これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第128回 “The Studio”
“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第128回 “The Studio”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
予告編:予告編:『ザ・スタジオ』 本予告
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ハリウッドを笑い飛ばすゴージャスな爆笑コメディ!
本作は、怖いもの知らずのセス・ローゲンが、映画制作の舞台裏を暴きながらハリウッドを笑い飛ばす、映画好きには垂涎の一作。
“The Studio”はApple TV+オリジナル、豪華ゲスト満載、レトロ感漂うゴージャスな爆笑コメディなのだ!
マーティン・スコセッシを裏切った男!
—ハリウッド、ロサンゼルス
マット・レミック(セス・ローゲン)は、「映画の神殿」と呼ばれるコンチネンタル・スタジオの幹部。独身で勤続22年のワーカホリック、優柔不断でかなりウザい男だ。今やハリウッドでは少数派となったアートフォームとしての映画の信奉者でもある。
マットが待ち望んでいた昇格のチャンスが、突然降って湧いた。コンチネンタル・グループの新CEOグリフィン・ミル(ブライアン・クランストン)が、大コケ作品を連発するスタジオ代表のパティ・リー(キャサリン・オハラ)をクビにしたのだ。
グリフィンはマットを新たなスタジオ代表に選んだ。ただし条件が2つ。芸術系作品は扱わず、利益至上主義に徹すること。次作として、飲料メーカーのアニメキャラ「クールエイドマン」を主人公にした大作を作ること。つまり、“film”ではなく“movie”を作れということだ。マットは不本意ながら同意するしかなかった。
「クールエイドマン」の監督を求めて、マットは敬愛するマーティン・スコセッシ(本人)と会う。折しもこのレジェンド監督は、「ジョーンズタウンの集団自殺」をテーマとした脚本を書きあげていた。カルト教団の実話で、多くの信者が毒入りクールエイドを飲んで自殺した事件だ。
マットは舞い上がった。これを「クールエイドマン」として制作すれば、オスカーとブロックバスターを同時に狙えるではないか。マットはその場でスコセッシから脚本を買い取り、巨額の予算を約束してしまう。
グリフィンは激怒した。なぜ大手スポンサーの製品を辱める映画を作る? ビビったマットは、それはクールエイドを守るための戦略で、スコセッシの企画を事前に闇に葬ったのだと説明する。
グリフィンは一転してマットの先見の明を褒めたたえた。
シャーリーズ・セロン(本人)のパーティーで悪い知らせを聞いたスコセッシは、彼女の胸で泣いた。
間違いなくセス・ローゲンの代表作!
カナダ生まれのセス・ローゲンはスタンダップ・コメディアン出身。2000年代のコメディシーンを席巻したジャド・アパトーに見いだされ、『40歳の童貞男』(2005)、『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(2007、共同脚本)、『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』(2007、この邦題は何とかしてよ)などに出演した。クリエーター、製作総指揮、監督、脚本、主演の5役を務めた本作は、間違いなく彼の代表作となった。
マットの前任者パティ・リー役のキャサリン・オハラもカナダ出身のベテランアクターだ。大ヒットコメディ“Schitt’s Creek”のモイラ役で、2020年度のエミー賞、ゴールデングローブ賞、SAGアワード(全米映画俳優組合賞)で主演女優賞の3冠に輝いた。最近では、“The Last of Us”(本ブログ第101回参照 )のシーズン2で主人公ジョエルのセラピストを演じた。
制作部副社長でマットの親友サルを演じたアイク・バリンホルツは、2000年代にヒットしたカルト的スケッチコメディ“MADtv”で主演とライターを務めた。本作では、ゴールデングローブ賞授賞式で突如スポットを当てられバズってしまうシーンで笑いを独り占めする。
気性の激しいマーケッティング責任者マヤ役のキャスリン・ハーンは、MCU(“Marvel Cinematic Universe”)の“WondaVision”とそのスピンオフ“Agatha All Along”で、スーパー魔女アガサ・ハークネスを演じている。
新CEOのグリフィン・ミルを演じたブライアン・クランストンは、言わずと知れた“Breaking Bad”のウォルター・ホワイト。コメディ畑出身で、最後の2エピソードでは抱腹絶倒の演技を見せてくれる。
結局は映画愛を謳うドラマだった!
クリエーターはセス・ローゲンとエヴァン・ゴールドバーグ(他3人)で、このペアは全話の監督と一部脚本も担当している。“Invincible”(本ブログ第83回参照 )、“The Boys”(本ブログ第63回参照 )とそのスピンオフなど多くの映画・ドラマを手掛けてきた。
レトロ感が漂う画面に、ロングテイク(長回し)を多用した撮影が見事にマッチしている。うっとおしいマットがトラブルを解決しようと右往左往するたびに、ハリウッドの内情が面白おかしく暴露される仕掛けだ。
各エピソードにも趣向が凝らしてあり、冒険アクション、アート風LGBT作品、ノワール、ホラーコメディなどあらゆるジャンルの映画製作、さらにゴールデングローブ賞やCinemaConの様子も楽しめる。中でも、マットたちがロン・ハワードの新作の退屈な個所を何とかカットしようと奮闘する第3話、アイス・キューブを中心に多様性を満たすキャスティングを考え過ぎて迷宮にはまる第7話には爆笑させられる。
スコセッシに始まり、シャーリーズ・セロン、スティーヴ・ブシェミ、ロン・ハワード、アンソニー・マッキー、アイス・キューブ、オリビア・ワイルド、ザック・エフロン、ジョニー・ノックスヴィル、アダム・スコット、ゾーイ・クラヴィッツ、テッド・サランドス(Netflixの共同CEO)など、多彩なゲストを集めるセス・ローゲンの人脈に驚かされる。本人役で登場するこれらセレブたちは、豪華なだけでなくリアリティを高めている。
本作を’風刺コメディ’と形容するのは誤りだ。Netflixの会員数が世界で3億人を超え、AmazonがMGMを所有するいま、オールドファッションな映画スタジオは存続の危機にある。マット・レミックの言動は馬鹿げているが、そこにシニカルな響きはない。あるのは、誰よりも劇場で映画を観るのが好きな男の悲痛な叫びだ。
シーズン2の制作も決まった。“The Studio”は、ハリウッドを笑い飛ばしながらも実は映画愛を高らかに謳うドラマだった!
原題:The Studio
配信:Apple TV+
配信開始日:2025年3月26日~5月21日
話数:10(1話 23-44分)
<今月のおまけ> 「これもお勧め、アメリカン・ドラマ!」(4月~6月)
※本ブログで過去に紹介した作品の新シーズンは除きます。
●“Blue Bloods”(『ブルーブラッド ~NYPD家族の絆~』、Hulu Japan)
トム・セレック&ドニー・ウォルバーグ主演、“Hill Street Blues”、“NYPD Blue”と並ぶ警察ドラマの金字塔の堂々たるファイナルシーズン(S14)!
●“Mid-Century Modern”(『ミッドセンチュリーモダン』、Disney+)
マット・ボマー&ネイサン・レイン&ネイサン・リー・グレアム主演、ボマーのコメディセンスが光る、ゲイの親友3人が織りなすチャーミングなシットコム!
●“NCIS: Origins”(『NCIS:オリジンズ』、Paramount+)
“NCIS”フランチャイズのスピンオフ第6弾は、マーク・ハーモンが演じた特別捜査官リロイ・ジェスロ・ギブスの若き日々を描くオリジナルシリーズの前日譚!
●“Forever”(『君との永遠』、Netflix)
幼なじみだったティーンエイジャー2人が再会し、恋に落ち、すれ違いとケンカを通して愛を育んでいく、とびきりキュートでビターなラブストーリー!
●“Daredevil: Born Again”(『デアデビル:ボーン・アゲイン』、Disney+)
主人公は盲目の弁護士、MCU史上最もバイオレントで最も面白い、7年ぶりに復活したダーク・スーパーヒーロー・ドラマのシーズン4!
●“Motorheads”(『モーターヘッズ』、Amazon Prime Video)
これは今年のダークホース!田舎町を舞台に大人たちのノスタルジアとティーンエイジャーたちの恋、友情、ストリートカーレースを描く、車好きにはたまらないクールな青春ドラマ!
●“Number One on the Call Sheet”(『Number One on the Call Sheet』、Apple TV+)
ドウェイン・ジョンソン、W・スミス、W・ゴールドバーグ、H・ベリーなど、世界的な人気の黒人アクターのインタビューを通じて、ハリウッドに根強く残る人種の壁を映し出す渾身のドキュメンタリー!
●“Super/Man The Christopher Reeve Story”(『スーパーマン/クリストファー・リーヴの生涯』、U-NEXT)
1995年に落馬事故で四肢麻痺になり、その後に真のスーパーヒーローとなったC・リーヴとその家族を描く、DC/HBO/CNNコラボによる感動のドキュメンタリー!
