探究!昭和歌謡ブーム ~6つのコラムで知る‟古くて新しい、エモい”の秘密~
本格的な記事の執筆にチャレンジするJVTAの日本語表現力強化コース。
2026年3、4月期の受講生が、キラリと光るコラムで「昭和歌謡」の魅力に迫ります。
Ⅰ. 昭和歌謡はなぜささる!?
■心に沁みるのは、シンプルな旋律とストレートなことば 取材・文/舟津由美子
■演じるように歌う。 表現者、山口百恵 取材・文/松村 彩花
■昭和歌謡に学ぶ、言葉のチカラ 取材・文/リスカウ知恵美
Ⅱ. あの歌が誘うもう一つの世界
■選び抜かれたフレーズ、「ひとりぽっちにしないでおくれ」 取材・文/磯﨑留実
■あみん 素朴さが愛された異彩のデュオ 取材・文/勅使河原美紗
■血のバラを贈る愛。浅川マキが歌う「かもめ」に酔いしれる 取材・文/嘉數千絵
Ⅰ. 昭和歌謡はなぜささる!?
■心に沁みるのは、シンプルな旋律とストレートなことば 取材・文/舟津由美子
先日、何気なく見ていた歌番組で中森明菜の『スローモーション』が流れてきた。昭和歌謡の特集のようだ。1982年(昭和57年)に発表されたこの曲は、中森明菜のデビュー曲である。
この時代の曲らしく、メロディーがシンプルで耳に残る。初めて聞く人でも、思わず口ずさんでしまいそうなわかりやすい旋律だ。このシンプルさこそが昭和歌謡の魅力の一つといえる。ちょっと頑張れば自分にも歌える、昭和歌謡にはそんな親しみやすさがある。テクニックばかりが前面に押し出され、難しいイメージのある現代の楽曲とは対照的だ。
昭和歌謡は、メロディーだけでなく歌詞もシンプルでわかりやすい。その一番の特徴は、喜びや悲しみや切なさといった、誰もが抱く感情をストレートに表現している点だ。誰か特別な人の話ではなく、等身大の自分を感じることができる。だからこそ、半世紀近くたった今も、多くの人に支持されているのだ。
昭和歌謡には現代の若者もラブコールを送る。SNSやTikTokが火付け役となり、人気が再燃している。彼らの言葉を借りると、昭和歌謡は「エモい」。「エモい」とは、英語の「emotional」を語源とし、心が強く揺さぶられるものに対して使われる形容表現だ。
世の中がどれほど変化しようと、人の喜びや悲しみの本質が変わることはない。昭和歌謡には、現代の楽曲のような派手さや斬新さはない。だがそこには、現代の若者たちの心を揺さぶるだけの、シンプルでストレートな魅力があるのだ。
■演じるように歌う。 表現者、山口百恵 取材・文/松村 彩花
昭和歌謡が注目を集めている。特に注目したいのは、昭和のアイドルたちだ。昭和のアイドルが残した曲は、どんな世代でも知っているはず。特徴は、耳に残るキャッチーなメロディー。現代の複雑化した楽曲に比べると、歌いやすいと感じるかもしれない。しかし、そのシンプルさゆえに、聴き手の心を揺さぶる高い歌唱力と、圧倒的な表現力が求められる。それらなしには大ヒットは成立しないのだ。
表現力が特に際立つスターがいる。1970年代に活躍した山口百恵だ。
表現力とはいっても、感情をあらわにするようなものではない。歌詞を自らが吐く言葉のように歌い、聴き手の目の前に情景を浮かび上がらせる。まるでドラマを見ているように、その世界観にぐっと引き込まれる。
代表曲の『いい日旅立ち』は、旧国鉄の旅行誘致キャンペーンソングだった。一人旅に出る女性が、しっとりと、静かに、語りかけるように歌う。どこか切なさを感じさせる曲調だが、山口の演じるような歌唱法は、孤独というよりも、自立しようとする女性の強さを感じさせる。
サビでは、伸びやかに響く声とともに、車窓から望む日本の美しい情景が広がる。この女性に訪れるであろう明るい未来さえ予感させてくれる。
この曲のリリース当時、山口はまだ19歳。どのような経験を積めば、これほどの表現ができるのかーー。
