【映文連 国際短編映像祭】昨今増えている企業のPR映像を訳すポイントとは
11月27日(木)、映文連 国際短編映像祭/International Corporate Film Showing 2025が東京池袋の新文芸坐で開催される。このイベントで上映されるのは、企業や団体のPR映像をテーマにした短編18作品。The WorldMediaFestivals(ドイツ)、 US International Awards(アメリカ)、Cannes Corporate Media & TV Awards(フランス)、AutoVision Awards(ドイツ)といった世界を代表する企業映像祭において今年度受賞した作品を中心にラインナップされている。JVTAは全18本の日本語字幕と公式サイトの作品紹介の解説文の作成とその英訳を担当し、9人の翻訳者が手がけた。(一部字幕のない作品もあり)。
翻訳者の小山史子さんは、今回5本の短編作品(『This is the rhythm of Swift』『The Broken Heart』『Am Wörthersee』『Visit the Original Sweden』『Close-ups of clean-ups』)の日本語字幕と作品解説の作成を手がけた。小山さんはこれまで、スポーツドキュメンタリー、アクション・サスペンスドラマ、企業PR映像などを担当している。アメリカ在住歴が長いため、エンタメ関係の案件を手掛けることも多く、現地の文化や空気感を肌で感じながら楽しく取り組んでいると話す。一方、政府関連の広報業務の経験もある。企業のカンファレンスのスピーチの翻訳などを手がける際は、企業独特のグロッサリー(専門用語)やスタイルガイドがあるため、丁寧に確認しながら作業を進めることに気を遣うという。
「その企業や団体の魅力を簡潔に分かりやすく伝えることを常に意識しています。特に企業ものの場合、その企業のことを知らない方が見ても理解できるよう、専門用語を避けて平易な言葉を選ぶようにしています。」(小山史子さん)
この映像祭の特徴はどれも10分にも満たない短い映像であること。例えば、スパイスをテーマにしたスイスの作品『Close-ups of clean-ups』はわずか53秒だ。字幕の数がわずかなうえに、1つの字幕の文字数も少なかったため、小山さんは言葉の選択に最後まで迷ったという。
「特に、味覚や触感を表現する形容詞が連続する作品だったため、似たような言葉が並ばないように辞書で類義語を調べたり、語尾の活用を工夫したり、最後まで頭を悩ませました。」(小山さん)
今回小山さんは映像の字幕だけでなく、クライアントからのシノプシスを元にして公式サイトに掲載される作品解説の作成も担当した。100字という限られたボリュームの中で、単なる説明に終わらせないことを心掛けた。
「まだ映像を見ていない方がこの解説文を読んで、『ぜひ見てみたい』と興味を持っていただけるような文章を目指しました。作品解説は映像への入り口となる文章ですので、作品の魅力や見どころを端的に、かつ印象的に伝えることに工夫を凝らしました。」(小山さん)
公式サイトには、作品解説が日本語と英語で併記されている。この英訳のほとんどを手がけたのが、日英翻訳者の下平里美さんだ。下平さんは、配信用コンテンツの吹き替え・字幕翻訳を中心に活躍。実写ドラマやアニメ、リアリティショー、邦画やドラマ・アニメのトレーラー、企業内研修の字幕、映画祭出品用の短編作品やトーク映像など幅広いジャンルの作品を手がけている。企業VPに特化したこのイベントではどんな工夫をしたのだろうか。
「まず制作側が提供する資料を最重視しました。そこに作品の意図や要素が凝縮されているからです。資料からターゲット層とメッセージを明確にし、核となるキーワードを精査しました。必要に応じてSNS投稿や記事、関連映像も確認し、背景を丹念に調べました。英語表記は一般的なものよりも資料の中で採用されている表記を優先し、制作側の思いが反映されるよう心がけました。」(下平里美さん)
今回、下平さんが担当した英語の作品解釈は17作品にも及ぶ。決められた字数制限の中で、多くの作品の概要をそれぞれの特徴を盛り込みながら書き分ける作業となった。下平さんが最も苦労したのは、要素を盛り込みすぎると、ネタバレに近づいてしまうということだったという。
「字数制限があるため文の密度が高く、メッセージが強くなりがちです。偏った解釈に陥っていないか時間を置いて何度も読み直しました。日本語版の解説も適宜参照し、乖離が生じないよう注意しました。読んで映像を『見たい』と思っていただける文章を最後まで意識しました。」(下平里美さん)
字幕や吹き替えというと映画やドラマのイメージが強いが、昨今はJVTAでも企業関連の案件を担当する機会が増えている。そのため、下平さんも受講したJVTAの日英映像翻訳コースでも、企業VPの英訳の授業が盛り込まれた実践的な内容となっている。
「企業映像の解説はドラマやアニメと異なり、脚本を単に要約するだけでは十分ではありません。企業の立場を理解し、意訳を通してメッセージを正確に伝える力が求められます。キーとなるメッセージが明確であることも大きな特徴です。それを正確に捉えるため、背景を丁寧に調べ、まっすぐに且つ魅力的に伝える姿勢は、授業で培われた基礎であり、今もジャンルを問わず実務の土台になっています。」(下平里美さん)
企業のPR動画は短い尺の中に企業の想いが凝縮されている。同じ字幕といっても映画やドラマとは違うトーンや言葉の選び方も求められ、その企業や業界に関するリサーチなども欠かせない。動画配信が主流の今、こうした翻訳のニーズはますます高まっている。このイベントは、世界の映像祭の受賞作品の数々が見られる貴重な機会、ぜひ会場に足を運んでほしい。
◆映文連 国際短編映像祭/International Corporate Film Showing 2025 2025年11月27日(木)19:00~21:00 新文芸坐 公式サイト:https://www.eibunren.or.jp/icfs/icfs2025.html
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【第3回ヘルヴェティカ・スイス映画祭が神戸で開催】主催の松原美津紀さんと翻訳者に聞く今年の見どころ
「第3回ヘルヴェティカ・スイス映画祭」が11月22日(土)に神戸の元町映画館で開幕する。JVTAは第2回となる昨年から日本語字幕制作を担当しており、今年は全6作品のうち、日本初公開となる4作品の字幕を7人の翻訳者が手がけた。
この映画祭を主催するのは、スイスで新旧の日本映画を上映する唯一の日本映画祭「GINMAKU日本映画祭」を2014年から開催する松原美津紀さん。スイスと日本に関する映画を上映する映画祭を両国で、しかもたった一人で運営するという稀有な存在だ。今年の上映作品は、スイスという国を、映画を通して多面的に見てもらうという視点から選定したという。全ての上映の前後にトークの時間を設け、作品の背景や、スイス社会の現在の姿を伝えたいという松原さん。今年の見どころを聞いた。