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第127回 “ THE PITT”
“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第127回 “THE PITT”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
原題:The Pitt
配信:U-NEXT
配信開始日:2025年1月10日~4月11日
話数:15(1話 41-61分)
予告編:『ザ・ピット / ピッツバーグ救急医療室』 本予告
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“Noah Wyle is back on ER!”
Max(旧HBO Max)が制作しU-NEXTが配信する本作で、“ER”のノア・ワイリーが16年ぶりにERドクターとしてカムバックした。
“The Pitt”は現時点で本年度のベストドラマ、「ピッツバーグ救急医療室」の終わりなき戦いを圧倒的な臨場感で活写する、迫真のメディカルドラマなのだ!
※本稿ではドラマ名を“ER”、「救急医療室」をERと表記した。
“The hospital saves money keeping patients down here in the Pitt”
—ペンシルベニア州ピッツバーグ、7:00AM~10:00PM
マイケル・“ロビー”・ロビナヴィッチ(ノア・ワイリー)は、ピッツバーグ救急医療室(“Pittsburgh Trauma Medical Center -Emergency Department”)の責任者兼指導医(“chief attending”)だ。
ここには有能なスタッフが揃っているが、患者満足度は経営目標の36%に対してわずか8%。看護師とベッド不足で、患者が8時間(長いときは12時間!)も待合室に閉じ込められるからだ。
利益優先の経営陣に対して、ロビーにできることはほとんどない。若い医師のスキルを高め、新米を一刻も早く一人前に育て、チームとしてまとめ上げる。そして一人でも多くの患者を救うしかない。
ヘザー・コリンズ(トレイシー・イフェアチョア)とフランク・ラングドン(パトリック・ボール)は、ロビーが信頼する後期専攻医(“senior resident”)だ。コリンズは妊娠を隠して勤務している。
デイナ・エヴァンス(キャサリン・ラ・ナサ)はこの道ひと筋32年の主任看護師(“charge nurse”)。彼女なしでは秩序が保てず、ロビーは仕事ができない。
キャシー・マッケイ(フィオナ・ドゥーリフ)は、11歳の息子を持つ元アルコール依存症の研修医(“resident”)。同じ研修医のモハンは共感力が高すぎてわずかな患者しか捌けず、専攻医のキングは自閉症気味で人間関係に苦しみ、初年度研修医(“intern”)のサントス(イサ・ブリオネス)は自信過剰で利己的だ。
実習生(“MS: medical student”)の2人、農家の末っ子ウィテカーは優しい性格だが自信に欠け、才媛のジャバディは高名な外科医の母親からのプレッシャーに悩む。
キング、サントス、ウィテカー、ジャバディはこのERでの初日を迎える。
今日はロビーの恩師で前任者だったアダムソン医師の命日だ。アダムソンは新型コロナ(“COVID-19”)で命を落とした。
いつものように待合室は不満だらけの患者であふれ、さらに重傷者が次々と到着する。
ロビーにとって、とりわけ辛くて長い1日が始まった—
“Noah Wyle shines on ER again!”
ノア・ワイリーは国民的ヒットドラマ“ER”(1994-2009)で演じた若き医師ジョン・カーター役で大ブレーク、同役でゴールデングローブ賞に3回、エミー賞に5回ノミネートされた。Sci-Fiアクション“Falling Skies”、ファンタジー・アクション“The Librarians”もクリーンヒット。
製作総指揮と共同脚本も務めるワイリーは、タフでシニカル、飛び抜けて有能なロビーをジョン・カーターの二番煎じにせず、巧みに演じ分けた。本役で念願のエミー賞に輝くのではないか。
主任看護師デイナ役のキャサリン・ラ・ナサは、渋いウェスタン・クライムドラマ“Longmire”で演じた主人公の恋人リジー役が懐かしい。最近では、マーベルの“Daredevil: Born Again”で見かけた。タフで優しく地味な美人のデイナは、ドラマに温かみと安定感を与えている。
マッケイを演じたフィオナ・ドゥーリフは、映画『チャッキー・シリーズ』および“Chucky”(本ブログ第118回参照 )のニカ役が怖かった。苦労人の研修医役にぴったりだ。
インターンのサントスを演じたイサ・ブリオネスは、“Star Trek: Picard”でアンドロイドを含む4役をこなした。歌手でミュージカル・アクターでもあり、野心家のサントスを憎々しく演じている。
コリンズ医師役のトレイシー・イフェアチョア、ラングドン医師役のパトリック・ボール、さらに研修医・実習生を演じるアクターたちは、知名度こそ低いが演技に説得力がある。アメリカン・ドラマの奥深さを支えるのは、アクターたちの裾野の広さ、層の厚さなのだ。
“ER” + “24” = “The Best Medical Drama on TV ever!”
ショーランナー(兼共同脚本)のR・スコット・ゲミルは、”JAG”(NCISのスピンオフ元)、“ER”、“NCIS: Los Angeles”、“The Unit”などを手掛けた掛け値なしのヒットメーカーだ。
ゲミルが舞台に選んだピッツバーグは、「鉄鋼業が衰退した過去の都市」というイメージが強い。だが現在は全米でも有数のテック企業が集まっており、医療分野でもトップクラスだ。
(タイトルの“The Pitt”は、ピッツバーグと、ERを表すスラング“the pit”に掛けている。)
本作は15時間1シフトを1話1時間(全15話)でリアルタイムに描く。この“24”スタイルが極めて効果的で、ERが持つカオス感、スピード感、緊張感と絶妙にマッチし、圧倒的な臨場感を生み出した。
キャラクターたちの病院外での私生活は一切描かれない。ロマンスはもちろん、最近のドラマにありがちな過剰に感傷的な家族愛もない。視聴者は登場人物同士またはスマホでのさりげない会話から、彼らの人生を垣間見る。思い切ってぜい肉をそぎ落としたこの潔さは小気味いい。医療ドラマ史上最大のヒット作となったソープオペラ“Grey’s Anatomy”とは対極の作風だ。
医師たちは治療を通して患者の人生に触れ、無意識に自分の人生に投影する。共感なしでは成長できないが、適度な距離感を保たないと疲弊して精神が崩壊してしまう。
また医者、看護師、患者、患者の家族の葛藤を通して、病院経営者の人命軽視、貧困格差、依存症、フェンタニルの恐怖、患者の暴力、介護の限界、DV、未成年の妊娠といったアメリカ医療業界の闇が抉り出される。
冷徹な視点とリアリティ重視のストーリーには微塵の妥協もなく、視聴者に衝撃を与え、考えさせ、見え隠れする希望を与える。中でも、銃乱射事件によって112人の犠牲者が搬送される3話連続エピソードは必見で、鳥肌が立つ面白さだ。
クリフハンガーを使わず、余韻を残す穏やかなシーズンフィナーレも心に残る。
あくまでシーズン1だけの評価だが、完成度の高さは群を抜いていて、レベル的にはこのジャンルの頂点に達したドラマといえるだろう。
シーズン2の制作も決まった。“The Pitt”は、ERの医師と看護師たちの終わりなき戦いを活写する迫真のメディカルドラマなのだ!
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
Tipping Point Returns Vol.31 「一読一聴(いちどくいっちょう)」は正しいか?
