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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #44 流行歌が教えてくれた●池田明子(広報)

子どもの頃から、歌番組が大好きだった。

令和の今、若い世代や海外で日本の昭和歌謡やシティ・ポップが人気だという。はたち(20歳)の手前まで昭和だった私は、多感な時代をその真っ只中で過ごしていたことになる。映像翻訳者を目指す皆さんには洋楽が好きで英語を学んだ人が多いが、私の場合は日本の流行歌が言葉の道標だったような気がする。まだボキャブラリーが少ない子どもにとって、大好きな歌手の歌には知らない言葉が数多くちりばめられていた。

「バーボン」「横須賀」「乃木坂」「津軽海峡」「ハリウッド」「ポルシェ」「心のこり」「サウスポー」「小春日和」「追憶」「摩天楼」「蜃気楼」「ジェラシー」「未練」「ストロベリーフィールズ」「ドン・ペリニヨン」「シャガール」「マティス」「カム・フラージュ」「ネオンテトラ」「ジョン・ル・カレ」「マンハッタン」「ノーサイド」「条件反射」「北ウイング」「スキャンダル」「カサブランカ」「カンパリ・ソーダ」「ジン」「Ray-ban」「カサノバ」「異邦人」「捜査一課」「鑑識課員」「イミテイション」「ウィドウ」「クリムゾン」「Femme Fatale」「ルビー」「アクアマリン」「鳶色」「ジャンヌ・ダーク」「タブー」「グッド・ラック」「オーデコロン」「エチュード」「カタストロフィ」「コンプレックス」「ブーメラン」「バルセロナ」…。それは外国語だったり、地名だったり、車やお酒の名前だったり、人名だったり、色の名前だったり、映画の題名だったりした。学生時代に使っていた辞書に蛍光ペンでハイライトしていたのは、ほとんどが歌のタイトルや歌詞の一部だったと言っても過言ではない。(※表記は当時聴いていた曲の歌詞より引用)

昭和の歌番組には、歌詞のテロップがないことが多かった。今のようにインターネットでパパっと歌詞を検索することもできず、耳で聴いたままを覚えて意味も分からずにいつも口ずさんでいたものだ。演歌もテレビ番組でよく聴いていたので、子どもなのに「北の宿から」や「長崎は今日も雨だった」、「あずさ2号」、「3年目の浮気」などを歌っているような時代だった。「しらふって何?」と親に聞いたり、「昔の名前で出ています」って何だろう?と、疑問に思ったりしていた。

「公衆電話」や「伝言板」「ダイヤル」「文通」「交換日記」などは、令和の若い世代にとってはある意味ファンタジーなのかもしれない。駅の構内や喫茶店で「〇〇からお越しの〇〇さま、〇〇さまからお電話です」などは、古い映画やドラマの中でしか見たことがないシーンなのだろう。インターネットも携帯電話も、ビデオデッキさえもなかった時代、待ち合わせてもすれ違って会えないことは珍しくなかった。そんなもどかしさが情緒に繋がって名曲が生まれていたのかもしれない。

私は令和の今でもメインに聴くのは、昭和から好きなアーティストの作品だ。ほとんどがファン歴40年以上。子どもの頃からずっと大好きな人のライブに50を超えた今でも行けるなんて、本当に幸せなことだとつくづく思う。CDラジカセも現役。いまだに配信で曲を購入したことはないし、音楽のサブスクも利用していない。歌詞カードやライナーノーツをじっくり読み、作詞、作曲、編曲、演奏者などチェックするのがまた醍醐味なのだ。タイムリーではない若い世代さえも夢中になる“エモい”音楽を物心がついたころから浴びて育ったのだから…。短編映画を観るような余韻に浸りながら、歌詞の世界を堪能する。大人になった今だからこそ、その深さにまたぐっとくる。そんな至福の時間をこれからも大切にしたい。

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Written by 池田明子
いけだ・あきこ●日本映像翻訳アカデミー・コーポレートコミュニケーション部門所属。English Clock、英日映像翻訳科を受講後、JVTAスタッフになる。“JVTA昭和歌謡部”のメンバーとして学校内で昭和の歌の魅力を密かに発信中。
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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #43 こだわりのカフェインレス・コーヒー●桜井徹二(学校教育部門)

以前、このコラムで受講生さんからよく聞かれる質問のひとつ、「自分の翻訳原稿を客観的に見直す方法」について書いた。その他によく聞かれる質問としては、「どんな人が映像翻訳者に向いているか?」というのがある。ほとんどの人にとって映像翻訳に取り組むのは初めてなので、「果たして自分は映像翻訳に向いているのだろうか?」と疑問に思ってしまうのはとてもよく理解できる。

この質問には僕はいつも「こだわりがないタイプの人、バランスが取れた人」と答えてきた。映像翻訳では扱う映像のジャンルやテーマもさまざまだし、1つのセリフを翻訳する時にも正しいインプット、アウトプットはもとより、背景情報やトーン、その他多くのルールや決まり事まで意識し、あらゆる点を差配しつつ(もちろん強弱はあるが)訳文にまとめなくてはならない。そういう意味では、1つのことにこだわって視野を狭くせず、いろんなことをバランスよく考えられるクールな視点が必要である――というのが一応の理由だ。

