花と果実のある暮らし in Chiang Mai プチ・カルチャー集 Vol.68 大工のブンさん
★「花と果実のある暮らし in Chiang Mai」 インパクト大の写真をメインにタイのリアルなプチ・カルチャーをご紹介しています。
わたしの住んでいる村に、ブンさんという大工さんがいました。ブンさんは明るくて、どの小学校にもいそうな、日に焼けた元気少年のような人でした。我が家も度々、家の修理や植木、庭づくりなどでお世話になりました。タイの修理屋さんや大工さんの中には、雑だったり、いい加減だったりする人も多いのですが、ブンさんの仕事は丁寧で最後まできっちり仕上げてくれます。朝、青いシャツに白いタオルを巻き、荷台付きバイクに乗ってやって来て、午前中の仕事を終え、お昼ご飯を食べに家に帰る。また午後に来て仕事をして、5時になるとちゃんと家に帰っていく。本当に規則正しい人でした。会えばきちんと笑顔で会釈してくれるし、仕事終わりに村の人と飲んでいる姿も見かけました。炎天下でも汗をかきながら一生懸命黙々と仕事をしている姿を見ているから、みんなブンさんに自分の家のことを頼みたくなるのです。そんなブンさんは、先日庭掃除をしている最中に突然倒れ、天国へと旅立ちました。村のどの家のためにも働いていたブンさんは、多くの人に囲まれ愛されていました。今でも独特の発音で「ヨッコー」と呼ばれる気がしてしまいます。ブンさんの死がとても気にかかるのは、ブンさんのそのシンプルで普通の生き方が、複雑になりすぎている社会と対照的に浮かび上がって、私に何かを訴えかけてくるからかもしれません。今朝、うちの近所で若い大工さんを見ました。寂しい気持ちが広がったけれど、なんだか背筋を伸ばしたくなるような清々しい朝でした。ブンさん、お疲れ様でした。
—————————————————————————————– Written by 馬場容子(ばば・ようこ) 東京生まれ。米国大学でコミュニケーション学専攻。タイ、チェンマイに移住し、現在は郊外にある鉄工房でものづくりをするタイ人パートナーと犬と暮らす。日本映像翻訳アカデミー代々木八幡・渋谷校時代の修了生。 —————————————————————————————–
花と果実のある暮らし in Chiang Mai チェンマイ・スローライフで見つけた小さな日常美
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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第103回 “BEEF”
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]
“Viewer Discretion Advised!” これがイチ押し、アメリカン・ドラマ Written by Shuichiro Dobashi 第103回 “BEEF”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
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韓国パワー、ついにアメリカン・ドラマで炸裂!
『イカゲーム』(2021)がNetflixで世界を制し、『パラサイト 半地下の家族』(2019)がアカデミー作品賞を取るなど、韓国製ドラマ・映画の勢いには凄まじいものがある。Netflixは、韓国のコンテンツへ今後4年間で25億ドル(約3300億円!)を投資すると発表したばかりだ。
そしてついに、韓国パワーはアメリカン・ドラマでも炸裂した!
“Beef”は、韓国人クリエーターによるユニークなNetflixオリジナル。イッキ観確実、“road rage”(あおり運転)が凄絶な復讐劇と化す、「エンタメⅹヒューマニティ」を極めた傑作ダーク・ドラメディなのだ!
“You got beef with me?”
—ロサンゼルス、オレンジカウンティ
ダニーはホームセンターの駐車場から、ピックアップ・トラックをバックで出すところだった。そこに白いベンツのSUVが鉢合わせ、2台は衝突寸前で急停止した。
SUVのドライバーはけたたましくクラクションを鳴らすと、窓から立てた中指を見せて走り去る。
ブチ切れたダニーはSUVを追う。2台の車は街中でカーチェイスを繰り広げ、ダニーはついにSUVを追い詰める。だがSUVのドライバーは、一瞬のスキをついて逃げ去った。
ダニー・チョウ(スティーヴン・ユァン)は独身のしがない「何でも屋」。懸命に働いても生活は苦しい。居候の弟ポール(ヤング・マジノ)は、オンラインゲームと仮想通貨投資に夢中だ。
従兄のアイザック(デヴィッド・チョー)は最近仮釈放されたばかり。彼の犯罪行為が原因で、ダニーの両親は経営していたモーテルを失った。夫婦は母国の韓国へ戻っている。
ダニーにとって、世の中のすべてが理不尽で不公平だ。彼は怒りを持て余し、ストレスは頂点に達していた。
—そこへ現れたのが、あのムカつくSUVだ。
エイミー・ラウ(アリ・ウォン)は、オシャレな観葉植物を売るスタートアップ企業のCEOだ。彼女はこの会社を育て、高値で売却するために心血を注いできた。夫のジョージ(ジョセフ・リー)は理想家のさえないアーティストで、2人には小さな娘がいる。一家3人は高級住宅地に住み、エイミーは白いベンツのSUVに乗っている。
彼女は働きすぎで精神が不安定な状態だった。仕事も家庭も、すべてが上手くいっていると自分をだまし続けている。
—そこへ現れたのが、あのムカつくピックアップ・トラックだ。
ダニーはSUVの所有者を突き止めた。
そして、エイミーの家を訪ねた。
燃え上がる「憎悪のケミストリー」!
