これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第103回 “BEEF”
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]
“Viewer Discretion Advised!” これがイチ押し、アメリカン・ドラマ Written by Shuichiro Dobashi 第103回 “BEEF”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
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韓国パワー、ついにアメリカン・ドラマで炸裂!
『イカゲーム』(2021)がNetflixで世界を制し、『パラサイト 半地下の家族』(2019)がアカデミー作品賞を取るなど、韓国製ドラマ・映画の勢いには凄まじいものがある。Netflixは、韓国のコンテンツへ今後4年間で25億ドル(約3300億円!)を投資すると発表したばかりだ。
そしてついに、韓国パワーはアメリカン・ドラマでも炸裂した!
“Beef”は、韓国人クリエーターによるユニークなNetflixオリジナル。イッキ観確実、“road rage”(あおり運転)が凄絶な復讐劇と化す、「エンタメⅹヒューマニティ」を極めた傑作ダーク・ドラメディなのだ!
“You got beef with me?”
—ロサンゼルス、オレンジカウンティ
ダニーはホームセンターの駐車場から、ピックアップ・トラックをバックで出すところだった。そこに白いベンツのSUVが鉢合わせ、2台は衝突寸前で急停止した。
SUVのドライバーはけたたましくクラクションを鳴らすと、窓から立てた中指を見せて走り去る。
ブチ切れたダニーはSUVを追う。2台の車は街中でカーチェイスを繰り広げ、ダニーはついにSUVを追い詰める。だがSUVのドライバーは、一瞬のスキをついて逃げ去った。
ダニー・チョウ(スティーヴン・ユァン)は独身のしがない「何でも屋」。懸命に働いても生活は苦しい。居候の弟ポール(ヤング・マジノ)は、オンラインゲームと仮想通貨投資に夢中だ。
従兄のアイザック(デヴィッド・チョー)は最近仮釈放されたばかり。彼の犯罪行為が原因で、ダニーの両親は経営していたモーテルを失った。夫婦は母国の韓国へ戻っている。
ダニーにとって、世の中のすべてが理不尽で不公平だ。彼は怒りを持て余し、ストレスは頂点に達していた。
—そこへ現れたのが、あのムカつくSUVだ。
エイミー・ラウ(アリ・ウォン)は、オシャレな観葉植物を売るスタートアップ企業のCEOだ。彼女はこの会社を育て、高値で売却するために心血を注いできた。夫のジョージ(ジョセフ・リー)は理想家のさえないアーティストで、2人には小さな娘がいる。一家3人は高級住宅地に住み、エイミーは白いベンツのSUVに乗っている。
彼女は働きすぎで精神が不安定な状態だった。仕事も家庭も、すべてが上手くいっていると自分をだまし続けている。
—そこへ現れたのが、あのムカつくピックアップ・トラックだ。
ダニーはSUVの所有者を突き止めた。
そして、エイミーの家を訪ねた。
燃え上がる「憎悪のケミストリー」!
本作の主要アクター5人の内、アリ・ウォン以外はすべて韓国系アメリカ人だ。
ダニー役のスティーヴン・ユァンは、史上最強のゾンビドラマ“The Walking Dead”(本ブログ第10回参照 )の好漢グレン役でブレークした(グレンのショッキングな死は、今も脳裏に焼き付いている)。演技力抜群のユァンは、主演した『ミナリ』(2020)でオスカー候補になった。本作では、韓国系教会のバンドのヴォーカルとして得意の歌も披露している。
アリ・ウォンは、役柄同様に父親が中国系アメリカ人で母親はベトナム人。キュートなロマコメ『いつかはマイ・ベイビー』(2019)では、主演と共同脚本をつとめた(<今月のおまけ>も見てね)。ウォンはスタンダップ・コメディ界のスーパースターで、本作では得意の毒舌を控えめに、みごとエイミーになりきった。彼女のショーは下ネタ満載、思い切りエッジが効いていて滅茶苦茶笑える(Netflixで3本とも観よう!)。
実生活では長年の友人同士というユァンとウォンは息もピッタリで、2人の間には「憎悪のケミストリー」が燃え上がる。
デヴィッド・チョーは、ワイルドな従兄アイザックを圧倒的な存在感で演じた。本職はグラフィック・アーティストで、各エピソードのタイトル画は彼の作品だ。多才な半面、ポッドキャストでの過激な発言や日本での服役歴など、素顔もアイザックに近いか。
この3人に無責任な弟ポール役のヤング・マジノ、オフビートなジョージ役のジョセフ・リーを加えた5人が、絶妙なアンサンブルキャストとして右往左往する。彼らが生み出す「危うさ」は、作品にスリリングな魅力を与えている。
“Why is it so hard for us to be happy?”
初めてショーランナー(兼共同監督兼共同脚本)をつとめたイ・サンジンは韓国出身。“Silicon Valley”などの脚本家として長いキャリアを持つ。
「“road rage”の復讐を描く過激なコメディ」という発想だけなら凡庸だ。だが2人のキャラクターを発展させて、「仕返しを通じて互いの人生を知り、自分の生き方を振り返る」というアイディアは非凡だ。
貧乏なダニーと裕福なエイミーは、やり場のない怒りの矛先を相手に見つける。復讐はより巧妙に、悪質になり、2人は身内も巻き込んだ破壊的な負のスパイラルに陥る。だが憎しみを通じて、ある種の相互理解が生まれるのだ。
際限なくエスカレートしていく憎しみの連鎖で笑わせながら、怒りの背後にあるアジア系2世(3世)の生きづらさ、プレッシャー、心の闇を浮かび上がらせる。ダニーが教会へ救いを求めるシーンは、おかしくも哀しい。
終盤では各キャラの壮絶な破滅ぶりが描かれて目が点になる。そして予測不能の最終話は一転して、余韻の残るエンディングを迎える。上手いなあ、イ・サンジン。
本作は韓国パワーがアメリカン・ドラマで炸裂した記念碑的作品。主要キャストとスタッフがほとんどアジア系という意味では、今年のアカデミー賞を席巻した『エブエブ』よりずっとセンスが良くて、遥かに面白い。
“Beef”はイッキ観確実、「エンタメⅹヒューマニティ」を極めた傑作ダーク・ドラメディなのだ!
【悲報!】5月2日からWGA(全米脚本家組合)のストライキが始まった。ストリーミング・サービスが主流になった現在、報酬・待遇改善に関する脚本家の不満は大きい。AI導入も死活問題だ。簡単に収まるはずもなく、企画・制作中のドラマへの影響は計り知れない。アメリカン・ドラマのファンにはきついなあ…。
原題:Beef
配信:Netflix
配信日:2023年4月6日
話数:10(1話 31-39分)
<今月のおまけ> 「My Favorite Movie Songs」 #76
Title: “I Punched Keanu Reeves”
Artist: Randall Park
Movie: “Always Be My Maybe” (2019)
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この作品もNetflixで視聴可能。キアヌ・リーブスの登場シーンはバカ受け!