マスメディアから情報を得ようとする場合、読者や視聴者は一度しか読まないし一度しか聴かない――。多少の例外こそあれ、そう考えて言葉を紡ぐのがプロの心得だと伝えてきた。私の授業を受けて、私の顔や名前は思い出せなくても「一読一聴」というフレーズは頭に残っているという人もいるだろう。
日本映像翻訳アカデミーを設立する以前、東京・渋谷にあった編集者やライターの養成校で指導を始めた時からだから、もう30年以上になる。時代は移ろってもこの持論が揺らぐことはなく、「ことばのプロ」を目指す人は強く心得るべしと訴え続けてきた。
今にして思えば、冗談のような話がある。最近の授業では「一読一聴」と説いた瞬間に(なるほどね)、(そういうことか)と受講生の皆さんが納得しているのがわかる。そういう空気だから、すぐに指導を次のステップに進めることができる。ところが、2000年の前半くらいまでは、そうではなかった。「一読一聴」の重要性は、多くの受講生に対して一読一聴では伝わらなかったのだ。
スキルやコツを指導する前に、受講生が自分なりに書いた原稿を「第一稿」と呼んでいる。第一稿から一読に難がある部分を例に挙げて「一読一聴」の有効性を説くのだが、少なからずの受講生が(何それ)、(子供が読む文章じゃあるまいし)などと拒絶反応を示した。拒絶こそせずとも(そうなんだ!)、(知らなかった!)と驚く人がほとんどだった。
「一回だけ読めば言いたいことがすーっと伝わる文章を書くのが正しい行為」ということが、当時の日本社会の常識ではなかったのである。私からそう指摘されて「国語の授業ではそんなふうに教わらなかったのに」と、へそを曲げる受講生がいたほどだ。
しかし、当時もプロの書き手や編集者の世界では、「一読一聴」は口に出すまでもない常識であり、不文律であった。日本人の多くは、自らが読み手のときにはそれを求めるのに、書き手になるとその考え方を否定していた。つまり、読み手と書き手、二つの異なる‛人格’を持ち合わせていたのだ。
今、そんな社会的な矛盾のすべてが解消されたわけではないが、「読み手が負担なく理解できるよう書いたり話したりするのが当たり前」という考え方が広く浸透しつつある。さきほど紹介した「一読一聴」を示された際の受講生の皆さんの反応の変化も、その証拠の一つだろう。学校教育の現場でも「文章というのは読み手が努力して読み解くべきもので、解釈できなかったり誤解したりするのは、読み込みが足りない」などという読解力重視の指導は過去のものになりつつあるという。
表題の「『一読一聴』は正しいか?」という問いに答えるならばこうだ。
正しい。正しいどころかマスメディア上での表現か否かを問わず、あらゆるコミュニケーションの場の常識となりつつある。だからことばのプロは、一心不乱に「一読一聴」の技能を追究し続けなければならないのだ。
昨今、このテーマについて語る、言語研究者や教育者、コミュニケーションの指導者らも増えている。その際は「読み手責任」と「書き手責任」という概念が用いられることが多い。
欧米では古くから書き手の責任、つまり「文章は伝わってなんぼ」という考え方が重んじられてきたのに対し、日本ではなぜか読み手に責任があることを前提とする「読解力育成教育」がなされてきた。だらだらと長いセンテンス、無駄で難解な修辞法、(行間は自分で想像せよ)と上から目線で文脈(コンテキスト)の解釈を押しつける不寛容さ、木を見て森を見ずの構成崩壊文(パラグラフの軽視)……。そんな文章が国語の教科書にまで採用され、理解できないのは読解力が未達のせいだとしてきた。そうした教育を受けていれば、書く文章は自然に読み手責任を前提としたものになる。
しかし、ようやく「読み手責任」VS「書き手責任」の議論に決着がついたようだ。今は読み手に責任を委ねるようでは「ことばのプロ」とは言えない。また、書き手責任を強く意識することで、AIと自身の執筆力の差別化が叶う。「どっちが読者をおもんばかり、寄り添った文章を書けるか。書いた文章に責任を持ち続けられるか。勝負しようぜ!」と。
ことばのプロを目指してる人も、プロとして活動している人も、今一度このことについて考えてみよう。そして、学び取った「一読一聴」の技法を矜持としてほしい。
(了)
今回のコラムで思ったことや感想があれば、ぜひ気軽に教えてください。
☞niiraアットマークjvtacademy.com ※アットマークを@に置き換えてください。 ☞JVTAのslackアカウントを持っている方はチャンネルへの書き込みやniira宛てのDMでもOKです。
————————————————– Tipping Point Returns by 新楽直樹(JVTAグループ代表) 学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。 ————————————————–
Tipping Point Returnsのバックナンバーはコチラhttps://www.jvta.net/blog/tipping-point/returns/ 2002-2012年「Tipping Point」のバックナンバーの一部はコチラで読めます↓https://www.jvtacademy.com/blog/tippingpoint/
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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第126回 “HIGH POTENTIAL”
“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第126回 “HIGH POTENTIAL”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
予告編:『ハイ・ポテンシャル』 本予告
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美魔女の天才シングルマザー降臨!!!
本作は、Disney傘下の民放大手ABCが制作しDisney+が配信する、フランスの大ヒットドラマのリメーク。
“High Potential”は美魔女の天才シングルマザーがスカッと謎を解く、痛快なハイパー・ミステリーコメディなのだ!
“I have an IQ of 160 with high potential intellectual”
—ロサンゼルス、ダウンタウン
モルガン・ギロリー(ケイトリン・オルソン)はバツ2のシングルマザー。反抗期のエバ、10歳のエリオット、赤ん坊のクロエと毎日格闘している。モルガンの仕事は、LAPD(ロサンゼルス市警)の夜間清掃員(“cleaning lady”)だ。
モルガンはいつものようにイヤホンから流れる音楽に合わせて、踊りながら仕事をしている。すると、お尻をデスクに当てて、捜査資料を床にばら撒いてしまった。死体の写真が目に入る。モルガンがいるのは、重大犯罪課(“Major Crimes Division”)のオフィスだった。
興味を引かれたモルガンは資料にざっと目を通すと、今度は捜査ボードを見やる。被害者の妻の写真が貼ってあり、“SUSPECT”(容疑者)と書かれている。モルガンは赤いマーカーを取ると、その文字を二重線で消して“VICTIM”(被害者)と書き込んだ。
翌朝、担当刑事のアダム・カラデック(ダニエル・サンジャタ)は、捜査ボードの書き込みを見て激怒した。オフィスの監視カメラからいたずらの犯人を割り出す。モルガンは捜査妨害の容疑で拘束された。
アダムと上司のセレナ・ソート(ジュディ・レイエス)がモルガンを詰問する。すると彼女は、被害者の妻は犯人ではなく第2の被害者で、殺されたか誘拐されていることをスラスラと証明してみせた。
アダムとセレナは顔を見合わせる。
実はモルガンはIQ160、HPI(“High Potential Intellectual”)と呼ばれるギフテッドで、高度な認知能力、知的創造力、映像記憶を持っている。だが会話が苦手なうえに、小さな問題であっても解決するまで自分を制御できなくなる。だから仕事も人間関係も長続きしない。
その事件は行き詰まり、セレナは突破口を求めてモルガンをコンサルタントとして起用する。彼女とペアを組まされたアダムはまたまた激怒するが、上司の命令は絶対だ。
こうして、ド素人の天才シングルマザーと有能だが堅物のベテラン刑事の凸凹コンビが誕生した!
“You see a cleaning lady, I see more” (Selena Soto)
モルガン役のケイトリン・オルソンは、FXの破壊的シットコム“It’s Always Sunny in Philadelphia”で、イケてるバーテンダーのディーを全16シーズン演じている(継続中)。オルソンは、明るくて傍若無人、派手な衣装でいつもミニスカートの天才美魔女役にピタリとハマった。
アダム・カラデック役のダニエル・サンジャタは、消防隊ドラマ“Rescue Me”でレギュラーを全7シーズン務め、また渾身の実話ミニシリーズ“The Bronx is Burning”ではヤンキースのスラッガー、レジー・ジャクソンを演じた。
サンジャタとオルソンとの間にはケミストリーが働き、観ていて楽しい。
重大犯罪課を率いるセレナ・ソート役のジュディ・レイエスは、メガヒット医療コメディ“Scrubs”で看護師長カーラを8シーズン演じた。本役は久しぶりの準主役級で、オルソンの才能を見抜くタフな上司を好演する。
また、バイカー・ギャングドラマ“Mayans M.C.”(本ブログ第61回参照 )で主演したJ・D・パルドが、モルガンのボーイフレンドとなるLAPDの用務員トム役でいい味を出している。
「エンタメの達人」の会心作!
クリエーター(兼共同脚本)のドリュー・ゴダードは、メガヒットした“Buffy the Vampire Slayer”の脚本でキャリアをスタート。その後もJ・ガーナーをスターにした”Alias”、社会現象化した“Lost”、マーベル・ドラマの最高作“Daredevil”、ユニークな哲学コメディ“The Good Place”(本ブログ第44回参照)などを手がけた。また、マット・デイモン主演のSci-Fi映画『オデッセイ』(2015)の脚色でアカデミー賞にノミネート、『マトリックス・シリーズ』の次作では監督・脚本を務める。本作は、そんな「エンタメの鉄人」の最新作だ。
「主人公が警察/FBIを助ける天才」という設定のドラマは意外と多い。ユニークなキャラの天才たちが、オールドファッションの刑事や傲慢な連邦捜査官をやり込める爽快感は格別だ。“Psych”、“The Mentalist”、“White Collar”、“Numbers”、“Elsbeth”(本ブログ第44回参照 )などが成功例だが、ハードルは結構高い。視聴者が主人公の天才ぶりにすぐに慣れてしまうので、何らかの差別化が必須となる。
本作を差別化するキーは、チャーミングなモルガンのキャラだ。彼女はその魅力を振りまいて視聴者を混乱させ、マシンガントークで直感的な推理や飛躍した論理を強引に納得させる。展開がスピーディなので、筆者のような凡人はこの技巧に翻弄され、多少論理が破綻していても気が付かないか、忘れてしまう。
モルガンとアダムとの微妙な関係も見どころのひとつ。直感型のアマチュア探偵と強面のベテラン刑事は、反発し合いながらも互いの欠点を補い、信頼関係を築き、成長し、最強のペアとなる。さらに、用務員トムが参戦して形成される三角関係も微笑ましい。
民放のプライムタイム(東部標準時で通常8:00PM~11:00PM)の番組らしく、1話完結で全13話。バックストーリーとして、モルガンの最初の夫ローマンが失踪した経緯が徐々に明かされる。
各エピソードには映画名をもじったタイトルが付き、終盤には気の利いたツイストが用意されている。シーズンフィナーレでは、ゲーム狂の犯人vs.モルガンの超絶な頭脳戦が展開する。
シーズン2の制作も決まった。“High Potential”は美魔女の天才シングルマザーがスカッと謎を解く、痛快なハイパー・ミステリーコメディなのだ!
