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中島唱子の自由を求める女神inBLG

中島唱子の自由を求める女神 第7話「小さい山を越えた時、巨大な山も見えてくる」 

中島唱子の自由を求める女神 第7話「小さい山を越えた時、巨大な山も見えてくる」 
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中島唱子の自由を求める女神

中島唱子の自由を求める女神
Written by Shoko Nakajima 

第7話「小さい山を越えた時、巨大な山も見えてくる」
言語の壁、人種の壁、文化の壁。自由を求めてアメリカへ。そこで出会った事は、楽しいことばかりではない。「挫折とほんのちょっとの希望」のミルフィーユ生活。抑制や制限がないから自由になれるのではない。どんな環境でも負けない自分になれた時、真の自由人になれる気がする。だから、私はいつも「自由」を求めている。「日本とアメリカ」「日本語と英語」にサンドウィッチされたような生活の中で見つけた発見と歓び、そしてほのかな幸せを綴ります。

 

「なんでもいいから、一生懸命やればいい」何をやっても不器用で取柄のない私に祖母はそういって励ましてくれた。

 

17歳の春。私は週末に通っていた児童劇団を休会して、たこ焼き屋さんのアルバイトをしていた。同じ高校に通う宮城先輩も少し前から、そこでバイトしていて私に丁寧にたこ焼きの焼き方を教えてくれた。不器用な私は、火力とたこ焼きの返しがうまくいかず、何度も焦がしてマスターに怒られた。マスターは店のカウンターでクレープを焼いている。マスターの母でもある店長さんも加わって家族経営の小さいお店だった。仕事の出来ない私をマスターは三日目でクビにしようとしたが、店長さんが止めてくれた。「唱ちゃんと働いているとなかなか会えない孫とすごしているようで楽しいの」と言って私をかばってくれる。

 

週末になると買い物帰りのお客さんで店先がいっぱいになる。店長さんが優しく教えてくれたから、ソフトクリームの巻き方も、レジ打ちも間違えないようになって一挙にお客さんが押し寄せてきても落ち着いて対応ができた。肝心のたこ焼きも焦がさないでふっくらと丸く焼けるようにもなった。

 

半年が過ぎた頃、バイト先に私が現れると開口一番にマスターが声をかけた。

 

「9万8650円なんだと思う?」私はそんなお金盗んでいないし、勘定ミスにしては額が大きい。首をかしげていたら、「唱ちゃんがね、昨日売り上げた金額だよ。」と嬉しそうに店長さんが笑っている。「仕事ができるようになったね。」と厳しいマスターがはじめて褒めてくれた。バイトの帰りあまりにも嬉しくて、名古屋にいる祖母に駅の公衆電話から電話した。

 

「なんでもいいから、一生懸命やれば、人が応援してくれる」と電話の向こうで祖母も嬉しそうだ。

 

まもなくして、休会していた劇団から連絡があった。ドラマのオーディションの話だ。

 

すっかり、たこ焼き屋のアルバイトに夢中だった私は、劇団のことも忘れていた。休会していたのにオーディションだけ受ける訳にはいかない。退会するつもりでお断りしたら、もう書類審査は通過しているからオーディションだけでも参加してほしいといわれた。

 

「2分間アピールの課題があるから、考えといて」と最後にそれだけ言って劇団のマネージャーは電話を切った。

 

 2分間も自分をアピールすることがあるだろうか?勉強も運動も苦手な平凡な高校生である。

 

「けん玉チャンピオン」だとか、「ミルク早飲み」とか、そういったびっくり芸も私にはない。

 

バイトの店先で、「自己アピール」を考えながら、たこ焼きを焼いていた。目の前のたこ焼きがまん丸と焼けてきて、鉄板の上で踊っているようで可愛いらしい。ふっくらとした姿にワクワクしていたら、「これよ。これ。あなたが自慢できることは、これよ。これ。」天の声が降りてきて私の耳元で囁いた気がした。今の私には、自慢できることはこれしかない!そう思えたら、希望が湧いてきた。

 

テレビ局で行われる最終オーディションの前日。いつもと変わりなく、たこ焼き屋で働いていたら、店長さんがやってきてしんみりと私に声をかけた。「唱ちゃん、ここで働くのが、今日が最後になっちゃうわね。なんか、淋しいわ」

 

スタンドのカウンターの隅でクレープの皮を焼いていたマスターがその会話をきいていて、こう言った。「唱ちゃんは、かならずそのオーディションに合格するよ。」

 

さらに、店長さんは眉毛を下げて淋しそうだ。「たこ焼きはね、どんな不器用な人間も大体3日で上手に焼けるようになる。けど、唱ちゃんは半年かかっただろう?」いつになくマスターはゆっくりとした口調で続けた。「最後まで、諦めずにやり切れる人は、必ずチャンスをつかめるよ。」妙なマスターの確信が嬉しかった。そして、ワサビの効いたかっぱ巻きを食べた時のように鼻にツンときて、感動で今にも泣きそうだ。

 

オーディション当日。緊張する心を落ち着かせながら、マスターの言葉を思い出すと勇気が湧いてくる。

 

オーディションでの「2分間自己アピール」の番が刻々と近づいてくる。

 

「次は5番の方どうぞ」私はマイクの前に立ち、生まれてはじめて強いスポットライトの中にいた。

 

「私はまだ、平凡な高校生で何ひとつ自慢することはありません。ただ、一つ自信があることは…『たこ焼きを丸く焼くこと』です」と言い放ち、私は審査員の前でたこ焼き屋さんのパフォーマンスをした。

 

ドラマ『ふぞろいの林檎たち』が放送されたのは今から40年前。私のデビューの作品になった。このドラマの最終回は、私が演じた谷本綾子がたこやき屋さんでアルバイトをしているシーンが登場する。

 

オーディションの合格発表が、集まった記者の前で行われた。脚本家の山田太一さんの横に座り様々な質問が飛びかった。

 

そんな時、山田さんが手にしていたオーディションの時の候補者の資料が目に入った。他の候補者の中の備考欄は細かい文字でびっしりメモされていたのに、5番の私の欄だけはほとんど真っ白で四文字だけ、「たこ焼き」と記されていた。

 

「なんでもいいから、一生懸命やればいい。」幼少期の祖母の言葉が、何事も長続きしないで諦めてしまう私を変えてくれた。小さい山でも越えていくとき、いままでにない景色が見えてくる。

 

写真Written by 中島唱子(なかじま しょうこ)
 1983年、TBS系テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』でデビュー。以後、独特なキャラクターでテレビ・映画・舞台で活躍する。1995年、ダイエットを通して自らの体と心を綴ったフォト&エッセイ集「脂肪」を新潮社から出版。異才・アラーキー(荒木経惟)とのセッションが話題となる。同年12月より、文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨークに留学。その後も日本とニューヨークを行き来しながら、TBS『ふぞろいの林檎たち・4』、テレビ東京『魚心あれば嫁心』、TBS『渡る世間は鬼ばかり』などに出演。

 
 

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