松原美津紀さん
◆注目は決してハッピーエンドではない名作
松原さんがまず注目の1本に挙げるのは、『バガー・ドラマ』。舞台芸術を手がけ、今年の「サン・セバスティアン国際映画祭」では新人監督賞も受賞したピート・バウムガルトナー監督の初長編映画だ。「GIINMAKU 日本映画祭」では、決してハッピーエンドではない作品を上映することが多いそうだが、同作もその一つだという。
「美しい映像の中に潜む小さな不協和音。完璧な家庭のように見えるけれど、どこかずっと心がざわつく。その違和感の描き方が本当に見事で、“家族が壊れていくことが、結果的に良かった”と思えるような作品です。」(松原さん)
◆観終わった後、しばらく席を立てなかった感動作
また、松原さんは心に深く残る作品として『マイ・スイート・ホーム』を挙げる。取り壊しのために団地から退去を迫られる二人の高齢女性の姿を追ったというドキュメンタリーだ。
「高齢化が進むスイスで、どう生きるのか、家族の気持ちと自分の心の声の間で揺れる姿が、静かに胸に迫ります。観終わった後、しばらく席を立てなかったほど深く感動を覚えた大切な作品です。」(松原さん)
◆何気ないひと言ほど、大切に翻訳する
『マイ・スイート・ホーム』の字幕は板垣麻衣子さんと中野真梨子さんが手がけた。スイスにはドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語の四つの公用語があり、多様な文化が根付いている。この作品のオリジナル言語はドイツ語だが、字幕は英語字幕から翻訳した。板垣さんはドイツ語の翻訳者でもあるが、スイス・ドイツ語はアクセントが強く、登場人物たちが高齢なこともあって聞き取りに苦労したそうだ。しかし、控えめで実直でチャーミングな2人の人生を、翻訳を通じて垣間見ることができたのは得がたい体験だったと話す。
「プロデビューして初めて手がけた映画作品が、この静謐なドキュメンタリーでした。カメラが追いかけるのは、スイス・チューリッヒ郊外に暮らす2人のお年寄り。保険会社の利益追求のために、思い出の詰まった住まいが取り壊されることになったハンニとロサは、大切にしてきた家財道具や本、旅先で縫った思い出のスカートなど、彼女たちの人生そのものといっていい品々を手放さなければならなくなります。そこにあからさまな暴力や不正はありませんが、人生最後の日々を住み慣れた家で暮らすこともやはり人間の尊厳に関わっているのだということを、視聴者はほろ苦いラストシーンで直感します。」(板垣麻衣子さん)
また、翻訳者の中野真梨子さんは、映像の中のセリフ以外に状況を説明する要素がなく、登場人物が置かれた状況を理解するために、集合住宅の仕組みがスイスで生まれた背景を含め、歴史や文化に関する情報を確認した。移民の増加や地価の高騰、洗濯機の共同利用が一般的であることを確認したり、番地や映像に映る建物を地図上で確認したり、できる限り把握することに努めたという。また、セリフだけを追っていると薄い内容の字幕になってしまうため、何気ないひと言ほど、どう表現するか悩んだと話す。
「この作品の見どころはハンニとロサが時折見せる穏やかな眼差しです。変えられない状況があっても、家族や思いを受け止める理解者がいれば前を向くためのささやかでも確かな力になることを教えてくれます。彼女たちが何を感じ、何を思い出しながら言葉を発しているのか目の表情や声のトーンを意識して翻訳するようにしましたが、行き詰まったときは監督のインタビューを読んだり映画のレビューを読んだりして、他の人の視点を知るようにしました。同じように、相互チェックをしてくださった板垣さんとチェッカーの方々のフィードバックが丁寧かつ的確でとても助けられました。」(中野真梨子さん)
◆スイスと日本を結ぶ“不思議なご縁”
元町映画館15周年記念上映と銘打った『要塞』にも注目したい。2008年に35mmフィルムで撮影された同作は、同映画館のプレオープンの時に最初に上映されたという特別な作品だ。松原さんは、準備の段階である“不思議なご縁”を感じることになる。実は「元町映画館」と、スイスで「GINMAKU 日本映画祭」を開催している映画館「Houdini」の開館日が、全く同じ日、8 月 21 日だったのだという。
「スイスと日本、それぞれの映画館が同じ誕生日だなんて、本当に不思議なご縁で、ちょっと涙が出ました。この『要塞』という作品は“過去”の難民受け入れ施設を見つめるドキュメンタリーなのですが、同じく今回上映する『ロツロッホ』という“現代”の難民を映すドキュメンタリーと両方ご覧いただくことで、“時代とともに何が変わり、何が変わっていないのか”を感じていただけたらと思っています。」(松原さん)
◆JVTAへのメッセージ
昨年は関西在住の翻訳者が元町の映画館に駆けつけ、松原さんと直接お会いすることができた。今年も翻訳者とともに大きなスクリーンで作品を鑑賞できることを楽しみしていると松原さん。JVTAにメッセージを頂いた。
「今年も、一つひとつの作品に心を込めて丁寧に向き合ってくださり、心より感謝申し上げます。作品の背景や専門的な理解を要するシーンに至るまで、さまざまな場面を見事に汲み取り翻訳していただき、昨年に続き字幕作成をお願いして本当によかったと感じております。翻訳者の方々へお繋ぎいただき、スムーズなコミュニケーションが叶いましたのは、いつも迅速にご対応くださる麻野さん(翻訳ディレクター)のお力添えあってのことです。ありがとうございました。」(松原さん)
◆手作り感あふれるおもてなしは初の試み
今年は初の試みとしてイスラーム映画祭主宰の藤本高之さんをゲストに迎え「ひとりで映画祭を運営するということ」をテーマにしたトークイベント(https://www.motoei.com/post_event/hsff03_talk/ )も開催される。さらに、映画祭開催中は、部数限定で「松原セット」が販売されるという。これは不定期で発行している手書き新聞「松原ニュース」のアーカイブと、全上映作品が神戸での上映が叶うまでの舞台裏や作品の魅力を語る「松原コラム」をセットにしたもの。こうした松原さんの手作り感あふれるおもてなしもこの映画祭の大きな魅力だ。映画祭会場で松原さんは着物姿で観客を迎えるという。ぜひ、会場に足を運んでスイスの映画の世界を堪能してほしい。
◆第3回 ヘルヴェティカ・スイス映画祭 2025年11月22日(土)~11月28日(金) 神戸・元町映画館
公式サイト:https://www.h-sff.com
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【難民映画祭『アナザー・プレイス』翻訳秘話】 “字幕翻訳者はまるで探偵” その真意とは?