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
※※特報 同コラム執筆の土橋秀一郎さんがJVTAのYouTubeチャンネルに登壇しました! ◆【JVTA+スピンアウト】海外ドラママスター・土橋秀一郎プレゼンツ! 「今が旬、これが一押しアメリカン・ドラマ」 海外ドラママスターとしてJVTAブログを担当する土橋秀一郎さんが、今見るべき作品を紹介!レア情報も満載です。VIDEO
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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #34 これからの日韓関係について思う●筆谷信昭(取締役 兼 LA現地法人代表取締役)
これを書いている今現在、8年半ぶりにソウルに来ている。
今回の来訪目的はソウルで開催されるメンサという国際団体のアジア各国のボードメンバーが集まるASIAN PACIFIC MENSA GATHERINGという会議に参加することで、自分自身が昨年からJAPAN MENSAの運営委員(国際担当)になったことで、初めて参加させていただけることに。 自分と韓国とは振り返れば色々ご縁がある。 大学生の時、ソウル五輪を現地観戦し、韓国と韓国語に興味を持って、その後1989年に日韓学生フォーラムという活動に参加した。日韓それぞれ約20人の大学生が集まり、日韓の政治、経済、歴史、文化など両国をめぐる問題や課題などを英語でディスカッションするという一見お堅い内容のものだったが、そこはお互い学生なのでむしろ夜の飲み会や雑談、歌合戦などのほうが今は思い出深い。若き日に2週間を九州の福岡・佐賀・長崎で一緒に過ごしたのは今も忘れられない。 今回この時の仲間にも久々に会うことが出来た。みんな仕事のある中の平日のランチだったが、当時覚えた下手な韓国語も繰り出しつつ 、30年以上の時を超えてこのようなご縁がどうにか続いているのは本当に嬉しい。 韓国の近年の映像・音楽などの分野での目覚ましい世界的な活躍はあえて述べる必要もないだろう。日本でも韓流ドラマやK-popは根強い人気で、一方で日本のアニメも最近韓国で『スラムダンク』や『すずめの戸締まり』が大ヒット、またコロナ後の海外旅行先としても日本の人気は極めて高い。 韓国の人と会うと、やはりWBCの日本優勝や大谷翔平の話題もよく出る。 野球やサッカーに関しては、韓国に対しネガティブな感情を持っている日本の人が自分の周りでも少なくないが、マウンドに旗を立てたとかはもう大昔のことで、やはりこの両国が競い合いお互いレベルアップして欲しい。ネガティブな人は総じて韓国の人とリアルで話したりしたことがなく、反日、反韓的な記事に煽られてる人が多いのではないかと感じる。 一方で、自分がやはり大好きなフィギュアスケートでは今年は韓国選手の大活躍。先日日本で開催された世界選手権では、韓国の選手が演技を終了したら場内たくさんの韓国旗が掲げられ、日本のファンは皆韓国の選手の好演技に拍手していた。もちろんスポーツの性格の違いはあるし、自国を応援し勝利を願うのは当然だが、野球やサッカーも相手をネガティブに思うのではなく、フィギュアのようであって欲しいと思う。 両国を巡る政治や歴史的な問題に対して、今の両政府が前向きに解決に向けて動いているのも嬉しいことだ。もちろん簡単でない課題も多々あるが、今年2023年が、ギクシャクしていた両国の関係が大きく改善することに期待を持てるのは嬉しい。 JVTAとしても、これまで以上に韓国と仕事で関わって行ける機会を見つけてゆきたいと思う。 *2023年の世界フィギュアスケート選手権での女子フリー、韓国イ・ヘイン選手の好演技と、それを讃える日本の観客たち(2023年3月、さいたまスーパーアリーナ)
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—————————————————————————————– Written by 筆谷信昭
ふでたに・のぶあき●日本映像翻訳アカデミー取締役 兼 JVTA, Inc (ロサンゼルス現地法人)代表取締役 —————————————————————————————– 「Fizzy!!!!! JUICE」は月に1回、SNSで発信される、“言葉のプロ”を目指す人のための読み物。JVTAスタッフによる、示唆に富んだ内容が魅力です。一つひとつの泡は小さいけど、たくさん集まったらパンチの効いた飲み物に。Fizzy! なJUICEを召し上がれ! ・バックナンバーは▶こちら ・ブログ一覧は▶こちら
中島唱子の自由を求める女神 第6話 暗黒の転校生
中島唱子の自由を求める女神
中島唱子の自由を求める女神 Written by Shoko Nakajima 第6話 暗黒の転校生
言語の壁、人種の壁、文化の壁。自由を求めてアメリカへ。そこで出会った事は、楽しいことばかりではない。「挫折とほんのちょっとの希望」のミルフィーユ生活。抑制や制限がないから自由になれるのではない。どんな環境でも負けない自分になれた時、真の自由人になれる気がする。だから、私はいつも「自由」を求めている。「日本とアメリカ」「日本語と英語」にサンドウィッチされたような生活の中で見つけた発見と歓び、そしてほのかな幸せを綴ります。
『なぞの転校生』というドラマが一世を風靡した時、私はまだ小学生だった。三歳上の姉は夢中になって再放送を観ていたが、私は怖いホラー話と勘違いし初回で観るのをやめてしまった。
この番組の影響か、学期が始まる頃やってくる転校生たちは、「謎の人物」として注目される。新興住宅地に住んでいたせいか、学期ごとに数人の転校生がやってくる。このドラマの影響でしばらくは、特殊な能力をもっていて学校を引っ掻き回す人物なのではないか?とヒソヒソと生徒は噂した。数週間もすれば、その噂もなくなり、クラスに溶け込んでしまう。いいにつけ、悪いにつけ「転校生」という存在は注目されてしまう。私は遠目から「転校生」にだけはなりたくないと思っていた。
7歳の頃、両親が離婚。生まれた町の柴又を離れて、父が新興住宅地に建売住宅を購入した。千葉の畑に囲まれた小さい家で父方の祖母といっしょに暮らしだした。ところが、14歳の夏、父が狭心症でわずか42歳で他界してしまう。その日を境に、私の生活環境が一変していく。それは私が恐れていた「転校」と音信不通だった母との暮らしだった。
東京の学校に転校したのが、中学生の秋だった。急な転校で制服が間に合わず、私だけ田舎の学校のセーラ服を着て登校して垢ぬけない。新しい環境で学校にも母との暮らしにも馴染めずにいた。故郷に帰ってしまった祖母のこと、亡くなった父のことを思いながら、一人隠れて泣いていた。10代ではじめて感じた巨大な喪失感と孤独。いろんな感情を押し殺しながら暮らす日々は、マンホールの中に突き落とされたような「暗黒の世界」である。気が付くと毎日地面ばかりをみつめて歩いていたように思う。
ある日、教室でいつものように下を向いて座っていると、机の角をコツコツ叩く小さい手が見えた。顔をあげると、クラスの中でも目立たない二人組の女の子だった。「理科室へ一緒に移動しない?」と誘ってくれたのだ。新しい学校で最初にお友達になってくれたおーちゃんと岸べぇだった。
学校の帰り道も公園のブランコで夕方までしゃべった。「おーちゃん、早く帰らないと家の人心配するよ?」と訊くと、「ううん。今日はお母さんが夜勤でね。妹とお留守番なの」と言って日が暮れるまで一緒にいてくれた。おーちゃんの家は母子家庭で看護師のお母さんは夜勤で働いている。岸べぇは習い事で忙しくて、一緒に公園にいけないことをとても残念だと言っていた
おーちゃんに、私の複雑な家庭環境を公園で打ち明けた日。「ショーコも、いろいろと大変なんだね」とブランコをゆっくり揺らしながら話を聞いてくれた。あの日の出来事は鮮明に覚えている。あかね色の夕焼けに反射したおーちゃんのさらさらした髪の色と優しい顔は一生忘れない。いつしか心を開いていろいろな話をしていたら、淋しかった心に光が差し込んできて元気になった。
なんでもない私の話にも「ショーコは、本当におもしろいね」とケラケラ笑う二人。教室の中で一番地味だった二人がいつも笑っている姿に周りの生徒が寄ってきた。他のクラスからも「ショーコ、いる?」と休み時間に廊下に呼びだされ、「面白い話をしてよ」と催促されてしまう。違うクラスの人から友達申請が殺到しても、おーちゃんと岸べぇは、「ショーコが人気者になってくれて嬉しい」と友達が増えていく度に喜んでくれた。
中学校の卒業式が近くなり。父兄や生徒を集めての大きなイベントで演劇をやることになった。ある日、生徒会のメンバーがクラスにやってきて、主要の出演者として参加してくれないか?とキャスティングされてしまった。演目は『回転木馬』。私は主人公・ビリーをいじめるマリン夫人の役だ。
リハーサルの時は、悪役なんて嫌だと思っていたのに、いざ、舞台に立ち芝居をした途端に我を忘れて激しい気性のマリン夫人になる。無我夢中で違う人間を演じる時、自分の中のマグマが噴き出したような衝撃を覚えた。抑圧された感情が溢れ出す。演じながら、本来の自分が解放されていく心地よさは今まで体感したことない歓びだった。
芝居を終え、大きな拍手に包まれて舞台を降りた瞬間に体が震えだし、心身共に高揚感に包まれた。終演後は、他のクラスの友達が興奮を伝えるために一挙に私の周りに集まってきた。
その輪から離れた会場の出口の隅っこでこの光景を嬉しそうにみているおーちゃんと岸べぇ。しばらくして、人だかりがいなくなるのを待って、二人は私のもとに来て満面の笑みで「ショーコの演技すごく感動したよ。クラスに転校してきた時から、ショーコはそういう才能のある人だとずっと思っていたよ。」とおーちゃんと岸べぇはちょっと、涙目で笑っている。会場の体育館に、西日が差して二人の顔がオレンジ色に輝いている。その姿があまりにも優しくて私も思わず泣いてしまった。悲しみの涙ではない。感動の涙である。
「暗黒の転校生時代」を、おーちゃんと岸べぇの存在で救われた。大人になった今でも、真っ赤な夕焼けに遭遇するとあの時の二人の優しい顔を鮮明に思い出す。さりげない一言であっても、一生を決める「励ましの言葉」になる。この二人が臆病な私の背中を押してくれて「演劇」という重い扉をあけてくれたのだ。
Written by 中島唱子(なかじま しょうこ) 1983年、TBS系テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』でデビュー。以後、独特なキャラクターでテレビ・映画・舞台で活躍する。1995年、ダイエットを通して自らの体と心を綴ったフォト&エッセイ集「脂肪」を新潮社から出版。異才・アラーキー(荒木経惟)とのセッションが話題となる。同年12月より、文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨークに留学。その後も日本とニューヨークを行き来しながら、TBS『ふぞろいの林檎たち・4』、テレビ東京『魚心あれば嫁心』、TBS『渡る世間は鬼ばかり』などに出演。
◆バックナンバーはこちら https://www.jvta.net/blog/5724/
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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第102回 “REASONABLE DOUBT”
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]
“Viewer Discretion Advised!” これがイチ押し、アメリカン・ドラマ Written by Shuichiro Dobashi 第102回 “REASONABLE DOUBT”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
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ファッショナブルでセクシーな本格リーガル・メロドラマ!