本作の主要アクター5人の内、アリ・ウォン以外はすべて韓国系アメリカ人だ。
ダニー役のスティーヴン・ユァンは、史上最強のゾンビドラマ“The Walking Dead”(本ブログ第10回参照 )の好漢グレン役でブレークした(グレンのショッキングな死は、今も脳裏に焼き付いている)。演技力抜群のユァンは、主演した『ミナリ』(2020)でオスカー候補になった。本作では、韓国系教会のバンドのヴォーカルとして得意の歌も披露している。
アリ・ウォンは、役柄同様に父親が中国系アメリカ人で母親はベトナム人。キュートなロマコメ『いつかはマイ・ベイビー』(2019)では、主演と共同脚本をつとめた(<今月のおまけ>も見てね)。ウォンはスタンダップ・コメディ界のスーパースターで、本作では得意の毒舌を控えめに、みごとエイミーになりきった。彼女のショーは下ネタ満載、思い切りエッジが効いていて滅茶苦茶笑える(Netflixで3本とも観よう!)。
実生活では長年の友人同士というユァンとウォンは息もピッタリで、2人の間には「憎悪のケミストリー」が燃え上がる。
デヴィッド・チョーは、ワイルドな従兄アイザックを圧倒的な存在感で演じた。本職はグラフィック・アーティストで、各エピソードのタイトル画は彼の作品だ。多才な半面、ポッドキャストでの過激な発言や日本での服役歴など、素顔もアイザックに近いか。
この3人に無責任な弟ポール役のヤング・マジノ、オフビートなジョージ役のジョセフ・リーを加えた5人が、絶妙なアンサンブルキャストとして右往左往する。彼らが生み出す「危うさ」は、作品にスリリングな魅力を与えている。
“Why is it so hard for us to be happy?”
初めてショーランナー(兼共同監督兼共同脚本)をつとめたイ・サンジンは韓国出身。“Silicon Valley”などの脚本家として長いキャリアを持つ。
「“road rage”の復讐を描く過激なコメディ」という発想だけなら凡庸だ。だが2人のキャラクターを発展させて、「仕返しを通じて互いの人生を知り、自分の生き方を振り返る」というアイディアは非凡だ。
貧乏なダニーと裕福なエイミーは、やり場のない怒りの矛先を相手に見つける。復讐はより巧妙に、悪質になり、2人は身内も巻き込んだ破壊的な負のスパイラルに陥る。だが憎しみを通じて、ある種の相互理解が生まれるのだ。
際限なくエスカレートしていく憎しみの連鎖で笑わせながら、怒りの背後にあるアジア系2世(3世)の生きづらさ、プレッシャー、心の闇を浮かび上がらせる。ダニーが教会へ救いを求めるシーンは、おかしくも哀しい。
終盤では各キャラの壮絶な破滅ぶりが描かれて目が点になる。そして予測不能の最終話は一転して、余韻の残るエンディングを迎える。上手いなあ、イ・サンジン。
本作は韓国パワーがアメリカン・ドラマで炸裂した記念碑的作品。主要キャストとスタッフがほとんどアジア系という意味では、今年のアカデミー賞を席巻した『エブエブ』よりずっとセンスが良くて、遥かに面白い。
“Beef”はイッキ観確実、「エンタメⅹヒューマニティ」を極めた傑作ダーク・ドラメディなのだ!
【悲報!】5月2日からWGA(全米脚本家組合)のストライキが始まった。ストリーミング・サービスが主流になった現在、報酬・待遇改善に関する脚本家の不満は大きい。AI導入も死活問題だ。簡単に収まるはずもなく、企画・制作中のドラマへの影響は計り知れない。アメリカン・ドラマのファンにはきついなあ…。
原題:Beef
配信:Netflix
配信日:2023年4月6日
話数:10(1話 31-39分)
<今月のおまけ> 「My Favorite Movie Songs」 #76
Title: “I Punched Keanu Reeves”
Artist: Randall Park
Movie: “Always Be My Maybe” (2019)
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この作品もNetflixで視聴可能。キアヌ・リーブスの登場シーンはバカ受け!
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
※※特報 同コラム執筆の土橋秀一郎さんがJVTAのYouTubeチャンネルに登壇しました! ◆【JVTA+スピンアウト】海外ドラママスター・土橋秀一郎プレゼンツ! 「今が旬、これが一押しアメリカン・ドラマ」 海外ドラママスターとしてJVTAブログを担当する土橋秀一郎さんが、今見るべき作品を紹介!レア情報も満載です。VIDEO
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【JVTAの学校教育プログラム】神戸松蔭女子学院大学で、映像翻訳の解説と字幕体験レッスンを実施
JVTAでは社会人のためのスクールとは別に学校教育機関でも講義を行っている。講義は語学教育、映像を中心としたメディア教育、コミュニケーション教育などが一貫したテーマとなっており、“Language Communications and Media”の頭文字を取ってLMC教育プログラムとして、2010年から国内外の大学から小学校まで40校以上で指導を続けてきた。講演やゲストとしての招聘にとどまらず、大学、高校などの複数の学校で正規の科目や長期の講義として採用されているという実績がある。
4月26日(水)には、JVTAの映像翻訳本科で指導する桜井徹二講師が、神戸松蔭女子学院大学文学部英語学科の授業にゲスト講師として登壇した。対象となったのは「国際プロジェクト演習」(岩田英以子准教授)の授業で、履修する学生たちに映像翻訳に触れてもらう目的で行われた。ひとくちに映像翻訳と言ってもその手法やジャンルは多岐にわたる。JVTAでは、一般に馴染みのある映画やドラマの字幕や吹き替えに加え、観光や企業PRの多言語翻訳、ニュース映像などのリアルタイム字幕などさまざまなニーズに対応。実際にJVTAの修了生が手がけた案件を取り上げながら、それぞれの手法について解説した。そして後半は、字幕体験レッスンへ。3人ずつ3つのグループに分かれ、映画のワンシーンの日本語字幕作りに挑戦。限られた字数制限の中で、人物の心情やセリフに込められた微妙なニュアンスを伝えるために話し合いを重ねていく。完成後は出来上がった字幕の試写と講師のフィードバックも行った。
[JVTA講師・スタッフ]1名
[人数]約10名
[期間・時間]単発
【桜井徹二講師のコメント】