じゃあそういう自分はどうなんだ? と、もし問われたら「まあまあそうかもな」と思う。クールかどうかは別として、あまりこだわりはないほうだ。「大事な日の朝には必ずこれをやる」とか、「玄関の靴はきっちり並べておかないと気が済まない」みたいなこだわりは特に思いつかない。食事なんかでも多少の好き嫌いや好みはあるが、強いこだわりみたいなものはあまりない。

たとえば「こだわりのなさ」で思い出すのは、少し前に4~5人のスタッフと雑談していた時のことだ。何かの流れでコーヒーについての話になった。そこにいたスタッフはみんなコーヒー好きで、銘柄や淹れ方のこだわりについての話で盛り上がっていた。僕は無垢なうさぎのようにふんふんと話を聞いていたのだけど、そこでふと「桜井さんはコーヒーは好きですか?」と聞かれた。僕が「一日に何杯も飲む」と答えると「へえ~! じゃあこだわりはありますか?」と聞かれた。そこで僕は「たくさん飲むからカフェインレスのコーヒーにしてるくらいかな」と答えた。するとどうやら完全にノリが違ったようで、(カフェインレスか…)というあからさまに微妙な空気になった。

今もあの空気を思い出すと無垢なうさぎだった頃に戻りたい気分になるが、あの反応は当然といえば当然だとは思う。総じて言えば味わい深いとはいえないカフェインレス・コーヒーを常飲しているなんて、コーヒー談義を期待した側からすれば思わず呆れてしまうほどのこだわりのなさだと感じるのも無理はない。

ともかくそんなこともあって、自分は特にこだわりのない人間という認識でいた。だけど最近、その認識を覆されることがあった。これもコーヒーがらみの話だが、僕がある人に対して「どうしてもコーヒーを飲みたくなると、ミーティングの5分前でも大急ぎでコーヒーを淹れている」という話をしていた。するとその人から、「すごくこだわりがあるんですね」と言われたのだ。

確かに飲んでいるのはカフェインレス・コーヒーではあるけれど、別の視点で見れば「そうまでしてコーヒーを飲むことにこだわりがある人」と言えなくもない。または別の視点で見れば「カフェインレス・コーヒーを飲むことにこだわりがある人」と言うこともできるかもしれない。どれが正しいわけでもなく、どれも1つの見方に過ぎない。要するに、「自分がどんな人間であるか」という認識は、自分が思っているよりも不確かなものなのだ。

だから、「どんな人が映像翻訳者に向いているか?」という質問に対しての僕なり(他の誰かなり)の答えが、もし自分で認識しているつもりの自分とは違ったとしてもそれはただの一面的な捉え方に過ぎない。別の人から見たら、あなたという人間に対してきっとまた別の捉え方がある。もしかしたら真逆の捉え方かもしれない。だから「自分が向いているかどうかなんてことはあまり気にする必要はない」というのが最近の僕の考えだ。

ある視点から見れば「不向き」となるかもしれないが、少し視点が変われば全くそうではないかもしれない。そもそも「こんな人が映像翻訳者に向いている」なんていう意見自体も、やっぱりどうしたって一面的な見方でしかない。だから映像翻訳者を志している人は、向き不向きなんていうことはあまり考えずにいてくれたらと思うのだ。

ちなみに、僕が普段飲んでいるカフェインレス・コーヒーは実は3種類くらいを飲み比べて一番おいしいと思ったものを選んでいる。だけど(と言っていいかわからないけれど)、銘柄はセブン-イレブンだ。こだわりがあるのかないのか、やっぱり自分でもよくわからない。

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Written by 桜井徹二
日本映像翻訳アカデミー・学校教育部門
さくらい・てつじ●JVTAの映像翻訳ディレクターとして、MTVやBBCのドラマ、ドキュメンタリー、リアリティ番組やMOOC(大規模オンライン公開講座)用字幕などを手がける。本科のほか、明星大学、青山学院大学などの教育機関でも講師を務める。『字幕翻訳とは何か 1枚の字幕に込められた技能と理論』(小社刊)の執筆にも参加。
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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #38 海外版お笑いースタンダップコメディ●葉維晨(GCSディレクター)

日本のお笑いには、漫才、コント、一発ギャグなど多様なジャンルがある。それぞれ劇場で楽しむこともできるが、映像コンテンツが充実した現代では、劇場への足が遠のいている人もいるかもしれない。しかし海外では、有名な役者を輩出し、さらに観客も大きく増えているお笑いのジャンルが存在する。それがスタンダップコメディだ。


「トークショー」という言葉は耳にしたことがあるかもしれないが、スタンダップコメディはまだ知らない人も多いと思う。日本では「海外版お笑い」と呼ばれたりしているものだ。英語圏でとても人気のあるライブパフォーマンスの一種で、言語は基本的に英語。日本にいる外国人、もしくは外国にいる日本人が出演する場合も、英語で演じることが多い。