“Grey’s Anatomy”、“Private Practice”、“Scandal”(本ブログ第7回参照 )、“How to Get Away with Murder”(本ブログ第12回参照 )を生んだ名プロデューサーが、ションダ・ライムズだ(※)。本作はライムズの「弟子」による一作で、Huluが制作しDisney+が配信する。
“Reasonable Doubt”は、美貌と頭脳を兼ね揃えた黒人女性弁護士の野心と葛藤を活写する、ファッショナブルでセクシーな本格リーガル・メロドラマなのだ!
(※)ライムズの軽妙で真摯なエッセイ『Yes ダメな私が最高の人生を手に入れるまでの12カ月』(“Year of Yes”、2015)もお勧めだ。ドラマ制作の裏側をのぞき見できる。
“You’re built to win, Jax”
ジャクリーン(ジャックス)・スチュワート(エマヤツィ・コーリナルディ)は、ロサンゼルスの富裕層向け大手弁護士事務所のエースだ。彼女は美貌と頭脳と野心を武器に、唯一の黒人パートナー(共同所有権を持つ弁護士)となった。
ジャックスの夫ルイス(マッキンリー・フリーマン)はビデオゲーム・プログラマーで、2人の間にはティーンエージャーの息子と娘がいる。
ジャックスは郊外の大邸宅に住み、テスラに乗り、デザイナーズブランドの服で出社する。だがワーカホリックのジャックスと支配欲の強いルイスとは喧嘩が絶えず、今は別居中だ。反抗期の息子からは嫌われ、両親との関係もギクシャクしている。彼女は見た目ほど幸せではない。
ジャックスの事務所が、酒造大手クラウト社のCEOブレイデン・ミラー(ショーン・パトリック・トーマス)から訴訟対応の依頼を受けた。ブレイデンはある女性幹部から、レイプされたと脅されていた。事実無根だが、金で解決したいという。現在クラウト社の売却交渉が最終段階で、この時期のスキャンダルは避けたいのだ。
訴えた女性幹部は示談を断った。そしてテレビインタビューの前夜に、自宅で殺された。
警察はブレイデンを殺人容疑で逮捕した。証拠は山ほどあった。マスコミが喜ぶセレブの大事件だ。
刑事事件の専門家ジャックスが、ブレイデンの弁護を担当することになった。
一方、殺人罪で16年服役していたデイモン・クック(マイケル・イーリー)が仮釈放され、ジャックスの前に姿をあらわす。デイモンはジャックスの公選弁護人時代の依頼人だった。当時彼の無実を信じたジャックスは、司法取引を断って裁判に臨んだ。結果は有罪で、デイモンは25年の懲役となった。純粋で未熟だった彼女にとって、苦い経験だった。
2人は惹かれ合っていたが、デイモンは今でもジャックスを想っている。
ブレイデンの弁護に集中すべき大事なときに、ジャックスの心が乱れ始めた。
エマヤツィ・コーリナルディの一人舞台!
エマヤツィ・コーリナルディは長いキャリアを持つ実力派アクターで、代表作はリブート版“Roots”あたりか。こなれた中にケレン味たっぷりの演技を取り混ぜる技巧は、初の主演とは思えない。本作は、タフだがセクシー、ジコチューだが思いやりがあり、大胆だが繊細なジャックスを体現するコーリナルディの一人舞台だ。
ジャックスを取り巻く3人の男たち、—ルイス役のマッキンリー・フリーマン、ブレイデン役のショーン・パトリック・トーマス(“The District”)、デイモン役のマイケル・イーリー(“Almost Human”、“Stumptown”)が、それぞれクセのある演技でうさん臭さを競い合う。
またKYな調査員ダニエル役のティム・ジョー(“Pitch”)、有能だが鬱陶しいアシスタントのクリスタルを演じるアンジェラ・グローヴィーが、コミックリリーフとしてドラマのスパイスとなっている。
“soapy”で“seductive”な“guilty pleasure”!
ショーランナー(兼共同脚本)のラームラ・モハメッドはションダ・ライムズに師事し、“Grey’s Anatomy”の製作アシスタントを経て、“Scandal”の脚本に加わった。本作はまさにライムズ・テイストだが、法廷ドラマの側面にウェイトを置くことで独自色を出している。
尚、この作品は実在のセレブ弁護士ショーン・ホリーをモデルにしていて、同名の小説・映画とは無関係だ。
ジャックスはマイノリティである立場を最大限に利用し、法律を拡大解釈し、倫理的にも問題がある行動をとる。だが味方にするとこれほど頼りになる弁護士はいない。一方で、夫、息子、母親、義父、友人、元依頼人に振り回される悩める女性だ。ジャックスの複雑なキャラが、本作最大の魅力となっている。
舞台は嘘と欲望とマネーの渦巻く世界、描かれるのは泥沼の法廷劇と醜悪な恋愛劇。魅力的だが高慢な女性弁護士に、コントロールフリークの歪んだ性格の夫、暴力的だが臆病な前科者を絡めた湿った三角関係が展開する。そして迷走する大金持ちで節操のない殺人容疑者—
彼らが織りなす人間模様には程よい低俗性と強い中毒性があり、ついつい“binge-watch”してしまう。こぶしの効いた「ライムズ節」が唸っているからだ。
“Reasonable Doubt”は、高尚さはないが贅沢感はある、“soapy”で“seductive”な“guilty pleasure”(罪のない密かな楽しみ)。美貌と頭脳を兼ね揃えた弁護士ジャックスの野心と葛藤を活写する、ファッショナブルでセクシーな本格リーガル・メロドラマなのだ!
原題:Reasonable Doubt
配信:Disney+
配信開始日:2022年9月27日~11月15日
話数:9(1話 49-58分)
<今月のおまけ> 「My Favorite Movie Songs」 #75
Title: “The Long Goodbye”
Artist: composed by John Williams and performed by Jack Sheldon
Movie: “The Long Goodbye” (1973)
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映画・原作ともハードボイルドの名作。曲はジョン・ウィリアムズの隠れた佳作。
続編の『探偵マーロウ』(“Marlowe”)は、リーアム・ニーソン主演で6月16日に公開決定!
