明けの明星が輝く空に 第184回 音楽が語るもの

たとえば皆さんが映画監督だったとしたら、人類の脅威である怪獣が倒される場面で、どんな音楽を劇伴(BGM)として使うだろうか。力強く勇壮なものか、勝利を予感させる晴れやかなものか。興味深いことに、『ゴジラ』(1954年)で使われたのは、そのどちらでもない。「海底下のゴジラ」と名付けられたその曲は、悲哀に満ちた鎮魂歌と呼べるようなものだった。
ゴジラは、ある科学者(芹沢博士)が、偶然作り出していた薬剤によって倒される。それは酸素を破壊し、物体を溶解させてしまうという恐ろしいもので、破壊兵器などに利用されてはならない。そんな思いから、芹沢博士は全ての研究資料を火の中に投じ、唯一製造方法を知る自分自身も、この世から消し去ることを決意する。潜水服に身を包み、海底で息を潜めるゴジラに近づく芹沢博士。この段階では、彼の意図は登場人物たちだけでなく、映画を観る者にも明かされていない。そして、ここで流れる曲が「海底下のゴジラ」だ。
芹沢博士はゴジラに十分近づくと、恐るべき薬剤の入った装置を起動し、命綱とともに空気供給ホースを切断。それが最後の姿となった。一方、ゴジラは海面に浮上し、苦しげな雄叫びをあげる。このカットでは「海底下のゴジラ」はほとんど聞こえないが、ゴジラが海中に没していくところで、再び聞こえてくる。ゴジラが忌むべき存在でしかなかったら、この演出は余計だろう。
ゴジラは核の犠牲者である。水爆実験による放射能を浴びて怪物化した、哀しい存在だ。東京を焼け野原にするのは、人間に対する復讐に違いない。しかし、それが許されるわけもなく、再び人間の手によって苦しみを与えられてしまう。なんと理不尽なことか。本多猪四郎監督は「海底下のゴジラ」を使うことで、ゴジラがどんな存在なのかを示しているのかもしれない。
残念なことに、2作目以降のゴジラは悲劇性が薄れ、作品は娯楽性を高めていく。それでも、ゴジラ登場場面で使われた楽曲の中には、どこか哀しげな調べを持つものもあった。それは、シリーズ4作目『モスラ対ゴジラ』(1964年)での、「ゴジラ進撃す」という一曲だ。管楽器などが重厚で不穏な響きを持つメロディーを奏でた後、主役をヴァイオリンに譲ったところで転調。なんとも叙情的な雰囲気を醸し出す。どこか哀しげな主旋律の裏では、低音のピアノの連打が心をざわつかせるような音を響かせてはいるが、それがなければ、まるで葬送曲のようだ。『ゴジラ』でも音楽を担当した伊福部明氏は、シリーズがエンターテイメント色を強めていく中、ゴジラの悲劇性を忘れないでほしいというメッセージを込めたのかもしれない。
ところで劇場映画とは違い、テレビ番組にはいわゆる主題歌があるが、作品のイメージ形成に大きな役割を果たすという意味では、劇判以上に重要だろう。その点、同じ1971年に放送が始まった『仮面ライダー』と『帰ってきたウルトラマン』は対照的だった。
奇しくも、両番組ともに主題歌を歌ったのは主演俳優だ。仮面ライダー役の藤岡弘(現在の表記は「藤岡弘、」)氏は、眉毛が太く、タフガイといったタイプ。声も低音で、野太かった。担当したのは第1~13話だけだが、藤岡さんの歌う「レッツゴー!!ライダーキック」は、ヒーローものの主題歌にふさわしく、トランペットの音色が印象的な力強い曲調だ。藤岡氏はプロの歌手ではないため、いい意味で無骨であり粗野。低音のパートになると、力を込めて声を出そうとしている様子が感じ取れるのだが、それが逆に歌唱に力強さをもたらしている。
ウルトラマンを演じたのは、残念ながら2023年に鬼籍に入られた団次郎(のち「団時朗」に改名)氏。英国系の血が入っていた団さんは、細身で背が高く、どちらかと言えば繊細そうな表情が印象的な俳優だった。主題歌「帰ってきたウルトラマン」は、『レッツゴー!!ライダーキック』に比べてキーが高く、児童合唱団と一緒に歌う団さんの、力みのない優しい歌声が、明るい曲調に合っていてなんとも爽やかだ。また控えめな伴奏の中には、ハープだろうか、ときおり澄んだ音が響いて、テレビの前の子どもたちを夢の世界に誘っているようでもあった。
これら2曲の主題歌には、両作品の方向性の違いが投影されていたと言っていい。アクション志向の強い『仮面ライダー』は、主人公が変身する前から敵との戦いが繰り広げられる。基本的には変身後も素手での戦いで、どちらかと言えば華麗ではなく泥臭い。それに比べると、ウルトラマンの戦いはスマートだった。もちろん、怪獣と取っ組み合って地面に転がりもするが、最終的には煌びやかな光線技で決着。ライダーキックに比べて虚構性の高いこの決め技は、(怪獣という虚構の象徴とあいまって)より現実から遠い世界に僕らを連れて行ってくれた。
ところで、特撮とは関係ないのだが、現在NHKで放送中の朝ドラ『あんぱん』の主題歌は、ドラマの世界観やテイストと合っているのだろうか?批判的な声がある一方、誰よりも作品を理解している主演の今田美桜さんが「ぴったりだと感じました」と言っているのだから、とやかく言うことではないかもしれない。しかし僕は個人的に、朝ドラを観てほっこりした気分を味わいたい。少なくともそういった意味からいうと、ちょっと違うなあというのが、正直な感想である。
—————————————————————————————–
Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】アーティストと曲名を最近になって知った歌が、YOASOBIの「舞台に立って」。最初に聞いたのはパリ五輪のときで、アスリートたちが奮闘するハイライト映像とマッチしていてシビれました。多分、曲だけ聴いても感動しなかったでしょう。音楽と映像の相乗効果ってスゴイ。
—————————————————————————————–
明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る

◆【映像翻訳にご興味をお持ちの方は今すぐ「リモート個別相談」へ!】
入学をご検討中の方を対象に、リモート個別相談でカリキュラムや入学手続きをご説明します。
※詳細・お申し込みはこちら