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【監督×俳優×映像翻訳者】『僕の一番好きだった人』の英語字幕はこうして生まれた

【監督×俳優×映像翻訳者】『僕の一番好きだった人』の英語字幕はこうして生まれた
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2022年5月、池袋シネマ・ロサで上村奈帆監督の『僕の一番好きだった人』(英題Once the One)が、英語字幕付きで上映された。英語字幕を手がけたのは、JVTA修了生の蔭山歩美さんとジョナサン・ホール講師。上映後のトークショーには上村監督と出演の平野鈴さんと共に翻訳者の蔭山さんも登壇した。日本の映画館で邦画が英語字幕付きで上映されることは極めて少ないが、イベント後「字幕についてもっと詳しい話を聴きたかった」という声がSNSなどで挙がったという。そこで今回はJVTAが上村さんと平野さん、蔭山さんに取材。監督と俳優、翻訳者の想いが融合して生まれた英語字幕の制作秘話を伺った。
 

加工舞台挨拶1
※トークショーの様子 左から平野鈴さん、蔭山歩美さん、上村奈帆監督
 

『僕の一番好きだった人』は、出逢ったばかりで強くひかれあう悠(平野鈴)と叶絵(長谷川葉生)の繊細な心の動きを追った物語。ある夜、悠は叶絵に誘われ彼女の自宅を訪れる。叶絵は“美しい”と感じた悠の姿を、絵に描き続けるのだった…。登場人物は2人だけ、冒頭約9分にはセリフがなく、全体的にセリフが少ない抒情的な作品となっている。この作品は、2021年8月にアメリカで開催されたロードアイランド国際映画祭に選出され、オンラインで世界に上映された。この時、自分の作品を初めて英語字幕付きで鑑賞した主演の平野さんは、そのクオリティに感動したと話す。平野さんは濱口竜介監督の『親密さ』に出演したほか、ニューヨークの映画学校でワークショップに参加した経験がある。
 


 

「英語と日本語は話すリズムも、言葉の並ぶ順番も違いますよね。そういった違いは思考や行動にも少なからず影響する気がしていて。表出しやすい感情、引っ張られる感情が違うという自覚もあります。演技でももちろんそうです。でもこの作品の英語字幕は、日本語でセリフとして言った詰まり方とか流れ方、勢い、タイミングがそのままだなと…。登場人物の空気の流れや温度感が翻訳の言葉選びに活かされていることに気づきました。自分が演じていた時の気持ちとものすごくフィットして伝わってきたんです。『蔭山さんと(ジョナサン・)ホールさん、最初から撮影現場にいましたっけ?』と思ったほどでした(笑)。」(平野さん)
 

平野鈴さん宣材写真
※平野鈴さん
 

蔭山さんがジョナサン講師と共に上村監督の字幕を手がけるのは『書くが、まま』に続いて2作目だ。前作は不器用な14歳の少女を主人公に教師との交流や心を揺さぶる音楽との出逢いを通して成長していくストーリー。『僕の一番好きだった人』とは対照的に登場人物もセリフも多く、さらに歌詞の翻訳などにも対応した。最終段階で上村監督と話し合いながら英語字幕をブラッシュアップした。今回もまず、蔭山さんとジョナサン講師が作成した字幕を上村監督が見て、ニュアンスを互いに確認しながら微調整したという。
 

「セリフには独り言と相手に届けたい言葉の両方、さらにその間のグレーなニュアンスもある。私はそんな想いで脚本を書いています。蔭山さん、ジョナサンさんにはそういう微妙なニュアンスを英語の字幕にも反映していただき感謝しています。」(上村監督)
 

上村奈帆監督宣材写真_2
※上村奈帆監督
 

この作品のセリフは短くぽつっぽつっとしたセリフが多く、それぞれに重みがある。日本語は主語がなくても成立するが、英語にすると説明口調になりがちだ。それを演技と併せて見るとどうしても違和感がある。蔭山さんは、字幕が映像の邪魔をしないように意識したという。
 

「2人がキスした時の『冷たい』という一言も、英語字幕の初稿では“You’ve got cold lips”としていました。ですがもう少し短くしたいという監督のご要望を受け、最終的に“Cold kiss…”になりました。また、悠が食卓で「おいしい」「おいしいよ」と続けるセリフについては、“It’s good”と“It really is”と訳して、同じ言い回しを使いつつも、悠が独り言で言った後に改めて叶絵に伝えているニュアンスを再現しました。」(蔭山さん)
 

Once_the_one_メイン
※『僕の一番好きだった人』より
 

英題Once the Oneもこだわりの賜物だ。the oneには「たったひとりの運命の人」の意味がある。the oneに何を組み合わせるかで、once以外にもいくつか候補が挙がった。また、悠は「僕」と「私」の両方を使うため、「僕」のニュアンスをどうするかも課題だったという。
 