現在開催中の難民映画祭は今年で20回を迎える。JVTAは2008年の第3回から字幕制作という翻訳者ならではのカタチでこの映画祭の支援を続けてきた。
今年の上映作品『アナザー・プレイス』は、戦争や迫害を逃れて、コンゴ、シリア、アフガニスタンからヨーロッパにたどり着いた3人の難民の人生を追ったドキュメンタリー作品。日本語字幕はJVTAで学んだ8名の翻訳者がチームを組んで完成させた。
【字幕翻訳チーム】 ウェスト知佐さん 長谷川睦さん 松井敏さん 丸山綾さん 宮城久美さん 盛岡雅恵さん 森田朝美さん 渡邊有花さん
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翻訳チームの中の丸山綾さんと長谷川睦さん、松井敏さんは今年、広報サポーターとして同映画祭のPRにも取り組んでいる。3人に翻訳秘話を聞いた。まず、この作品のタイトルの解釈や見どころを、松井敏さんと長谷川睦さんが、簡潔に解説してくれた。
「本来の自分の居場所である“マイ・プレイス”に対する“アナザー・プレイス”。それぞれの事情から、それぞれの母国を離れる厳しい運命を負った若い3人(撮影時は全員20代)が、それぞれ別の地で自分の居場所を求める葛藤と努力を、自身も6歳の時に難民としてアメリカに渡った監督が、自分の複雑な過去を織り交ぜながら、現実のものとして映し出します。」(松井敏さん)
「日本に住んでいる私たちは『難民』について受け入れる側の視点でニュースを通じて知りますが、この作品では国外に避難した時のこと、避難先での生活や苦労が一人ひとりの経験に基づいてリアルに語られており、『難民』を社会問題の1つとしてではなく、『一人の人間』としてどんな経験をし、何を感じているのかということを知ることができます。」(長谷川睦さん)
字幕づくりは、まず8人の翻訳者がそれぞれの担当箇所の字幕を作り、それらを統合し全員で話し合いながら一つの字幕に仕上げていく。松井敏さんは、「チーム翻訳の苦労(面白さ)は、基本語彙から話し方に至るまで、各人物のセリフの統一」と話す。特に重要となる単語(“祖国”、“ふるさと”、“居場所”、など)や表記方法に一定の統一ルールがあり、場面によっては例外で対応するなど、それぞれの訳者の感性、個性の匙加減で微妙に変わる結果を、全員でチェックしながら言葉を統一していった。
「お互いの考えをぶつけ合って最善値を出す作業でした。チーム翻訳(共同作業)の難しさと面白さは最高の経験になりました。これが面白いと思えることが字幕翻訳者の適性かもしれません」(松井敏さん)
難民映画祭の作品はさまざまな国が背景となっており、多言語の作品が多いが、翻訳者は英語字幕から日本語字幕を作成する。この作品では横下の位置に英語字幕が表示されるため、日本語字幕は縦位置に併記されている。縦字幕はスペースの関係から横位置より文字数が少なくなり、翻訳の難易度は高くなる。長谷川睦さんは厳しい字数制限の中でチームのメンバーと試行錯誤しながら全員で一丸となり、より良い表現を探したという。
「話者の伝えたいことを限られた文字数の中でいかに表現するかという点に苦労しました。避難した時のエピソードや心情について語られているシーンでは、正しく訳すだけでなく臨場感が欠けてしまわないような言葉選びを強く意識しました。」(長谷川睦さん)
『アナザー・プレイス』写真の女性がアフガニスタン人ザハラ
丸山綾さんは、翻訳時に特に印象に残ったセリフを具体的にあげてくれた。アフガニスタン人の女性ザハラのセリフ “It’s the only gift God ever gave me ” の “the only gift” の訳については、二転三転どころか八転したという。直訳では「神様がくれた唯一の贈り物です」だが、その後のセリフが「心はボロボロに疲れ果てています」と続く。前後がうまく繋がらず、このgiftの意味は何か?という疑問が生まれた。
「神からの『試練』を指しているのか、ザハラ自身の『成長』や『経験』のことなのか、あるいは若さゆえの『美』を意味しているのか――チーム内でも意見が分かれ、相互に訳をチェックし合うスプレッドシートの記入欄が上限に達するほど、熱のこもった議論が続きました。」(丸山綾さん)
最終的には、サブリーダーの長谷川さんの案が監督からのメディア向け資料との整合性も取れていたため、全員が納得して、「若さ」と訳したという。一見シンプルな英文でも実は翻訳者がこれだけの労力をかけてセリフを訳しているという好例と言えるだろう。
丸山さんの解説は続く。ドイツに逃れたザハラ一家だが、ザハラだけ家族とは別の場所で暮らしていた。その後、同じ場所に移動できる機会が訪れた時のセリフ“I can move to their building”もまた意見が分かれた。直訳だと「彼らの(住む)ビルに引っ越せる」だが、丸山さんはあるメンバーから「原文どおり、家族と同じ建物に引っ越しただけで、同居ではないのでは?」という指摘を受ける。
「実は私も当初は同じ疑問を抱いたので、映像を穴があくほど見返し、『今回は確かに同居だ』と言える根拠を見つけていました。ヒントはベッドとクローゼットです。そのシーンのキャプチャとともに、同居だと考える理由をメンバーに共有し、『私たち、探偵みたいですね』とメッセージを添えたところ、『探偵の先輩と呼ばせてください!』とノリのいい返信をいただき、思わず頬が緩みました。」(丸山綾さん)
これだけ本気で「セリフ」を共に磨いたチームだが、実はすべてオンライン上での交流であり、実際に顔を合わせたことはないそうだ。しかし、「作品をより良くしたい」という思いがリーダーを中心に共有され、誰もが遠慮なく意見を言い合える雰囲気で、今では心から信頼できる仲間だと丸山さんは感じている。
難民となった人たちの想いを伝えようと翻訳に取り組むなかで翻訳者自身にも気持ちの変化が訪れた。長谷川さんは、これまで「他国での出来事」と思ってどこか他人事のように感じていたが、自国の情勢などで困難に苦しむ人たちを少しでも減らしたいと、自分の意識が変わったことを実感している。
「今までは難民問題を受け入れる側の立場でしか考えていませんでした。この作品に携わり、密入国業者を頼って国から避難する子どもや、命の危険があると知りながらも子を見送らざるをえない親など、一人ひとりがどんな思いで生きているのかということを知り、難民問題が私にとってより現実味のあるものになりました。私にも5歳の娘がおり、同じ親としてその様な経験をしている人たちのことを思うと胸が張り裂けそうになります。当然のことですが、立場が変われば見方が変わるということを改めて気付かせてもらえました。」(長谷川睦さん)
一方松井さんは、早速、UNHCRのマンスリー・サポーターに登録、これからも微力ながら生涯支援を継続してゆくという。
「伝わる字幕を目指し、チーム全体の字幕に込める熱意、セリフへの思いが凄く、自分も登場人物の気持ちの理解に集中することができました。この作品に映しだされる、今まさに進行中の葛藤や思いを実感することで、難民一人ひとりの置かれている現実を、隣人のこととして思い始めることができました。」(松井敏さん)
自国を離れて生きていくとはどういうことなのか。『アナザー・プレイス』は当事者の視点で描いていく。翻訳者が登場人物に寄り添い、膨大な議論を交わして作り上げた字幕にもぜひ注目しながら、作品を鑑賞してほしい。
◆難民映画祭
オンライン開催 2025.11.6(木)~12.7(日)
劇場開催 2025.11. 6 (木) TOHOシネマズ 六本木ヒルズ(東京) 【上映作品】「ハルツーム」※終了2025.11.13(木) TOHOシネマズ なんば(大阪) 【上映作品】「ハルツーム」※終了2025.12. 2 (火) イタリア文化会館(東京) 【上映作品】「あの海を越えて」2025.12. 3 (水) イタリア文化会館(東京) 【上映作品】「ぼくの名前はラワン」
公式サイト https://www.japanforunhcr.org/how-to-help/rff
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◆【英日映像翻訳 総合コース・Ⅰ 日曜集中クラスを2026年1月開講!】ご興味をお持ちの方は無料の学校説明会へ! 2026年1月からの英日映像翻訳学習をご検討中の方を対象に、リモート・オープンスクール、リモート個別相談を実施しています。ご都合・ご希望に合わせてお選びください。 ※英日映像翻訳の時期開講は2026年4月予定です。ご検討中の方はリモート個別相談にお申込みください。