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
※※特報 同コラム執筆の土橋秀一郎さんがJVTAのYouTubeチャンネルに登壇しました! ◆【JVTA+スピンアウト】海外ドラママスター・土橋秀一郎プレゼンツ! 「今が旬、これが一押しアメリカン・ドラマ」 海外ドラママスターとしてJVTAブログを担当する土橋秀一郎さんが、今見るべき作品を紹介!レア情報も満載です。VIDEO
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Tipping Point Returns Vol.26 ■「続けること」を楽しもう
修了生や受講生、JVTAに関わってくれた多くの方に毎週届けているメールマガジンが1000号を迎えた。とても感慨深い。ただ長く続いたことを喜んでいるのではない。うれしいのは、私たちスタッフの胸の内に「伝えたいこと、共有したいこと」が存在し続けたことだ。
「継続は力なり」という言葉がある一方で「変化こそが成長」という教えもある。続けるべきか、変えるべきか――。日々の習慣から大きな岐路まで、二者択一を迫られ悩むことは誰にでもあるだろう。続けるか変えるかに悩んだ時、私は自分自身にこう問うことにしている。「思いはあふれているか? 思いが湧き上がりあふれ出しているなら人に反対されても続けよ。湧き上がるものがないなら居心地が良くてもさっさと変えてしまえ」。
長く続けたことを誉められても、顔で笑って胸の内では喜べない人はいる。取り組んでいることに湧き上がる情熱がなく、ただ続けているだけだからだ。一方、心から喜べる人がいる。続いていることに満足しているのではなく、今もなお情熱やワクワク、緊張感が尽きていないことがうれしいのだ。
映像翻訳本科の受講生募集時に、映像翻訳の魅力について話す時間をもらって27年目になる。開校から欠かすことなく優に1000回を超えた。ある時、「同じ話をして飽きませんか?」と聞かれたことがあり、腰を抜かすほど驚いた。そんなふうに感じたことが一度もないからだ。今もセミナーが始まる前に(どんな方々が聞いてくれるのだろう。限られた時間の中で「ことばの仕事の今とこれから」を上手く伝えるにはどう話せばいいだろう)という緊張感に包まれる。以前より伝えたい情報や伝えるべき情報が増えた分、むしろ今のほうがプレッシャーは強い。
もちろん、時代によって話の中味は変わる。「ことばの仕事」を巡る環境が変化しているからだ。以前なら必要がないと伝えたノウハウを「絶対に身につけてほしい」と伝えることさえある。しかし、「道案内をしたい」という私の思いは絶賛継続中だ。この瞬間も溢れ出し、止まることはない。
今、機械翻訳や生成AIの進化を目の当たりにして「英語を勉強しても無駄ではないか?翻訳や通訳、バリアフリー字幕や音声ガイドなど、ことばの仕事はなくなるのではないか?」と考えて学習を止めたり、キャリアプランを変更したりする人が少なくないという。ことばのスキルを学び高めていくことに対する思いや情熱、喜びが見出せず、継続を決断するまでに至らなかったのだろう。間違った選択ではない。そもそものところで湧き出づるものがないことに気づけたことは、幸いだったのかもしれない。
皆さんはどうだろう。機械翻訳や生成AIとどう戦うか、どう組むかについても考える必要はあるだろう。しかし、心の深いところで、(もっとことばを学びたい。それによって自分を磨き、高めたい。人生を豊かなものにしたい)という炎がゆらめいている人がいるはずだ。私はこう伝えたい。そんな情熱を抱く自分を誉めてほしい。誇りを持ってほしい。なぜならその思いは決して間違っていないし、社会にとって今もこれからも必要不可欠なのだから、と。
機械翻訳や生成AIの進化によって「ことばのプロ」に求められる知識や技能、仕事のスタイルには当然大きな変化が起き、対応を求められるだろう。しかし、「ことばのプロ」の必要性はむしろ高まる。そのように見ている識者は少なくない。そうした理論や予測については折を見て論じることにしよう。
最後に、今日綴った話のさらに根底にある、私の職業観を紹介したい。柄にもなく(笑)植物を育てることが好きなのでこんな例えになってしまうが、皆さんへのエールになれば幸いだ。
花が好きなら一鉢の花を大切に育てよう。誰のためでもなく、自分のためでいいから。
美しく咲いたらその花を増やそう。たくさん咲けばもっと気持ちよくなるから。
鉢が増えたら周りの人に分け与えよう。人が喜んでくれたらうれしいから。
もっとほしいと言ってもらえたら計画的に育てよう。これから先も喜んでほしいから。
ほしいと言う人が増えたら、売ろう。そのお金でもっときれいな花を咲かせたいから。
それが仕事というもの。働くということ。
今回のコラムで思ったことや感想があれば、ぜひ気軽に教えてください。
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Tipping Point Returns by 新楽直樹(JVTAグループ代表)
学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。
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2002-2012年「Tipping Point」のバックナンバーの一部はコチラで読めます↓
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中島唱子の自由を求める女神 第5話 空振りのメトロカード
中島唱子の自由を求める女神
中島唱子の自由を求める女神 Written by Shoko Nakajima 第5話 空振りのメトロカード
言語の壁、人種の壁、文化の壁。自由を求めてアメリカへ。そこで出会った事は、楽しいことばかりではない。「挫折とほんのちょっとの希望」のミルフィーユ生活。抑制や制限がないから自由になれるのではない。どんな環境でも負けない自分になれた時、真の自由人になれる気がする。だから、私はいつも「自由」を求めている。「日本とアメリカ」「日本語と英語」にサンドウィッチされたような生活の中で見つけた発見と歓び、そしてほのかな幸せを綴ります。
「10トークン、プリーズ!!」ニューヨークで暮らしだして、一番初めに私が覚えた英語のフレーズである。 この街に住む限り、地下鉄とバスを乗りこなせないと暮らせない。
ニューヨークの地下鉄の利用は複雑である。東京の地下鉄並みに東西南北に入り組んでいる。
週末になるとあちらこちらで改修工事が行われダイヤが乱れる。そして、ニューヨークは電車での飲み食いは当たり前。ダンス集団が乗り込んできてアクロバットやポールダンスのショーが始まったり、バンドが楽器ごと乗り込んできて演奏が始まったりもする。ちょっと楽しい気分で、興味本位に一緒に盛り上がると、ショーの後、投げ銭を催促されてしまう。決して、無料のショーだと思ってはいけない。妙に空いている車両だと思って、乗り込んだら、ホームレスが座席でお昼寝中。一挙に異様な匂いが漂よって、一駅ごとに、乗客が逃げていく。まさしく、ニューヨークの地下鉄はカオスそのものである。
新居が決まって、部屋が整ったころ、語学学校に通いだした。月曜日から金曜日までの集中クラスである。 高校卒業以来、学校とは無縁の生活だった。早起きして、通勤の人たちと電車に乗り込み学校へいく。何気ない日常をニューヨークで体験できることが嬉しかった。街のスピードや慌ただしさが体感出来て心は一挙にニューヨーカーに近づいていく。足元はスニーカーで、トレンチコートを着込み、新聞片手にウォール街に向かいたくなる。
そんな夢心地な気分で最寄りの駅に向かっていると、背後から「唱子ちゃん!」と元気な声が聞こえた。振り返ると大きな笑顔の美代子さんだ。 美代子さんも職場に向かう途中で駅の改札で一緒になった。 「トークン」をポケットから取り出し、それを見ていた美代子さんが「あら、ヤダ~唱子ちゃん。まだトークン使っているの?私はもう、コレよ」とメトロカードを顔の脇にかざして得意顔である。
トークンとは切符の代わりの仮想貨幣の事で、一円玉よりやや大きく、五円よりも小さい。 開札口をくぐるときにこのコインを投入すると入り口のバーが一人分動く。
ニューヨークの地下鉄の開業は1904年。日本がまだ、明治の時代である。開業から長いことこのトークンが切符がわりになっていたのが、1994年にメトロカードが誕生した。翌年の95年には一挙に普及した。今思うと、当時は、地下鉄の長い歴史の大きなターニングポイントの時期だったのかもしれない。
学校の帰り道、メトロカードを早速購入してみた。改札口でカードをスライドさせて入場するが、なかなかバーが開かない。何度もエラーとなり、その日はあきらめてポケットに入っていた残りのトークンを使って電車に乗った。
翌朝、また最寄りの駅の改札で美代子さんを見かけた。もう構内で電車を待つ美代子さんに向かって大きくメトロカードかざしながら、ニューヨーカー気分でカードをスライドさせる。全身の体重でバーを動かそうとしても、「Go」の緑のサインが点灯することなく、バーが動かない。 その様子を見ていた美代子さんが、「唱子ちゃん、カードをスライドさせるのが速すぎるのよ。もう少しゆっくり。」美代子さんの助言どおり、ゆっくりとスライドさせてみても、やはりバーは開かない。 「遅すぎる。もう少しだけ早く。」もうその時点で冷や汗が噴き出し、もはやどのスピードでメトロカードをスライドさせているかもわからない。半ばパニックである。後ろを振り返ると、舌打ちしてイライラしているニューヨーカーたちが「ふえるわかめちゃん」のように一挙に増幅していく。そこからはもう真っ白な状態で、やっと改札口のバーが開いてくれた。 美代子さんは、構内のプラットホームでお腹を抱えて笑っている。冬なのに、顔から汗がどっと、噴き出した。「ニューヨーカーは一日にして成らず」そんな言葉を心の中でつぶやきながら、プラットホームに入ってきた通勤電車に乗り込んだ。