原題:High Potential
配信:Disney+
配信開始日:2025年1月23日~4月10日
話数:13(1話 42-46分)
<今月のおまけ> 「これは必携、アメリカン・ドラマを楽しむためのお役立ち本!」④
●『地図で見る アメリカハンドブック<第3版>』
(C・モンテス&P・ネデレク著、原書房、2024)
地理学・都市学の専門家2人が、現代のアメリカ社会を図表中心のエビデンスベースで俯瞰する、信頼できる参考書!
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第125回 “ANNE RICE’S INTERVIEW WITH THE VAMPIRE”
“Viewer Discretion Advised!” これがイチ押し、アメリカン・ドラマ Written by Shuichiro Dobashi 第125回 “ANNE RICE’S INTERVIEW WITH THE VAMPIRE”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
予告編:『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』 本予告VIDEO
映画版を凌ぐ、スタイリッシュなモダン・ゴシックホラー!!! 日本での配信まで2年間待たされたが、その価値は十分にあった。 “The Walking Dead”(本ブログ第10回参照 )のAMCが制作、U-NEXTが配信する本作は、トム・クルーズ&ブラッド・ピット共演の映画版(1994)を遥かに凌ぐ面白さ。
“Interview with the Vampire”は、不死の者たちの孤独、苦悩、愛憎を描く究極のメロドラマ。幻想と官能、そして恐怖に彩られたスタイリッシュなモダン・ゴシックホラーなのだ!
“How long have you been dead?” ―2022年6月14日、ドバイにあるタワーマンションの最上階 ダニエル・モロイ(エリック・ボゴシアン)は、ルイ・ド・ポワントデュラック(ジェイコブ・アンダーソン)と半世紀ぶりに対面した。ルイの外観は、彼が33歳当時のままだ。パーキンソン病で余命いくばくもないモロイは、ジャーナリストとして最後の仕事、中断していた145歳のヴァンパイアへのインタビューを再開した。
―1910年、ルイジアナ州ニューオーリンズ ルイは父親がフランス系白人、母親が黒人のクレオールだ。父親は5年前に家族4人を残して先立った。長男のルイは母親、妹、精神が不安定な弟の面倒を見ながら、風俗街で複数の売春宿を経営する。 クレオールは黒人の特権階級だが、ジム・クロウ法(黒人分離の州法)の制定で差別が激化している。
ある晩、ルイは友人の売春婦リリーに会うために、馴染みの娼館を訪ねた。だが彼女には、古風な服装の裕福なフランス人の先客がいた。レスタト・ド・リオンクールと名乗るその男(サム・リード)に見つめられて、ルイは動けなくなった。
その頃、川岸の貧しい地域で、血が一滴もない死体が次々と発見されていた。
レスタトと親しくなったルイは、彼の豪邸に招かれた。そこには既にリリーがいる。だがレスタトの目的はリリーではなく、ルイだった。
レスタトには人の心を読んで操る特殊な能力があった。強靭で、時間を止め、瞬間移動も行う。人間を食料として狩ることも、仲間にすることもできる。 レスタトは、150歳を超える最強のヴァンパイアだった。
妹の結婚式の翌朝、弟がルイの目前で飛び降り自殺をした。 母親はルイを責めた。
川岸で、血が一滴もないリリーの死体が見つかった。
弟が埋葬された日の夜、傷心のルイはレスタトと会い、ヴァンパイアとなった。 生まれて初めて、彼の心は自由になった。
トム・クルーズもブラッド・ピットも要らない! ルイを演じたジェイコブ・アンダーソンは英国出身、“Game of Thrones”の司令官グレイ・ワーム役で日本でも知られている。本作では、殺しの快楽と良心の呵責の狭間で葛藤する繊細なヴァンパイアをチャーミングに演じる。
レスタト役のサム・リードはオーストラリア出身、高い演技力と存在感に驚かされる。リードは「魅力的な殺人者、師匠で恋人でもある両刀使いの創造主」を、強烈なカリスマを持って体現した。
アンダーソンとリードの間で生じる強力なケミストリーは、嵐のようなラブストーリーを生み出した。
ダニエル・モロイを演じたエリック・ボゴシアンは、“Law and Order: Criminal Intent”、“Billions”、“Succession”(『メディア王 ~華麗なる一族~』)などで見慣れた渋いベテランアクター。本作では、ルイの数奇な運命に魅了されながら、自らの恐怖の記憶を探るジャーナリストを演じる。
ルイ&レスタトの娘となるクローディアを演じたベイリー・バスは、『アバター・シリーズ』のレヤ役が代表作。本役は初の準主役級だ。(シーズン2からディレイニー・ヘイルズが代役。)
本作にはトム・クルーズもブラッド・ピットも不要だ。ビッグネーム不在のおかげで、役者を意識せずドラマそのものに没頭できる。知名度では劣るが実力あるアクターたちが、映画版にないリアリティを実現した。
強烈な中毒性を放つ、耽美で歪んだ愛憎劇! 原作はアン・ライスの同名小説(邦題は『夜明けのヴァンパイア』)で、「ヴァンパイア・クロニクルズ・シリーズ」の第1作にあたる。
ショーランナー(兼共同脚本)のロリン・ジョーンズは、“Friday Night Lights”、“Weeds”、“Perry Mason”(2020)など質の高い娯楽作を手掛けてきた。本作では、1900年代初頭のニューオーリンズの陰鬱な空気と、フランス文化の影響が色濃く残るクレオールの世界を見事に再現した。また、ダニエル・モロイのキャラクターに厚みとバックグラウンドを与えて深化させている。
観始めた瞬間、ゴシックホラーの世界観、幻想美、官能美に引き込まれる。鮮やかな語り口で描かれる吸血鬼たちの耽美で歪んだ愛憎劇は、磁力のような中毒性を放つ。
ゲイであることをひた隠し、白人にへりくだる自分を嫌悪していたルイは、ヴァンパイアになる道を選ぶ。それは、完全な自由と引き換えに絶望的な孤独に耐え、圧倒的なパワーを得る代わりに想像を絶する虚無感に苛まれながら、永遠に生き続けることを意味する。ルイにとってこのインタビューは、自分が存在してきたことの証だ。
抑制されたトーンで始まるシーズン1は、怒涛のエンディングで驚愕の惨劇とツイストを畳みかける。計算し尽くされバランスの取れた完璧な仕上がりだ。 シーズン2は、第二次世界大戦直後のパリへ舞台を移す。薄気味悪い「ヴァンパイア劇場」では陰謀と策略が渦巻き、濃密なラブストーリーが展開する。
映画版を観ていなくても問題はない。しかし両方を見比べれば、ドラマ版の大胆で緻密な脚本、丁寧な作り込み、ストーリーの奥深さに驚くはずだ。 “Interview with the Vampire”は、幻想と官能、そして恐怖に彩られたスタイリッシュなモダン・ゴシックホラーなのだ!
制作が決定したシーズン3は、シリーズ第2作の『ヴァンパイア・レスタト』が原作となるようだ。
原題:Anne Rice’s Interview with the Vampire 配信:U-NEXT 配信開始日:2024年12月20日(S1&S2) 話数:15(1話 41-66分)
<今月のおまけ> 「これもお勧め、アメリカン・ドラマ!」(1月~3月) ※本ブログで過去に紹介した作品の新シーズンは除きます。
●“The Outsider”(『アウトサイダー』、U-NEXT) S・キング原作、相反する完璧な有罪証拠と無罪証拠が共存する特異な少年殺人事件をめぐる、スリリングなミステリー・ホラー!
●“American Primeval”(『アメリカ、夜明けの刻』、Netflix) 西部開拓時代の無法地帯を舞台に、お尋ね者の子連れシングルマザーと先住民に育てられた白人ガイドとの絆を描く硬派ドラマ!
●“Creature Commandos”(『クリーチャー・コマンドーズ』、U-NEXT) 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を生んだジェームズ・ガンが贈る、DCコミックスの非人間モンスター軍団が世界を救う大人向けアニメ!
●“Lego Star Wars: Rebuild the Galaxy”(『LEGO スター・ウォーズ/リビルド・ザ・ギャラクシー』、Disney+) ルーク、ハン・ソロ、レイアなどオリジナルメンバーも多数集結、“Skeleton Crew”よりずっと楽しめるクリエイティブで底抜けに愉快なシリーズ最高作!
●“Reacher”(『リーチャー ~正義のアウトロー~』、Amazon Prime) リー・チャイルド原作、トム・クルーズの映画版より100倍面白い、剛腕ジャック・リーチャー・シリーズの絶好調な第3シーズン!