今回の授業「国際プロジェクト演習」は「神戸国際観光研究」をテーマに神戸の魅力を英語で発信することを目的にした授業で、今後、学生たちが地元で撮影・編集した動画に英語字幕をつけて発表することを目指しています。今回のゲスト講義はその導入編として、語学を生かせる仕事の1つでもある映像翻訳について知ってもらうこと、体験してもらうことを目的に実施されました。初めての字幕翻訳ということで苦戦した学生もいたようですが、授業後には「映像と訳のニュアンスを合わせるのは難しかったが、みんなで意見を出し合いながら翻訳していくのは楽しかった」「翻訳について興味を持てた。もっと翻訳したり、翻訳の仕事について知りたいと思った」といった感想が寄せられました。
◆JVTAの学校教育プログラムに関する詳細はこちら
https://www.jvtacademy.com/aboutus/program/
【JVTAの学校教育プログラム】東京都中央区立常盤小学校 英語特別授業を今期も開講中
JVTAでは社会人のためのスクールとは別に学校教育機関でも講義を行っている。講義は語学教育、映像を中心としたメディア教育、コミュニケーション教育などが一貫したテーマとなっており、“Language Communications and Media”の頭文字を取ってLMC教育プログラムとして、2010年から国内外の大学から小学校まで40校以上で指導を続けてきた。講演やゲストとしての招聘にとどまらず、大学、高校などの複数の学校で正規の科目や長期の講義として採用されているという実績がある。
東京都中央区立常盤小学校での授業もこのプログラムの一つだ。カリキュラム選定から指導までをJVTA所属の講師・スタッフである英語ネイティブ(バイリンガル)が小学校と連携を取りながら担当。毎年度、3年生と4年生の各2クラス(週1回)の授業を通年で計30回行う。
教材に用いるのは、生徒たちが興味を持ちやすい映画やアニメなど。映像に出てくる会話やフレーズを通して「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能+α(翻訳、作品を読み解く力の技能)の学習を行う。1年の締めくくりとして、英語でのプレゼンテーションをするスピーチコンテストでその成果が披露される。
[JVTA講師・スタッフ]4名
[人数]各クラス約30名
[期間・時間]通年
【ビル・ライリー講師のコメント】
The students have started off wonderfully again this year with plenty of energy and very good passive skills. They are able to listen and understand most of the class directions easily with few comprehension issues. In the upcoming months, we’ll be focusing on increasing their output abilities as well as improving their confidence speaking English aloud in front of others, keeping in mind not the outdated goal of simply passing a test but the motivation of using English as a tool to live the life they want to lead.
◆東京都中央区立常盤小学校(中央区国際教育推進パイロット校)
国際小学校に向けての取り組みはこちら
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【JVTAの学校教育プログラム】明星大学 国際コミュニケーション学科で映像翻訳を指導
JVTAでは社会人のためのスクールとは別に学校教育機関でも講義を行っている。講義は語学教育、映像を中心としたメディア教育、コミュニケーション教育などが一貫したテーマとなっており、“Language Communications and Media”の頭文字を取ってLMC教育プログラムとして、2010年から国内外の大学から小学校まで40校以上で指導を続けてきた。講演やゲストとしての招聘にとどまらず、大学、高校などの複数の学校で正規の科目や長期の講義として採用されているという実績がある。
明星大学 国際コミュニケーション学科では、2015年から英日字幕翻訳を中心に学ぶ通年の正規授業の指導を受け持ち、JVTA所属の6人の非常勤講師が毎週講義を行っている。夏休み期間中に行われる夏期集中講義において恒例となっているのは、UNHCR難民映画祭で上映される長編ドキュメンタリー映画の日本語字幕を作成すること。さらにその成果を発表する学内での上映会の企画・運営・宣伝活動も講師陣の指導の下、学生が担うことも大きな特徴だ。学生たちにとっては映像翻訳の作業を通して難民問題を学び、深く考える機会となっている。
[JVTA講師]6名
[人数]約24名
[期間・時間]通年
◆2022年度 明星大学 特別上映会/難民映画祭パートナーズ 特設サイト
https://www.jvtacademy.com/lmc/meisei/2022/
【桜井徹二講師のコメント】
この授業は語学の学習を目標としたものとは異なり、作品やセリフに現れる文化的なギャップを理解し、それを字幕を通じていかに伝えるかという点にフォーカスしたものです。そのため、翻訳の指導では話者の意図や感情を深く掘り下げることを繰り返し強調しています。また、後期は上映会の準備・運営という、それまでとは全く異なる授業内容となります。学ぶことや発揮すべき能力が多岐にわたる授業ですが、学生たちにとってはそれぞれの得意な分野や好きな分野を見出すことにもつながり、他の授業では味わえない充実感・達成感を味わえるようです。
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一番恐ろしいのは愛読者 キャシー・ベイツ in 『ミザリー』
【最近の私】今一番の期待は、『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』です。予告編を観ながら公開を待っています。