彼女の楽曲にはそれぞれに異なる物語があり、彼女はそれぞれの人生を巧みに演じ分ける。もはやアイドルという言葉では語れない存在、それがそれが山口百恵だ。
■昭和歌謡に学ぶ、言葉のチカラ 取材·文/リスカウ知恵美
情緒あふれる昭和歌謡。聴けば懐かしい気持ちになる。昭和歌謡は時代を経ても色あせない。その魅力は、共感を呼び起こす歌詞にある。
昭和歌謡史を彩る名曲の一つ、『なごり雪』。1974年(昭和49年)、伊勢正三が作詞し、当初はフォークバンド、かぐや姫のアルバム収録曲の一つとして発売された。翌年、フォークシンガーのイルカがカバーし、『なごり雪』はイルカの曲として大ヒットを記録した。
君が去ったホームに残り
落ちてはとける雪を見ていた
今春がきて 君はきれいになった
去年よりずっときれいになった
(歌詞引用 『なごり雪』作詞・作曲 :伊勢正三)
別れの歌。男は恋人と別れて違う人生を歩く。伊勢正三がこの曲を作詞したのは、21歳の時だという。「『なごり雪』は自分自身にとってどんな曲か」という問いに対し、こう答えている。
僕の21歳の終わりの頃の感性だからこそできた曲。あの瞬間に(その時代を生きた僕の)すべてが詰まっている」。
青春。その一瞬の煌めきと切なさが込められた『なごり雪』。大切だった恋人が静かに去っていくシーンが浮かび上がる。皆それぞれが、それぞれに経験する青春。この曲を聴くと、自らの記憶が蘇ってくる人もいるだろう。歌詞に共感を抱き、郷愁に浸る時間は格別だ。
現代の曲にはカタカナや英語の歌詞が多い。「かっこいい曲風」にはなるが、思いが伝わりにくいと感じる人もいるだろう。一方、昭和歌謡には聞き手の共感を呼ぶ言葉がある。歌に込められた感情がストレートに伝ってくる。それは、言葉の素晴らしさをあらためて教えてもらう時間でもある。

Ⅱ. あの歌が誘うもう一つの世界
■選び抜かれたフレーズ、「ひとりぽっちにしないでおくれ」 取材・文/磯﨑留実
近年、昭和歌謡のリバイバルブームが熱い。キャッチーなメロディーが注目されがちだが、もっと掘り下げたい魅力がある。それは、「こだわり抜かれた歌詞」だ。
昭和歌謡を代表する作詞家、星野哲郎。その唯一無二の表現力が如実に表れているのが、美空ひばりの「みだれ髪」だ。特に秀逸なのが3番の歌詞である。まず着目したいのは、その最初のフレーズだ。
春は二重(ふたえ)に巻いた帯
三重(みえ)に巻いても余る秋
恋人に捨てられた女が、つらい日々を過ごし痩せ細っていく。その痛々しい姿が、着物の帯を用いて見事に表現されている。また、春から秋への移り変わりは、ただ時間の経過を表しているだけではない。幸せだった「春」から、失意の「秋」へ。四季の持つイメージを巧みに使い、情景を思い浮かべやすくしているのだ。
ひとりぽっちにしないでおくれ
これは3番の最後、すなわち曲全体の最後のフレーズだ。特筆すべきは、ただ1文字、「ぽ」である。「ひとり〝ぼ〟っち」と比べてどうだろうか。「ひとり〝ぽ〟っち」の方が、より一層わびしさが匂い立つように感じないだろうか。取り残された感が増す、とも言えるかもしれない。たった1文字違うだけなのに、もの悲しさが際立つのだ。しかも、このフレーズで曲が終わる。ラストにこのワードが来ることで、哀れな女の心痛が、余韻として聞き手の心に残るのである。
これは3番の最後、すなわち曲全体の最後のフレーズだ。特筆すべきは、ただ1文字、「ぽ」である。「ひとり〝ぼ〟っち」と比べてどうだろうか。「ひとり〝ぽ〟っち」の方が、より一層わびしさが匂い立つように感じないだろうか。取り残された感が増す、とも言えるかもしれない。たった1文字違うだけなのに、もの悲しさが際立つのだ。しかも、このフレーズで曲が終わる。ラストにこのワードが来ることで、哀れな女の心痛が、余韻として聞き手の心に残るのである。