●“Paradise”(『パラダイス』、Disney+) “This Is Us”(本ブログ第36回参照 )のダン・フォーゲルマン(クリエーター)とスターリング・K・ブラウン(主演)が再タッグを組んだ、緊迫の近未来政治スリラー!
●“Running Point”(『ランニング・ポイント』、Netflix) ケイト・ハドソン主演、プロバスケットチームの強豪LAウェーブスを引き継いだ元パーティーガールのキャリアウーマンの葛藤を描くスポーツコメディ!
●“Landman”(『ランドマン』、Paramount+) 気鋭のクリエーター、テイラー・シェリダンと曲者アクター、ビリー・ボブ・ソーントンによる、テキサス州のオイル&ガス事業のダイナミズムと醜悪さを活写する硬派の人間ドラマ!
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第124回 “MAYOR OF KINGSTOWN”
“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第124回 “MAYOR OF KINGSTOWN”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
予告編:『メイヤー・オブ・キングスタウン』 本予告
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T・シェリダンとJ・レナーがタッグを組むダーティーヒーロー・クライムドラマ!
硬派な西部ドラマ、犯罪ドラマを作らせたら他の追随を許さないクリエーター&ライターのテイラー・シェリダン。彼が’ホークアイ’ことジェレミー・レナーとタッグを組んだのが本作だ。
“Mayor of Kingstown”はParamount+オリジナル。閉鎖的な「刑務所の町」を圧倒的なリアリティで活写する、迫真のダーティーヒーロー・クライムドラマなのだ!
“When I say I do a thing, that thing gets fuxxxn’ done”(Mike McLusky)
―ミシガン州キングスタウン
ここは人口4万人、「刑務所ビジネス」で成り立つ小さな町だ。わずか半径16キロ内に7つの刑務所を有し、2万人の囚人が希望も未来もない生活を送っている。
マイク(ジェレミー・レナー)はアイルランド系のマクラスキー家の次男だ。生来の頭脳と胆力に加えて、服役経験があるので町のギャングたちとも親交が深い。独身のマイクは山奥の質素なキャビンで一人暮らしをしている。
母親のマリアム(ダイアン・ウィースト)は、女囚房で歴史のクラスを受け持つ大学教授。優しい性格の弟カイル(テイラー・ハンドリー)、幼馴染のイアン(ヒュー・ディロン)はともに市警の刑事だ。
兄のミッチ(“Friday Night Lights”のカイル・チャンドラー)は「市長」と呼ばれる影の権力者。相談料を取って住民のトラブルを解決する。マイクはミッチの右腕で、汚い仕事を引き受けるフィクサーだ。
キングスタウンは囚人、看守、警官、さらに白人至上主義者、黒人ギャング、メキシコ系ギャング、ロシアン・マフィアが微妙な力関係にある。ミッチとマイクの仕事はこれらのパワーバランスを保ち、住民の安全を保障することだ。そのためには、囚人やギャングに便宜を図ることもある。
ある日、2人はヴェラ・サンターの訪問を受ける。ヴェラは服役中のロシアン・マフィアの幹部マイロ・サンター(エイダン・ギレン)の妻だ。マイロからの依頼で、山中に隠してある現金20万ドルを掘り出して欲しいという。報酬は1万ドル。
2人は無事に金を手に入れ、ミッチが事務所に運び込んだ。
その夜、ヴェラの自宅にストーカーが侵入し彼女を殺害した。しかも男は事務所を襲ってミッチを射殺し、20万ドルを強奪した。
マイクはミッチに代わる新たな「市長」となった。
マイロ・サンターはマイクへの強い影響力が欲しかった。マイロはマイクへハニートラップを仕掛けるために、NYから腹心のエスコート嬢アイリス(エマ・レアード)を呼んだ。
熱くてクールなJ・レナー、妖艶で透明感を醸すE・レアード!
マイクを演じたジェレミー・レナーは、『ハート・ロッカー』(2008)と『ザ・タウン』(2010)で2度オスカー候補となった。ホークアイを演じた『アベンジャーズ・シリーズ』、『ミッション:インポッシブル・シリーズ』など、エンタメ系作品でも活躍する。本作では、町のために自らがモンスターになっていくカリスマ的フィクサーを熱くクールに演じる。
マリアム役のダイアン・ウィーストは、『ハンナとその姉妹』(1986)『ブロードウェイと銃弾』(1994)と2本のウディ・アレン作品でアカデミー助演女優賞を受賞している。本作ではタフで厳格だが息子たちを憂える母親を演じ、ドラマの質感を劇的に高めている。
マイロ・サンターを演じたエイダン・ギレンはアイルランド出身、”Game of Thrones”のファンなら狡知に長けた’リトルフィンガー’役を忘れることはないだろう。本作では冷徹で狡猾なロシアン・マフィアに見事にフィットした。
ベテラン刑事のイアンを演じたヒュー・ディロンはカナダ出身のロックシンガー、本作の共同クリエーター(兼共同脚本)でもある。テイラー・シェリダン作品の“Yellowstone”では保安官役でレギュラーを務める。
本作のハイライトは、高級エスコートから最下層売春婦に堕ちていくアイリスを演じたエマ・レアードだ。テレビドラマ初出演ながら、透明感のある妖艶な演技で魅了する。アイリスがマイクに「一度も本当のデートをしたことがない」と告白するシーンは忘れがたい。
マイクの脆弱な弟カイル役のテイラー・ハンドリー、黒人ギャングのリーダーでマイクの元服役仲間バニーを演じたトビー・バムテファは、いずれも初の準主役級で、巧みにストーリーに溶け込んでいる。
シェリダン節が唸る「敗者のゲーム」!!!
共同クリエーター(兼共同監督兼共同脚本)のテイラー・シェリダンは、『ボーダーライン』(2015)『最後の追跡』(2016)などの脚本で注目された(後者でアカデミー賞ノミネート)。その後ケビン・コスナー主演の西部ドラマ“Yellowstone”、シルベスター・スタローン主演のギャングドラマ“Tulsa King”が大ヒット。さらに“Lawmen: Bass Reeves”、“Special Ops: Lioness”、“Landman”と、今や飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
シェリダン作品最大の魅力は独特のリアリティにある。会話が生きている、キャラクターが生きている、BGMが生きている。だからストーリーが躍動する。本作はこの’シェリダン節’に乗って、ギャングドラマ、刑務所ドラマ、刑事ドラマ、ハードボイルド・ドラマと、あらゆるクライムドラマの面白さが堪能できる。
マイクが挑むのは、勝者のいない「敗者のゲーム」だ。「秩序ある無法地帯」を築くため、彼は法を破り悪魔とも手を組む。だが人種間、ギャング間の対立はより複雑化し、報復の連鎖となって跳ね返ってくる。もはや善悪の境界線は消え去り、従来の倫理と価値観は通用しない。孤立したマイクは疲弊し、誤りを犯す。
ストーリーはマイクと悪党たちとのタフな交渉、宿敵マイロとの対決、アイリスとのヴィヴィッドな関係を縦糸に、ギャング間の抗争、刑務所内の囚人と看守の対立を横糸に展開する。全30話は緊迫感・疾走感が半端なく、一気呵成に畳みかけてくる。
キングスタウンのような「刑務所タウン」はアメリカにいくつも実在する。“Mayor of Kingstown”は、そんな閉鎖的な町を圧倒的なリアリティで活写する、迫真のダーティーヒーロー・クライムドラマなのだ!
※ジェレミー・レナーは2年前に除雪車に轢かれてマジで死にかけたが、本作のシーズン3で奇跡的な復活を遂げた。気になるシーズン4は本年後半の配信が期待される。
原題:Mayor of Kingstown
配信:Paramount+(Amazon Prime、WOWOWオンデマンド、J:COM STREAM経由)
配信開始日:2023年12月1日(S1)、2024年2月9日(S2)、2024年8月2日(S3)
話数:30(1話 35-65分)
<今月のおまけ> 「これは必携、アメリカン・ドラマを楽しむためのお役立ち本!」③
●『警察・スパイ組織 解剖図鑑』
(加賀山卓朗・♪akira著、エクスナレッジ、2024)
タイトルのとおり、映画・ドラマ・小説に頻出する世界の警察・法執行機関・諜報機関を英米中心に網羅した画期的な一冊。イラスト付きの映画・ドラマ・小説の紹介コラムも気が利いている。
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第123回 “A MAN ON THE INSIDE”(『グランパは新米スパイ』)
“Viewer Discretion Advised!”
これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第123回 “A MAN ON THE INSIDE”(『グランパは新米スパイ』)
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
予告編:予告編:『グランパは新米スパイ』 本予告
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ハートウォーミングな謎解きコメディwithテッド・ダンソン!