混みあう車内の中で人々に背を向けて、窓際に立った。コートのポケットからハンカチを取り出し額の汗を拭く。ふと車窓の外に目を向けると、平行して走る列車が見えた。真っ暗な地下鉄の中を加速する急行列車だ。 すれ違う列車の窓から、車内の様子が、まるで映画のモンタージュのように私の目の前を流れていく。一枚として同じ風景がない。様々な人種の人たちがひとつの塊(かたまり)となって移動していく。まさしく「ニューヨーク」を象徴する風景に心が奪われた。
メトロカードを三振してしまった私も、今、ニューヨーカーたちの大きな塊(かたまり)の中にいる。私たちを乗せた電車は、急行に追い抜かれながらも、ゆっくりとダウンタウンへと南下していく。
Written by 中島唱子(なかじま しょうこ) 1983年、TBS系テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』でデビュー。以後、独特なキャラクターでテレビ・映画・舞台で活躍する。1995年、ダイエットを通して自らの体と心を綴ったフォト&エッセイ集「脂肪」を新潮社から出版。異才・アラーキー(荒木経惟)とのセッションが話題となる。同年12月より、文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨークに留学。その後も日本とニューヨークを行き来しながら、TBS『ふぞろいの林檎たち・4』、テレビ東京『魚心あれば嫁心』、TBS『渡る世間は鬼ばかり』などに出演。
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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第101回 “THE LAST OF US”
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]
“Viewer Discretion Advised!” これがイチ押し、アメリカン・ドラマ Written by Shuichiro Dobashi 第101回 “THE LAST OF US”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
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早くも今年度のベストワン確定! 戦慄と感動のディストピア・ドラマ!! 本作は、2人の疫病専門家によるテレビ討論で始まる。3分ほどのシーンだが、そのうちの一人、ニューマン博士の寄生菌についてのコメントに思わず凍りつく。
“The Last of Us”はU-NEXTほかが配信するHBOオリジナル。同名の名作ビデオゲーム(いわゆる『ラスアス』)が原作の超話題作だ。看板に偽りなし、今年度のベストワン、必見中の必見、ドラマの殿堂入り確実、喪失と希望が交錯する、戦慄と感動のディストピア(反ユートピア)・ドラマなのだ!
“When you’re lost in the darkness…”
—2003年9月26日、テキサス州オースティン
ジョエル・ミラー(ペドロ・パスカル)はこの日36歳になったシングルファーザー。14歳の娘サラ、元軍人の弟トミーと、郊外で3人暮らしだ。
この日、いつものようにサラは学校へ、ジョエルとトミーは建設の仕事に出かけた。
パンデミックは突然市内で始まり、夜には郊外にも広まった。いたるところで寄生菌の感染者たちが、人に襲いかかっている。その感染力、狂暴性、スピードはゾンビの比ではない。誰もがパニックになっていた。
警察と軍隊が都市を封鎖する。彼らは素性不明の市民に対して、発砲命令を受けていた。
感染を逃れたジョエル、サラ、トミーは、車で州外へ脱出を図ったが…。
—2023年、マサチューセッツ州ボストンの隔離地域
米国の主要都市が廃墟と化して久しい。今もうごめく無数の感染者と、私兵・無法者の世界だ。軍が統制する隔離地域では、生き延びた人々が細々と暮らす。脱走者は死刑になる。
ジョエルは日雇いの仕事をする一方で、パートナーのテス(アナ・トーヴ)と薬物等の密輸をしている。
ある晩ジョエルとテスは、反政府組織「ファイアフライ」の支部長マーリーンと鉢合わせた。彼女は2人に仕事を依頼する。軍の攻撃で負傷した自分に代わって、エリーという14歳の孤児(ベラ・ラムジー)を、隔離地域外の仲間のもとに届けて欲しいというのだ。
(一体この好戦的なティーンエージャーのどこが特別なんだ?)
ジョエルとテスは疑問を覚えつつも、軍用車・武器と引き換えにエリーの「運び屋」を引き受ける。危険だが、単純で実入りがいい仕事のはずだった。
だが、それが人類の存続をかけた、想像を絶する苦難の旅になることを知る由もない…。
“I’m scared of ending up alone”
ジョエル役のペドロ・パスカルは、“Game of Thrones”と“Narcos”で注目された。タイトルロールを演じたスター・ウォーズ・ドラマ“The Mandalorian”(本ブログ第65回参照 )は大成功したが、彼の顔はヘルメットでほとんど隠れていた。本作でパスカルは、生まれながらのサバイバーであるジョエルを圧巻の存在感で体現する。
ベラ・ラムジーは英国出身の19歳。“Game of Thrones”でリアナ・モーモントを3シーズン演じて、強烈な印象を残した。シリアスドラマ、歴史もの、コメディ、声優、と何でもこなす憎らしいほど上手いアクターだ。今回の凄絶な演技はまた別格で、悲痛の叫びをこらえ気丈に振る舞うエリーに魂を吹き込んだ。
パスカルとラムジーの間に働く強烈なケミストリーが、無口なジョエルと皮肉屋エリーの深いキャラクターアーク(人物の成長や変化の軌跡)に圧倒的な説得力を与えた。
テス役のアナ・トーヴは、主演したSci-fiスリラーの傑作“Fringe”が代表作。ジョエルが頼るタフなパートナーを貫禄で演じている。
可憐なサラ役のニコ・パーカーと理想家トミー役のガブリエル・ルナに加えて、多彩な脇役が熱い演技で競演する。レジスタンスの非情な指導者キャスリン役のメラニー・リンスキー、ジョエルとアライアンスを組む聡明な若者ヘンリー役のラマー・ジョンソン、そして極めつけが、醜悪なカルトリーダーの牧師デビッドを怪演するスコット・シェパードだ。
“Look for the light”
ショーランナー(兼共同監督兼共同脚本)はクレイグ・メイジンとニール・ドラックマン。メイジンはHBOの傑作“Chernobyl”(『チェルノブイリ』、本ブログ第69回参照 )が代表作。ドラックマンは『ラスアス』のクリエーターだ。
プレー時間の長さを考えれば、ビデオゲームは映画より遥かにテレビドラマとの親和性が高い(『ラスアス』の映画化は2016年に中止)。メイジンとドラックマンは原作の世界観とストーリーをそのままに、ホラーの枠を遥かに超えた渾身のヒューマンドラマを作り上げた。
よく練られた脚本、繊細で無駄のない会話、選り抜きのBGMが時間を忘れさせる。醜くも美しい映像は鮮烈で容赦ない。絶え間ない緊迫感の中で、シーンのひとつひとつが濃密で忘れ難く、各話の完成度の高さは他に類を見ない。「このエピソードが永遠に続けばいいのに…」と思え、まるで珠玉の短編集を読んでいるように感じる。
その中でも第3話は番外編的な、胸の張り裂けそうなラブストーリーとなっている。
要塞化した自宅で暮らす陰謀論者のビルと、彼の仕掛けた罠にかかった善良な男フランク。この奇妙な出会いは、孤独な2人の人生を劇的に変える。2人を演じるニック・オファーマンとマレー・バートレットの演技が絶品で、ラストシーンに流れるリンダ・ロンシュタットの“Long Long Time”が深い余韻を残す(<今月のおまけ-2>参照)。
傷心の父親と、親の顔を知らない孤児は、本能的に互いを拒絶する。ジョエルの目に映るのは、実の娘サラとは正反対の、粗野で狡賢い不良少女。エリーの前にいる男は、想像上の父親とはかけ離れた、強面で非情な密輸業者。だが極限の状況は彼らに選択の余地を与えない。
—信頼し合うしか、生き延びるすべはない。
ジョエルとエリーはかすかな希望に賭けて、今日1日を生き抜く。暴力は避けて通れない。だからこそ、2人が初めて一緒に笑うシーンが胸に突き刺さる。
このドラマが怖いのは、ゾンビまがいのモンスターが押し寄せるからではない。ジョエルとエリーの脳裏をよぎる「お互いを失う恐怖」が、観る者に伝染するからなのだ。
自慢のクオリティに娯楽性がマッチしたときのHBOは最強で、本作はまさに「ドラマ界のレクサス」の面目躍如。
『ラスアス』ファンである必要は全くない。シーズン2の制作も決まった。
“The Last of Us”は今年度のベストワン間違いなし、9月にはエミー賞を席巻しているはず。看板に偽りなし、必見中の必見、殿堂入り確実、喪失と希望が交錯する、戦慄と感動のディストピア・ドラマなのだ!