なぜ急にスタンダップコメディの話をするのかと言うと、私が台湾出身だからだ。私自身意外に思うことだが、小さい台湾の島には、7個ものスタンダップコメディクラブが存在している(2022年時点)。たまに漫才や音楽コメディ(いわゆる「歌ネタ」)などのパフォーマンスも開催しているが、主にスタンダップコメディ一本でクラブ運営が可能だ。


台湾人はミーム(Memes)が大好きであり、政治や民族をネタにした皮肉なスタンダップコメディも大好きだ。それは時に炎上することもあるが、辛辣な内容もスタンダップコメディの醍醐味と言える。


映像翻訳とスタンダップコメディ。まったく関係ないように思えるかもしれないが、実は、映像翻訳者はスタンダップコメディアンと似ていると思う。「面白さ」の感じ方は、育った環境やたどってきた経歴などによって変わる。自分が面白いと思うジョークを、どうやって観客に伝えるか。そのプロセスとマインドセットはまさに、映像翻訳者と同じだ。どうしたらこのセリフをうまく伝えることができるか。原稿を書き、添削し、言い方を変え…。自分が満足いくまで修正をするが、最終的な結果は観客(視聴者)の反応を得るまで分からない。


異なる部分もある。スタンダップコメディアンはオープンマイク(Open Mic)という毎日クラブで開催されるステージで、自分のジョークが面白いかどうか、観客の反応を見ることができる。より大きなステージにたどり着くまで、何回も何回もそのジョークを修正できるのだ。しかし、映像翻訳者は様々な理由から、誰にも作成中の訳を見せることができない。仕事の関係者に見せることはあるが、たくさんの人に訳を見てもらい、意見をもらうことは難しい。翻訳が人々の目に触れるのは、映像が一般に公開されてからだ。ある意味、一発勝負である。


私はよくYouTubeで、エンタメとしてスタンダップコメディショーを観ている。前述のとおり、スタンダップコメディショーのジョークは何度も推敲され作り上げられている。英語のスタンダップコメディショーを見ることは、洗練された英語表現を習得することにもつながり、翻訳にも役立つのだ。また、私は自分のツボに刺さったジョークを友達に教えている。そうするうちにいつのまにかにジョークが頭に残り、お笑い芸人を目指しているわけではないのだが、話が面白いと言われるようになった。一石二鳥だ。


この記事を読んで興味を持った方は、ぜひ近くのスタンダップコメディクラブやネット上でショーを堪能してほしい。


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Written by 葉維晨

よう・いしん●台湾出身。法政大学を卒業後、新卒として日本映像翻訳アカデミーに入社。グローバル・コミュニケーション・サポート部門(GCS)で日→英、日→多言語の翻訳案件を担当。
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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #33 シェイクスピア物語~児童書が導いてくれたこと●池田明子(広報/バリアフリー講座運営)

シェイクスピアはイギリス文学の巨匠だ。

しかし、一般的にはどのくらいの人がその戯曲を読んだことがあるだろうか?

私が初めて彼の作品に触れたきっかけは、10代の頃に読んだ『シェイクスピア物語』(新潮文庫 松本 恵子訳)だった。これは、オリジナルの戯曲を基に、メアリー・ラムとチャールズ・ラムの姉弟が子どもたちにも分かりやすいように、物語のエッセンスを抜き出して散文として短編集の形にまとめた作品だ。異国情緒あふれるドラマティックな展開と緻密な登場人物の描写に一気に魅きこまれてしまった。

戯曲(日本語)で初めて読んだのは高校生の時だった。卒業研究のテーマに四大悲劇(『リア王』『オセロー」『ハムレット」『マクベス」)と『ロミオとジュリエット』の考察を選んだ時のこと、担当の英語講師から小田島雄志氏の翻訳版を薦められて図書室で全集を手にした。小田島氏は、『ハムレット』の有名なセリフに「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ。』という名訳をした方だと講師から聞いたことを覚えている。シェイクスピア(1564年~1616年)の時代は、日本でいうと戦国から江戸時代でありいわゆる古典だ。原文も古い表現が多く、翻訳版でも難しい箇所も多かった記憶がある。それでも、人物のキャラクターを掘り下げたり、人間関係の相関図を作ったりして、高校生なりの考察をなんとかレポートにまとめた(まだPCなどない時代、すべて手書きで作成)。20代でロンドンに語学留学した時には、シェイクスピアの生誕の地、ストラトフォード・アポン・エイボンにも出かけた。ラム姉弟が執筆した『シェイクスピア物語』がこの旅へと導いてくれたのだ。シェイクスピアの多くの名作が、世界中で特に熱烈な芝居好きではない人にも幅広く愛されるようになった一因に、この本が大きく貢献しているのは間違いないだろう。