嬉しいことに、奇想天外コメディ“The Good Place”(本ブログ第44回参照 )のマイケル・シュア(ショーランナー)とテッド・ダンソン(主演)が、再びタッグを組んだ。
“A Man on the Inside”はNetflixオリジナル。老人ホームを舞台に77歳のテッド・ダンソンの魅力が爆発する、ハートウォーミングな謎解きコメディなのだ!
老人ホームで潜入捜査をする素人スパイ!
―サンフランシスコ
チャールズ・ニューウェンダイク(テッド・ダンソン)は元カリフォルニア州立大学の工学教授。現在は引退して、裕福だが退屈な一人暮らしをしている。認知症を患っていた最愛の妻を1年前に亡くしてからは、何に対しても興味がわかない。
久しぶりに一人娘のエミリー(メアリー・エリザベス・エリス)が、3人の息子を連れて訪ねてきた。エミリーは何かワクワクする趣味を見つけるよう、無理やりチャールズに約束させた。
ジュリー(ライラ・リッチクリーク)はコヴァレンコ探偵事務所の所長だ。彼女は依頼人からの相談に頭を悩ましていた。富裕層向け老人ホーム「パシフィックビュー」で、依頼人の母親がルビーのネックレスを盗まれたという。だが犯人を見つけ出そうにも、聞き取り調査をするつてがない。
ジュリーは一計をめぐらす。新聞広告で「スマホを持つ75~85歳の男性探偵助手」を募集し、パシフィックビューに潜入させるのだ。
大勢の応募者の中でジュリーのお眼鏡にかなったのは、チャールズだった。彼はスマホで写真撮影をして、メッセージに添付して送ることができる!
チャールズはジュリーから間に合わせの探偵術を学ぶと、30日の期間限定でパシフィックビューに入居した。もちろん娘のエミリーには内緒で。
そこでは、やり手の管理責任者ディディ(ステファニー・ベアトリス)がすべてを取り仕切っていた。
長身で知的、上品で洗練されたユーモアのあるチャールズは、すぐに女性入居者の人気者となる。初日のパーティーでは酔っ払い、ハイになり、デートに誘われ、翌朝は高校時代のように酷い二日酔いで目を覚ました。
だが事件の手がかりは得られず調査は難航する。
やがて第2の盗難事件が起きて、チャールズは容疑者にされる!
“Welcome to The Ted Danson Show!”
77歳になったテッド・ダンソンだが、チャーミングな物腰、自然体の演技、シャープなせりふ回しは健在だ。代表作はもちろん国民的人気コメディ“Cheers”(1982~)で、元レッドソックスの投手からバーテンダーに転身した主役サム・マローンを全11シーズン演じた。さらに“The Good Place”に加えて、“Becker”、”CSI: Crime Scene Investigation”等に主演、コメディもシリアスドラマも達者にこなすヒットメーカーだ。
本作では、寛容で優しく真摯だがシニカルでどこかオフビートなチャールズに息を吹き込み、ゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされた。
ジュリー役のライラ・リッチクリークは、NBCの大ヒット医療ドラマ“Chicago Med”に14エピソード出演しているが、準主役級はこれが初めて。ダンソン相手に“bossy”な私立探偵を生き生きと演じる。
エミリー役のメアリー・エリザベス・エリスは、“It’s Always Sunny in Philadelphia”、“Santa Clarita Diet”(本ブログ第91回参照) など、コメディ畑で長い芸歴を持つ。
ホームの管理責任者ディディを演じたステファニー・ベアトリスは、“Brooklyn Nine-Nine”、“Twisted Metal”(本ブログ第114回参照 )と2作の大ヒットコメディで大いに笑わせてくれた。
本作は、さながら老若女性に囲まれた“The Ted Danson Show”だ。
4時間でサクサクと一気観!
意外にも本作は実話ベースで、原作はオスカー候補となったドキュメンタリー『83歳の優しいスパイ』(“The Mole Agent”、2020)。
ショーランナー(兼共同監督兼共同脚本)のマイケル・シュアは、“The Good Place”以外にも“The Office”、“Parks and Recreation”、“Brooklyn Nine-Nine”、“Master of None”(本ブログ第21回参照 )、“Hacks”など、数々の大ヒットコメディを手掛けてきた。シュアのエミー賞ノミネーションは実に22回に及ぶ(うち受賞3回)。
本作最大の魅力は、賢い小学生のような愛すべき高齢紳士チャールズのキャラだ。ジェームズ・ボンドになったつもりのチャールズが、ドジを踏みながらも盗難事件の真相に肉薄していくプロセスは、楽しくて永遠に観ていられる。
ホームのユニークな入居者たちとの心の交流を通して、老いの哀しさと楽しさがほのぼのと描かれる。チャールズは自分の存在意義を見出して前向きになっていく。また孤高の入居者カルバート(スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン)と育む友情も忘れがたい。
「老人にとって最大の脅威は怪我でも病気でもない。孤独なのだ」というメッセージは、前期高齢者の筆者にも突き刺さる。
各エピソードはユーモア・ミステリー仕立てで、謎解きも意外に説得力がある。また“Tinker Tailor Older Spy”、“The Emily Always Rings Twice”など、映画をもじった各エピソードのタイトルも遊び心にあふれていて楽しい。
1話約30分で全8話、約4時間ストレスフリーで一気観できる(筆者は2周した)。
本作には悪人が一人も登場しない、温かくて心地よくて、観終わると誰かに優しくしたくなるようなスパイドラマ。シーズン2の制作も決まった。
“A Man on the Inside”は、少子高齢化が進む日本では必見。老人ホームの悲哀とユーモア・ミステリーを見事に融合させた、ハートウォーミングな謎解きコメディなのだ!
原題:A Man on the Inside
配信:Netflix
配信開始日:2024年11月21日
話数:8(1話 27-34分)
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
Tipping Point Returns Vol.30 Aim for Higher Goals ~高きを仰ぐ~
2025年、皆さんはどのような目標を立てるだろうか。
それは前向きでやる気が湧くようなゴールかもしれない。それでももう一度見直してほしい。私はこう問いたいのだ。「その目標、ちょっと低すぎない?」
これは私自身の猛烈な反省点でもある。ここ数年、仕事上の年間目標にせよ短期目標にせよ、日常生活の目標にせよ、いつの間にか“近いゴール”を設定しがちになっていることに気づいた。例えば「来月までにクローゼットを整理する」とか、「老犬の散歩のコースと時間を短縮する替わりに回数を増やす」とか。(現実的かつ実効性のある目標で、いったい何が悪いの?)と思った人はいるかもしれない。
問題はこうだ。まず、そもそも目標が身近で手軽だという意識から、着手のタイミングを先延ばしにしがちになる。また、目標だけを一点集中で見つめるから全体の調和を見失う。クローゼットは片付いたが古着を詰めたダンボールが部屋の片隅に山積み…。そして最も危険なのは、本当の目的(Aim)を忘れてしまうことだ。老犬の散歩のパターンを変えるのは健康維持と長寿のためだ。必要なのは決めた通りに実行することではなく、日々老犬を見つめ、体調や気候に応じて時間帯や回数を調整することだろう。決めたことを実行するだけという思考停止に陥ると、むしろ老犬の寿命を縮めることになる。
よって正しい目標設定はこうだ。
☞ 「最高に居心地のいい部屋に変える」
☞ 「老犬と一日でも長く、楽しく過ごす」
クローゼットや散歩は数ある手段の一つに過ぎず、目標でもマストと決めつけるものでもない、単なる「To Doリスト」だ。
私のクローゼットや犬の話なんてどうでもいいと思わないでほしい。大事な仕事であっても社会的な活動であっても同じことが言える。今、日本社会に「目標設定とは現実的かつ実行可能なものであるべきだ」という考え方が急激に広がっている。コスパやタイパという価値観がブームを超えて常識になりつつあることも、この潮流上にある現象だと私は見ている。(きっかけはコロナ禍に生じた先行きへの不安感と抑制された行動範囲にあると見ているが、その話は別の機会に譲ろう)
もちろん「手が届く範囲の目標設定」で思い通りの道が開けるならば言うことはない。しかし現実は違う。「頑張っているのに結果が出ない、評価されない」と悩む人は多い。その少なからずの原因が“目標設定の低さ”にあると私は感じている。真面目に生き、仕事に対して真摯に取り組もうとする人ほど、こうした悩みを抱えがちだ。とても悲しく思う。
でも大丈夫だ。問題の解決法はそう難しくはない。目標設定に際し、「Aim for Higher Goals。高きを仰げ」とアドバイスしたい。突飛に聞こえるかもしれないが、これは私の勝手な論ではなく、世界のビジネス研究書などでもよく語られていることだ。
目標を高く設定すると、3つのいいことがある。
まず、それを考えるとワクワクして気持ちがいい。手を動かしていなくても、そのための作業をしていない時でも、達成して周囲に笑顔でがんばったねと言われる自分を想像すればエネルギーが湧き、前向きになれる。
2つ目は、スタートが上手くいく。近くの公園に出かけるのと海外旅行に出かけるのを比べたらよくわかる。前者では何時でも大丈夫、何かあれば家に戻ればいいという油断から、意外に大きな失敗をすることがある。待ち合わせしていた友達が10分の遅刻に驚くほど腹を立てたとか、家の鍵をかけ忘れたとか。一方、後者では念入りに準備をし、健康管理にも気遣い、当然のことながら時間に対して正確に動く。だから気持ちよく進める。
