これがイチ押し、アメリカン・ドラマ 第123回 “A MAN ON THE INSIDE”(『グランパは新米スパイ』)

これがイチ押し、アメリカン・ドラマ
Written by Shuichiro Dobashi
第123回“A MAN ON THE INSIDE”(『グランパは新米スパイ』)
今、アメリカ発のテレビドラマが最高に熱い。民放系・ケーブル系に加えてストリーミング系が参戦、生き馬の目を抜く視聴率レースを日々繰り広げている。その結果、ジャンルが多岐に渡り、キャラクターが深く掘り下げられ、ストーリーが縦横無尽に展開する、とてつもなく面白いドラマが次々と誕生しているのだ。このコラムでは、そんな「勝ち組ドラマ」から厳選した、止められない作品群を紹介する。
ハートウォーミングな謎解きコメディwithテッド・ダンソン!
嬉しいことに、奇想天外コメディ“The Good Place”(本ブログ第44回参照)のマイケル・シュア(ショーランナー)とテッド・ダンソン(主演)が、再びタッグを組んだ。
“A Man on the Inside”はNetflixオリジナル。老人ホームを舞台に77歳のテッド・ダンソンの魅力が爆発する、ハートウォーミングな謎解きコメディなのだ!
老人ホームで潜入捜査をする素人スパイ!
―サンフランシスコ
チャールズ・ニューウェンダイク(テッド・ダンソン)は元カリフォルニア州立大学の工学教授。現在は引退して、裕福だが退屈な一人暮らしをしている。認知症を患っていた最愛の妻を1年前に亡くしてからは、何に対しても興味がわかない。
久しぶりに一人娘のエミリー(メアリー・エリザベス・エリス)が、3人の息子を連れて訪ねてきた。エミリーは何かワクワクする趣味を見つけるよう、無理やりチャールズに約束させた。
ジュリー(ライラ・リッチクリーク)はコヴァレンコ探偵事務所の所長だ。彼女は依頼人からの相談に頭を悩ましていた。富裕層向け老人ホーム「パシフィックビュー」で、依頼人の母親がルビーのネックレスを盗まれたという。だが犯人を見つけ出そうにも、聞き取り調査をするつてがない。
ジュリーは一計をめぐらす。新聞広告で「スマホを持つ75~85歳の男性探偵助手」を募集し、パシフィックビューに潜入させるのだ。
大勢の応募者の中でジュリーのお眼鏡にかなったのは、チャールズだった。彼はスマホで写真撮影をして、メッセージに添付して送ることができる!
チャールズはジュリーから間に合わせの探偵術を学ぶと、30日の期間限定でパシフィックビューに入居した。もちろん娘のエミリーには内緒で。
そこでは、やり手の管理責任者ディディ(ステファニー・ベアトリス)がすべてを取り仕切っていた。
長身で知的、上品で洗練されたユーモアのあるチャールズは、すぐに女性入居者の人気者となる。初日のパーティーでは酔っ払い、ハイになり、デートに誘われ、翌朝は高校時代のように酷い二日酔いで目を覚ました。
だが事件の手がかりは得られず調査は難航する。
やがて第2の盗難事件が起きて、チャールズは容疑者にされる!
“Welcome to The Ted Danson Show!”
77歳になったテッド・ダンソンだが、チャーミングな物腰、自然体の演技、シャープなせりふ回しは健在だ。代表作はもちろん国民的人気コメディ“Cheers”(1982~)で、元レッドソックスの投手からバーテンダーに転身した主役サム・マローンを全11シーズン演じた。さらに“The Good Place”に加えて、“Becker”、”CSI: Crime Scene Investigation”等に主演、コメディもシリアスドラマも達者にこなすヒットメーカーだ。
本作では、寛容で優しく真摯だがシニカルでどこかオフビートなチャールズに息を吹き込み、ゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされた。
ジュリー役のライラ・リッチクリークは、NBCの大ヒット医療ドラマ“Chicago Med”に14エピソード出演しているが、準主役級はこれが初めて。ダンソン相手に“bossy”な私立探偵を生き生きと演じる。
エミリー役のメアリー・エリザベス・エリスは、“It’s Always Sunny in Philadelphia”、“Santa Clarita Diet”(本ブログ第91回参照)など、コメディ畑で長い芸歴を持つ。
ホームの管理責任者ディディを演じたステファニー・ベアトリスは、“Brooklyn Nine-Nine”、“Twisted Metal”(本ブログ第114回参照)と2作の大ヒットコメディで大いに笑わせてくれた。
本作は、さながら老若女性に囲まれた“The Ted Danson Show”だ。
4時間でサクサクと一気観!
意外にも本作は実話ベースで、原作はオスカー候補となったドキュメンタリー『83歳の優しいスパイ』(“The Mole Agent”、2020)。
ショーランナー(兼共同監督兼共同脚本)のマイケル・シュアは、“The Good Place”以外にも“The Office”、“Parks and Recreation”、“Brooklyn Nine-Nine”、“Master of None”(本ブログ第21回参照)、“Hacks”など、数々の大ヒットコメディを手掛けてきた。シュアのエミー賞ノミネーションは実に22回に及ぶ(うち受賞3回)。
本作最大の魅力は、賢い小学生のような愛すべき高齢紳士チャールズのキャラだ。ジェームズ・ボンドになったつもりのチャールズが、ドジを踏みながらも盗難事件の真相に肉薄していくプロセスは、楽しくて永遠に観ていられる。
ホームのユニークな入居者たちとの心の交流を通して、老いの哀しさと楽しさがほのぼのと描かれる。チャールズは自分の存在意義を見出して前向きになっていく。また孤高の入居者カルバート(スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン)と育む友情も忘れがたい。
「老人にとって最大の脅威は怪我でも病気でもない。孤独なのだ」というメッセージは、前期高齢者の筆者にも突き刺さる。
各エピソードはユーモア・ミステリー仕立てで、謎解きも意外に説得力がある。また“Tinker Tailor Older Spy”、“The Emily Always Rings Twice”など、映画をもじった各エピソードのタイトルも遊び心にあふれていて楽しい。
1話約30分で全8話、約4時間ストレスフリーで一気観できる(筆者は2周した)。
本作には悪人が一人も登場しない、温かくて心地よくて、観終わると誰かに優しくしたくなるようなスパイドラマ。シーズン2の制作も決まった。
“A Man on the Inside”は、少子高齢化が進む日本では必見。老人ホームの悲哀とユーモア・ミステリーを見事に融合させた、ハートウォーミングな謎解きコメディなのだ!
原題:A Man on the Inside
配信:Netflix
配信開始日:2024年11月21日
話数:8(1話 27-34分)
Written by 土橋秀一郎(どばし・しゅういちろう)’58年東京生まれ。日本映像翻訳アカデミー第4期修了生。シナリオ・センター’87年卒業(新井一に学ぶ)。マルタの鷹協会会員。’99年から10年間米国に駐在、この間JVTAのウェブサイトに「テキサス映画通信:“Houston, we have a problem!”」のタイトルで、約800本の新作映画評を執筆した。映画・テレビドラマのDVD約1300本を所有。推理・ハードボイルド小説の蔵書8千冊。’14年7月には夫婦でメジャーリーグ全球場を制覇した。