JVTA修了生の小松原宏子さんは、多くの児童書の執筆や翻訳、編訳に携わる第一人者だ。

新訳版『不思議の国のアリス&鏡の国のアリス』(静山社)、絵本「ひかりではっけん!シリーズ」(くもん出版)の翻訳や、『あしながおじさん』『若草物語』(共に学研教育出版※現Gakken)など名作の編訳に加え、『ホテルやまのなか小学校』(PHP研究所)「青空小学校いろいろ委員会シリーズ」(静山社)などのオリジナルの執筆など幅広く活躍している。小松原さんには先日JVTAで行ったセミナーで、世界的名作『不思議の国のアリス&鏡の国のアリス』の翻訳秘話を語っていただいた。誰もが知る往年の名作を訳す難しさや今の子どもたちも楽しめる言葉選びなどが面白く、児童書をまた読んでみたくなった。私も子どものころ、地元の図書館の児童室に足繫く通っており、世界の偉人の本に感動したり、シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパン、「ナルニア国物語」などのシリーズに夢中になったりしていたからだ。

このご縁を機に久しぶりに児童書売り場に行ってみた。そこで手に取ったのが、児童書版の『シェイクスピア物語』(岩波少年文庫546 矢川澄子訳)。これは以前文庫本で読んだ“全訳”ではなく、“編訳”というもので物語の要素は網羅しつつ、児童書としてさらにコンパクトにまとめられている。「中学生以上」という対象だが、大人が読んでも分かりやすく、久しぶりにシェイクスピアの世界を堪能することができた。

実は今回、『シェイクスピア物語』を3つの本で同時に読んでみた。洋書の『TALES FROM SHAKESPEARE』(Puffin Classics)、その全訳の文庫本、そして児童書。段落ごとに3つを並べて読み進めていくと、それぞれの工夫が明確になり、興味深い。物語の伏線を残しながら子どもにも分かりやすくまとめられた児童書は、字数制限の中で言葉を紡ぐ字幕にも通じるものがある。世界の名作が時代を超えて愛される背景には、こうした翻訳者の功績が大きいのだと改めて実感した。

小松原さんはいう。「児童書の翻訳は子どもにも分かるように書く必要があり、決して大人向けの翻訳より易しいものではない。」と。いくつもの時代を経た名作には、いくつもの翻訳版があり、そのときどきで複数の翻訳者が先人の知恵を踏襲しながら、その時代に合った今の表現を作るために工夫を重ねてきた歴史がある。子どもの頃に好きだったお話を児童書や翻訳本で大人になった今読むことは、その貴重な足跡をたどるという意味でも大きな学びとなる。私も以前、『星の王子さま』を洋書と内藤 濯氏の訳、池澤夏樹氏の訳の3つを同時に読んでみたが、訳し方で作品全体の印象がかなり変わることを肌で感じることができた。ちなみに、『シェイクスピア物語』は短編集で、児童書も複数の訳本があるので、翻訳者を目指す皆さんにも読み比べをおすすめしたい。そして児童書が担ってきた大切な役割をぜひ、再認識してほしいと願っている。

関連記事

小松原宏子さん登壇「世界的名作を翻訳する。『不思議の国のアリス&鏡の国のアリス』新訳版に込めた、7つの仕掛け」セミナーレポート

「世界的ベストセラー文学の翻訳と映像翻訳スキルのつながりは?」

※小松原宏子さんにインタビュー 世界の名作を子どもたちへ!「編訳」とは?

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Written by 池田明子

いけだ・あきこ●日本映像翻訳アカデミー・コーポレートコミュニケーション部門所属。English Clock、英日映像翻訳科を受講後、JVTAスタッフになる。“JVTA昭和歌謡部”のメンバーとして学校内で昭和の歌の魅力を密かに発信中。
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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #32「自分の考え方」を持つことの大切さ●塩崎邦宏(管理部門スタッフ)

 『スター・ウォーズ』が大好きなことや『韓流ドラマ』にハマっていることは過去に書いたが、昨年より新たにハマっているものがある。大きく括ると少女漫画だが、『パタリロ!』(魔夜峰央/白泉社)から始まって、『ポーの一族』(萩尾望都/小学館)を読み、今では『王家の紋章』(細川智栄子あんど芙~みん/秋田書店)を読んでいる。


『王家の紋章』は1976年より『月刊プリンセス』に連載されており、今もなお続いている長寿漫画だ。主人公キャロル・リードは考古学を学ぶためにエジプトに留学している16歳の女の子。キャロルは新しく発見された王墓を訪れたとき、呪いにかかってしまい4,000年前の古代エジプトにタイムスリップをしてしまう。そこで、出会ったファラオ(王)と恋に落ち、妃となる。ここだけ書くとシンデレラストーリーでお星さまがキラキラしているラブストーリーだがそれだけではない。キャロルは古代エジプト人には珍しい容姿や現れ方で「ナイルの娘」と呼ばれ神格化される。また、エジプトだけでなくエジプトをわが物にしようと企む隣国の王たちからも狙われている。狙われるといっても命を狙われるのではなく、大国エジプトを手に入れるために自分の妃として狙っているのである。つまりキャロルは多くのイケメン王たちから狙われているのである(笑)。ただの少女の恋愛ストーリーだけでなく、国と国とがあらゆる策を考えて領土を広げていく歴史ロマン漫画になっている。

