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日本映画の世界進出を後押し!英語字幕を担当した映画『莉の対』がロッテルダム国際映画祭の最優秀作品賞!

日本映画の世界進出を後押し!英語字幕を担当した映画『莉の対』がロッテルダム国際映画祭の最優秀作品賞!

第35回ロッテルダム国際映画祭が先日開催され、田中稔彦氏が初監督を務めた『莉の対(れいのつい)』が、タイガーコンペティション部門の最優秀作品賞(タイガー・アワード)を受賞した。ロッテルダム国際映画祭はオランダのロッテルダムで開催される映画祭で、ヨーロッパではカンヌ国際映画祭、ヴェネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭に次ぐ重要な映画祭のひとつとされている。ヨーロッパだけでなくアジアやアメリカ、中近東から作品が集まり、特に実験的な作品を紹介することで知られる映画祭だ。日本の作品による単独でのタイガー・アワード受賞は初の快挙である。

JVTAでは本作の英語字幕を制作。日英映像翻訳修了生のアシュトン・ヒューエット=ジョーンズさん、アネリース・ヴォルダースさん、田中美紗さん、新田ありささん、やまたま ひろさんが190分の長編映画に字幕をつけた。

『莉の対』は東京と北海道を舞台に、自分の存在の希薄さを感じながら生きている女性・光莉と失聴者である風景写真家・真斗の物語だ。葛藤しながら脆く汚く生きる人間の弱さが、大自然の美しさと対をなすように描かれている。

様々な「障がい」を英語字幕でどのように表現するか
本作では耳の聞こえない真斗をはじめ、様々な障がいのある人物が登場する。ヒューエット=ジョーンズさんは「ろう者や発達障がい者、そして日本社会がどのように障がいを捉えているかなど微妙なトピックを扱っているため、翻訳には気を配る必要があると感じた」という。そこで翻訳の下準備として、医学用語やろう者や発達障害者自身が使っている用語などを調べた。また新田さんも、英語字幕で観客に不愉快な印象を与えないよう、聴覚障がいと知的障がいについての情報を確認し、日本と英語圏での障がい者の違いなども調べておくべきだと考えて準備をおこなった。子供の時に耳が聞こえなくなった真斗については、「Deaf」(手話をコミュニケーション手段とする言語的少数派の「ろう者」)や「hearing-impaired」(聴覚力が大幅に減少した)ではなく「deaf」(耳が聞こえない)を使用するなど、翻訳者の念入りな下準備が英語字幕に生かされている。

また真斗という登場人物に関しては、やまたまさんの担当パートでも試行錯誤した場面がある。失聴者である真斗のセリフが聞き取りにくく、その言葉を聞いた光莉はなかなか彼の言いたいことが分からないというシーンだ。そのシーンでは真斗が言葉を何度も繰り返すことで、段々と彼の言いたいことが分かってくるようになる。

「このシーンで観客は、光莉と一緒に真斗のセリフに耳を澄ませ、『何を言っているのか分からない』から『少しずつ分かってきた』になり、最後にようやく彼の言葉を理解することになります。つまり字幕でも、『全く分からない』と『少し分かる』の2段階を経て、『分かる』の状態に持っていく必要があるのです」(やまたまさん)

英語圏の失聴者の人々が実際にどのように言葉を発するのか、はっきりとした調べはつかなかった。そのためやまたまさんは、該当のセリフを英語にしたものを自分で何度もゆっくりはっきり発音し、その口の動きを視覚だけで捉えた人がどのように発声するかを想像してみたという。そして音の表記も、例えば「sorry」という言葉であれば「sowee」「sow-ree」「sow-rry」などのように変化させるという工夫を凝らし、最終的な字幕を完成させた。

一番面白くて一番難しかった「日本語ならではの言葉遊び」
英語字幕の翻訳において、常に頭を悩ませるのは日本語ならではのセリフだ。本作にも日本語独特のセリフがある。「あの上を向いてる松は、『天まで届け』でトドマツ。あっちの松は下を向いてて、『もうええぞ』で、エゾ松」や「北海道はでっかいどう」など、日本語の音やニュアンスを生かしたセリフの翻訳について、該当箇所を担当した田中さんは「翻訳が一番面白くて一番難しかった」という。