映画に登場する悪役は、外見からして恐ろしさを強調する人物が多い。『ダークナイト』(2008年)のジョーカーや、『ノーカントリー』(2007年)の殺し屋など、見るからに狂暴さがにじみでていた。今回は、『ミザリー』(1990年)でキャシー・ベイツが演じた、一見普通の女性に見えて、実は・・・というキャラクターを紹介したい。
作家のポール・シェルダン(ジェームズ・カーン)は、小説『ミザリー』シリーズで人気を博している作家だ。『ミザリー』シリーズの最終作を書き上げたポールは、山の中の雪道で自身が運転する自動車がスリップして事故を起こしてしまう。あたりには誰もおらず、ひっくり返った車の中にはポールひとりだけ。そこを通りかかったアニー(キャシー・ベイツ)が、ポールを見つけて彼女の家に連れていく。
アニーの家のベッドで目覚めたポールは、自分の両足が骨折していて、動けないと知る。自身を看護師だというアニーは、ポールを看病する。ベッドに寝たきりのポールは病院に連れていってくれと頼むが、アニーは「雪で道が閉鎖されている」と病院に連れていこうとしない。
ポールの小説の熱烈な愛読者だというアニーに、ポールはバッグに入っている『ミザリー』最終作の原稿を読ませる。アニーはポールの命を助けてくれたからだ。だが、アニーは『ミザリー』最終作を読んで、結末に納得がいかないと激怒する。その原稿を燃やして、新たに作品を書き直せとポールに迫る。ポールは気づいた。一見優しそうに見えるアニーの狂気の素顔を。
ポールは何度も『ミザリー』を書き直すが、アニーはことごとくダメ出しをしてくる。その書き直しを続ける間にも、時間が過ぎていく。ポールの小説を担当している編集者も、行方不明のポールを心配し、警察も捜索を行っていた。
少しずつ骨折も快方に向かってきたポールは、車いすに乗れるようになる。アニーが外出中に、ポールは車いすを動かして家の中を探索する。そこで、アニーの過去を知ることになる。恐怖を感じたポールは、この家から何とかして脱出しようとするのだが…。
アニーは、見た目の印象は普通の女性だ。だが自分の好きな作家を助けたことから、愛読書の物語を変えようとする。過剰な愛情は、人間を異常な行動に走らせてしまうのだ。その異常さが最も現れているシーンがあるのだが、ここではどんな場面か書きません。何度見ても、目をそむけてしまいます。
アニーを演じたキャシー・ベイツは、1948年生まれ。70年代から映画に出演していたが、彼女が注目されたのは『ミザリー』で、この悪役を演じてアカデミー賞主演女優賞を獲得する。以降は『フライド・グリーン・トマト』(1991年)や『タイタニック』(1997年)など現在まで数多くの作品に出演している。『ミザリー』はスティーブン・キング原作の小説だが、これまでに『ザ・スタンド』(1994年)や『黙秘』(1995年)などのキング作品の映像化作品にも出演している。また俳優だけではなく、『ホミサイド/殺人捜査課』(1993年~1999年)では1996年に、『シックスフィート・アンダー』(2001年~2005年)では2001~2003年にTVドラマのエピソードの監督を務めている。
これまでにキャシー・ベイツは様々な役に挑戦している。狂気の漂うサイコから、普通の主婦まで、幅広いキャラクターに扮していて、その演技の幅に驚きます。その彼女が世界から注目を浴びた『ミザリー』、まだ観ていない方がいたら、ぜひご覧になってください。
きっと他にもキャシーが出ている作品も観たくなるはずだ。
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Written by 鈴木 純一(すずき・じゅんいち)
映画を心の糧にして生きている男。『バタリアン』や『ターミネーター』などホラーやアクションが好きだが、『ローマの休日』も好き。
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戦え!シネマッハ!!!!
ある時は予告編を一刀両断。またある時は悪役を熱く語る。大胆な切り口に注目せよ!
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明けの明星が輝く空に 第160回:シン・仮面ライダー②:黙祷するヒーロー
※今回の記事は、映画の設定に関するネタバレを含みます。ストーリーについては最小限に抑えてありますが、映画鑑賞を検討中の方はご注意ください。
『シン・仮面ライダー』の主人公、本郷猛は、敵を倒した後に黙祷する。これまで、そんなことをするヒーローがいただろうか。彼の敵は怪物やロボットではなく、人間だ。SHOCKERという非合法組織によってオーグメンテーション(肉体拡張)を施され、異能の力を与えられてはいるが、そこは変わらない。本郷自身もオーグメンテーションを受けており、マスクを被ると生存本能が増幅されて暴力的な衝動が抑えられなくなる。バッタオーグ(仮面ライダー)としての初めての戦いでは、襲いかかる何人もの敵をいとも簡単に殴り殺し、あたりを鮮血で染めてしまった。
敵といえども人間の命を奪ったことに衝撃を受け、苦しむ本郷。人を簡単に殺すことができる「行きすぎた力」を拒否する意思を示すが、敵であるクモオーグに捕らえられたヒロイン、緑川ルリ子を助けるため、再び戦わざるを得なくなる。クモオーグの手下たちを文字通り瞬殺し、クモオーグとの1対1の戦いも制した後、マスクを脱いだ本郷は「思ったより辛い」とつぶやく。そして、悲しみに耐えるかのように震えながら、文字通り泡となって消滅したクモオーグの痕跡へ向かい、頭を垂れるのだ。
僕は、本郷の台詞の中の「思ったより」という言葉が引っかかった。まるで彼が、人の命を奪うことを軽く考えていたようにも聞こえるからだ。その台詞を理解するためのカギは、警察官である彼の父が殉職したことだろう。銃を使わず、刃物を持った男を説得しようとして刺された父。その事件現場に居合わせてしまった本郷が、たとえ犯人が死んだとしても父は銃を撃つべきだった、と考えていたとしても不思議ではない。悲劇を経験し、人を守れる強い力を望んだ本郷は、父とは違い力が使えるようになりたいと願った。しかし、自分が実際に人の命を奪ってみると、想像以上に精神的に堪えたということなのかもしれない。
話を本題に戻そう。黙祷する本郷を見たルリ子は、「優しすぎるかも」とつぶやく。実は、彼女にはSHOCKERを倒すという目的があった。SCHOCKERは元々、人々の幸福を実現するために設立された組織だったのだが、オーグメンテーションを受けた者たちがエゴに走るようになっていた。ルリ子は、父である緑川弘博士とともにSHOCKERの構成員だったが、2人して組織を裏切り、本郷猛を脱出させて自分たちの計画を手伝わせようと考えていたのだ。