キャロルは常にピンチに陥っている。そして、いつもファラオや彼女を慕うキャラクターたちに助けられる。その繰り返しがずっと続いている。そんなハラハラドキドキが40年以上も続いている。

キャロルのすごいところはどんなピンチになってもポジティブに物事を考えて、常に自分の信念や考え方を曲げないところだ。時としてファラオにビンタすることもある。普通なら即刻、処刑されてしまうだろうがそこは少女漫画、ファラオもそんな強気の「ナイルの娘」キャロルにメロメロなのである。現代にいる時に学んでいた歴史の知識や21世紀の倫理観、知識を持って彼女はピンチを乗り越えていく。

「自分の信念」を持って古代エジプトを強く生きている。

「信念を持つ」や「自分の考えを持つ」ということは、なかなか難しい。

それは「我を通す」とは全く違う。そう言われると違うことは多くの人が知っていることだと思う。では、どのような過程で「自分の考えを持つ」と「我を通す」に分かれてしまうのだろうか? 一つはどれだけ広く深い知識を持っているかではないだろうか? 多くの知見を持っていれば自然と考え方も柔軟になり、いろいろな角度から考えたことを集約して自分の考えにすることができる。一方、広く深く物事を見ることができなければ、考えは狭いものになる。結果、それは自分だけのことを考える結論になり、独りよがりの「我を通した考え」と周りに思われてしまうのではないだろうか。

 「自分の考えを持つ」と「我を通す」が違うように「自分の仕事をこなす」と「自分に与えられた仕事だけをこなす」は違うと思う。一人で完結する仕事は世の中にほとんどないのではないだろうか? 例えば映像翻訳の仕事は自分とPCがあれば完結しているように見える。でも実際は映像を制作する人、翻訳を発注する人、受注する人、チェックする人、その作品を観る人など多くの人が関わって一つの作品として成り立っている。つまり一人だけで完結していないのである。それに気が付けば「我を通す(自分だけが満足する翻訳)」と「自分の考えを持つ(自分の考えた翻訳だが、多くの人が共感する翻訳)」の違いは自然と分かっていくのではないだろうか?

そのためにもより多くのものを見て聞いて知って、自分の考えを持つことに力を注いでいきたい。それは翻訳の仕事だけではなく、すべての仕事にも通じることのような気がする。

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Written by 塩崎邦宏

しおさき・くにひろ●日本映像翻訳アカデミー・管理部門。英日映像翻訳科修了生。

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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #31 Uncle Paul●斉藤良太(管理部門スタッフ)


先月、ネットニュースで何気なく見つけた記事に考えさせられる事があった。ジョン・レノンの長男ジュリアン・レノンが、ある空港のラウンジで偶然ポール・マッカートニーと遭遇し、その様子をジュリアン自らツイッターに投稿したという内容だ。その記事の中ではビートルズの名曲「Hey Jude」へオマージュを捧げた曲をジュリアンが今年リリースしたばかりだと書かれており、さらにジュリアンがツイッターに載せた写真では、その曲が納められたアルバム画像が映ったスマホの画面にポールが指をさしていた。ビートルズの熱心なファンでもない自分にとっては、この記事に対し強く感じる事も何か感慨に耽る事もなく、ネットのエンタメニュースの一つとして受け流すところだった。その記事のコメントを読むまでは。
 

たった数件だけ投稿されていたコメント欄の最初のコメントの内容に目が止まった。それはジュリアンのツイッター原文に書かれている「Uncle Paul」の「Uncle」が、記事に掲載されていたツイッター投稿内容の日本語訳に反映されていないことへの批判だった。恐らくコメント主はビートルズのファンであろう。コメントによるとポールはジュリアンが幼いころから遊んでくれ、父親のジョンがオノ・ヨーコと浮気をし当時5歳のジュリアンと母のシンシアから離れて意気消沈していた時には気にかけてくれたやさしい「ポールおじさん」であり、その「おじさん」との久々の遭遇だったことが感動をさせるのだと。ビートルズのエピソードを知らない大半の人は今回の記事を読んでも最初の自分と同じく、無数にあるエンタメニュースの一つとしてスルーをするだろう。だだ、このコメントを含めたこの記事の内容がなぜか心に引っかかった。
 

ジュリアンとポールの関係について少し調べてみることにした。1968年にジョンが浮気で母子から離れて行った時にポールはジュリアンの元を訪れ、帰宅途中の車の中でジュリアンを慰めるために「Hey Jude」を作ったというのだ。そこで初めて前述の記事になぜ「Hey Jude」の件があえて触れられていたのか合点が行った。さらにレコーディングや宣伝の際のエピソードが数多くある事を知り、同曲のミュージックビデオを見ると、まだ幼い息子を慰めるために第3者のポールが作った曲をジョンはどんな気持ちで演奏したのだろうと、さまざまな想像が頭に浮かんだ。そしてこの事を通じ、多くの名曲を産んだ偉大なビートルズという遠い伝説の存在が、さまざまな葛藤や衝突をしながら活動していた生身の「The Beatles」としてよりリアルに感じられる様になったのだ。
 