原題:The Last of Us
配信:U-NEXTほか
配信日:2023年1月16日~
話数:(1話 43-80分)
<今月のおまけ-1> “THE LAST OF US x MARIO KART”
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SNL(“Saturday Night Live”)による、“Mario Kart”の“The Last of Us”風パロディ。実はペドロ・パスカルの素顔は、「おもろいフツーの親父」だった!
<今月のおまけ-2> “Long Long Time” by Linda Ronstadt
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曲もエピソードも、“heartwarming”で“heartbreaking”だ。
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
※※特報 同コラム執筆の土橋秀一郎さんがJVTAのYouTubeチャンネルに登壇しました! ◆【JVTA+スピンアウト】海外ドラママスター・土橋秀一郎プレゼンツ! 「今が旬、これが一押しアメリカン・ドラマ」 海外ドラママスターとしてJVTAブログを担当する土橋秀一郎さんが、今見るべき作品を紹介!レア情報も満載です。VIDEO
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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #33 シェイクスピア物語~児童書が導いてくれたこと●池田明子(広報/バリアフリー講座運営)
シェイクスピアはイギリス文学の巨匠だ。
しかし、一般的にはどのくらいの人がその戯曲を読んだことがあるだろうか?
私が初めて彼の作品に触れたきっかけは、10代の頃に読んだ『シェイクスピア物語』(新潮文庫 松本 恵子訳)だった。これは、オリジナルの戯曲を基に、メアリー・ラムとチャールズ・ラムの姉弟が子どもたちにも分かりやすいように、物語のエッセンスを抜き出して散文として短編集の形にまとめた作品だ。異国情緒あふれるドラマティックな展開と緻密な登場人物の描写に一気に魅きこまれてしまった。
戯曲(日本語)で初めて読んだのは高校生の時だった。卒業研究のテーマに四大悲劇(『リア王』『オセロー」『ハムレット」『マクベス」)と『ロミオとジュリエット』の考察を選んだ時のこと、担当の英語講師から小田島雄志氏の翻訳版を薦められて図書室で全集を手にした。小田島氏は、『ハムレット』の有名なセリフに「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ。』という名訳をした方だと講師から聞いたことを覚えている。シェイクスピア(1564年~1616年)の時代は、日本でいうと戦国から江戸時代でありいわゆる古典だ。原文も古い表現が多く、翻訳版でも難しい箇所も多かった記憶がある。それでも、人物のキャラクターを掘り下げたり、人間関係の相関図を作ったりして、高校生なりの考察をなんとかレポートにまとめた(まだPCなどない時代、すべて手書きで作成)。20代でロンドンに語学留学した時には、シェイクスピアの生誕の地、ストラトフォード・アポン・エイボンにも出かけた。ラム姉弟が執筆した『シェイクスピア物語』がこの旅へと導いてくれたのだ。シェイクスピアの多くの名作が、世界中で特に熱烈な芝居好きではない人にも幅広く愛されるようになった一因に、この本が大きく貢献しているのは間違いないだろう。
JVTA修了生の小松原宏子さんは、多くの児童書の執筆や翻訳、編訳に携わる第一人者だ。
新訳版『不思議の国のアリス&鏡の国のアリス』(静山社)、絵本「ひかりではっけん!シリーズ」(くもん出版)の翻訳や、『あしながおじさん』『若草物語』(共に学研教育出版※現Gakken)など名作の編訳に加え、『ホテルやまのなか小学校』(PHP研究所)「青空小学校いろいろ委員会シリーズ」(静山社)などのオリジナルの執筆など幅広く活躍している。小松原さんには先日JVTAで行ったセミナーで、世界的名作『不思議の国のアリス&鏡の国のアリス』の翻訳秘話を語っていただいた。誰もが知る往年の名作を訳す難しさや今の子どもたちも楽しめる言葉選びなどが面白く、児童書をまた読んでみたくなった。私も子どものころ、地元の図書館の児童室に足繫く通っており、世界の偉人の本に感動したり、シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパン、「ナルニア国物語」などのシリーズに夢中になったりしていたからだ。
このご縁を機に久しぶりに児童書売り場に行ってみた。そこで手に取ったのが、児童書版の『シェイクスピア物語』(岩波少年文庫546 矢川澄子訳)。これは以前文庫本で読んだ“全訳”ではなく、“編訳”というもので物語の要素は網羅しつつ、児童書としてさらにコンパクトにまとめられている。「中学生以上」という対象だが、大人が読んでも分かりやすく、久しぶりにシェイクスピアの世界を堪能することができた。
実は今回、『シェイクスピア物語』を3つの本で同時に読んでみた。洋書の『TALES FROM SHAKESPEARE』(Puffin Classics)、その全訳の文庫本、そして児童書。段落ごとに3つを並べて読み進めていくと、それぞれの工夫が明確になり、興味深い。物語の伏線を残しながら子どもにも分かりやすくまとめられた児童書は、字数制限の中で言葉を紡ぐ字幕にも通じるものがある。世界の名作が時代を超えて愛される背景には、こうした翻訳者の功績が大きいのだと改めて実感した。
小松原さんはいう。「児童書の翻訳は子どもにも分かるように書く必要があり、決して大人向けの翻訳より易しいものではない。」と。いくつもの時代を経た名作には、いくつもの翻訳版があり、そのときどきで複数の翻訳者が先人の知恵を踏襲しながら、その時代に合った今の表現を作るために工夫を重ねてきた歴史がある。子どもの頃に好きだったお話を児童書や翻訳本で大人になった今読むことは、その貴重な足跡をたどるという意味でも大きな学びとなる。私も以前、『星の王子さま』を洋書と内藤 濯氏の訳、池澤夏樹氏の訳の3つを同時に読んでみたが、訳し方で作品全体の印象がかなり変わることを肌で感じることができた。ちなみに、『シェイクスピア物語』は短編集で、児童書も複数の訳本があるので、翻訳者を目指す皆さんにも読み比べをおすすめしたい。そして児童書が担ってきた大切な役割をぜひ、再認識してほしいと願っている。
関連記事
小松原宏子さん登壇「世界的名作を翻訳する。『不思議の国のアリス&鏡の国のアリス』新訳版に込めた、7つの仕掛け」セミナーレポート
「世界的ベストセラー文学の翻訳と映像翻訳スキルのつながりは?」
※小松原宏子さんにインタビュー 世界の名作を子どもたちへ!「編訳」とは?
—————————————————————————————– Written by 池田明子
いけだ・あきこ●日本映像翻訳アカデミー・コーポレートコミュニケーション部門所属。English Clock、英日映像翻訳科を受講後、JVTAスタッフになる。“JVTA昭和歌謡部”のメンバーとして学校内で昭和の歌の魅力を密かに発信中。 —————————————————————————————–
「Fizzy!!!!! JUICE」は月に1回、SNSで発信される、“言葉のプロ”を目指す人のための読み物。JVTAスタッフによる、示唆に富んだ内容が魅力です。一つひとつの泡は小さいけど、たくさん集まったらパンチの効いた飲み物に。Fizzy! なJUICEを召し上がれ!