【フィンランド映画祭】姉妹の口調や関係の変化、縦字幕の厳しい字数制限、解釈の相違などを4人で精査した字幕翻訳秘話とは
フィンランド映画祭が11月8日(土)渋谷のユーロスペースで開催される。JVTAは毎年、この映画祭に字幕制作で協力。上映作品には、今フィンランドで話題の選りすぐりの傑作がラインナップされており、今年も全5作品の日本語字幕を担当した。
『100リットルのゴールド』(テーム・ニッキ監督)はニッキ監督の地元であるフィンランド中西部シュスマを舞台にした風刺コメディだ。主人公は、フィンランド名産である濃厚なビール、サハティを自家醸造する中年の姉妹、タイナとピルッコ。ある日、二人の妹、パイヴィの結婚式に100リットルのサハティを届ける依頼を受けるが、仲間と大騒ぎするうちに在庫をすべて飲み干してしまう…。結婚式まであと24時間。妹に贈る100リットルのサハティを求めて二人の豪快で無鉄砲な珍道中が始まる!ニッキ監督は、この作品で2026年アカデミー賞最優秀国際長編映画賞のフィンランド代表に選出された。ちなみに、ニッキ監督もシュスマの養豚農家の息子で家族がサハティを醸造しているそうだ。
『100リットルのゴールド』
日本語字幕は、JVTAで学んだ翻訳者、赤井雅美さん、川原田仁美さん、濱本佐宮良さん、福地奈緒子さんの4人がチームを組んで手掛けた。4つのパートに分けて各自が作った字幕を統合し、4人で話し合いながら細かい精査を行い、一つの字幕として完成させた。
「プロデビューしたばかりの翻訳者さん4人が、持てる力をすべて出し切って全身全霊で取り組んでくれました。どの字幕をとっても、一つひとつが選び抜かれた言葉で作られていていきいきとした表現が、キャラクターとストーリーにまさに命を吹き込んでくれています。ご覧になった方たちにきっと楽しんでいただけると思います。」(先崎進・JVTAディレクター)
翻訳チームで最も話し合ったのは、姉妹の口調だという。セリフを訳す映像翻訳の場合、口調は人物のキャラクターを表す重要なポイントとなる。基本的には全体を通して統一していくが、同じ人物でも相手やシチュエーションによって語尾などが変わってくる。
「特にタイナをどう描くかで意見が割れましたが、最終的には語尾をそろえるより、そのシーンの感情に合わせてトーンを考えることにしました。人間らしい感情の振れ幅があるキャラクターなので、場面に合った自然な口調を大事にしました。」(赤井雅美さん)
「物語が展開していく中で、登場人物にも変化が訪れるので、各パートでのキャラクター像も当然変わってきます。全体を通しての統一感を維持するために、“木を見て林を見て森を見て…”を繰り返すことを心掛けました。また、セリフの翻訳は感覚に頼りがちです。正しい日本語を使いながらも、硬すぎず、砕けすぎず、クセの強いキャラクターに合った表現を探すことに苦心しました。」(福地奈緒子さん)
濱本佐宮良さんは、一つの作品に4人で向き合う中で、ストーリーの解釈にも意見が分かれることがあったと話す。濱本さんが担当したパートでも別の解釈を提案された箇所もあり、改めて自身の解釈について深く考え直し、自分の伝えたいポイントが字幕にしっかり反映されているかどうかを徹底的に検討する、よい機会になったという。
「翻訳をするにあたっては当然自分なりに作品をしっかり観てから臨むわけですが、作業をするうちに自分のパートに集中しすぎて大局的な視点を失ってしまわないようにすることが大切だと感じました。」(濱本佐宮良さん)
各自が訳した言葉を一つの字幕にまとめるには、全体のトーンや言葉の統一も不可欠だ。川原田仁美さんは、各パートに出てくる同じ単語やフレーズの訳語を統一するのか、状況に応じた訳語にするのかなど、チームで細かく訳語をすり合わせたと振り返る。
「解釈が分かれる訳語については、納得がいくまでとことん意見を交わしました。その甲斐あってリライトを重ねるうちに訳がどんどん磨かれていき、最終的に無駄を削ぎ落とした濃い字幕になったのではないかと思います。」(川原田仁美さん)
オリジナルの言語はフィンランド語だが、こうした多言語の作品が映画祭で上映される場合、ほとんどが英語字幕を元に日本語に翻訳される。映画祭では英語字幕と日本語字幕は併記されることも珍しくない。この作品でも横字幕で英語字幕が表示されるため、必然的に日本語字幕は縦字幕となり、文字数がさらに限られ、翻訳者には難易度が増すことになった。
例えば、少ない文字数の中で、姉妹を馬鹿にしたような英語の言葉遊びを「タイナ タイナ めでたいな」と日本語にもうまく反映し傍点で強調した。また、作中に何度か出てくるキーワード「クルナ」に関しては、初出時に「ろ過槽」にクルナとフリガナをつけ、その後は「クルナ」に統一するなど簡潔ながら作品のニュアンスが伝わるための工夫も字幕に垣間見える。
「各セリフのメッセージやニュアンスを過不足なく伝える字幕を作ることに力を注ぎました。文字数が多いほうが伝えられる内容は増えますが、少ない文字数の中に本当に伝えなければいけない内容をぎゅっと凝縮する作業は翻訳者冥利に尽きる幸せな苦悩でしたし、最終的に無駄のない美しい字幕ができたのではないかと思っています。」(濱本佐宮良さん)
大量のサハティを手に入れるために姉妹はハチャメチャな作戦を繰り返すが、やがて父や親せき、地元の仲間などとのやり取りの中で二人が抱える問題が見えてくる。川原田さんは、「見どころは、サハティ騒動の中で描かれる姉妹の関係性や心情の変化。酒にだらしないのにどこか憎めない二人を応援したくなる」という。
「自分以外のパートをチェックしながら、思わずホロリとさせられるシーンもありました。ただのコメディではなく、心が揺さぶられる作品だと思います。」(川原田仁美さん)
「豪快な姉妹ですが、妹のために必死になる理由がそれぞれにあり、約束を果たすまでの過程で描かれる葛藤や決意など、心の動きにもご注目いただきたいです。」(福地奈緒子さん)
北欧の映画は静かな日常の中にシュールな笑いがあり、翻訳者の間でも人気がある。仲が良かった姉妹だが次第にほころび始め、最後には気持ちをぶつけ合う。その過程がすごく人間味があり、心に残ったと話すのは、赤井雅美さんだ。
「作品のいたるところにふっと笑える瞬間があって、静かなユーモアがフィンランドらしい作品だと思いました。字幕を通して、登場人物の息づかいや、フィンランドの空気のようなものが少しでも伝わればうれしいです。」(赤井雅美さん)
「フィンランドの片田舎の風景や素朴なインテリアなども印象的でした。散らかった部屋の壁に飾られた絵や置かれた小物たちがどれもかわいくて、北欧好きな方なら心をくすぐられるのではないでしょうか。」(濱本佐宮良さん)
福地さんは、最終稿が完成して全体を見た時に、始めに英語字幕だけで観たときとは比較にならないほど作品の魅力が伝わってきて、日本語字幕の持つパワーを強く感じたという。トラブルだらけの姉妹は妹のためにサハティを手に入れられるのか?
ぜひ、劇場で見届けてほしい。
◆フィンランド映画祭 2025年11月8日(土)~ 14日(金) ユーロスペース 公式サイト:http://eurospace.co.jp/works/detail.php?w_id=000934
【第20回難民映画祭】字幕翻訳と広報サポーターで修了生が活躍中!
第20回難民映画祭が11月6日に開幕。JVTAは今年も上映作品の字幕制作で協力しています。さらに今年は映画祭が公募した広報サポーターに、JVTAの修了生7名(青井夕子さん、中島唱子さん、中原美香さん、梶原阿子さん、長谷川睦さん、丸山綾さん、松井敏さん)とJVTAの広報スタッフが参加し、チラシやポスターの設置の交渉や送付といったPR活動や記事コンテンツの制作などを手掛けています。JVTAが関連したものをこちらで紹介していきます。
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また、こちらにはサポーターの皆さんによる作品のレビューも掲載されています。字幕を担当された翻訳者の皆さんも要チェックです!