何とも味わい深い星野哲郎ワールド。あなたも一歩足を踏み入れれば、心を打つフレーズに出会えること間違いなしだ。
(歌詞引用 「みだれ髪」作詞:星野哲郎、作曲:船村徹)
■あみん 素朴さが愛された異彩のデュオ 取材・文/勅使河原美紗
1982年(昭和57年)、オリコン年間売上1位を獲得したのは、素朴な大学生だった。それが、あみん。岡村孝子と加藤晴子による歌謡デュオだ。
二人は同年春のヤマハポピュラーソングコンテストでグランプリを受賞。優勝曲『待つわ』でデビューすると、瞬く間にスターダムを駆け上がり、年末にはNHK紅白歌合戦に出場した。
当時は「アイドル黄金期」。80年デビューの松田聖子のほか、小泉今日子や中森明菜ら「花の82年組」は、近年の昭和アイドルブームでも存在感を放つ。そんなスターを横目に、82年唯一のミリオンセラーとなったのが、あみんの『待つわ』だ。
それでも、二人は自然体だった。紅白歌合戦の初出場者会見を欠席したのは、なんと、大学のレポートで多忙のためと言う。
楽曲『待つわ』も、飾り気のない表現が愛された。曲名の通り、サビは「待つわ」と繰り返す。
私待つわ いつまでも待つわ
たとえあなたが ふり向いてくれなくても
待つわ いつまでも待つわ
他の誰かに あなたがふられる日まで
(歌詞引用 『待つわ』 作詞、作曲:岡村孝子)
想う人がいる。大胆に行動する勇気はない。出来るのは、待つことだけ。純粋で臆病な本音を乗せた、混じりけのないハーモニー。華麗なアイドルが世間をにぎわせた時代、あみんの無垢さは異彩を放った。
デビューから1年4カ月で、あみんは活動休止した。加藤が学業に専念し、就職を目指すのが理由だった。
年月を経て、2007年には再結成を果たしている。時代を超えてもあみんの真っすぐな歌は、私たちの心にすっと入り込む。
■血のバラを贈る愛。浅川マキが歌う「かもめ」に酔いしれる 取材・文/嘉數千絵
昭和歌謡が今、若者を惹きつけている。感情を赤裸々につづった歌詞が、スマートさに慣れた世代には新鮮に映るらしい。そうであるならば、この一曲を聴いてほしい。人間臭さという点において格別の異彩を放つ、浅川マキの『かもめ』だ。

1968年(昭和43年)、新宿の地下劇場。深夜。
黒いドレスに、長い黒髪。タバコを燻らせる浅川マキ。三拍子のリズムに乗せて彼女は歌う。
おいらが恋した女は 港町のあばずれ
劇作家で歌人の寺山修司が、娼婦に恋した船乗りを描く。「かもめ」と呼びかけるが、相手は海鳥なのか女なのかは分からない。
男には金がない。娼婦の部屋の前をうろつくのが精一杯だ。ある夜、バラを抱えた上客が彼女につくのを見た。匂い立つバラと抱きあう二人。妄想しては落ち込む男。しかし、「おいらの恋は本物」との自負が、彼を行動に駆り立てる。
不意にジャック・ナイフをふりかざして
女の胸に赤いバラの贈りもの
折り畳み式の大型ナイフが肉を裂く。噴き出す鮮血を見て、男は「赤いバラ」と呼ぶ。不本意な禁欲を強いられた男の愛が、最悪の形で結実する……。
娼婦の言い分はひと言もない。船乗りの独りよがりな恋物語を聞かされるだけだ。
浅川はこの歌を歌うたびにジャックナイフを女の胸に突き立て、自身も胸から血を流して死んでいたのかもしれない。男の身勝手で命を落とした娼婦に捧げる、無言のやさしさ。鎮魂歌。
人の業を包み隠さず歌に昇華させるのが昭和歌謡の底力だ。現代人とて、人には言えないドロドロした思いを胸に秘めているのは同じだろう。
常に「受け入れやすさ」を求められる今だからこそ、昭和の苦味が心に響く。浅川マキを聴いて、人間の不条理をのぞき見る。そんな夜が、あってもいい。
(歌詞引用 『かもめ』作詞:寺山修司 作曲:山木幸三郎)

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