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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第100回 “THE RECRUIT” +『100回記念特別付録』!
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系、ケーブル系各社に[…]
“Viewer Discretion Advised!” これがイチ押し、アメリカン・ドラマ Written by Shuichiro Dobashi 第100回 “THE RECRUIT” +『100回記念特別付録』!
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
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熱血CIA弁護士のスパイアクション! Netflixオリジナルの“The Recruit”は、筆者好みの軽快でノリのいい一作。
自分勝手でやんちゃで無鉄砲、だが頭脳明晰で楽天的で正義感が強くて根は優しいアドレナリン・ジャンキーの熱血CIA弁護士が大活躍する、愉快痛快なスパイアクション・ドラマなのだ!
※本稿末尾の『100回記念特別付録』も読んでね。
“I’m not a spy, I’m a lawyer!” —ワシントンD.C.
オーウェン・ヘンドリックス(ノア・センティネオ)は24歳、2日前からCIA(米国中央情報局)で働き始めた。と言っても、オーウェンはスパイでも暗殺者でも分析官でもない。専門知識もなく、初歩の諜報訓練さえ受けていない法務部の弁護士だ。
彼は元カノの弁護士ハンナ(ファイヴェル・スチュワート)、財務省勤務の親友テレンス(ダニエル・クインシー・アノー)と、アパートの一室を共有している。
オーウェンの父親はアフガニスタンで戦死し、母親はそのショックで精神的に参ってしまった。オーウェンは弁護士資格を取ると、CIAに入局した。何か強い刺激が欲しかったのだ。
CIAには毎年何百通もの脅迫状(”graymail”)が届く。勘のいいオーウェンは、信憑性の高そうな一通に目を付けた。フェニックスの刑務所で服役中のマックス・メラッゼ(ローラ・ハドック)が、極秘の符丁や暗号名を使っていたからだ。
オーウェンはマックスと面会する。
マックスはベラルーシ生まれの妖艶な殺人犯だった。そして、自分を即時釈放しないと所有している機密文書をメディアにバラまくという。彼女はかつてCIAの凄腕工作員で、汚れた極秘作戦にかかわっていた。
その内容が表ざたになれば、CIAは壊滅的な被害を受ける。
上層部は渋々マックスを釈放した。さらに、彼女を工作員として復帰させようと画策する。
ところがオーウェンは何故かマックスに気に入られてしまい、引き続きオペレーションの主要メンバーとして残る羽目になった。
オーウェンは、やがて迷路のようなエスピオナージの世界に翻弄されていく。美貌のサイコパス系元工作員をパートナーにして、ヨーロッパを股にかけた人生最大の冒険が始まった!
“Peter Pan with a license to kill” オーウェン役のノア・センティネオは、キュートなラブコメ『好きだった君へのラブレター』(2018)でブレーク。劇中“Peter Pan with a license to kill”と揶揄される、罪のなさそうな顔をして大胆な行動に出る本役に打ってつけだ。また昨年公開された『ブラックアダム』(DCコミックス)では、スーパーヒーローのアトム・スマッシャーを演じた。
英国出身のローラ・ハドックは、マーベルの『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズで主人公スター・ロードの母親を演じた。ハドックはエキゾチックなマックス役にピタリとはまり、センティネオとの間にはヒリヒリするようなケミストリーが働く。
オーウェンの私生活を支える2人、ハンナを演じた”Atypical”(本ブログ第86回参照 )のファイヴェル・スチュワート、ゲイの親友テレンス役のダニエル・クインシー・アノーが、ドラマに優しさを与えている。
一方、強面だが意外と頼りない法務部長ナイランド役のヴォンディ・カーティス=ホール、オーウェンのセフレとなる変人局員アメリア役のケイラ・ザンダー、底意地が悪いが抜けている同僚ヴァイオレット&レスターを演じたアーティ・マン(”The Big Bang Theory”)とコルトン・ダンは、ドラマに笑いを持ち込む。
新米弁護士vs.ファム・ファタールの攻防!
ショーランナー(兼共同脚本)のアレクシ・ホーリーはエンタメの名手だ。ケヴィン・ベーコンが戦慄のカルト教団と戦う傑作スリラー”The Following”、大ヒットしたロマコメ・ミステリードラマ”Castle”、最近ではポリス・ドラメディの”The Rookie”などを手掛けている。
本作はジャック・ライアン(”Tom Clancy’s Jack Ryan”の主人公、(本ブログ第55回参照 ))のチャラ男版をイメージさせる、軽快な「巻き込まれ型」スパイアクションに仕上がった。
本作最大の魅力は、CIAの新米弁護士とファム・ファタール(男を騙す悪女)の組み合わせの妙だ。オーウェンを誘惑し手練手管で操ろうとするマックスと、持ち前のカンと頭の切れで主導権を取ろうとするオーウェンとの、丁々発止の攻防は楽しくてスリリング。2人は次第に愛憎交えたパートナーとなっていく。
また、この2人に元カノのハンナを絡めた微妙な三角関係も新鮮だ。
スパイドラマやエスピオナージ小説は、ストーリーが複雑で時として冗長なのが難点だ(ジョン・ル・カレの小説は難解過ぎる)。その点本作はエンタメに徹していて分かりやすい。ユーモアも効いていて、組織内でだれも信用できず、互いに足を引っ張り合い、理解できない略語と暗号による会話が飛び交うCIA内の描写はとても笑える。
最終話はスパイドラマらしいツイストが思い切り炸裂し、手に汗握る展開。オーウェンがとんでもないトラブルを抱えこむエンディングは、ものの見事なクリフハンガーで文句なし。制作が決まったシーズン2を待ちきれない。
“The Recruit”は、自分勝手でやんちゃで無鉄砲だが、頭脳明晰で楽天的で正義感が強くて根は優しいアドレナリン・ジャンキーの熱血弁護士が大活躍する、愉快痛快なスパイアクション・ドラマなのだ!
原題:The Recruit
配信:Netflix
配信日:2022年12月16日
話数:8(1話 52-58分)
『100回記念特別付録』:Top 8 Most Overlooked / Underrated Dramas!
本ブログで紹介しきれなかった、日本で知られていない、あるいは不当に過小評価されているメチャクチャ面白い作品を紹介する。いずれもやめられない止まらない状態になる隠れた傑作揃いだ!
(”The Last Ship”、”Firefly”など、現在視聴不能な作品は泣く泣く外した。)
第1位 “Queen of the South”(Netflix、2016-2021、全5シーズン、62話)
恋人のコカイン取引に巻き込まれたメキシコ人女性テレサは、運び屋をやりながら麻薬ビジネスを学ぶ。そしてカリスマ的魅力で荒くれ男たちを配下に収め、西半球最大の麻薬カルテルのトップへと上り詰めていく。主演のブラジル人俳優アリシー・ブラガの華麗な変貌が見もの。このジャンルの鉄板”Narcos”をも凌ぐ面白さ!
第2位 “Banshee”(Amazon Prime、2013-2016、全4シーズン、38話)
田舎の小さな町バンシーにやってきた前科者の男(“The Boys”のホームランダーことアントニー・スター)は、強盗に殺された新任保安官に成りすます。男は仲間を集めて盗みを働く一方で、敏腕保安官として正義の側にも立つ。凄まじいバイオレンス・アクションが次々に炸裂する、最高にクールなクライムドラマ!
第3位 “GLOW”(Netflix、2017-2019、全3シーズン、30話)
“GLOW”とは”Gorgeous Ladies of Wrestling”の略。まともな職に就けないなど、様々な理由から地方のしがないプロレスラーになった女性たち。だが、彼女らは次第にプロレスの魅力にはまり、アイデンティティを確立し、真のプロへと成長していく。笑いの中に深い感動を散りばめたアンサンブル・ドラメディの傑作!
第4位 “Weeds”(Amazon Prime、2005-2012、全8シーズン、102話)
夫の突然死によって破産状態で取り残されたカリフォルニアのセレブママ、ナンシー。彼女は息子2人を養うため、知人にマリファナを売り始める。ビジネスは大評判となり、やがてメキシコの麻薬カルテルを巻き込む大騒動に発展する。メアリー=ルイーズ・パーカーの魅力が爆発する、極めつけのダークコメディ!