◆第20回難民映画祭 公式サイト
◆第20回難民映画祭が11月6日に開幕 青いバラにこめた思いを字幕で伝える
※同映画祭担当の山崎玲子さん(国連UNHCR協会・渉外担当シニアオフィサー)から翻訳者の皆さんにメッセージを頂きました。
◆2025年度 明星大学特別上映会/難民映画祭パートナーズ 特別サイト 『希望と不安のはざまで 』 12月6日(土)、JVTAが字幕翻訳を指導している明星大学で難民映画祭パートナーズの上映会が開催されます。ゲストとして山崎やよい氏(NPO法人Stand with Syria Japan監事)が登壇予定。このイベントでは学生が翻訳字幕の制作からイベントの運営まで行っています。今年の上映作品『希望と不安のはざまで』はアサド大統領による独裁政権が崩壊し、歴史的な岐路にあるシリアの様子を追ったドキュメンタリー。イベントの公式サイトには学生たちによる作品解説なども掲載されています。ぜひ、ご覧ください。
◆第20回難民映画祭・広報サポーターによる公式note 「みて考えよう!難民映画祭」
広報サポーターの活動や、作品レビュー、「わたしと難民映画祭」、各国の飲食店紹介などの情報が更新されています。字幕を担当した翻訳者の皆さんもぜひご覧ください。
『バーバリアン協奏曲』
◆上映作品『バーバリアン狂騒曲』翻訳の裏話①
◆上映作品『バーバリアン狂騒曲』翻訳の裏話②
※字幕翻訳チームの青井夕子さんが執筆しています。
『アナザー・プレイス』
◆上映作品『アナザー・プレイス』翻訳秘話】 “字幕翻訳者はまるで探偵” その真意とは?
※字幕翻訳チームの長谷川睦さん、松井敏さん、丸山綾さんにインタビュー。
★第20回難民映画祭作品レビューまとめ
JVTAの修了生を含む広報サポーターの皆さんのレビュー。
作品がどのように視聴者に届いたのか? 翻訳担当の皆さんもぜひご覧ください。どの作品を観ようか迷っている方にもおすすめです。
【東京国際映画祭が開催】映画祭ガイドと公式プログラムの英訳でも映像翻訳者が活躍
10月27日(月)、第38回東京国際映画祭(TIFF)が開幕する。TIFFは、1985年に日本ではじめて大規模な映画の祭典として誕生。才能溢れる新人監督から熟練の監督の作品まで、世界中から厳選された映画が集結し、毎年メディアでも大きく報道される人気のイベントだ。JVTAは今年も公式プログラムの英訳やデイリーペーパーの翻訳などを担当し、JVTAで映像翻訳を学んだ翻訳者が活躍している。公式プログラムと映画祭ガイドの英訳を手がけたキンチョ・コスタさんに話を聞いた。
◆東京国際映画祭 トレイラー
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歴史ある国際映画祭とあって、公式プログラムと会場で配布される映画祭ガイドは2カ国語となっており、昨今JVTAがその英訳を担当している。映画祭ガイドでは、作品名、監督名、出演者、作品の解説などが英語と日本語で併記されているが、2つの言語は同じスペースに配置され、同じ字数制限に合わせることが必須だ。英訳には漢字が使えないうえ、題名や人名の場合は字数がすでに決まっている。キンチョ・コスタさんは、なるべく簡潔に情報を伝えようとしたが、結局、英訳には情報を省略することが必須だったと話す。
東京国際映画祭の映画祭ガイド
「最も難しかったのは、作品に関するネタを徹底的に調べながら、その情報を取捨選択し、文章のトーン、そして書き手が伝えたいことをきちんと守りつつ、情報を削ることでした」(キンチョ・コスタさん)
映画祭では、プレミア上映作品、初めて英語字幕付きで上映される作品、過去の古い名作などさまざまな作品が上映される。翻訳者はただ日本語のテキストを訳すだけではなく、各作品の背景やストーリーの詳細を詳しく調べたうえで英訳に反映していく。コスタさんは、JVTAの授業で学んだテキスト翻訳やストーリー分析などの知識を活かし、リサーチで得た情報をもとに作品とキャラクターを理解し、最も中心的な情報を抜き出した。
「日本語のガイドには載っていない情報をリサーチで得た場合、英語でそのニュアンスを伝えるべきか、それともネタバレになるのかという判断も難しかったです。」(キンチョ・コスタさん)
東京国際映画祭 公式プログラム
また、会場で販売される公式プログラムには、作品の概要だけでなく、映画祭関係者の挨拶や上映プログラムの解説なども記載されている。こうした英訳には、コスタさんが日頃手がけるビジネス系動画の字幕制作やアニメプロジェクトの経験も役立った。
「映画祭関係者の挨拶などを英訳する際には、英語の自然さを保ちながら、一人ひとりの個性的な文章の表現や口調を伝えることを大切にしました」(キンチョ・コスタさん)
◆東京国際映画祭 映画祭ガイド
※下記からダウンロードはこちら (映画祭公式サイトにリンクします)
東京国際映画祭では、国内外の映画祭の受賞作品も上映される。コスタさんは、今年の「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2025」に出品され、コンペティション部門SKIPシティアワードを受賞した『長い夜』(草刈悠生監督)の英語字幕制作にも携わった。2年前に海に消えたカイと恋人の真理、親友の光一の複雑な心の動きを追った注目作。この作品についてコスタさんは、演出が繊細で、メインキャストの自然主義的な演技も素晴らしかったと振り返る。
◆『長い夜』(草刈悠生監督 )詳細はこちら (映画祭公式サイトにリンクします)
「長い夜」Yui Kusakari©
字幕を作るうえでチャレンジングだったのは、非常にゆっくりとした対話のペースだという。セリフの間に長いポーズが挟まれているがセリフ自体は短く簡潔で、日本語のニュアンスを英語でも簡潔に伝える必要があった。
「3人のチームで字幕を担当したのですが、私のパートでは真理と光一の喧嘩のシーンも含まれていました。そのシーンの対話やキャラクターの怒りが非常にリアルに感じられたので、そのクオリティを英語字幕でも保ちたいと思いました。しかし、このシーンではセリフがパパパと続くため、それまでのゆっくりしたペースで読める字幕のリズムを崩さないよう、さまざまな工夫を凝らしました」(キンチョ・コスタさん)
キャラクターの立場に立って、彼らの「声」を探す過程で、欠点も含めて各キャラクターに親しみを感じるようになったというコスタさん。最後の海のシーンで彼らを見て心が浄化されるような気持ちになったと話す。
今年の東京国際映画祭では、ほかにもJVTAで学んだ翻訳者が字幕を手掛けた作品が上映される。国内外の映画祭の受賞作品にも注目したい。
◆『空回りする直美』(中里ふく監督) 詳細はこちら (映画祭公式サイトにリンクします)
「空回りする直美」©『空回りする直美』製作委員会/東放学園映画専門学校
父親と発達障害のある兄、慎吾と暮らす直美の日常を描いた同作は、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)「PFFアワード2025」でグランプリを受賞。英語字幕は、リー・スタビングスさんが手掛けている。スタビングスさんは、クリエイティブなライティングに注力し、映画やドラマの字幕翻訳だけでなく、ビデオゲームの翻訳やプロジェクト・マネージャーなど幅広く活躍中だ。
「この映画は一緒に暮らすことに苦悩する兄妹の関係を描いていますので、翻訳では登場人物の感情をできるだけ汲み取り、英語でも忠実に表現することを心がけました。特に兄によるラップの部分は、兄の創造性とユーモアのセンスを示す重要な要素であり、時間をかけて翻訳しました。」(リー・スタビングスさん)
