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明けの明星が輝く空に 第163回:夢幻のヒロインたち2:ヒロミ(ハチオーグ)

明けの明星が輝く空に 第163回:<strong>夢幻のヒロインたち2:ヒロミ(ハチオーグ)</strong>
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登場作品:『シン・仮面ライダー』(2023年)
キャラクター設定:SCHOKER上級幹部構成員、洗脳した人々を町ごと支配する

 
ヒロミは、いわゆる“悪のヒロイン”だ。本作のヒロインである緑川ルリ子が、まだSHOCKERに所属していた頃から2人は知り合いで、敵対する今も「ルリルリ」と親しみを込めて呼ぶ。しかしその一方で、過去を捨てたかのように、自分はもうヒロミではなくハチオーグだと名乗る。
 
黄色の着物に黒の打ち掛け姿。日本刀の収集が趣味だという彼女は、若いヤクザ風の男を1人、さらにSHOKCERの構成員たちを数多く従えている。といっても、“女親分”のイメージではない。どこか少女の面影を残す若い女性で、おっとりとして上品な物腰は、良家のお嬢様のようだ。最初の登場場面では、モーツァルト『ディヴェルティメント第17番ニ長調K.334第3楽章』が流れるのだが、「上品」「優雅」といった雰囲気の曲が選ばれたのは、もちろん彼女のイメージ構築という演出意図のためだろう。
 
その人物造形をより明確にするためか、映画には対照的なもう1人の悪のヒロイン、サソリオーグが登場する。こちらは、女性アクションキャラクターの古典的類型、“見世物としてのエログロ”そのものだ。赤と黒のロングドレスのスリットから、黒ストッキングに包まれた脚を見せてエロスを強調し、白いマスクには立体的なサソリの意匠が施され、興奮するとその尻尾がグルグル回ってグロテスクを演出する。さらに彼女は人を殺しながら「エクスタシー」と叫びながら狂気と恍惚の表情を浮かべるなど、異常性が際立つキャラクターだ。
 
ただし、ヒロミにしても上品さの裏に禍々しさを秘めていた。それが明らかになるのは、彼女が幸福について語る場面だ。彼女は穏やかに、そしてどこか嬉しそうに、人々を支配することが自分にとっての「ささやかな幸せ」であり、服従こそ奴隷にとっての幸せと言い切るのだ。
 
モーツァルトに日本刀という不釣り合いな組み合わせも、不穏さを匂わせる仕掛けではあるが、むろん刀はヒロミにとって単なる部屋の飾り物ではなく武器だ。そして、刀を使った彼女のアクションシーンは外連味に溢れ、観る者を魅了する。戦いの直前、着物の裾を払って脚をのぞかせ、任侠映画ばりに片肌を脱ぐ。ただし、素肌は曝さない。着物の下は黒のボディスーツ。それに黒い手袋とブーツを合わせた姿が演出するのは、エロスではなくスタイリッシュさだ。
 
ボディスーツは蜂の巣をモチーフにした六角形の模様に覆われ、忍者の鎖帷子を連想させる。そして手下の男と2人で本郷猛(仮面ライダー)と戦う際、まさに忍者のように刀を構え、腰を低く下ろしてタメを作る。カメラは両者を後方からのローアングルで捉え、緊迫感と勢いのあるBGMが流れる。俳優の肉体、画角、音楽が生む躍動感への期待。実に見事だ。
 
ヒロミは、ハチオーグ変身後の言動も魅力的だ。仮面ライダーに変身した本郷にも刀を持たせ、「これで得物も同じ」とフェアな戦いを望む姿勢を見せ、気負わず静かに「では、参る」のひと言。まるで時代小説に出てくる剣豪のようではないか。
 
実はこの戦闘の前後で、ヒロミの生々しい感情が露わになる。ルリ子のためにも投降してくれと本郷が言ったとき、彼女は「むしろ、それ逆効果。私はルリ子を泣かせたいの」と、冷たい笑みを含んだ顔をルリ子に向けた。そして仮面ライダーとの激しい戦闘中も、彼女の意識はルリ子に向けられたままだ。攻撃を繰り出しながら、「あなたのオモチャを目の前で壊してあげる。だから泣いて!」、「私のせいで悲しんで!傷ついて!切なくなって!お願い!ルリ子っ!」と叫び、それまで抑えられていた負の感情が一気に吹き出した。
 
ヒロミはルリ子に対し、歪んだ愛情を抱えていた。それが公式の人物設定だが、その理由について映画内では語られない。ルリ子がSHOCKERを裏切ったことを知り、自分も裏切られたと感じたのだろうか。あるいは、それ以前から憎しみのような感情を抱いていた可能性もある。“生体電算機”として人工子宮から生まれたルリ子は、おそらく組織内で優秀な存在だったろう。同じく人工子宮から生まれたヒロミだが、ルリ子に対する劣等感のようなものがあったのか。支配欲の強いヒロミはそれを受け入れられず、自分の思い通りにならないルリ子を憎んだ。だから泣かせたい。そうすればルリ子を支配したことになる。そんな心理が働いたのかもしれない。
 
結局、ヒロミは本郷に敗れるが、ルリ子の思いを汲んだ本郷は彼女を殺さない。自分に死んで欲しくないというルリ子の思いを知ったヒロミは、思い詰めたような目でルリ子を見つめる。2人はきっと和解できる。そう思えた瞬間、銃声が轟いた。第三者(政府の人間)が介入したのだ。倒れたまま、何かを訴えるようにルリ子を見つめるヒロミ。ルリ子が慌てて駆け寄ると、「残念。ルリルリに殺して欲しかったのに」という言葉を残し、彼女は息絶えた・・・。
 
2人の関係は、『週刊ヤングジャンプ』で現在連載中の漫画、『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKERSIDE-』で明かされる可能性が高い。映画の前日譚を描くこの作品には、まだ少女のルリ子も登場する。やがてヒロミについても描かれるだろう。ただ個人的には、2人の過去を知りたくないという気持ちも強い。謎は謎のまま。その方が楽しいこともある。
 

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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】文芸翻訳者の越前敏弥さんが、通訳者の橋本美穂さんをゲストに迎えて開いた講座に(朝日カルチャーセンター)出席しました。「通訳は瞬発力」という橋本さん。そのために必要なことは結局翻訳にも言えることで、刺激を受けました。それにしてもエネルギッシュな人です。だからこそ、ピコ太郎のライブの同時通訳も務まったのだと納得。

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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る 

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