本郷に対し同じような危惧を抱いたのは、ルリ子以外にもいる。SHOCKER対策のため、彼女たちに近づいてきた情報機関の男だ。彼が本郷の行動を見て「優しすぎる」と言ったのは、ルリ子にとって「友人に最も近い」関係だったヒロミ(ハチオーグ)と戦わずして撤退した時だった。本郷は、なるべくならヒロミと戦いたくないというルリ子の心の内を察していたのだ。
それでも再びヒロミのアジトに乗り込んだ際には、戦わざるを得なくなる。結果、本郷は勝った。しかし、ヒロミの命を奪うことはしなかった。どうやらこの時までに、強い精神力で自制心を働かせる術を見つけていたらしい。ところが、そこに現れた例の情報機関の男が、特殊な銃弾を使いヒロミを撃ち殺してしまう。涙を流すルリ子の横で、本郷は黙祷を捧げた。
彼のこうした行動は、もう1人の仮面ライダー、一文字隼人にも影響を与えている。飄々としてどこか浮世離れした感のある一文字だったが、“ダブルライダー”として力を合わせて戦った後、黙祷する本郷を見て、それに倣うのだ。
映画を観ていない方は「黙祷するヒーロー」という今回の記事のタイトルを見て、「黙祷」は「決め台詞」や「得意技」のようなキャラクターに個性を与えるためだけの、ある意味“格好つけ”のようなものと思われたかもしれない。しかし、本郷の黙祷する姿からは、彼の真摯な思いが感じられる。そう感じるのは、本郷を演じた池松壮亮さんの演技によるところも大きいが、本郷の人物設定も同じぐらい重要だ。
物語冒頭において、本郷は「いわゆるコミュ障。それが原因で現在無職。バイクが唯一の趣味」という説明がなされる。これはルリ子の言葉なのだが、単に彼女は父の緑川博士にそう聞かされていたらしい。しかし、「コミュ障」というのはオーバーな言い方だ。本郷と周囲の人間のコミュニケーションは、問題なく成立している。確かに感情が話し方や表情に出るタイプではないが、自分の心情や思いは隠さず言葉にし、上辺を取り繕ったり格好つけたりする人間ではない。だから、その言動に嘘は微塵も感じられないのだ。
倒した敵に向かい、黙祷するヒーロー。非常に希有な存在だが、考えてみれば命を奪った辛さに苦しむのは、人として当たり前のことだ。しかし、特撮作品に限らず時代劇などでも、ヒーローのそういった姿はほとんど描かれてこなかった。正直なところ、『シン・仮面ライダー』でも十分描き切れていたかどうか、議論の余地は残る。しかし、そこに目を向けたという点において、本作は肯定的に評価されるべきだろう。
—————————————————————————————– Written by 田近裕志(たぢか・ひろし) JVTA修了生。子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。 【最近の私】最近、意味も無く「特撮浪曼主義」とか「特撮耽美派」という言葉を思いつきました。でも文字にしてみると、なんだかしっくりする。特撮に対する自分の信条が明確になったようで。ということで、これからは特撮浪漫主義を掲げ、特撮耽美派を標榜するのだ。
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明けの明星が輝く空に 改めて知る特撮もの・ヒーローものの奥深さ。子供番組に隠された、作り手の思いを探る
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中島唱子の自由を求める女神 第6話 暗黒の転校生
中島唱子の自由を求める女神
中島唱子の自由を求める女神 Written by Shoko Nakajima 第6話 暗黒の転校生
言語の壁、人種の壁、文化の壁。自由を求めてアメリカへ。そこで出会った事は、楽しいことばかりではない。「挫折とほんのちょっとの希望」のミルフィーユ生活。抑制や制限がないから自由になれるのではない。どんな環境でも負けない自分になれた時、真の自由人になれる気がする。だから、私はいつも「自由」を求めている。「日本とアメリカ」「日本語と英語」にサンドウィッチされたような生活の中で見つけた発見と歓び、そしてほのかな幸せを綴ります。
『なぞの転校生』というドラマが一世を風靡した時、私はまだ小学生だった。三歳上の姉は夢中になって再放送を観ていたが、私は怖いホラー話と勘違いし初回で観るのをやめてしまった。
この番組の影響か、学期が始まる頃やってくる転校生たちは、「謎の人物」として注目される。新興住宅地に住んでいたせいか、学期ごとに数人の転校生がやってくる。このドラマの影響でしばらくは、特殊な能力をもっていて学校を引っ掻き回す人物なのではないか?とヒソヒソと生徒は噂した。数週間もすれば、その噂もなくなり、クラスに溶け込んでしまう。いいにつけ、悪いにつけ「転校生」という存在は注目されてしまう。私は遠目から「転校生」にだけはなりたくないと思っていた。
7歳の頃、両親が離婚。生まれた町の柴又を離れて、父が新興住宅地に建売住宅を購入した。千葉の畑に囲まれた小さい家で父方の祖母といっしょに暮らしだした。ところが、14歳の夏、父が狭心症でわずか42歳で他界してしまう。その日を境に、私の生活環境が一変していく。それは私が恐れていた「転校」と音信不通だった母との暮らしだった。
東京の学校に転校したのが、中学生の秋だった。急な転校で制服が間に合わず、私だけ田舎の学校のセーラ服を着て登校して垢ぬけない。新しい環境で学校にも母との暮らしにも馴染めずにいた。故郷に帰ってしまった祖母のこと、亡くなった父のことを思いながら、一人隠れて泣いていた。10代ではじめて感じた巨大な喪失感と孤独。いろんな感情を押し殺しながら暮らす日々は、マンホールの中に突き落とされたような「暗黒の世界」である。気が付くと毎日地面ばかりをみつめて歩いていたように思う。
ある日、教室でいつものように下を向いて座っていると、机の角をコツコツ叩く小さい手が見えた。顔をあげると、クラスの中でも目立たない二人組の女の子だった。「理科室へ一緒に移動しない?」と誘ってくれたのだ。新しい学校で最初にお友達になってくれたおーちゃんと岸べぇだった。
学校の帰り道も公園のブランコで夕方までしゃべった。「おーちゃん、早く帰らないと家の人心配するよ?」と訊くと、「ううん。今日はお母さんが夜勤でね。妹とお留守番なの」と言って日が暮れるまで一緒にいてくれた。おーちゃんの家は母子家庭で看護師のお母さんは夜勤で働いている。岸べぇは習い事で忙しくて、一緒に公園にいけないことをとても残念だと言っていた