◆『Little Amélie or the Character of Rain(英題)』(メイリス・ヴァラード監督、リアン=チョー・ハン監督) 詳細はこちら (映画祭公式サイトにリンクします)
『Little Amélie or the Character of Rain(英題)』© 2025 Maybe Movies, Ikki Films, 2 Minutes, France 3 Cinéma, Puffin Pictures, 22D Music
アヌシー国際アニメーション映画祭2025審査員賞受賞作品。日本語字幕を担当したのは、JVTAで学んだベテラン翻訳者、今井祥子さんだ。今井さんは東京国際映画祭のプログラミンググループのスタッフとして、運営に携わっている。今井さんによると、原作者のアメリー・ノートンはフランス語圏では大人気の作家で、原作は、ベルギーの外交官の娘として神戸で幼少期を過ごした彼女の自伝的小説だという。それをレミ・シャイエ(『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』『カラミティ』の監督)の下で経験を積んだフランス人アニメーターコンビが映画化したという注目作だ。
「アニメーションならではの色彩・光・サウンドで描かれる70年代の日本の風景が、なんとも郷愁を誘います。自分も子どもの頃はこんなふうに世界が見えていたのかもしれないなぁ、と思いながら翻訳しました。」(今井祥子さん)
東京国際映画祭に出かけたら、ぜひ映画祭ガイドも手に取って2カ国の解説も注視してほしい。
◆東京国際映画祭 2025年10月27日(月)~11月5日(水)
シネスイッチ銀座(中央区)、角川シネマ有楽町、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 日比谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、丸の内ピカデリー、ヒューリックホール東京、東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場、LEXUS MEETS…、三菱ビル1F M+サクセス、東京宝塚劇場(千代田区)ほか、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
公式サイト:https://2025.tiff-jp.net/ja/
◆【英日映像翻訳 総合コース・Ⅰ 日曜集中クラスを2026年1月開講!】ご興味をお持ちの方は無料の学校説明会へ! 2026年1月からの英日映像翻訳学習をご検討中の方を対象に、リモート・オープンスクール、リモート個別相談を実施しています。ご都合・ご希望に合わせてお選びください。 ※英日映像翻訳の時期開講は2026年4月予定です。ご検討中の方はリモート個別相談にお申込みください。
【ロジカルリーディング力強化コース 修了生インタビュー】翻訳者として何を受け取って、どう訳すのか
小池陽子さんは英日映像翻訳 実践コース修了後、1年ほどトライアルを受験するがなかなか合格できず悩んでいた。クラスメートの勧めもあり、2024年4月期の「ロジカルリーディング力強化コース」を受講し修了後に見事トライアルに合格、2025年7月にプロとしてのキャリアをスタートした。現在は企業研修用映像の翻訳、配信映画の字幕などを手掛けている。「もっと良い翻訳をしたい。そのためには何をどう考え、どんな取り組みが必要なのか、そのヒントが欲しい」という切実な思いが、同コース受講の原動力だったという小池さんが、このコースで何を身につけたのか、話を聞いた。
◆先に合格したクラスメートの勧めが受講のきっかけ
小池さんは、トライアルの突破口が見つからないとき、先に合格したクラスメートの数人が「ロジカルリーディング強化コースを受講して、とても勉強になった」と話していたことを思い出す。メールマガジンで友人の同コースの体験談を読み、受講を具体的に検討するようになった。
さらに背中を押したのは、小池さんにJVTAを教えてくれた友人の存在だった。小池さんと同じようにトライアルに挑戦していた彼女が同コースを受講すると聞き、自身も受講を決めたという。
「不合格続きでどんよりとした気持ちでのスタートでしたが、毎回授業のテーマに沿って課題に取り組むうちに、『翻訳が好き』という気持ちを思い出すことができました。受講して本当に良かったです。」(小池陽子さん)
◆翻訳者として何を受け取って、どう訳すのか
小池さんが授業で特に印象に残っているのが、「翻訳者として何を受け取って、どう訳すのか」という山根克之講師の言葉だ。原文の構文や単語、表現がすでに知っているものであっても、安易に済ませてはいけない。特に、その単語で最初に覚えた訳語は危険だということを学んだ。
例えば、受講し始めて間もない授業には、「英語のクセや日本語との距離を考える」というテーマがあり、比喩表現やユーモアを含む文章の課題に取り組んだ。英語圏で暮らした経験のない小池さんには、この課題は特に難しく感じられたという。
ある問題に出てきた「In fact」の訳し方は印象に残っている出来事の一つだ。一般的には「実際に(は)」や「要するに」など、前文の内容を補足・強化する訳がまず思い浮かぶが、その課題文では「それどころか、むしろ」というように、前文を否定・訂正する意味で使われていた。
また、ある課題では、特定の単語が使われている意図を考えることの大切さを学んだ。野球チームの監督の業績を語る場面で出てきた「sail」という動詞を、文脈から「チームを監督する、指揮する」という意味合いで捉え、「指揮官」と訳したところ、山根講師から「それならなぜ ‘manage’ ではなく、野球と関係ないと思われる ‘sail’ が使われているのか?もっと全体を見て考えて、訳すように」という指摘を受けた。
「この課題文は大航海時代の話から始まって、この監督の話に行き着くユニークなものでした。それまでの話の流れと絡めて『sail』が使われている意図を汲み取り、それが伝わるように訳すことが大切だと教わりました。シンプルな単語でもどう訳すかは翻訳者の技術であり、それを磨いていくことが大切なのだと学びました。」(小池陽子さん)
◆和やかなクラスで疑問点をその場で解決
平日午後のクラスだったこともあり、ロジカルリーディング力強化コースでは4名、さらに進級したロジカルリーディング・アディショナル5では3名という少人数でのクラスで学んだ小池さん。質問の時間も十分にあり、疑問点をその場で解消しながら進めることができたという。
「毎回、授業の冒頭に山根先生がアイスブレイクとして面白い話をしてくださるので、自然と和やかな雰囲気になり、リラックスして学ぶことができました。また、クラスメートの訳と自分の訳を比較できるのはもちろん、他者の調べものに対する向き合い方や情報の探し方にも学ぶ点が多くありました。」(小池陽子さん)
◆原文の情報を正確に理解できるようになった
受講を通じて、原文に使われている単語や文法、表現といった細部はもちろん、作品全体の流れやシーンの役割といった構造にも目を向けるようになり、一つひとつの言葉を丁寧に受け取る意識が芽生えたと小池さんは話す。
「受講前より、原文の情報を正確に理解できるようになったと感じています。教えていただいたことがきちんとできているかを自分に問いかけながら、今後も一作品一作品に向き合い、丁寧に訳していきたいと思っています。」(小池陽子さん)