※現在S1-4&8が視聴可能。
第5位 “Shameless”(Netflix、2011-2021、全11シーズン、134話)
ウィリアム・H・メイシー演じるフランクはアル中で無職、5人の子を持つ史上最低のシングルファーザー。だが一家の危機には、長女のフィオナ(『オペラ座の怪人』の歌姫エミー・ロッサム!)を中心に問題児たちは助け合う。残酷なまでに正直、倫理観はないがハートはある機能不全家族の、お下劣で感動的な大爆笑コメディ!
※現在S1-5が視聴可能。
第6位 “Ray Donovan”(Hulu、2013-2019、全7シーズン、82話 +TV映画 2022)
リーヴ・シュレイバー演じるレイ・ドノヴァンは、政治家、企業家、セレブのあらゆるトラブルを解決するLA最高のフィクサー。レイは頭脳明晰で冷酷非情、そのやり方は合法・非合法を問わない。救いようのない犯罪者の父親ミッキーを怪演するジョン・ヴォイトも見もの。2000年以降で最もクールでハードボイルドなクライムドラマ!
第7位 “Schmigadoon!”(Apple+、2021-present、全1シーズン、6話)
ミュージカルの古典『ブリガドーン』(1954)の現代風パロディ。恋人同士のメリッサとジョッシュは突然‘40年代にタイムスリップするが、「真実の愛」を見つけるまでは現世に戻れない。登場人物が突然歌いだすミュージカルの不自然さ、古典ミュージカルの差別表現を逆手に取って笑い飛ばす、斬新なロマコメ・ミュージカル!
第8位 “Billions”(Netflix、2016-present、全6シーズン、72話)
手段を問わないヘッジファンドの帝王アックス(“Homeland”のダミアン・ルイス)と、彼の逮捕に病的な執念を燃やす連邦検事チャック(名優ポール・ジアマッティ)。生き馬の目を抜くウォール街で、2人の凄絶な頭脳ゲームが展開する。ルール無用の企業買収やインサイダー取引が活写される、必見の金融クライムドラマ!
※現在S1-5が視聴可能。
(番外編)“The Last Movie Stars”(U-NEXT、2022、リミテッドシリーズ、6話)
50年連れ添ったポール・ニューマンとジョアン・ウッドワードの人生を振り返るドキュメンタリー。制作はHBO/CNNで監督はイーサン・ホーク。音声記録を失った大量のインタビュー原稿をベースに、ジョージ・クルーニー、ローラ・リニーらが声を吹き込んで再構築した。映画スター、レーサー、慈善活動家、父親などポール・ニューマンの素顔とともに、ジョアンとの結婚生活、アルコール依存、息子の突然死など人生の浮き沈みが語られる。2人の主演作のクリップもふんだんにありファン必見。忙しい人は最終話(80分)だけでも観る価値がある。
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
※※特報 同コラム執筆の土橋秀一郎さんがJVTAのYouTubeチャンネルに登壇しました! ◆【JVTA+スピンアウト】海外ドラママスター・土橋秀一郎プレゼンツ! 「今が旬、これが一押しアメリカン・ドラマ」 海外ドラママスターとしてJVTAブログを担当する土橋秀一郎さんが、今見るべき作品を紹介!レア情報も満載です。VIDEO
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中島唱子の自由を求める女神 第4話 「川の匂いと大きな笑顔」
中島唱子の自由を求める女神
中島唱子の自由を求める女神 Written by Shoko Nakajima 第4話 川の匂いと大きな笑顔
言語の壁、人種の壁、文化の壁。自由を求めてアメリカへ。そこで出会った事は、楽しいことばかりではない。「挫折とほんのちょっとの希望」のミルフィーユ生活。抑制や制限がないから自由になれるのではない。どんな環境でも負けない自分になれた時、真の自由人になれる気がする。だから、私はいつも「自由」を求めている。「日本とアメリカ」「日本語と英語」にサンドウィッチされたような生活の中で見つけた発見と歓び、そしてほのかな幸せを綴ります。
新しい街で部屋を探して住みだすとき何故か、ワクワクする。ましてや、外国での家探しは格別だ。ウディ・アレンの映画に出てくるような廊下の長い古いアパートに住んでみたい。倉庫を改造したロフトも魅力的だ。あれこれ物件を見て歩いているうちに、現実が見えてきてそんな憧れが遥か彼方へと飛んでいく。もちろんお金さえ払えば夢のような物件は存在するが、留学生の私には手が届かない。賃貸の契約も学生や外国人ではなかなか審査が通らないので、ルームメイトやサブレットで入居するしかないのだろう。
空き部屋率が1%だというマンハッタンの中で、違う国からやってきた異邦人が部屋を探すのは至難の業だ。
そんな時、家探しを心配した咲ちゃんが助っ人を紹介してくれた。ニューヨークに長年住む美代子さんだ。美代子さんの近所に家具付きの空き部屋があるという。「no feeよ」と美代子さんは大きな笑顔で待ち合わせ場所に現れた。「no fee」とは不動産屋さんの手数料がかからない契約のようだ。物件はアッパーイーストサイドで家具付きの1LDKの古いアパート。お家賃も相場よりも安い。
ドアマンのいるような豪華なロビーはないが、入り口がオートロックで簡素なところが気に入った。地下にランドリーがついていて、エレベーターなしで五階建てのタウンハウスである。
美代子さんは初めて会った人とは思えないほどの大きな笑顔で明るい。近所を案内してくれながら「アッパーイースト愛」を語りだす。 アッパーイーストとは、マンハッタンのセントラルパークを挟んで東側に位置している。 「西側をアッパーウエストといってヤッピー族がいっぱい住んでいるのよ。だから街の流れが速くてね、その点アッパーイーストは、緩やかな空気が流れているの。」 大雑把そうな美代子さんのざっくりとした分析である。
ヤッピー族とは、都会の若いエリートサラリーマンたちのことである。東側は年齢層が高いぶん、地下鉄よりもバスを利用する人が多い。通勤時間の混み具合が違うという分析らしい。 申し込みを入れて契約まですごい勢いで済ませ、やっと引っ越しできたのはその年の年末だった。
小さい腕時計で、部屋の中で一人、カウントダウンをした。淋しさよりワクワクが止まらない。
翌朝、目が覚めた新年は、雲一つない青空が広がる清々しい朝だった。
日本のマンションよりも遥かに天井が高く、キッチンも大きな冷蔵庫とオーブンのついたガス台がある。年数の経った古いアパートで床は多少の傾きがあるが、無垢材の硬いフローリングでとても趣がある。 簡素な壊れかけた家具だけれど、ないよりマシで家具を買わずに済む。少ない荷物をほどき自分の空間ができたら不思議と力が湧いてきた。
住みだしてみて、美代子さんがいう「緩やかな空気」の意味がなんとなくわかった気がした。
新居の部屋は、アッパーイースト側の77丁目の駅から、東へと歩いて5分ほどのところだった。駅から数ブロック進むと低層階のタウンハウスが続く。すぐ近くをイーストリバーが流れている。大都会のニューヨークを背中で感じながら、川にむかって歩いていくとだんだんと空が広がっていく。
そして、自分の家が近づいてくると、うっすらと川の匂いがしてくる。幼少期に過ごした柴又の町と同じ香りだ。
この「緩やかな空気」に包まれながら家路につく時、何とも言えない安心感に包まれる。美代子さんの大きな笑顔と川の匂い。近くにそんな空気があるだけで、安心する。ラグジュアリーな高級アパートのドアマンたちのように最強に思えてくるから不思議だ。大都会の片隅の穏やかな空気の中で私のニューヨーク生活が始まっていった。
Written by 中島唱子(なかじま しょうこ) 1983年、TBS系テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』でデビュー。以後、独特なキャラクターでテレビ・映画・舞台で活躍する。1995年、ダイエットを通して自らの体と心を綴ったフォト&エッセイ集「脂肪」を新潮社から出版。異才・アラーキー(荒木経惟)とのセッションが話題となる。同年12月より、文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨークに留学。その後も日本とニューヨークを行き来しながら、TBS『ふぞろいの林檎たち・4』、テレビ東京『魚心あれば嫁心』、TBS『渡る世間は鬼ばかり』などに出演。
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