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[JVTA発] 今週の1本☆inBLG

今週の1本 『シェイプ・オブ・ウォーター』

今週の1本 『シェイプ・オブ・ウォーター』
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6月のテーマ:雨

 
20数年前の夏、ハリウッドで映画の仕事をしていたとき、中世を舞台にしたファンタジー映画の撮影で長期間ルーマニアにいたことがある。セカンドユニットと呼ばれる特撮チームの一員として、戦闘場面から猫の演技シーンまで、メインの役者が登場しない“その他のシーン”を日々撮影していた。

 
ある日、小高い丘の上で怪獣にまつわるシーン撮っていたときのこと。連日の過酷なロケと、この日の絶望的な暑さの中でスーツアクター(怪獣の中に入っている役者)が体調を崩した。申し訳なさそうにしている彼のため、代役を買ってでた私が急きょ中に入ることに。とはいえ、2メートル近い身長でガリガリ体型の役者に合わせて作った怪獣の着ぐるみが、この短い手足の日本人に合うわけもなく、とりあえず足のアップや顔だけのシーンなどを撮りためていった。

 
初めは、スケジュールをこなすためにはしかたがないなという態度を装いながらも、ゴジラやウルトラマンで育った初期の怪獣世代としては、着ぐるみの中に入ることがうれしくないわけがない。仲間のクルーに頼んで何枚も記念のスナップショットを撮ってもらうなど、ややはしゃぎ過ぎ。もしかしたら、このチャンスにスーツアクターへの道が開けるか? などと思っていた。

 
しかし、撮影が進むにつれて状況は一変。暑い、というより熱い。スーツの中が異常に熱いのだ。スーツアクティング、なんと過酷な仕事か…。短絡的なあこがれは、すぐに後悔とアクターへの尊敬に変わった。そして願った。雨でも降って、とりあえず今日のロケがこれで中止にならないかと。心からそう願っていた。

 
今年、久しぶりに2回も劇場に足を運ぶほどの良作に出会った。アカデミー作品賞受賞作の『シェイプ・オブ・ウォーター』だ。最初は受賞前、ハリウッドのアークライト・シアターで観る機会に恵まれた。上映後のギレルモ・デル・トロ監督が登壇したQ&Aセッションにも参加し、サインまでもらった。受賞直後に日本で公開された際には、近所のシネコンに足を運んで日本語字幕付きで鑑賞した。

 
舞台は冷戦時代のアメリカ。声を出すことができないイライザ(サリー・ホーキンス)は、清掃員として政府機関の研究所に勤めている。ある日、極秘の研究対象として捕らえられていた半魚人のような姿の生き物に遭遇する。互いに言葉を発せない同士、次第に心を通わせるようになり、2人は恋に落ちる。そしてイライザは、言葉を超えた“彼”と愛を貫く決意をし、黒人女性の同僚や同性愛者の隣人らの力を借りて、大胆な計画を遂行する。

 
この異形の純愛ストーリーは様々な“水の形”とともに展開する。研究室の水槽に始まり、アパートのバスルームに満たされた水の中で2人が愛し合うシーンはこの映画を象徴する“愛の形”として注目された。そして、私の中でいちばん印象に残った水のシーンは“雨”だ。

 
バス通勤のシーンでイライザが窓ガラスについた雨粒を指で追う様子は、恋に芽生えたことを暗示。うっとうしいはずの雨が軽やかで楽しげなものに思えた。クライマックスシーンでは、イライザが雨で増水した運河の彼を連れていき、水中に返そうとする。ドキドキしながら作品の中に入っていった。

 
この映画のもう一人の主人公が、半魚人の着ぐるみの中に入って演技していた役者、ダグ・ジョーンズ。デル・トロ監督作品の常連で、いまやハリウッドきってのスーツアクターだ。本作の水のシーンの多くは、ドライフォーウェットといって、実際には水なしで撮影し、その後の編集作業であたかも水中で演技しているように加工する撮影手法をとっている。あの半魚人が水槽で泳ぐところや浴室のラブシーンも、実際には水の中で演技をしたわけではなく、基本はドライな状態で役者をワイヤーでつったりして撮影したそうだ。とはいえ、やはり過酷な仕事だ。あらためて敬意を表するその役者こそ、あの暑い夏の日のルーマニアで、私が雨乞いしたときの“彼”である。

 
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『シェイプ・オブ・ウォーター』

監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:サリー・ホーキンス、マイケル・シャノン、リチャード・ジェンキンス、ダグ・ジョーンズ
製作国:アメリカ
製作年:2017年
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 Written by 小笠原ヒトシ

 
〔JVTA発] 今週の1本☆ 6月のテーマ:雨
当校のスタッフが、月替わりのテーマに合わせて選んだ映画やテレビ番組について思いのままに綴るリレー・コラム。最新作から歴史的名作、そしてマニアックなあの作品まで、映像作品ファンの心をやさしく刺激する評論や感想です。次に観る「1本」を探すヒントにどうぞ。

 
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