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・ロジカルリーディング力強化コース主任 山根克之講師のコラムはこちら ・ロジカルリーディング力強化コース 修了生のインタビュー アーカイブはこちら
ロジカルリーディング力強化コース 2025年11月4日から順次開講
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映像翻訳Web講座受講生がリモート受講でAI、日本語、英文解釈を学ぶ
【コマ単位受講 体験談】石岡久美子さん 英日映像翻訳 総合コース・Ⅰ「AI翻訳 基礎」 英日映像翻訳 総合コース・Ⅰ「日本語表現力 基礎」 英日映像翻訳 総合コース・Ⅰ「映像翻訳者に求められる英語力」
JVTAでは、最新のニーズに合わせて授業内容を常に更新している。2023年には「AI翻訳」や「吹き替え翻訳」「ゲーム翻訳」などの授業が新たに追加された。こうした最新の授業を、過去の修了生も受けられる機会の創出として2024年秋から「コマ単位受講制度」を開始した。
◆映像翻訳Web講座の受講生もリモートの授業に参加できる 石岡久美子さんは、JVTAとアルクが共同運営する通信講座「映像翻訳Web講座」のアドバンスコースを修了。英語力の不足を感じる中で、この後どのように学習し、進級していくのかを検討しているときにJTVAのメールマガジンで「コマ単位受講制度」 を知った。この制度を利用すれば、映像翻訳Web講座の受講生・修了生もJVTAのリモート授業に参加できる。さらに石岡さんは、Web講座のカリキュラムにはない授業があることにも興味を持つ。早速英日映像翻訳科の総合コース・Iのカリキュラムから「AI翻訳 基礎」「日本語表現力 基礎」「映像翻訳者に求められる英語力」の3コマを選び受講を申し込んだ。
◆リモート受講の一番のメリットは他の受講生の翻訳原稿が共有されること 映像翻訳Web講座では、自分の生活のペースで無理せずに課題に取り組める。質問すると講師が個別に書面で質問に丁寧に答えて添削してくれるというメリットもある。一方、リモート受講では他の受講生の提出物および、それに対する講師の添削内容がクラス全体に共有される。石岡さんはこれがとても新鮮で勉強になったと話す。
「リモート授業では、先生と他の受講生のやりとりや質疑応答を聴けるので、Web講座の課題に一人で向き合っていた時には気が付かなかった部分にも目を向けることができました。また、先生のお話に臨場感があるため、画面越しではありますが、先生と受講生の発する熱を感じることができ、勉強するモチベーションを保つ手助けになりました。」(石岡久美子さん)
◆AI翻訳の現状が理解できて安心した AIの進化と今後の翻訳業界の変化について興味を持っていたという石岡さんが、まず選んだのは「AI翻訳の基礎」だ。これまでは映像翻訳を学ぶ中でAIの台頭を不安に感じていたが、授業を受けたことで「このまま、映像翻訳の勉強を続けても大丈夫」と安心したという。
「授業では、3種類の機械翻訳で訳した日本語を比較検討します。それぞれのツールで得手不得手の分野があり『なるほどね』と納得するものと『う~ん…』と疑問が残るものが混在していることが分かりました。現在勉強中の身としては親近感を覚えて安心するとともに、人間としてAIの仕事の良し悪しを判断できる側になることが大切だと実感しました。」(石岡久美子さん)
◆山根講師の授業で自分がいかにぼんやりと訳していたかを自覚 JVTAのリモート授業では英文解釈に特化した授業も行っている。指導にあたるのは、「ロジカルリーディング力強化コース」の主任で自らもベテランの映像翻訳者である山根克之講師だ。
Web講座の課題に取り組むなかで、自身の英語力の不足を感じた石岡さんは、JVTAのメールマガジンで山根講師のコラム「ロジカルリーディング力を鍛える」を読み、同講師の「映像翻訳者に求められる英語力」をコマで受講した。リモート授業で山根講師の指導を受け、今までいかに自身がぼんやりと訳していたのかを自覚したと石岡さんは話す。
「授業ではリスニング、読解、文法等様々な角度から『必要な英語力とは?』を話してくださいます。それは、翻訳する上での細かいコツやポイントから、翻訳者として常にご自身が実践されている準備や心構えの話まで多岐にわたりました。特に印象的だったのは、『誤訳を防ぐには引っかかりを大事にする』という言葉です。その引っかかる場所に気が付くことのできる英語力が必要なのだと理解することができました。」(石岡久美子さん)
◆英語だけでなく、日本語の表現を学ぶ機会が持てた JVTAの英日映像翻訳のコースには日本語表現力強化にフォーカスした授業も組み込まれている。これは映像翻訳Web講座にはない授業だ。英日の映像翻訳の場合、視聴者が目にするのは日本語の字幕であり、翻訳者がどんなに英文を正しく解釈していても、日本語で正しい表現ができなければ、作品の意図を伝えることはできない。
「選ばれる翻訳者はどのような日本語表現をするのか、その特徴や注意すべきポイントなど具体的なお話が多く、日常生活のコミュニケーションでも日本語を意識しようと思いました。」(石岡久美子さん)
石岡さんは、翻訳の勉強をする中で、改めて諸々の基礎を学び直すことの大切さと楽しさを実感している。英語力に不安を抱えたまま進級せずに、コマ単位受講で3つの講座を受講したのは正解だった話す。今後はこの制度を利用して、「翻訳スキル 基礎」と「作品構成 基礎」を受講したいと考えている。映像翻訳Web講座は地方都市在住の受講生も多いが、コロナ禍後、全面リモートになったことで教室の授業にも参加しやすくなった。石岡さんも話しているように、コマ単位受講でリモート受講を利用し、他の受講生の翻訳原稿を見ることで映像翻訳は答えが一つではないことを実感できるはずだ。
JVTAのリモート授業にはWeb講座にはない内容のカリキュラムもあるので、映像翻訳Web講座の受講生・修了生の皆さんもぜひ積極的に活用してほしい。
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【コマ単位受講制度】 おすすめ授業&体験談を紹介
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ロジカルリーディング力を鍛える⑱ 文字の表面ではなく、その裏に見える情景を訳す
ロジカルリーディング力 強化コースは“プロの映像翻訳者が持つ思考プロセス”を伝授し、映像翻訳に必須の「英文解釈力」を着実にレベルアップさせることを目的としています。
英文読解を高度な知的活動と捉え、英文を「何となく読める」レベルから脱却し、確実な根拠に基づいて理解した内容を自分の言葉で説明できるようになるまで考え抜くトレーニングを行います。英字紙の社説やコラム、政治家のインタビューなど、深い内容の素材を訳しながら、英文を貫く論理の見出し方、筋の通った訳文の作り方を学びます。具体的にどんな講座なのか、山根克之講師が解説します。
<文字の表面ではなく、その裏に見える情景を訳す> タイトルを見て難しい話と思われた方もいるかもしれませんが、複雑な話をするつもりはありません。むしろ極めて単純な話です。ナショナルジオグラフィックのサイトに双子のテレパシーはあるのかという問題を論じた記事が掲載 されています。
冒頭にこう書かれていました。自分なりに頭の中で訳してみてください。
They finish each other’s sentences, show up wearing the same outfit without planning it, and sometimes even claim to feel each other’s pain.
