【修了生・ニールセン北村朋子さん】映像翻訳のスキルとデンマークでの子育て経験を活かし「文化翻訳家」として活躍
デンマークで四半世紀にわたり「文化翻訳家」として活躍する日本人がいる。
JVTA開校時の修了生、ニールセン北村朋子さんは2001年、結婚を機にデンマークのロラン島に移住。その後、日本のメディア(TV、新聞、雑誌、ウェブ、ラジオ)の現地での取材コーディネートや通訳、翻訳(デンマーク語、英語、日本語)、ライターなどフリーランスとして多才なキャリアを重ねてきた(関連記事)。2026年1月には現地で出産、子育てをした経験を活かして執筆した書籍『経済力も幸福度も高くなる デンマークのすごい教育』(青春出版社)が出版された。ニールセンさんがフリーランスになったきっかけが映像翻訳だった。
◆開校したばかりのJVTAで映像翻訳を学びフリーランスとして独立
得意分野を活かしてスポーツ番組を担当
ニールセンさんは、大学卒業後にインテリア関連の会社に勤務。その後アメリカでの1年間の語学留学を経て、帰国後にアウトドア関連の会社に就職した。やがて、「身につけた英語力を活かしてクリエイティブな仕事をしたい」と当時(90年代後半)開校したばかりのJVTAに入学し、働きながら映像翻訳を学ぶ。ちょうど、『メルローズ・プレイス』や『ビバリーヒルズ青春白書』などが大人気の頃だったとニールセンさんは振り返る。
「『奥様は魔女』や『こちらブルームーン探偵社』『名探偵ポワロ』など海外のドラマや映画が好きだったので、セリフを訳す映像翻訳の授業は、本当に楽しかったです。英語から日本語にローカライズするには、いかに視聴者に分かりやすく伝えられるかが大切。つまり、日本語のアウトプット力が重要だと実感しました。特に印象に残っているのは、新楽代表の授業で日本語にしっかりと向きあったことです。それまでこんなにじっくり日本語について考える機会がなく、日本語のすばらしさや奥深さを改めて知りました。この学びがその後のキャリアにも繋がっていると思います。」(ニールセン北村朋子さん)
ニールセンさんがJVTAのコースを修了した当時は現在のように動画配信サイトなどもなく、「映画やドラマの字幕や吹き替えを担当できる人は一握り」と言われていた時代。サッカーが好きだったニールセンさんは、スポーツ関連の番組のレギュラー枠を担当することになる。やがてフリーランスの映像翻訳者として独立。時には海外へサッカー関連の取材に出かけることもあったという。
「初めて担当したのはカーラリーの番組で、その後もアメリカンスポーツニュースで様々な番組の翻訳を手がけました。スポーツ番組は即時性と専門性が求められる分野なので、翻訳者として鍛えられ、得意分野になりました。当時仕事を教えてもらった先輩はとても厳しかったのですが今も交流があり、本当に感謝しています。」(ニールセン北村朋子さん)
◆日本人で一番デンマークに詳しい人になる
映像翻訳者として約4年の経験を積んだニールセンさんは、2001年にデンマークに移住。ここで、初めてデンマーク語に向き合うことになる。デンマーク語は特に発音が難しく、始めは全く分からなかったそうだ。しかし、デンマーク人は小学1年生から実用英語を学ぶため基本的にみんな英語ができる。そのため意思の疎通には困らなかったとニールセンさんは当時を振り返る。
「せっかくデンマークに来たのだから、日本人で一番デンマークに詳しい人になろうと決意しました。現地で生活をしてデンマーク語ができることで、文化的なニュアンスや現地の人々が何を大切にしているかをダイレクトに理解できます。ワールドカップでデンマーク人サッカー選手に取材した際も、デンマーク語で話すと彼らの態度がすぐに打ち解けたものになり、一気に親密さが増しました。」(ニールセン北村朋子さん)
現在は翻訳者だけではなく、通訳者としての仕事も多いが、実は通訳の学習やトレーニングを受けたことはない。しかし、映像翻訳者として、作品の背景を理解し、キャラクターを意識しながらセリフを訳していたことが独自のスキルに繋がったと話す。ある時、クライアントから「話者のキャラクターがある通訳は初めてだ」と言われたという。