翻訳にはさまざまな制限がある。特に映像翻訳には字数制限があり訳出する内容を精査しなければならない。記事は映像翻訳ではなかったが、多くの目に触れる機会があるコンテンツにおいて翻訳者はたったワンワードであってもそれを受け取る側への大きな影響がある事を忘れてはならないと再認識した。
 

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Written by 斉藤良太

さいとう・りょうた●日本映像翻訳アカデミー・管理部門スタッフ。日英映像翻訳科修了生。
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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #30 年末年始に読んで(読み返して) 翻訳へのモチベーションを上げる「2冊」●丸山雄一郎(「日本語表現力強化コース」主任講師)


2022年もまもなく終了。年末年始の休みも近いということで、今回は「翻訳のモチベーションを上げてくれる」2冊を紹介したい!
 

①『翻訳夜話』 著者:村上春樹、柴田元幸(文春文庫)
JVTAの受講生、修了生にはおなじみの一冊だが、久しぶりに読み返してみて、改めて“翻訳”の面白さに気づかされた(翻訳者という仕事の面白さとも言えるが)。著者の柴田さんは私が言うのもおこがましいが書籍の翻訳に関して言えば「日本で最も日本語表現力が高い」翻訳者だと思う。それ故、ご自身の好みももちろんあると思うが、翻訳が難しいであろう作家の本ばかり出版社からお願いされるのでは?と考えてしまう(エドワード・ゴーリーやフィリップ・ロスなどがいい例だ)。その柴田さんがこの著書の中で「自分にしっくりくる言葉には限りがあって、それを活用するしかない」と、類義語辞典を使うことや「日本語を磨く」という行為に対しての思いを述べている。これは決して辞典や言葉を磨くことを否定しているのではない。言葉を調べ、日本語力を高めていったとしても結局、それが自分の言葉になっていないと原稿には使えない。つまり、私たち(映像翻訳者)は常に「自分にとってしっくりくる言葉を探していく」しかないと述べているのだ。映像翻訳者という仕事はなんと大変で、でもやりがいのある職業(生き方)なのだろうと思えないだろうか。
 

②『日本人のための日本語文法入門』 著者:原沢伊都夫(講談社現代新書)
日本語表現力の講義の中でも文法に触れているせいか「いい文法の本はありませんか?」とよく問われる。数年前までは、いくつか書籍名を挙げてきたが、「文法だけにとらわれてはいけない。それは日本語を作ることを困難にする」という持論から最近はあえて書籍名を伏せている。ただ、自分自身は絶えず文法関連の書籍に目を通しており、最近読んだ中ではこれが一番分かりやすく、しかも日本語の構造をやさしく解説してくれている。翻訳に役立つ内容もある。例えば、一文の中に使われている単語と述語との関係を文法上「格関係」、各関係を示す助詞を「格助詞」と呼ぶが、格助詞は全部で9つあり、その中の「へ格」は方向を表す、「に格」は場所や時、到達点を表すとある。この文法に則って考えると、下記のA、Bの文章にはそれぞれ何の助詞が入るだろうか?
 

A. 南●向かう
B. 会社●行く
 

答えはAが「へ」。Bが「に」だ。私の講義でも聞いたことがある人もいるかもしれないが、「南、北といった大きなものをとる際には“へ”、会社や学校といった具体的な場所には“に”を使いなさい」と教えてきた。もう少し詳しく言うと、「南、北という言葉から連想する景色は人によって違う。つまり大きなものなので「へ」。会社、学校というのは規模の大小はあれど多くの人が想像するものに大きな違いはない。だから「に」なのだと。これが文法を根拠にしていたことがこの本から分かるというわけだ。ただし、紹介しておいて何ではあるが、こうした翻訳にもちょっと役立つ内容はあるものの、あくまでも日本語の面白さ、文法的な仕組みを解説している本としてとらえてほしい。断じて日本語表現のテクニック的な本ではない。私が講義の中で文法に触れているのは、翻訳をしていれば誰でも助詞に迷う場面があり、その迷いを少しでも早く解消してほしいからだ。そのため知識としての文法ではなく、ある種のテクニックとして役立つ文法をお教えしているはずだ。この本を紹介した理由は皆さんが翻訳者として、受講生として関わっている日本語の奥深さや、著者が言うところの日本語の“本当の姿”を知ってもらい、日本語の面白さに気づいてほしいからだ。皆さんの日々の仕事や学習で触れる「日本語」はこんなにも深く、それを専門に研究している人も大勢いる。私たちはそんな世界に挑んでいる。やる気にさせられますよね?(笑)
 

