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明けの明星が輝く空に 第81回 『シン・ゴジラ』:庵野秀明 対 ハリウッド

明けの明星が輝く空に 第81回 『シン・ゴジラ』:庵野秀明 対 ハリウッド
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【最近の私】『シン・ゴジラ』ほど、僕を「内向き」にさせる映画はない。批判的な意見や海外での不評を聞いても、「好みの違いだ。理解してくれなくて結構。」という気分になる。JVTA代表の新楽さんには、怒られてしまいそうであるが…。
 

「これは、ハリウッド映画へのアンチテーゼだ!」最初に『シン・ゴジラ』を見た時、僕は直観的にそう思った。『シン・ゴジラ』のキャッチコピーは「現実 対 虚構。」(「現実」には「ニッポン」、「虚構」には「ゴジラ」というルビが付く)だが、僕にはそれとは違う、もう一つの対立軸があるように思える。それは「庵野秀明 対 ハリウッド」だ。「庵野秀明」とはもちろん、今作で脚本・編集、さらにはゴジラのコンセプトデザインも担当した、庵野総監督のことである。
 

「対 ハリウッド」色を強く感じたのは、主人公の矢口蘭堂(内閣官房副長官)が、作戦行動に臨む自衛隊員らを前にした演説の場面だ。「日本の未来を君たちに託します!」と力強く締めくくった時、驚くほどの静寂さがその場を覆っていた。対照的なのが『インディペンデンス・デイ』(1996年)で、アメリカ大統領の演説が終わると、戦闘機のパイロットたちが大歓声を上げる。その時の大統領のあまりにも得意気な表情と、彼を英雄として称えるようなパイロットたちの反応は、「アメリカ、バンザーイ」という味付けが濃すぎて、僕はゲンナリしてしまった。『シン・ゴジラ』の矢口の演説シーンを見ると、きっと庵野監督も同じように感じていたにちがいないと思えてくる。
 

『シン・ゴジラ』は、カメラアングルもハリウッド映画と対照的だ。最近のハリウッド映画は、モンスターの一部が画面いっぱいに広がる極端な「寄り」の絵を多用するが、『シン・ゴジラ』は上空からの「引き」の絵で、ゴジラの全身を見せる場面が多い。世田谷の住宅街、あるいは東京駅前に立つゴジラの姿を、俯瞰で捉えた映像は実にスリリングだった。なぜかといえば、「日常の中に現われた、非日常的な光景が生む強い違和感」こそが、特撮映像の魅力であり、それを見て僕らは息をのみ、圧倒されたりするからだ。極端な「寄り」の映像では、日常の光景がたいして画面に映らず、特撮映像の面白みを感じることはできない。さらに言えば、『シン・ゴジラ』は、ほぼ固定されたカメラが捉えた映像によって、日常の中の非日常的光景がよく味わえるようになっており、まるでジェットコースターに乗っているかのようなハリウッド映画との違いが際立っていた。確かに“ジェットコースター映像”はスリルを演出することができるが、それはモンスターや怪獣を見た時の驚愕や恐怖とは関係ないものだ。
 

また今作のゴジラは、めったに吠えたりしない。吠える時も、体の中で何かが沸き立つのに合わせて自然と声が出てくる、といった感じだった。それに比べて、ハリウッド製モンスターの咆哮の、なんと「軽い」ことか。登場人物たちを追い詰めた時や、敵と相対した時、彼らは顔を前に突き出し、「どうだ、怖いだろ?」とでも言いたげに吠える。ちょうど総合格闘技のファイターが、試合前に顔を相手に近づけて目をひんむき、威嚇するような感じだ。僕にはどちらも「こけおどし」のようにしか見えず、どうも好きにはなれない。
 

今度のゴジラは、威嚇のような意思を示す行動をとらないばかりか、怒りなどの感情すら見せない。前回の記事(「ゴジラという災厄」http://www.jvta.net/co/akenomyojo80/)で書いたように、攻撃を受けても平然としており、漂う黒煙の中から無表情な顔をのぞかせる。そんな姿には、背筋が寒くなるような恐怖を感じた。「ゴジラの暴れ方が少ない」という不満を持った人も少なくないようだが、それは「破壊のカタルシス」を求めていたからだろう。少し見方を変えれば、僕のように十分楽しめるはずだ。どんな攻撃をしても止められない巨大生物。何をしたいのか、誰にも皆目見当がつかない。そんなモノが東京都心にゆっくり近づいてくる…。どうだろう? 想像するだけでも、怖くならないだろうか。
 

最後にもう一つ、ハリウッド映画との対比を強く感じた点を挙げておこう。それは、主人公が離婚の危機にあるとか、過去のトラウマを抱えているとか、余計な人間ドラマが全くなかったという部分だ。「それじゃ登場人物に感情移入できない」、という意見もあるだろう。至極当然な意見だと思う。ただ、ハリウッド映画には本筋と関係のない、「これ必要?」と思ってしまうような人間ドラマが、多すぎる気がする。その点、『シン・ゴジラ』はすっぱりと潔い。映画のどこを切ってもゴジラを巡る話になっており、いわば金太郎飴ならぬ“ゴジラ飴”状態。ゴジラ好きにはたまらない構成なのだ。
 

ここまで勝手な解釈を書き連ねたが、最後まで読んでいただいた皆さんは、もうお分かりだと思う。結局のところ『シン・ゴジラ』は、僕のツボにピッタリはまったということなのだ。恥ずかしながら、僕はすでに5回も劇場に足を運んだ。日本映像翻訳アカデミーの新楽直樹代表は3回見て、3回とも泣ける場面があったそうだが、僕は新楽代表と同じ場面で5回とも泣けた。ゴジラに立ち向かった新幹線、そして在来線よ、ありがとう!!
 

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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
 

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