「初稿ではShe Was the Oneで、ほかにもYou’re the One for Meや、Goodbye, My Dearest Girlなどがありましたが、“運命の人”を意味するthe Oneを使う路線で行くことになりました。監督と話し合いながらThe One/The One for Me/The One for Her/To Be the Oneなどを提案した後、ジョナサンが思いついたのがOnce the Oneでした。Onceには『かつて』という意味があり、『好きだった人』の過去形のニュアンスも表せます。皆で話し合ったからこそ生まれたタイトルでした。また、英題がネット検索で埋もれないという点も意識しました。」(蔭山さん)
 

「この英題は、音も韻を踏んでいて響きが良く、デザイン的にもシンメトリーっぽい感じが気に入っています。」(上村さん)
 

ちなみにこのタイトルには、悠のセリフ「大好きだよ」(英語字幕“You are the one…”)にも繋がっている。
 

Once_the_one_サブ1
※『僕の一番好きだった人』より
 

「自分の中では“好きです”という英語はI love youやI like youしかパッと思いつかないのですが、このセリフはそれではないと感じていたのです。この『大好きだよ』に関しては、様々な想いが混ざり合った末に出てきたもので。言葉にならない想いを袋につめてぎゅっと絞ったら、『大好き』に集約される…。“You are the one…”にはそんな深いニュアンスが見えた気がしました。」(平野さん)
 

上村監督が書いた脚本に平野さんと長谷川さんの演技が加わることで、字面の行間にある言葉にならない想いやニュアンスが映像上に現れる。三者のお話を聞いて、英語字幕にはそのイメージがしっかり盛り込まれているのだと感じた。例えば、悠が叶絵の絵具を借りて自らも描き始めるシーン。黄緑の絵具を手に取り、筆を使わずに指で紙に色をのせていく。黄緑を選んだ悠に「へえ」という叶絵のセリフは“Bold”となっているが、脚本の段階ではイメージが違っていたという。
 

once_the_one_サブ3
※『僕の一番好きだった人』より
 

「今改めて脚本を確認するとそのシーンの悠のト書きには『恐る恐る』とあります。でも映像の中の悠は慎重ながらも活き活きとしているんですね。それで『黄緑の絵の具を選ぶなんて大胆だな』というニュアンスを字幕に入れていただきました。これは平野さんの演技が加わって選ばれたワードだと気づきました」(上村監督)
 

そんな悠の様子を見て叶絵は「いいなあ (I envy you)」「君は天才なんだ(For you, it’s natural)」とつぶやく。
 

「初稿では『君は天才なんだ』を“You’re a natural.”としていましたが、監督から『眩しい』というニュアンスが欲しいと伺い、この路線での訳も検討しました。ですが話し合いの末、天賦の才という意味でのnaturalに戻し、『君にとってはそれが自然にできることなんだね』というニュアンスの訳に落ち着きました。悠と叶絵の深い心情を表す大事なシーンなので、監督と一緒に丁寧に微調整できてよかったです。」(蔭山さん)
 

Once_the_one_サブ2
※『僕の一番好きだった人』より
 

濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』が世界で高い評価を受けて話題になっているが、日本国内で英語字幕付きで観る機会はほとんどない。平野さんも自身の作品を英語字幕で観たのは初めてだったが、他の作品もぜひ英語字幕付きで観たいと話す。
 

「自分も翻訳者の方とこのようにお話したのは初めてですし、他の現場からもこういった話はあまり聞きません。今回こうやってお話ができて、英語字幕は作品を表す大きな要素の一つだと改めて感じました。日本語話者にとっても、日本語だけで観ているときには気づかなかったニュアンスに気付けたり、解釈を広げられるツールになったりするかもしれませんね。もっと多くの方にこの字幕を観てほしいと思います。」(平野さん)
 

「セリフに込めた想い、俳優の演技などを丁寧にくみ取って字幕にしてもらえるのは、作り手として本当に有難いです。今後、国内でも英語字幕付き上映の機会を増やしていけたら嬉しいですね。」(上村監督)
 

「字幕の仕上がりが悪いと作品を台無しにしかねないので、こうして監督と一緒に丁寧に仕上げられる環境は本当にありがたいです。今回は演者の平野さんともお話できて貴重な経験でした。翻訳者にとってご褒美のようなお話をありがとうございます。」(蔭山さん)
 

表_1_キネマ旬報

『僕の一番好きだった人』は今後7月31日(日)に千葉柏のキネマ旬報シアターで1日限定公開(上村さんと平野さんが登壇予定、英語字幕はなし)、また、夏以降、名古屋のシネマスコーレでも上映予定となっている。今後、国内でも英語字幕付きで観られる機会が増えることを期待したい。
 

◆上映の詳細はこちら
http://www.kinenote.com/main/kinejun_theater/home/
 

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