3つ目は、これが一番大事なことだが、失敗が気にならなくなる。むしろ失敗やつまずきをプラスにとらえるマインドが醸成される。目標が遠ければ、到達するルートは様々だ。やってみて上手くいかなくても(この道は行き止まりだな。別の道を行こう)となる。しかも、上司や周囲は高いゴールをしっかり見据えて進む人の失敗を咎めない。「しょうがないなぁ。次がんばろう」で済むか、ケースによっては「失敗は成功の女神だね」などと評価が上がることさえある。
いかがだろうか。共感できる点がもしあったら、2025年の目標を高めに描き直してみてはどうだろう。Aim for Higher Goals。高きを仰ぐ。そうすることで、一歩目の踏み出し方から何かが変わるはずだ。
このコラムを読んでいただいた皆さんの2025年が実り多きものになりますよう、心から願い、応援しています。どうぞ良いお年をお迎えください。(了)
今回のコラムで思ったことや感想があれば、ぜひ気軽に教えてください。
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————————————————– Tipping Point Returns by 新楽直樹(JVTAグループ代表) 学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。 ————————————————–
Tipping Point Returnsのバックナンバーはコチラhttps://www.jvta.net/blog/tipping-point/returns/ 2002-2012年「Tipping Point」のバックナンバーの一部はコチラで読めます↓https://www.jvtacademy.com/blog/tippingpoint/
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これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第122回 “THE PENGUIN”
“Viewer Discretion Advised!” これがイチ押し、アメリカン・ドラマ Written by Shuichiro Dobashi 第122回 “THE PENGUIN”
“Viewer Discretion Advised”は海外の映画・テレビ番組等の冒頭で見かける注意書き。「バイオレンスやセックス等のコンテンツが含まれているため、視聴の可否はご自身で判断して下さい」という意味。
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
予告編:『THE PENGUIN -ザ・ペンギン-』 本予告VIDEO
これが2024年度のベストドラマ!!! 本作は『THE BATMAN -ザ・バットマン-』(2022)からのスピンオフ。だがバットマンは登場しないし、映画を観ておく必要もない。観た人は忘れたままでいい。
“The Penguin”はHBO制作/U-NEXT配信によるリミテッドシリーズ。文句なく本年度のベストワンで、コリン・ファレルが驚異の特殊メークでタイトルロールを演じる。オリジナル映画から完全独立した、極上のハートブレイキング・ノワール(暗黒)ドラマなのだ!
牙をむくペンギン!(“We’re gonna be an untouchable”) ―ゴッサム・シティ シリアルキラーのリドラーが全マフィアのトップにいたカーマイン・ファルコーネを殺害し、さらに防波堤を破壊してから1週間。街はギャング同士の権力争いと洪水の被害でカオス状態になっていた。
オズワルド・“オズ”・コブルポット(コリン・ファレル)が’ペンギン’と呼ばれる由来はその歩き方だ。オズの右足は「先天性湾曲足」だったが、貧乏だった母親(ディードル・オコンネル)は治療を受けさせなかった。右のつま先は無残な状態で、今でも歩くたびにひどく痛む。
故カーマイン・ファルコーネの右腕だったオズは、表の顔はナイトクラブのオーナー。裏では大人気の目薬型覚せい剤’ドロップ’の製造出荷を管理している。だがカーマインの親族が占めるファミリーの上層部は、オズの功績を認めない。 オズは過小評価されても野心と賢さをひた隠し、ビジネスを学びながら出世の機会を狙っていた。
オズはカーマインの宝石と要人への恐喝書類を盗み出そうとするが、跡を継いだ息子アルベルト(アル)に見つかる。オズは酔っ払ったアルになじられて激高し、彼を射殺してしまう。 アルは密かに革新的な覚せい剤のビジネスを計画していた。オズはその事業を横取りし、ゴッサム・シティの暗黒街を牛耳る決意を固める。
ビクター(レンジー・フェリズ)は洪水で家族と家を失った若者だ。彼はオズの愛車からホイールを盗もうとしている現場を押さえられてしまう。ビクターはオズに脅されてアルの死体処理を手伝わされる。
カーマインの娘ソフィア(クリスティン・ミリオティ)がファミリーに戻ってきた。ソフィアは殺人犯で、精神科病院に10年間拘束されていた。だがゴッサム・シティの混乱で特赦を受けて退院したのだ。 弟思いのソフィアは、行方不明のアルを捜し出そうとする。
オズはソフィアに尻尾をつかまれ、窮地に陥る。
コリン・ファレルはどこにいる! コリン・ファレルについては“Sugar”(本ブログ第116回 )でも書いたが、ここ数年で超一流のアクターに大化けした。オズ役のために再び驚愕の特殊メークを施し、声を変え、目で訴える。技巧とパワーで圧倒する演技で、’ペンギン’の心の痛みさえが伝わってくる。来年は本役でエミー賞を取るだろう。 それにしても、何回観てもオズはコリン・ファレルには見えない。ファレルはどこにいる?
ソフィア・ファルコーネ役のクリスティン・ミリオティは、メガヒットしたロマコメ“How I Met Your Mother”で演じた主人公テッドの恋人トレイシーが印象的だった。本作では、頭脳明晰でキュートなモンスターを、鬼気迫る表情で演じ抜いた。
ビクター役のレンジー・フェリズは、マーベルのスーパーヒーロー・ドラマ“Runaways”に主演した。地味だがいいアクターで、今回はギャングの世界に引きずり込まれていく善良なティーンエイジャーを好演。コリン・ファレルとの間には強いケミストリーが働き、オズとビクターとの疑似親子的な絆は忘れがたい。
オズの母親フランシスを演じたディードル・オコンネルは舞台出身、2022年にトニー賞主演女優賞を受賞している。本作では、今も息子を支配する認知症の毒親を怪演する。
鉄板のキャスティングが、それぞれ心に深い傷を負うキャラクター4人にリアリティを与えた。
ドラマ史に残るショッキングだが納得のエンディング!!! ショーランナー(兼共同脚本)のローレン・ルフランは、スパイ・アクションコメディ”Chuck”、マーベルのスーパーヒーロー・ドラマ“Agents of S.H.I.E.L.D.”などの脚本を手掛けた。
ルフランは映画版の世界観とテイストを忠実に引き継いでいる。オズのキャラを深堀りし、骨太なストーリーを構築し、魅力的で厚みのある登場人物たちを創造し、繊細で緻密でしたたかな脚本に昇華させた。(足の悪いオズが、フレッド・アステアの『トップ・ハット』を繰り返し観るという子供時代のエピソードには泣かされる。) DCコミックスの一介のヴィランを主役に据えて、オリジナリティのある完成度の高い知的エンタメに仕上げるルフランの手腕は並大抵のものではない。
オズは醜悪で鉄面皮、狡猾で残酷、粗野で嘘つきのナルシストだ。感情の起伏が激しいが、逆境には強く決して諦めない。窮地に陥るほど冷静になり、機知と舌先三寸で何とか切り抜ける。 マフィアの世界も格差社会で、幹部が最下層の組員から搾取している。オズにとって、人生とは奪うか奪われるかの生存競争なのだ。
だが、彼が垣間見せる弱さ、繊細さ、優しさは観る者のハートにしみ込んでくる。孤独で、母親を偏愛し、屈折したユーモアがあり、ドリー・パートンとリタ・ヘイワースがお気に入り。コリン・ファレルが魂を吹き込んだヴィヴィッドで愛すべきオズのキャラは、本作最大の魅力だ。
ストーリーはオズの野望、ソフィアの復讐、ファルコーネ・ファミリーの内部抗争、ライバル組織との確執を巡って神経戦・頭脳戦を繰り広げ、二転三転する。また噓と脅し、信頼と裏切り、共闘と対立、家族の愛憎など、「マフィアドラマの面白エッセンス」がギュッと詰まっている。 そして迎えるのは、ドラマ史上に残る極めてショッキングだが感動的で納得のエンディングだ。
“The Penguin”はHBOの面目躍如、文句なく本年度のベストワン。オリジナル映画から完全独立した、極上のハートブレイキング・ノワールドラマなのだ!
*本作はゴールデングローブ賞の作品賞、主演男優賞(コリン・ファレル)、主演女優賞(クリスティン・ミリオティ)にノミネートされた(発表は現地時間の1月5日)。
原題:The Penguin 配信:U-NEXT 配信開始日:2024年9月20日~11月11日 話数:8(1話 46-68分)
<今月のおまけ> 「これもお勧め、アメリカン・ドラマ!」(10月~12月) 年末年始に楽しめる渾身の10作をどうぞ。
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●“Nobody Wants This”(『こんなのみんなイヤ!』、Netflix) セックストークが売りのポッドキャスターとユダヤ教のラビのすれ違いを描く、ウィットにとんだ大人のロマコメ!