「現場ではさまざまな人物の言葉を通訳します。私は映像翻訳者の習性で仕事や立場、年齢などを見極めて無意識にキャラクターを作りながら訳していたんですね。そのほうが初対面同士でも親しみを感じられるのではないかと思い、一人称も『私』だけでなく『俺』や『僕』も使い分けたりして…。キャラクター性を指摘された時は『しまった!』と思ったのですが、実際は『人となりが伝わってきた』と好評でした。それが私の経験から生まれた個性なのかもしれません。」(ニールセン北村朋子さん)
ニールセンさんがデンマーク人の言葉を日本語に訳す際、「朋子の日本語訳は私の言葉よりずっと長いのはなぜ?」と聞かれることがあったという。その理由は、デンマークでは当たり前でも日本人には馴染みのないことに対してはきちんと補足して伝えているから。これも、文化的な違いを汲み取って訳す映像翻訳に通じるものだ。
◆デンマークの教育について執筆した書籍が発売前に重版に
デンマーク移住から25年、ニールセンさんが手がけてきた仕事は多岐にわたる。環境、エネルギー、食、社会保障、スポーツ、農業、エンターテインメントなど、数多くのジャンルに知見を広げてきた。得意分野を敢えて限定しなかったことや、現地での暮らしの経験を踏まえて言語だけでなく文化的な背景も含めた橋渡しをしてきたことが、結果的に文化翻訳家としての自身の基盤になったとニールセンさんは回顧する。なかでも教育関連は自身の育児経験を通して内側からつぶさに見てきたことが、書籍『経済力も幸福度も高くなる デンマークのすごい教育』(青春出版社)の執筆に繋がった。同書の編集を担当した青春出版社の中野和彦さんは、他の書籍の編集中にデンマークの教育についてリサーチする中でニールセンさんの存在を知り、執筆を依頼したと話す。同書は発売前に重版が決まるという異例の展開となり、発売後にニールセンさんが日本に帰国した際はラジオへの出演依頼が数多く寄せられた。

「執筆には自分の経験値だけでなく、最新の教育改革に関する法律関係など、制度的な裏付けのためのリサーチも必要でした。それも映像翻訳をする中で身につけたことが土台になりました。偏差値や学校ランキングもなく、『競争』ではなく『共創』というデンマークの教育は日本人にとっても興味深いものではないでしょうか。この本のおかげで日本でよく聴いていたピーター・バラカンさんのラジオ番組にも出演させていただきました。思わぬところからご縁ができるものですね。」(ニールセン北村朋子さん)
コロナ禍以降、JVTAでは全授業をリモートに切り替えた。そのため現在は世界各地に受講生、修了生が点在している。ニールセンさんのように、現地で活躍の場を広げたいという人たちにメッセージを頂いた。
「海外在住者が自分の経験を活かす方法として、映像翻訳の技術を学ぶことは有用です。私自身、語学力だけなく、作品解釈やリサーチのスキルを身につけたことで、文化の仲介役としての役割を確実に広げることができました。フィギュアスケートやK-POP/J-POPの流行など世界でアジアの文化が認められる時代が来ていると感じています。デンマークでも着物や日本の発酵食などへも高い関心が寄せられていますが、こちらではまだ十分な情報がないのが実情です。だからこそ、両方の文化の知識を持ち、間を繋ぐ翻訳者、通訳者が求められています。皆さんもその国や地域に最も詳しい日本人を目指して頑張ってください。」(ニールセン北村朋子さん)
最近は、韓国語の学習も始めたというニールセンさん。多言語を理解することでより世界観が広がると語る。『経済力も幸福度も高くなる デンマークのすごい教育』の出版をきっかけに今後のニールセンさんのさらなる活躍に注目したい。
・「経済力も幸福度も高くなる デンマークのすごい教育」(青春出版社)
公式サイト:https://www.seishun.co.jp/book/24839/

・ニールセン北村朋子さん 公式サイト:https://tomoko-kitamura-nielsen.studio.site/
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