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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #45 風に吹かれて/Blowin’ in the Kaze●石井清猛(翻訳室)

【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #45 風に吹かれて/Blowin’ in the Kaze●石井清猛(翻訳室)
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ある日YouTubeのおすすめ動画リストに見つけた「丸の内サディスティック(弾き語り)」を、セピア色のサムネに映る少々時代錯誤的なくわえタバコ姿に引かれて再生してみると、いかにも自由闊達な演奏が終わったところでタバコと見えたものが実はじゃがりこだったと分かり、そのスリリングな音楽とは対照的なとぼけたユーモアに意表を突かれはしたものの、初めてその動画を見た私の記憶に不敵な笑みを浮かべたこの演奏者の名前は残りませんでした。しばらくたって今度はSpotifyのレコメンデーションに促されるまま、「何なんw」と題され歌詞のそこかしこに“わし”“はさがった”“何じゃったん”といった方言の言い回しが絶妙かつグルーヴィーな感じで混ぜ込まれた曲を聞いたときに、ようやくその歌手の名前が藤井風であること、そして彼がデビュー前から「丸ノ内サディスティック」だけでなく他にも大量のカバー演奏(サックスの「Donna Lee」まで!)をYouTubeにアップしていたことを知るに至ります。

それ以来、ご多分に漏れずあっさり彼のファンとなった私は多くの“風民”の皆さんと共に彼の活動を見守っていくことになるわけですが、とはいえさまざまな意味で破格の存在である藤井風の数々の音楽的偉業について書くことは私の手に余るため、今回は彼の歌詞、それも英訳詞について考えてみたいと思います。

藤井風(「呼び捨てにするな。“風さん”と呼べ」というVaundy氏の発言へのリスペクトからこれ以降“風さん”と表記します)はアルバムの歌詞カードに自ら手がけた全曲の対訳(英訳)を載せています。さらにYouTubeで公開されている公式ミュージックビデオのほとんど全てに英語字幕データがアップされていて、字幕表示のオプションを選ぶことで視聴が可能です。これはつまり、風さんが映像翻訳をやっている(!)ということ。そう分かったとき、私の鼓動がBPMにして20ほど速まったことは言うまでもありません。実際、風さんの英語字幕には私たちを“映像翻訳的”な興奮へと誘う表現が散りばめられていて、彼のミュージックビデオを字幕つきで見る者の視聴体験をさらに豊かなものにしています。(風さんのMVの字幕は多言語ですが、ここでは話をひとまず英語に限って進めます)

例えば先ほど触れた「何なんw」の次のような箇所。引用は上の日本語が歌われる歌詞で、下の英語が対応する字幕です。


近すぎて 見えなくて
You can’t see me, you ignore me,

ムシされて
because I’m too close to you

ここでは連続した字幕が②のbecauseによって繋がれることによって、すでに読み終えて画面から消えてしまっている①の字幕の情感が呼び戻され強調される構造が見て取れます。単純に日本語と英語の語順の問題に還元することができない、映像翻訳ならではの効果を狙った表現ですね。

また次の箇所ではどうでしょう。


勢いにまかせて
Nobody can stop you

肥溜めへとダイブ
from diving into a honey bucket

インパクト強めの④での解放感へ向けて期待を煽る流れの中、③でテンションを高めていけるように周到にセンテンスが構成されていることに加え、表現の観点から見ても楽曲と歌詞の展開にマッチした見事なチョイスだと思います。

風さんの英訳について考える際に見逃せない要素として、映像翻訳ともう一つ挙げられるのが、自己翻訳(自作翻訳、self-translation)の側面です。通常の翻訳では一方(ソース言語)をオリジナルとして、もう一方(ターゲット言語)を二次制作物として位置づけて議論を始めることが多いのですが、自己翻訳では、何しろどちらも作者自身の手によるものなので、オリジナルと二次制作(コピー)の間に引かれた境界線は曖昧なものにならざるを得ません。もちろん風さんの場合、日本語で歌っているので日本語詞をオリジナルと考えるのが妥当であることは百も承知ですが、それでも、次のような字幕を見ると、日本語と英語が一つの世界を共有しながらお互いを補完し合っているようで、もはやどちらがオリジナルかを決めることは大して重要ではないという気にさせられます。

「帰ろう」

あなたは弱音を吐いて
You are worried about the future

わたしは未練こぼして
I am still attached to the past

「青春病」

切れど切れど纏わりつく泥の渦に生きてる
I’m living in an inescapable whirlpool of muddy water

この体は先も見えぬ熱を持て余してる
This body has more destructive heat than it can handle

日本語詞の“真意”を説明しようとしているのではなく、まして英訳の等価性や忠実性にこだわって逐語訳的になっているのでもない。また英語表現の座りのよさを優先するために拡大解釈による意訳をしているのとも違う。風さんの翻訳には、言ってみればもともと日本語でも英語でもなかった(あるいはその両方だった)“何か”にたまたま音楽と言葉のかたちが与えられるような、そんな稀有な現象に私たちを立ち会わせてくれる瞬間がたしかにあり、そのような印象は歌詞の半分が英詞である「Workin’ Hard」を聞くとさらに強まります(そして私たちは英詞部分にも日本語字幕をつけたい衝動に駆られたりします)。


みんなほんまよーやるわ
Y’all are doing really great

めっちゃがんばっとるわ
Working your asses off

わしかて負けんよーにな
I will do my best, too

ひそかに何かと努めるわ
Do whatever I could

ときに文学作品における自己翻訳には、その“正統性”から他人による新たな翻訳に対する抑圧として作用する面が指摘されることがありますが、風さんの英訳の場合はどうでしょうか。どうやらその指摘は当てはまらなそうだということが、独自の英詞で風さんの曲をカバーしてYouTubeに日々上げられているさまざまな国の人たちによる「歌ってみた」動画を見れば分かります。風さんの英語字幕つきMVは、何語を母国語としているかにかかわらず、これからも国内外の多くの視聴者にインスピレーションを与え続けるのでしょう。そして私たちをそうとは知らず、映像翻訳の、翻訳の持つ本質的な力に触れさせ続けるのでしょう。


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Written by 石井清猛
いしい・きよたけ●JVTA映像翻訳ディレクター
Media Translation and Accessibility Lab(翻訳室)リーダー。日本映像翻訳アカデミーで映像翻訳を学び、プロの映像翻訳者として活躍。その後、同校にて日英・他言語翻訳プロジェクトのチーフディレクターとして、エンタメ、PR、観光など多様な分野の翻訳や映像制作を手掛ける。映像翻訳者の育成にも従事し、同校本科で講師を務める他、企業や国内外の学校教育機関で映像翻訳、海外PR、グローバル教育の講義を多数実施している。
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「Fizzy!!!!! JUICE」は月に1回、SNSで発信される、“言葉のプロ”を目指す人のための読み物。JVTAスタッフによる、示唆に富んだ内容が魅力です。一つひとつの泡は小さいけど、たくさん集まったらパンチの効いた飲み物に。Fizzy! なJUICEを召し上がれ!
 
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