おーちゃんに、私の複雑な家庭環境を公園で打ち明けた日。「ショーコも、いろいろと大変なんだね」とブランコをゆっくり揺らしながら話を聞いてくれた。あの日の出来事は鮮明に覚えている。あかね色の夕焼けに反射したおーちゃんのさらさらした髪の色と優しい顔は一生忘れない。いつしか心を開いていろいろな話をしていたら、淋しかった心に光が差し込んできて元気になった。
なんでもない私の話にも「ショーコは、本当におもしろいね」とケラケラ笑う二人。教室の中で一番地味だった二人がいつも笑っている姿に周りの生徒が寄ってきた。他のクラスからも「ショーコ、いる?」と休み時間に廊下に呼びだされ、「面白い話をしてよ」と催促されてしまう。違うクラスの人から友達申請が殺到しても、おーちゃんと岸べぇは、「ショーコが人気者になってくれて嬉しい」と友達が増えていく度に喜んでくれた。
中学校の卒業式が近くなり。父兄や生徒を集めての大きなイベントで演劇をやることになった。ある日、生徒会のメンバーがクラスにやってきて、主要の出演者として参加してくれないか?とキャスティングされてしまった。演目は『回転木馬』。私は主人公・ビリーをいじめるマリン夫人の役だ。
リハーサルの時は、悪役なんて嫌だと思っていたのに、いざ、舞台に立ち芝居をした途端に我を忘れて激しい気性のマリン夫人になる。無我夢中で違う人間を演じる時、自分の中のマグマが噴き出したような衝撃を覚えた。抑圧された感情が溢れ出す。演じながら、本来の自分が解放されていく心地よさは今まで体感したことない歓びだった。
芝居を終え、大きな拍手に包まれて舞台を降りた瞬間に体が震えだし、心身共に高揚感に包まれた。終演後は、他のクラスの友達が興奮を伝えるために一挙に私の周りに集まってきた。
その輪から離れた会場の出口の隅っこでこの光景を嬉しそうにみているおーちゃんと岸べぇ。しばらくして、人だかりがいなくなるのを待って、二人は私のもとに来て満面の笑みで「ショーコの演技すごく感動したよ。クラスに転校してきた時から、ショーコはそういう才能のある人だとずっと思っていたよ。」とおーちゃんと岸べぇはちょっと、涙目で笑っている。会場の体育館に、西日が差して二人の顔がオレンジ色に輝いている。その姿があまりにも優しくて私も思わず泣いてしまった。悲しみの涙ではない。感動の涙である。
「暗黒の転校生時代」を、おーちゃんと岸べぇの存在で救われた。大人になった今でも、真っ赤な夕焼けに遭遇するとあの時の二人の優しい顔を鮮明に思い出す。さりげない一言であっても、一生を決める「励ましの言葉」になる。この二人が臆病な私の背中を押してくれて「演劇」という重い扉をあけてくれたのだ。
Written by 中島唱子(なかじま しょうこ) 1983年、TBS系テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』でデビュー。以後、独特なキャラクターでテレビ・映画・舞台で活躍する。1995年、ダイエットを通して自らの体と心を綴ったフォト&エッセイ集「脂肪」を新潮社から出版。異才・アラーキー(荒木経惟)とのセッションが話題となる。同年12月より、文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨークに留学。その後も日本とニューヨークを行き来しながら、TBS『ふぞろいの林檎たち・4』、テレビ東京『魚心あれば嫁心』、TBS『渡る世間は鬼ばかり』などに出演。
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【2023年4月】日英・OJT修了生を紹介します②
JVTAではスクールに併設された受発注部門、メディア・トランスレーション・センター(MTC)が皆さんのデビューをサポートしています。映像翻訳の仕事は映画やドラマだけではありません。特に日英映像翻訳ではマンガやゲーム、企業のPR動画など幅広いジャンルがあり、翻訳者が体験してきた職歴や趣味などを生かして活躍しています。今回はOJTを終え、日英の映像翻訳者としてデビューする修了生を紹介します。
◆Simone Prioloさん(日英映像翻訳 実践コース修了)
職歴:繊維の商社で契約や資料を翻訳、英会話の新入社員の通訳や資料翻訳、ホテル運営での資料・お客様向けの情報を翻訳。フリーランスとしてスポーツ・ゲーム・プレスリリース等を翻訳。
【JVTAを選んだ理由、JVTAでの思い出】
フリーランスとして翻訳をやってきましたが、ずっと字幕にも興味がありました。ネットで「subtitling」を検索したら偶然にJVTAのホームページにたどり着きました。いろんなコースがあって、字幕だけでなくいろいろなメディアについて勉強できるのが興味深く入学しました。そこで講師の授業だけを受けるのではなく、先に宿題に挑戦してそのあと講師の授業とフィードバックがあるという形式がびっくりでしたが、チャレンジできる環境で面白かったと思います。
【OJTを終えて】【今後どんな作品を手がけたい?】
翻訳とは、国と国の架け橋だと思いますので、今後は日本の文化を海外に伝える作品をぜひ手掛けたいです。いろいろな作品を通じて「日本はこういった国です」と世界に伝えたいのです。ドキュメンタリーはもちろん、アニメや漫画、映画などは作品から日本の歴史など社会に何か伝えようとしていると感じています。それを世界に渡せるように頑張りたいと思います。
◆Adrian Godinezさん(日英映像翻訳 実践コース修了)
職歴:自動車関係企業の通訳・翻訳者(3年間)→国際NGOのコーディネーター(7年間)
【JVTAを選んだ理由、JVTAでの思い出】
仕事上様々な分野の通訳と翻訳を経験したことがありましたが、映像やゲーム等を手がけるきっかけに出会えず、自分の中で憧れていました。映像翻訳が翻訳の種類の中で一番人に感動を与えるジャンルからだです。コロナ禍をきっかけに、新しいことを学ぼうと思ったときに、JVTAの広告を見つけて、「これだ!」と思って、申し込みました。
【今後の目標】
日英西の翻訳者として、世界中のみなさんとたくさんの感動や人生をより豊かにするコンテンツをつなぐ架け橋になりたいと思います。
★JVTAスタッフ一同、これからの活躍を期待しています! ◆翻訳の発注はこちらhttp://www.jvtacademy.com/translation-service/