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Written by 丸山雄一郎

まるやま・ゆういちろう●日本語表現力強化コースの主任講師。学生時代からJVTA代表である新楽直樹に師事し、ライターとしてデビュー。小学館「DIME」「週刊ポスト」「週刊ビッグコミックスピリッツ」などでライター、編集として活動後、講談社「週刊現代」「FRIDAY」「セオリー」などで執筆。現在は、映像翻訳本科のほか企業の社内研修でも講師を務める。
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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #29翻訳者は言葉の大海を泳ぐマーメイド●伊原実希(翻訳事業推進部)


翻訳者は、知らない世界に恋焦がれ、人知れず言葉の大海に身を溶かす。仕事で出会った未知の世界を理解するため、図書館に入り浸り、手に取ったこともない書籍に囲まれ、異世界に埋没する。まるでマーメイドが水面から顔を出し、陸の世界を見るように、留まることを知らない好奇心と不安が、交互に押し寄せては引いて心を削る。
 

登場人物のこと、彼らが見ている世界のことをもっと知りたい。列をなす本棚の間をひたすら泳ぐうちに、海の中で左右が分からなくなるように、私もどこから来てどこへ行きたいのか分からなくなってしまう。調べているドンピシャの情報が見つからず、周辺の情報から想像力を働かせて輪郭を捉える。それは、陸の上を思いっきり走れないマーメイドのようでもどかしい。苦しい。向いていないのではないかと漆黒の海が私を飲み込み、不安に凍える。
 

それでも私は翻訳をやめない。苦しいけれど続けることで、海の中に安住していたら出会えるはずもなかった素晴らしい人たちと仕事ができるから。小さいころ遊びに行くたびに背丈を測っては柱に印をつけてくれた祖母が、今は私が翻訳案件を受けるたびに手帳に正の字を書き足してくれるから。私の訳した異国の映像や音楽をこっそり聴いている祖父を私もひっそり喜ばせたいと思うから。これまで深く考えずに手を出してきたさまざまなことが、翻訳を通して自分の中でつながっていく感覚は「何でも好きなことに挑戦しなさい」と背中を押してくれた両親に「今までのことは無駄じゃなかった」と証明できるようで嬉しいから。
 

求めていた言葉を手繰り寄せられた時、応援してくれた人に感謝を伝えられる時、翻訳で出会った世界とこれまで自分がやってきた個々の挑戦がつながってじわじわと世界が広がっていく時、とてつもない幸福感に包まれる。それと同時に終わることのない挑戦がひどく苦しく、途方に暮れる。そんな幸せと苦しさの間をもがく瞬間、生きていると感じる。
 

まばゆい光が踊る水面を見つめる。私はもう浅瀬で無邪気に海を楽しむだけじゃない。陸に届いた素晴らしいコンテンツの数々は翻訳という大いなる葛藤をはらむことを私は知っている。海の底で繰り広げられる物語を、輝きに満ちた海の神秘を知っている私はマーメイド。
 

そんな妄想からさめて図書館を出る時、あまりの成果のなさに落ち込むこともある。それでも、私の中のマーメイドが今も消えることなく居続けていることがやっぱり嬉しくて、ちょっとだけすがすがしい気持ちで家路につく。
 

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Written by 伊原実希
日本映像翻訳アカデミー・翻訳事業推進部
いはら・みき●日本映像翻訳アカデミー・翻訳事業推進部スタッフ。英日映像翻訳科修了生。
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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #28客観的な視点●桜井徹二(学校教育部門)


「受講生の皆さんによく聞かれる質問ランキング」みたいなものがあったとしたら、間違いなく上位に入るのが「自分の翻訳原稿を客観的に見直す方法は?」という質問だ。だが、よくある質問の中でもこれは特に難易度が高い。具体的なテクニックというよりは感覚的な面が多分にあるからで、その感覚を説明することもなかなか難しい。だが先日、「その感覚に似ているかも」と感じた瞬間があったので紹介したい。
 

2~3週間ほど前、国内出張のために久しぶりに飛行機に乗った。出発は羽田空港からだった。主要な空港というのはどこも広々としていて、隅々まで洗練されている。もちろん羽田空港も例外ではなくて、天井はどこまでも高く、あらゆるものがぴかぴかに磨き込まれ、すべてがシステマチックに動いていた。
 
リムジンバスが予定よりかなり早く着いて出発便までは1時間半近くあったので、どこかの店に入って仕事を片付けつつ一服しようと考えた。でも空港内をしばらく歩き回ったり、いくつかの店をのぞいてみたりしながらふと思った。
 

なんだかおれって、場違いじゃないか?
 