JVTAの受講生・修了生、翻訳に興味のある方であれば、文頭のThey finish each other’s sentences を「彼らは互いの文を終わらせる」 と訳すことはないでしょう。日本語として意味の通じない文は訳文とは言えないからです。
「互いの文を終わらせる」 とはどういうことでしょう?もちろんfinish each other’s sentences をネットで検索すれば、解説しているサイトがいくつも見つかります。でも機械的に意味を調べるだけでは「文字(英語)」から「文字(日本語)」への単なる変換に終わってしまいます。もっと深くイメージをとらえるために、2人が会話をしている情景を思い浮かべてみましょう。
A「小学校時代にいろいろなハプニングがあったけど、忘れられないのが…」 B「学芸会のセリフ飛び事件ね。主役の子がいきなり震え出したんだよね。しかも…」 A「それを見て担任の先生も顔が真っ青になってた」 B「そうそう、あれで緊張が連鎖して、みんな声が出なくなったり、セリフをかんだりしてたよね」
Aの「忘れられないのが…」を受けてBが「セリフ飛び事件」、Bの「しかも…」を受けてAが「それを見て担任の先生も顔が真っ青になってた」というように、相手が言おうとしていることを先回りして言っています。これが「互いの文を終わらせる」のイメージです。この状況を想像できれば、「同時に同じことを思いつく」「言いたいことを先読みできる」「考えがシンクロする」など、いろいろな訳し方が出てくると思います。情景が思い浮かべば、辞書や解説サイトに出てくる定義に縛られることもなく、「こんなふうに訳してもいいかもしれない」と選択肢をいくつも持てるようになります。翻訳とは文字から文字への単なる変換ではなく、情景を訳すのだと考えてみましょう。
ロジカルリーディング力強化コースは、英語で読んだ内容を頭の中で整理し、自分の言葉(日本語)で再構築して説明する力(=ロジカルリーディング力)を養う方法を毎回さまざまな角度から考えていきます。情景を丁寧に思い浮かべることは「英語で読んだ内容を頭の中で整理」するために大切な要素の1つです。
(Text by ロジカルリーディング力強化コース 主任講師 山根克之)
◆山根講師の連載コラム「ロジカルリーディング力を鍛える」のアーカイブはこちら
◆English Clock「ロジカルリーディング力 強化コース」 2025年11月4日より順次開講 無料体験レッスンを開催中 詳細・お申し込みはこちら
【JVTA発!世界で活躍する人たち―翻訳者編 ―】オーストラリア・アデレード在住 リシェル・ブリテンさん(フリーランスの翻訳者)
JVTAでは現在、全面リモートで授業を行っており、国内外のさまざまな国や地域で受講生が学んでいる。海外で暮らしながら日本の授業を受講、修了後のトライアルやOJTもオンラインで参加し、現地で映像翻訳者として活躍する修了生も少なくない。そこで、実際にどんな人がどのように海外で学び、仕事に取り組んでいるのか、紹介する。
オーストラリア・アデレード在住 リシェル・ブリテンさん(フリーランスの翻訳者)
◆コロナ禍をきっかけにオーストラリアからJVTAで学ぶ リシェル・ブリテンさんは、大学生のころに一年間、関西外国語大学に留学。当時からエンタメ系の翻訳者に憧れていたものの、オーストラリアに帰国後は、医療受付や整形外科で管理スタッフ、法廷転写など翻訳ではない仕事に従事していたという。転機はコロナ禍。以前から気になっていたJVTAの授業が全面リモートになったことを知り、日英映像翻訳コースの受講を始める。
「当時は法廷転写の仕事をしていましたが、今後の仕事をどうすべきか悩んでいた時期でした。まずは副業で翻訳の仕事を始めようと考えたときにJVTAの日英映像翻訳のコースを見つけ、『憧れのエンタメ業界に入れるチャンスになるかも』と思い入学しました。総合コースと実践コースに分かれていてまずは半年から受講できるのも魅力でした。ずっとやりたかった字幕翻訳にやっと触れることができて受講中はとても楽しかったです。」
ブリテンさんはJVTAで学びながら、オンラインでいくつかのエージェンシーに登録してトライアルを受けるなど翻訳の仕事をしていく準備も進めていく。その中の1社にJVTAと縁のある人がいて仕事を依頼されるきっかけにもなった。そして、JVTAのコース修了後は法廷転写の仕事を退職して翻訳者としてフリーランスになり、それからは順調に進んでいるという。
◆フリーランスは自分のペースで働ける オーストラリア在住だが、自国のクライアントはなく、日本をメインに世界各国の会社と一緒に仕事をしているというブリテンさん。メールやオンラインプラットフォームなどを使い、仕事はすべてオンラインで完結している。
「仕事は水曜~日曜、朝11時から夜まで、休憩も適宜取りながら働いています。会社勤めの時は朝早く起きるのが苦手でしたが、今は自分のペースで仕事の開始時間を決め、好きな曜日に働けます。フリーランスの仕事は、大半が時給ではなく、プロジェクト単位の報酬です。時給制の仕事で一定の時間オフィスにいなければならないという状況はありません。定時の勤務時間に縛られることなく、効率よく仕事をするほど稼働時間が短縮され、収入も上がるというのは、フリーランスならではの働き方だと思います。」
◆時差も納期の味方 に アデレードと日本の時差は30分(サマータイムは1時間30分)なので、時差の問題はまったくないと言うブリテンさん。逆にアメリカの会社と一緒に仕事をする場合、時差があることが便利だ。 アメリカの夜に依頼を受け、オーストラリアの昼間に作業をして、アメリカの翌日朝までに納品することができる。日本に住むか、海外に住むか、どちらにもそれぞれの長所があるという。
「日本在住であれば、クライアントとの関係を築きやすい、会議にも参加しやすいというメリットがあります。第二言語である日本語に慣れることもできます。一方、ターゲット言語である英語が主要言語である国に住む場合、ターゲット層に囲まれた環境にいるので、英語へのローカライズはしやすいと思います。英語は直接的な表現が主ですが、日本語は間接的な表現が多い言語です。英語ネイティブだとしても、日本に暮らすうちに『正しい文法だけど丁寧すぎる英語表現』になることがあると感じます。また、スラングや流行に常に気付けるのもメリットです。コロナ禍以降、オンラインで仕事をするのが当たり前になったので、以前よりずっと世界とのコミュニケーションが簡単になりました。」
◆過去の職歴も活かして幅広く活動 ブリテンさんは現在、日英映像翻訳者として字幕翻訳をメインに、テキスト翻訳(スクリプト、マーケティング関連、ビジネス、ツーリズム)なども手掛ける。かつて裁判所で英語文字起こしに従事しタイピングするのが早いことから、日本の会社が英日翻訳をするための英語文字起こし、英語のデータ入力、プルーフリーディング、ネイティブチェックなど多彩な仕事に携わっている。また、これまでの経験を活かして日本翻訳者協会(JAT)のエンタメ系分野別分科会(SIG)というJATENTの共同代表(ボランティア)を務める。
「JATENTは、字幕、文学、漫画、ゲームなど、エンターテインメント分野に関係する翻訳・通訳を専門とした分科会です。エンタメ業界は、若い参入者も多く、JATENTでは、スキルを磨いたり、経験や知識を共有したりできる場として、特にワークショップやネットワーキングに力を入れ、イベントを開催しています。日本のエンタメにかかわる翻訳者たちが集まって、アイデアや意見を共有したり、新しいことを学んだり、仲間とつながったりするコミュニティを作りたいと思っています。最近はスポッティング入門やゲームローカライゼーションについてのセミナーなどを行いました。」
自国のオーストラリアからJVTAのリモート授業に参加し、日英映像翻訳者のスキルを身につけたことで世界に活躍の場を広げたブリテンさん。今後もさらなる展開を期待したい。
◆【英日映像翻訳 総合コース・Ⅰ 日曜集中クラスを2026年1月開講!】ご興味をお持ちの方は無料の学校説明会へ! 2026年1月からの英日映像翻訳学習をご検討中の方を対象に、リモート・オープンスクール、リモート個別相談を実施しています。ご都合・ご希望に合わせてお選びください。 ※英日映像翻訳の時期開講は2026年4月予定です。ご検討中の方はリモート個別相談にお申込みください。