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【JVTAが字幕を制作】気候変動に植林で立ち向かう『グレート・グリーン・ウォール』が劇場公開
アフリカのサヘル地域では、気温が世界平均の1.5倍の速さで上昇している。気候変動により、干ばつや砂漠化だけでなく、食料不足が引き起こす紛争が深刻化し、故郷を追われる人たちが増えていく。「グレート・グリーン・ウォール」(緑の長城)とは、荒廃したアフリカの土地に植林し8000キロに及ぶ“グリーンウォール”を作るという壮大な緑化プロジェクトだ。2007年にアフリカの国々の主導により開始され、ブルキナファソ、チャド、ジブチ、エリトリア、エチオピア、マリ、モーリタニア、ニジェール、ナイジェリア、セネガル、スーダンの11 カ国で植林計画が進⾏している。
©GREAT GREEN WALL, LTD
現在劇場公開中の映画『グレート・グリーン・ウォール』は、マリ出身のミュージシャンのインナ・モジャが、この活動を追ってアフリカ大陸を横断する様子を追ったドキュメンタリー。インナは、緑化に挑む人々や紛争に巻き込まれた難民と出会い、各地域のミュージシャンと交流しながら音楽の力でこの問題を多くの人に知らしめる活動を続けている。この作品の字幕をJVTAの修了生7名が手がけた。
◆字幕翻訳チーム 石川 萌さん 我満 綾乃さん 川又 康平さん 原田 絵里さん 星加 菜保子さん 茂貫 牧子さん ※希望者のみ掲載
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同作は、2022年開催の難民映画祭で『グレート・グリーン・ウォール~アフリカの未来をつなぐ緑の長城~』のタイトルでオンライン先行上映され、注目を集めた。7人の翻訳チームはパートを分けて翻訳、相互チェックを繰り返し、約1カ月かけて字幕を仕上げた。その翻訳チームにこの作品の魅力と字幕づくりについて聞いた。JVTAは2008年の第3回から難民映画祭に字幕制作で協力し、多くの修了生が翻訳者ならではの支援を続けている。
※2022年難民映画祭の特別先行上映会には翻訳者も参加
◆作品を通してキーワードとなる言葉を大切に訳す 冒頭のパートの翻訳を担当したのは、我満綾乃さん。最初の字幕の訳出は印象に残るよう意識したという。
「作品が始まり最初に映し出されるのは、インナが影響を受けたブルキナファソの元大統領トーマス・サンカラの言葉です。これは作品を通して何度も出てくる大切なキーワードとなっています。冒頭ではサンカラの言葉が文字としてゆっくりと映されるので文字数に余裕がありましたが、作中そして後半で再度この言葉が出てくる時は冒頭のような尺の余裕がありませんでした。‟勇気を持って”という言葉を入れることで文字数を削っても冒頭部分のサンカラの言葉として印象が残り、作中と後半部分での字幕のすり合わせもうまくできたのではないかと思っています」(翻訳者 我満綾乃さん)
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◆歌詞の訳が字幕翻訳のキーポイント インナはこの旅の中で多くのミュージシャンとセッションを重ねており、全編にわたって歌詞の訳が重要となる。文字数が限られた字幕作りの中で歌詞は難しい要素の一つだ。翻訳チーム内でも試行錯誤しながら翻訳作業に取り組んだ。
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「本作は気候変動によってもたらされる様々な問題を追っていくドキュメンタリー作品であると同時に、ミュージシャンであるインナ・モジャのミュージカル・ジャーニーでもあり、音楽が大切な要素となっています。作中で歌われる曲には強いメッセージが込められており、歌詞に関してはチーム内で特に多くの意見を出し合って翻訳しました。チーム翻訳も初めての経験で、相互チェックで自分の翻訳への指摘で気づくことが多く、チームの方の翻訳をチェックすることで、『なるほど、こういう視点から訳しているのだな』『この視点での訳し方も良さそう』と言葉を多角的にとらえる視点をより具体的に理解できたと感じています。」(翻訳者 我満綾乃さん)。
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「この作品においては、やはり、劇中歌の歌詞の内容を詩的に訳すことが難しかったと思います。担当のパートにも、歌詞について語るシーンがあったので、単純ながらも、矛盾しないようにどのように表現すればいいのか悩みました。また、UNHCRの用語リストをもとに翻訳を進めるなかで、専門的な言葉を使うべきか、字幕として瞬時に理解できる平易で自然な日本語を使うべきなのかを考えすぎてしまうこともあり、皆さんから助言をいただきました。」(翻訳者 茂貫牧子さん)
「この映画は、環境破壊がもたらす影響について警鐘を鳴らすだけではなく、未来への希望も同時に描き出しています。アフリカ各地でインナが紡ぐ音楽もまた、観る人に強い印象を残すのではないでしょうか。今回のチーム翻訳では、歌詞にもこだわりぬきました。メッセージ性の強い曲が多いので、言葉の一つひとつに対して、納得がいくまでアイデアを出し合いました。メンバー全員のこだわりが凝縮された、インナのミュージカル・ジャーニーを、ぜひ多くの方に見届けていただきたいです。」(翻訳者 星加菜保子さん)
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「最後のパートを担当したので、他のパートにも何度か出てくる重要な言葉や、歌詞が多くありました。特にエンディングで流れる『インシャ・アッラー』という曲は最後の4ハコを除いた大部分が星加さんのパートでも歌われており、まずは被る部分のベース訳を作っていただきました。お互いのパートで尺が異なっており、それぞれの使える文字数の中で、伝えるべきメッセージは統一できるよう相談して訳を詰めていきました。他に『ライズ』の歌詞を訳したのですが、音楽が大切な要素の作品なので、“このシーンでこの曲が流れるのはなぜか”ということをまず考えました。音楽を聴きながら歌詞の意味にも集中してもらいたいと思ったので、曲のリズムを感じながら読みやすい字幕になるよう心がけました。」(翻訳者 石川 萌さん)
