明けの明星が輝く空に 第202回:石ノ森章太郎を読み解く②/石ノ森章太郎:風と涙と詩と
石ノ森章太郎が生んだ昭和のヒーロー、仮面ライダーとサイボーグ009。特撮と、漫画・アニメという違いはあるが、デザイン上の共通点がある。それは、両者とも首にマフラーを巻いていることだ。
もちろん、マフラー姿のヒーローは彼らがパイオニアというわけではない。テレビヒーローの元祖とも言われる月光仮面(『月光仮面』1958~59年)は、ベルトの位置より下に来るほど長いマフラーを着けていた。時代劇でも、黒澤明監督の『用心棒』(1961年)に登場した、仲代達矢演ずる新田の卯ノ助は、着物姿にマフラーという出で立ちだった。ただ、ライダーや009がユニークなのは、強く風を感じさせるキャラクターだったという点だ。それは、石ノ森氏によるイラストを見ればわかる。彼らのマフラーは、ほとんどと言っていいほど風に吹かれて翻っているのだ。目には見えない風を、デザインに取り入れるための工夫。それがマフラーだったのではないだろうか。
「風」という言葉には、どこか胸に迫る響きがある。爽やかさや軽やかさといったイメージもあるが、ある種の哀愁も伴う。多くの歌のモチーフになっているのも、そのためだろう。代表的なのが、亡き人が風になって空を吹き渡るという『千の風になって』だ。個人的には、中学時代に校内合唱コンクールで歌った思い出の一曲、『風』(はしだのりひことシューベルツ)が忘れられない。旅人が、故郷を想い振り返っても、「そこにはただ風が吹いているだけ」という歌詞を聞くと、得も言われぬ寂しさが胸に広がる。
実を言うと、仮面ライダーのマフラーには、実務的な意味がなかったわけではない。スーツアクターの首が、マスクとスーツの間から見えてしまうのを防ぐ目的があったという。ただ、そもそもライダーは、悪の組織によって肉体をサイボーグ兵器に改造されてしまった哀しい存在だ。009にも、同様の設定がある。自分は普通の人間ではない、という孤独感を抱えながら、彼らは戦う。その哀しみこそ、石ノ森氏がマフラーに込めた思いだったのではないだろうか。
哀しみ、といえば、石ノ森ヒーローの特徴として語られる“涙ライン”がある。仮面ライダーのマスクには、涙を流しているように見える意匠が施されているというものだ。ところが、これにも実務的な理由があって、実際はスーツアクターの視界確保のため、覗き穴としてあとから加えられたものだという。ただし、キカイダーやイナズマンといった、他の石ノ森ヒーローたちに見られる“涙ライン”は、覗き穴とは関係ない。それらのマスクは、覗き穴とは別に、目の下から頬にかけて、涙を流しているかのようなラインがデザインされているのだ。
この意匠に関して作者本人にどんな意図があったか、残念ながら不明だ。それでも、石ノ森作品の多くの登場人物たちが哀しみを抱いていたのは確かで、それらの作品に慣れ親しんだ者の心象に影響したところはあるだろう。象徴的なのが、1979年にリメイクされたアニメ『サイボーグ009』の主題歌が流れるオープニングで、主人公009(島村ジョー)に涙を流させた高橋良輔監督だ。泣くのはヒーローに相応しくないと反対の声があったが、石ノ森作品らしい抒情性を出したいと思った高橋監督は、自分の考えを押し通したそうだ。
抒情性は石ノ森作品の大きな特徴だ。「絵とコマ割りの流れからイマジネーションだけで読ませる」と評される漫画、『章太郎のファンタジーワールドジュン』(1967~69年)は、絵で詩を書くというコンセプトだったというだけあって、情感が強く揺さぶられる。これなど極端な例だが、ヒーローたちが活躍する作品であっても、そこかしこに抒情性が顔を出す。漫画『仮面ライダー』では、敵を倒したあとに勝利の歓喜は訪れず、やりきれなさのようなものがその場の空気を支配する。たとえば、十字架を胸に突き刺されて死んだこうもり男の場合、肉体が灰になった後に残された光景は、墓標そのものだった。(注目すべきは、こういった場面で周囲を吹き抜ける風が描き込まれていることだ。風は、ここでも重要な役割を果たしている。)さらに、漫画『サイボーグ009』、「地下帝国ヨミ編」で描かれたジョーの“最期”は、忘れがたい余韻を残す。敵の魔神象に取り込まれたジョーが、成層圏に達したところで内部からそれを爆破。投げ出されたところを仲間のジェット(002)に助けられる。しかし、ジェットはエネルギーを使い切っており、2人は為す術もなく落下していく。その姿は、地上からは美しい流れ星のように見えた。夜空を見上げていた姉弟がそれを見つけ、無邪気に何をお願いしたのかと会話を交わす。流れていった光が、人類の危機を救った英雄であることも知らずに…。
石ノ森氏には、2歳年上の由恵さんという姉がいた。そのためだろうか。石ノ森作品には、姉と弟が登場することが多い。家族の中で唯一、漫画家になる夢を応援してくれた由恵さんは、自分にとっての最初のファンで、デビュー後は彼女に読んでもらうために漫画を描いていたそうだ。ただ、由恵さんは病弱だった。上京して身の回りの世話をしてくれていたが、22歳という若さで亡くなってしまう。石ノ森氏が売れっ子漫画家となるのは、それから数年後のことだ。もし由恵さんが生きていたら、間違いなく一番喜んでくれたに違いない。1998年に鬼籍に入った石ノ森氏は、天国で40年ぶりに由恵さんと再会し、いろいろと感想を聞かせてもらっているだろうか。作品数は膨大だが、心配は要らない。2人にとって、時間は永遠にあるのだから。
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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】『ゴジラ』(1954年)の本多猪四郎監督のお父さんは、一時期、僕の母の実家のすぐ裏にあるお寺の住職だったので、母も本多監督の姿を見たことがあるそうです。先日BSで『ゴジラ」を放送していたので、いい機会だと思い「特撮講義」をしたところ、ただの怪獣の映画じゃないんだねえ、と感心していました。生きているうちに知ってもらえて良かったです。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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