の実現を信じ、時に怒り、時に戦い、真の人道主義とは何かを自らの行動で世界に示された緒方貞子さん。映像翻訳者の思いと活動に心を寄せて頂き、ほんとうにありがとうございました。心よりご冥福をお祈りします。

 
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Tipping Point~My Favorite Movies~ by 新楽直樹(JVTAグループ代表)
学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。
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Tipping Point Returnsのバックナンバーはコチラ
https://www.jvta.net/blog/tipping-point/returns/

 
2002-2012年「Tipping Point」のバックナンバーの一部はコチラで読めます↓
http://www.jvtacademy.com/blog/tippingpoint/cat10/

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