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「この作品はインナ・モジャさんと仲間の歌唱シーンが多く、私の担当箇所にも歌詞がいくつもありました。字幕を考える際、一般的にはハコに収めるために字数を気にしながら単語を取捨選択する機会が多いと思います。しかし、私が担当した歌詞は言葉数に比べて歌の尺が長かったせいか、字数に多少余裕があるように感じました。ですから歌詞によく登場するような詩的な言い回しや日常会話では使わないような単語を入れた訳作りに挑戦しました。正解がはっきりしない分、難しかったですが、考える時間は楽しかったです。クリエイティブな翻訳が好きな私にとって、貴重な体験となりました。」(翻訳者 川又康平さん)
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◆この作品に向き合い、翻訳者自身も難民問題に対する意識が変わった インナは旅の途中で出会う人々の壮絶な体験を聞き、絶句し涙を流す。気候変動による貧しさから国外に逃れるものの、難民としてさらに過酷な生活を強いられる人々…。しかし、同時に長きにわたって植樹を続けてきた成果も目にするなど、この作品には私たちがまだ知らない現状がリアルに映し出されている。翻訳者はまず自らが作品を理解するために多くのリサーチを重ねる。そして、正しい情報をより分かりやすく伝えるために、慎重に言葉を選んでいく。こうした作業の中で翻訳者自身も難民問題に対する意識が変わったという。
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「気候変動によってもたらされるアフリカの干ばつや資源不足、難民や紛争などの問題を取り上げるドキュメンタリー作品と聞くと重たい印象を持たれるかもしれません。実際、作中で言及される問題は深刻なものではあるのですが、決して重々しい作品ではなくより良い未来、社会をつくっていくための力強さにあふれた作品です。作中の曲はどれも印象に残るものばかりで、翻訳をしながらつい口ずさんでしまいたくなるようなリズミカルな曲もあり音楽を楽しむことができる作品でもあると感じています。
作中に‟音楽はあらゆるメッセージを伝えることができる”という言葉があるのですが『グレート・グリーン・ウォール』はまさにそれを体現した作品だと思います。私自身、本作を通して知らなかった多くの問題を知るきっかけとなりました。ぜひ皆さんも本作を見て、音楽を通してグレート・グリーン・ウォールの活動を知っていただけたらなと思います。」(翻訳者 我満綾乃さん)
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「テレビのCMなどで流れる寄付を募る映像を見ていると、どうしても『かわいそうな子供たち』という印象がぬぐえず、困難を前に途方に暮れるしかない(のようにしか見えてなかった)人々に対して、同情や憐憫の感情からしか寄付をできていませんでした。しかし、過去の難民映画祭のシリアのサッカー選手を題材にした作品からは『欲しいのは同情ではなく機会だ』、今回の作品からは『私たちは状況を変えるために、活動していることを知ってもらいたい』というメッセージに接する機会をいただき、困難に負けずに進もうとしている人々の存在を改めて知り、そのための支援と応援が必要だということを実感しました。字幕翻訳者としての経験のみならず、一個人としても知らなかったことを深く知る機会を与えていただき、感謝しています。」(翻訳者 茂貫牧子さん)
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「昨年行われた難民映画祭の先行上映会交流会では、上映会の司会進行をされた国連難民サポーターの武村貴世子さんとお話しすることができました。『映画を通して、気候変動や紛争、難民、すべて繋がっている問題だということが分かった』と仰っていたのですが、私も今回の作品を訳しながら同じことを感じていました。作品のメッセージが見る人にも伝わったのだなと実感できたのと同時に、この作品を通じて、より多くの人に『気候変動は自分たちにも繋がっている問題だ』と気づいてもらいたいと思いました。」(翻訳者 石川 萌さん)
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「昨年の先行上映会では、UNHCRの関係者の方から『素敵な字幕をつけてくださって、本当にありがとうございます。』というお言葉をいただき、胸がいっぱいになりました。作品の持つエネルギーやパワーを伝えることに少しでも貢献できたのなら、映像翻訳者としてこんなにも幸せなことはありません。」(翻訳者 星加菜保子さん)
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「難民問題もグレート・グリーン・ウォールの活動も、広く知ってもらうことに意味があるということで、この映画を日本でも大勢の人に見てもらうための手伝いが少しでもできたことを光栄に思います。」(翻訳者 原田絵里さん)
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製作総指揮は、アカデミー賞ノミネート『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレス監督。サンパウロ国際映画祭やレインダンス映画祭で高い評価を受けたほか、2023年3月には文部科学省特別選定作品となっている。この作品を通して、まずはこの壮大な緑化計画への理解を深めてほしい。
『グレート・グリーン・ウォール』 2023年4月22日(土)シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー 監督・脚本:ジャレッド・P・スコット 製作総指揮:フェルナンド・メイレレス、サラ・マクドナルド、アレクサンダー・アセン、セア・ゲスト、シアン・ケヴィル、ファブリツィオ・ザーゴ、カミラ・ノルトハイム・ラーセン、クロード・グルニツキー 共同製作総指揮:インナ・モジャ、マルコ・コンティ・シキッツ、ジュリア・ブラガ 出演:インナ・モジャ、ディディエ・アワディ、ソンゴイ・ブルース、ワジェ、ベティ・G 他 提供:セビルインターナショナル 制作:メイクウェーブス 協力:砂漠化対処条約(UNCCD) 配給:ユナイテッドピープル 原題:The Great Green Wall 2019年/イギリス/92分/ドキュメンタリー ©GREAT GREEN WALL, LTD
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