●“Bookie”(『ブッキー/ギャンブルなお仕事』、U-NEXT) 強面だがお人好しの非合法な賭け屋2人に次々と災難が降りかかる、LAが舞台の爆笑コメディ!
●“Bad Monkey”(『バッド・モンキー』、Apple TV+) C・ハイアセン原作、V・ヴォーン主演、フロリダを舞台にしたソフトボイルド・タッチの軽妙なクライムコメディ!
●“The Lincoln Lawyer”(『リンカーン弁護士』、Netflix) M・コナリー原作、LAの敏腕弁護士ミッキー・ハラーの活躍を描くエッジの利いた第3シーズン!
●“The Diplomat”(『ザ・ディプロマット』、Netflix) “The Americans”のケリー・ラッセル(!)が駐英米国大使を演じる、迫真の政治スリラー第2シーズン!
●“The Sticky”(『スティッキー』、Amazon Prime、米加合作) カナダで実際に起きた、約28億円相当のメープルシロップ強奪事件にヒントを得たクライムコメディ!
●“Music by John Williams”(『ジョン・ウィリアムズ/伝説の映画音楽』、Disney+) よみがえる名曲と名シーンの数々、映画音楽界の巨人の足跡をたどる必見のドキュメンタリー!
●“Elton John Live: Farewell from Dodger Stadium”(『エルトン・ジョン ライブ FAREWELL FROM DODGER STADIUM』、Disney+) 感無量!2022年11月にドジャー・スタジアムで行われた、エルトン・ジョン(当時75歳!)北米最後のコンサート!
●“The Comeback: 2004 Boston Red Sox”(『ザ・カムバック:2004 ボストン・レッドソックス』、Netflix) 86年ぶりに「ベーブ・ルースの呪い」を解いてワールドシリーズを制覇したレッドソックス。自らを“The Idiots”と呼んだ不屈のやさぐれ軍団が鮮やかによみがえる、笑いと感動のベースボール・ドキュメンタリー!
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。
中島唱子の自由を求める女神 第9話 太陽へ向かうひまわり
中島唱子の自由を求める女神
Written by Shoko Nakajima
第9話 「太陽へ向かうひまわり」
言語の壁、人種の壁、文化の壁。自由を求めてアメリカへ。そこで出会った事は、楽しいことばかりではない。「挫折とほんのちょっとの希望」のミルフィーユ生活。抑制や制限がないから自由になれるのではない。どんな環境でも負けない自分になれた時、真の自由人になれる気がする。だから、私はいつも「自由」を求めている。「日本とアメリカ」「日本語と英語」にサンドウィッチされたような生活の中で見つけた発見と歓び、そしてほのかな幸せを綴ります。
国際結婚でアメリカに暮らす私も移民の一人である。多民族がひしめくニューヨークの街で暮らしていると、貧富の差、そして人種の壁も肌で感じる。
移民の人たちは帰る故郷があり、自ら望んでアメリカで暮らす人たちが多い。しかし、難民の人たちは想像を絶する環境下に身を置きながら、望んでいないのに故郷を追われてしまう。帰る場所を失うということは、自分の今まで生きてきたルーツまでもが奪われてしまう。生きていく権利まで脅かされる。移民の人とは大きく違う。
JVTAで「難民映画祭」の字幕翻訳者の公募を目にしたとき、通り過ぎることができなかった。何か心の中を突き動かされる思いがあって、勇気を振り絞ってこのプロジェクトのトライアルに挑戦した。そして、ミラクルな結果で翻訳チームとして参加できた。そして、運命的な作品に出会えたのである。
『永遠の故郷ウクライナを逃れて 』
「In The Rearview」(邦題:永遠の故郷ウクライナを逃れて)というポーランド出身のマチェク・ハメラ監督の作品である。
ロシアのウクライナ侵攻から3日後、ポーランド出身の監督はバンを購入し、避難する人々の支援を開始することを決意した。後部座席では、避難するウクライナの人々が肩を寄せ合って座り、それぞれの物語を語りだす。
私が担当したパートには、二組の子供を連れて避難する家族が登場する。その中にベラという7歳の女の子とサーシャという4歳の男の子が乗り合わせた。
ベラは年の離れたお兄ちゃんがいて、とても頭の回転がいい。兵役で翌日入隊するという父親に見送られて、母親とお兄ちゃんと一緒に同乗してきた。父との別れも気丈に振舞い、周りの空気の読める女の子だった。サーシャは地図にも載っていないほどの小さな村に住んでいた。大家族と暮らしていてたのだろうか、別れ際に、家に残った祖母はサーシャを抱きしめてお別れすると、遠くから泣きながら彼を見送る。車中から捉えた映像には控えめに泣く祖母の姿があった。そして、この男の子の表情がスクリーンいっぱいに映し出された。無言の表情をカメラがずっととらえている。一枚のポートレイトの絵画のように美しく、繊細にカメラが追っている。この間何も台詞がない。カメラ越しのマチェク監督の震える心が伝わってくる。とても切なく、苦しい。
幼いながらもこの二人は、小さな体と心で、戦争をうけとめている。次は生きて会えないかもしれない。大好きな家族と引き裂かれる。巨大な魔物である「戦争」と彼らも闘っているのだ。
監督はインタビューの中で、映像を最初に編集したときは3時間にも及ぶ仕上がりだったが観やすい長さにするために半分以下の84分に編集したと話している。
砲撃の危険の中、車中で語ってくれた出来事を余すことなく使いたかっただろう。監督にとったら身を削られるような思いで編集したに違いない。
時折、車窓からみた風景が流れるように映し出される。攻撃をうけて退廃した建物や橋、田園風景、青い空と冬の樹々。光る海。愛する故郷を眺める車中の人たちの心情と重なるように風景が映し出される。その風景がストーリーの行間になっていて叙情詩のように美しい。
想像を絶するほどの環境の中で、危険な目に遭遇しながら避難しているのであろう。砲撃もある。地雷も埋められている。いつロシア軍に襲撃されるかわからない。避難民を乗せた車ごと飛ばされる危険性もあったに違いない。しかし、この作品にはそんなシーンは一切ない。人々の物語に焦点をあてたかったからだ。ウクライナの人々が自分の身に起きた体験を世界に通じる窓のようにカメラの前で語りだした。そして、戦争を知らない私たちに、戦争がどれだけ残忍で極悪の暴力であるかを伝えようとしてくれている。
平和学者ヨハン・ガルトゥング氏は「『平和』の対義語は『暴力』である。」と論じている。戦争は究極の暴力である。そして、難民の人たちは虐待や貧困、飢餓という暴力にもさらされている。また、他者への不寛容や偏見、無関心も「文化的暴力」であると定義する。誰の中にも根付く暴力が私たちの中にもある。
世界の各地でこうした暴力を、私たちと同じ人間がうけているという大事なことをこの難民映画祭が教えてくれた。
「人の心の痛みを感じとる力」こそ、混沌としたいまの時代に求められている平和に近づく大きな一歩だと思う。すべての作品が私たちにそう語りかけている。
今年も大きな感動を呼んでいる難民映画祭。この映画祭の意義は大きい。ウクライナの大地で太陽に向かって咲く「ひまわり」のように力強く、私たちの心に平和の種を届けてくれる。
★第19回難民映画祭の上映作品『永遠の故郷ウクライナを逃れて』の字幕翻訳チームに参加
第19回難民映画祭:映像翻訳を学び、奇跡の反戦映画と出会えたー中島唱子さんインタビューはこちら
『永遠の故郷ウクライナを逃れて』 中島唱子さんによるレビューはこちら
第19回難民映画祭・マチェク・ハメラ監督: 映画「永遠の故郷ウクライナを逃れて(原題In the Rearview)」にかける想いはこちら
※翻訳チームの中島唱子さんと青井夕子さんが記事制作のための翻訳に協力
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第19回難民映画祭
オンライン開催 2024.11.7(木)~11.30(土)
公式サイト:https://www.japanforunhcr.org/how-to-help/rff
Written by 中島唱子(なかじま しょうこ)
1983年、TBS系テレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』でデビュー。以後、独特なキャラクターでテレビ・映画・舞台で活躍する。1995年、ダイエットを通して自らの体と心を綴ったフォト&エッセイ集「脂肪」を新潮社から出版。異才・アラーキー(荒木経惟)とのセッションが話題となる。同年12月より、文化庁派遣芸術家在外研修員としてニューヨークに留学。その後も日本とニューヨークを行き来しながら、TBS『ふぞろいの林檎たち・4』、テレビ東京『魚心あれば嫁心』、TBS『渡る世間は鬼ばかり』などに出演。
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