「特に松の台詞は数日間悩みました。『トド松』『エゾ松』の英名を調べたところ、todo firとyezo spruceと出てきたので、それらと韻を踏む言葉を検索しました。その中でさらに『上を向いている』『下を向いている』と結びつく言葉を絞り込み、最終的に “dodo shooting fir(for) the sky”と”echoing the blues”に辿り着きました。『北海道はでっかいどう』はリズムの良いフレーズなので、なるべく寄せられるように、”Hokkaido”と同じくらいの長さで”h”から始まる”Humongous”を選びました」(田中さん)

日本語で見た時と同じインパクトを英語字幕でも伝えたい
作品が持つメッセージを、言葉も文化も異なる世界の観客にどう伝えるか。映像翻訳者が最も念頭においているこの点について、ヴォルダースさんはまず映画の一連の流れを把握し、一視聴者として味わい、その後国際的な視点で映画への理解を深めるように努めた。さらに監督や俳優のブログ記事などを調べ、伝えたいメッセージやキャラクター像が一致しているかどうかを確認する作業もおこなったという。
そんなヴォルダースさんが「特に印象に残った」と語るのは以下のセリフだ。

「色がない人生。白、じゃないの。透明。私一人がいなくなってもきっとこの世界には何の影響もなくて、だったら私何で生きてるんだろうって」

予告編でも一部使用されている、印象深いセリフである。このセリフは田中さんが担当するパートに登場するが、ヴォルダースさんが担当した回想シーンにも登場したためにお互いに確認しながら言葉選びをおこなった。ヴォルダースさんはこのセリフについて、日本語で見た時と同じようなインパクトを与えたいと考えて訳語を選択したという。また田中さんも後半の「私一人がいなくなっても…」の感情に一番しっくりくる言い回しを考えるため自らボイスオーバーをしたり、回想シーンでも字数に余裕があることを確認したりした上で、”at all”や”even”のような単語を使い感情を強調するようにした。チーム翻訳ならではの協力を経て出来上がった字幕を、ぜひ予告編でも確認してほしい。



映像翻訳は作品を世界へ届けるかけ橋である
『莉の対』がロッテルダム国際映画祭でタイガー・アワードを受賞したというニュースは、5人の翻訳者にとっても嬉しい知らせだった。「英語字幕によって作品を世界と繋げることができて、この仕事ではこれ以上うれしいことはありません」(新田さん)、「この作品の翻訳に関われたことを光栄に思うと同時に、作品を制作した監督、スタッフ、俳優たちのセリフ、メッセージとビジョンを翻訳者として忠実に伝える責任を改めて感じています」(ヒューエット=ジョーンズさん)など、喜びと共に改めて作品を世界に送り出す立場としての責任も感じている。

「字幕をつけることで映画を国際舞台に届けることができ、作品に注目が集まり、将来のプロジェクトへの支援に繋がるのは確か」とヴォルダースさんが言うように、映像翻訳は映像作品と世界を繋ぐかけ橋となる。映像翻訳者は表に出ることはないが、実はその橋を組み立てる重要な存在なのだ。今回『莉の対』で5人の翻訳者が作り上げたかけ橋は、しっかりと世界へと繋がった。英語字幕のニーズが高まる今、日英映像翻訳者の活躍の場は確実に拡がっている。


『莉の対』田中稔彦監督よりコメントをいただきました!

田中稔彦 監督
ロッテルダム国際映画祭で私達を担当して下さった通訳の方(オランダ人でありながら、日英蘭がネイティブ)が『莉の対』に惚れ込んで下さり、彼が真っ先に私に伝えて下さった事は『とにかく翻訳が素晴らしい!』でした。日本語独特の表現であったり、失聴者のキャラクターの表現方法だったりが特に翻訳の難しいところだと思います。そういった箇所が見事に翻訳されていたと絶賛されました。

私自身は、自分が演じたキャラクターのラストシーンの翻訳が特に印象的でした。失聴者が言葉を口にする難しい表現を見事に再現して下さいました。また、私自身英語を得意としており、自ら全てのセリフ全ての翻訳に目を通しました。一つ一つを確認しながら、「素晴らしい!」と何度も感嘆したのを覚えています。通常の映画よりセリフもかなり多い作品ですが、内容がしっかりと伝わった事がグランプリに繋がったのだと感じています。

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『莉の対』は​2024年5月31日(金)〜6月6日(木)にテアトル新宿で国内初上映決定!
以降、全国映画館にて順次公開予定です。お楽しみに!
『莉の対』公式サイトは▶こちら
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