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明けの明星が輝く空に 第199回:夢幻のヒロインたち9:春日藤千代

明けの明星が輝く空に 第199回:夢幻のヒロインたち9:春日藤千代

登場作品:映画『ガス人間第一号』(1960年)
キャラクター設定:零落した日本舞踊の家元 “ガス人間”と運命を共にする

「幽玄」という言葉は、こんな光景のことを言うのだろう。『ガス人間第一号』の冒頭、銀行強盗犯を追った岡本警部補が、人里離れた夜の山中で鼓の音を耳にする。その音が聞こえてくる方向へ向かうと、やがて屋敷に辿り着いた。庭へと回り込む岡本。その目に飛び込んできたのは、戸が開け放たれた板の間で、般若の面を着けた女性が舞う姿だった。

舞っていたのは、昭和の名優、八千草薫さんが演じる春日藤千代。凜とした風情が美しい日本舞踊の家元だが、春日流は弟子がみな離れるなどして落ちぶれ、発表会を開くことすら危ぶまれる窮状にあった。逃走した強盗殺人犯、水野は、彼女のために金を工面しようと犯行に及んだのだ。彼はある科学者による実験の犠牲者で、結果的に、自分の意思で体をガス化できるようになっており、その特殊な能力を使って犯罪を重ねる。

先月初旬、Netflixで配信が開始された『ガス人間』(全8話)は、本作のリブート版で、設定やストーリーは別物だ。画面から漂う緊迫感はさすがだが、オリジナルが持つ趣や幻想性には乏しい。個人的な意見ではあるが、60年以上前に公開された『ガス人間第一号』は、こんにちに至るまで、特撮史上最もロマンティックかつ、悲劇的な物語だ。

水野は彼女を愛している。彼の愛には、どこにも利己的なところがない。金の出どころを知った藤千代に対し、僕を利用すればいいとさえ言う。そんなふうに言われ、普段は感情を表に出さない藤千代も、この時ばかりは恋する女の目になり、水野の胸に顔を埋めている。ただ、彼女も水野を愛していたのか。映画は意図的に、それを明確にしていない。

藤千代は、事件を追う記者、甲野京子に、水野を愛しているのかと問われると、少し驚いた表情を浮かべてから目線を反らし、諦めたかのような口調で「どうにもならないんです」とだけ答えている。愛していることを認めたように聞こえるが、映画全体を観ても、彼女が水野を愛している確証になるようなシーンはない。藤千代にとっては、踊りこそ全て。だからこそ、強盗によって手に入った金だと知った後も、発表会をやり遂げようとする。水野の胸に顔を埋めたのも、彼女を苦境から救ってくれる唯一の存在が目の前にいる男だったという実情を考えれば、思わず心がなびいたという解釈も可能だ。

実を言うと、本作のメガホンを取った本多猪四郎監督も、ラストの悲劇的結末を生む藤千代の心境について、「情にほだされた」という表現を使っていたらしい。水野役の土屋嘉男さんが、水野は愛されていたと解釈していることに対して、水野から見ればそうだろうとも言っていたようだ。その悲劇的結末とは――。

発表会の劇場で踊り終えた藤千代。客席には水野ただ一人。「すばらしかった」と言って藤千代を抱きしめる。しかしこの時、劇場内には引火性のガスが充満していた。警察は、捕まえることが不可能なガス人間を爆殺しようとしていたのだ。水野はそれを察知し、発火装置を壊していたが、藤千代が彼の背に回した手にはライターがあった。一瞬の躊躇。恋慕の激情に流されるかのように、水野を固く抱きしめる。それでも、彼女は意を決する。涙を浮かべた目を見開くと、中空を見つめたまま、ライターに火を点けた。

『情鬼』――それが、藤千代が披露した演目のタイトルだった。架空の演目であるが、踊りを見る限り、道成寺に伝わる安珍・清姫の物語と類似の内容のようだ。すなわち、悲しみの淵に沈んだ女性が、恨みから人ではないものに変化(へんげ)する。当然、映画の作り手は、そこに何らかの意味を含ませているだろう。とすれば、情鬼とは藤千代自身のことだ。踊りの終盤、彼女は般若の面を被って舞う。手にしているのは、能の舞台で鬼や龍神役が使う打杖と呼ばれる小道具か。その先には藤の枝。まだ鬼へと変わる前、憎しみから花をむしり取った時のものだろう。それを狂おしく打ち振る。しかし、目の前の誰かを打つかのように振り上げたところで手が止まり、杖は足もとに落ちた。そして最後は、苦悶と悲しみの中に絶命する。(断っておくが、能や日本舞踊を見る目を僕は持ち合わせていないので、これは当てずっぽうに近い推測だ。ついでに言うと、女心を論ずるのも…。)

藤千代は、水野との心中を選んだ。彼女は、水野の犯行で得た金で発表会を開いた。もちろん、その罪は自覚していただろう。心中は贖罪のためだったのだろうか。同時に、狂気に染まった水野の魂を救済するという意味もあったかもしれない。それも「愛」のひとつの形だ。ただし、どちらかといえば慈悲の心に近い。いずれにせよ、映画は明確には語ってくれない。しかし、俳句の例を引くまでもなく、全てを説明せず余白を残した方が想像力は刺激される。そして人はそんなところにも、ロマンを感じるものだ。

春日藤千代の余白にも、ロマンがある。

参考:過去記事

第118回:特撮俳優列伝23 八千草薫 https://www.jvta.net/co/akenomyojo118/
第97回:特撮俳優列伝8 土屋嘉男 https://www.jvta.net/co/akenomyojo97/

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Written by 田近裕志(たぢか・ひろし)
JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。

【最近の私】ジャン・リュック・ゴダール監督のことを描いた映画『ヌーヴェルヴァーグ』を観てから、ゴダール監督の長編デビュー作『勝手にしやがれ』を観ました。ちょっとだけ「映画通」っぽいことしてるなあと、自己満足した次第です。
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明けの明星が輝く空に
改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る

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