卑屈になっているとか自意識過剰だといえばそれまでかもしれない。でもそういうのとも違う気がする。より正確に言えば、「場違い」というのともちょっと違う。空港の高い天井から俯瞰で見下ろしている映像が脳裏をよぎって、そのあまりにも巨大でシミひとつない場所と、そこをとぼとぼと歩いている自分との対比がどことなくシュールでアンバランスだな、と感じるのだ。
 

思えば、同じように慣れない場所にいたり普段と違う行動をしていたりする時に、その状況を冷静に見ている自分の視線を感じることがある。ちょっと距離が離れているところからの、淡々とした視線だ。
 

それが、自分で翻訳した原稿を客観的に見直す感覚に近いように思う。チェックするというよりも、視点を高い天井からのカメラにぱちんと切り替えて、全体像を広く捉えて見るような感覚。的確に伝えられているかどうかは分からないが、客観的な見直し方に悩んでいる人はそんな視線を意識しながら原稿を見直してみてはどうだろうか。
 

それはそうと、空港を利用する時にはいつも高揚感とともに一抹の不安も覚える。なぜなんだろう? 一種のホームシックか、それとも非日常な場所へ旅立つ不安だろうか? …などと考えてみたが、結局思い当たったのは「遅刻や忘れ物への不安」だった(そうしたら飛行機に乗れないから)。心配事というのは小学生からさほど進化しないものなのかもしれない。
 

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Written by 桜井徹二
日本映像翻訳アカデミー・学校教育部門
さくらい・てつじ●JVTAの映像翻訳ディレクターとして、MTVやBBCのドラマ、ドキュメンタリー、リアリティ番組やMOOC(大規模オンライン公開講座)用字幕などを手がける。本科のほか、明星大学、青山学院大学などの教育機関でも講師を務める。『字幕翻訳とは何か 1枚の字幕に込められた技能と理論』(小社刊)の執筆にも参加。
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【スタッフコラム】Fizzy!!!!! JUICE #27 「好き」という魔法にかけられて●山田佳奈(コーポレート・コミュニケーション部)

2022年1月より、『ハリー・ポッターと賢者の石』映画公開20周年を記念した特別番組『ハリー・ポッター20周年記念:リターン・トゥ・ホグワーツ』がU-NEXTにて配信されている。JVTAは本作の日本語字幕の制作を担当した。
 

実は私もその翻訳チームの一人である。2021年の年末、英語教育関係の会社で働きながら映像翻訳の仕事をしていた私は、MTCより一通のメールを受け取った。「『ハリー・ポッターと賢者の石』公開20周年特別番組の翻訳チームに参加しませんか?」と。
 

何を隠そう、私は20年来のハリー・ポッターファンだ。原作本の日本語版、英語版、映画のDVD、なんならハリー・ポッターのロケ地ガイドブックまで揃っている。当然ながら「やります!」と二つ返事で引き受けた。
 

そもそも私が洋画や英語、海外に興味を持ったきっかけが「ハリー・ポッター」だった。原作本第一巻『ハリー・ポッターと賢者の石』が日本で発売されたのは1999年。当初は物語の面白さのみに引き込まれていたが、2001年に映画版が公開されると、物語の舞台にも興味を持つようになった。つまり、「イギリス」や「英語」に関心を持つようになったのである。それと同時に、「洋画」の世界にものめりこんでいくことになる。
 

ハリー・ポッターをきっかけに英語の勉強に励み、イギリス・ロンドンへも留学した。私がロンドン留学をしていたのは、偶然にも『ハリー・ポッターと死の秘宝』の前後編が世界公開された時期だ。Part1公開時、キャストの姿を一目見たくて、友人と一緒に雨の中を5時間以上、プレミア会場のシアター前で待ち続けたことは忘れられない。やがて映画も完結し、私も日本へ帰国。『ハリー・ポッターと賢者の石』を好きになり始まった私の旅は、そこで完結したと思っていた。
 

しかしながら今になって、思わぬ形でハリー・ポッターに関わることになった。映像翻訳を学ぼうとJVTAに入学した当時は、「なんとなく新しいことを学びたい」くらいの気持ちでのスタートだった。しかし振り返ってみれば、映像翻訳への興味の根底には、ハリー・ポッターから始まった洋画への興味がある。「ハリー・ポッターが好き」から始まった私の旅は、終わることなく続いていたのだ。20年以上前に芽生えた「好き」という気持ちが、私をここまで連れてきてくれていた。それはまさしく、私にかけられた「魔法」だ。
 

これを読んでいる皆さんも、何かを「好き」という気持ちがあるなら、ぜひ大切にしてほしい。その気持ちは、きっと皆さんの未来の可能性を広げてくれるはずだ。
 

最後に、JVTAで学ぶ方々へ。トライアルに合格した暁には、「自己PRシート」を提出することになる。そこではぜひ、皆さんが好きなもの・好きなことについて遠慮なく、しっかりと書くことをおすすめする。私が『リターン・トゥ・ホグワーツ』の翻訳に参加できたのも、その自己PRシートのおかげだ。チャンスはどこにあるか分からない。自己PRシートだけでなく、あらゆるところで自分の「好き」を発信していってほしい。
 

【関連記事】
『ハリー・ポッター20 周年記念:リターン・トゥ・ホグワーツ』 待望の話題作を手がけた「選ばれし者」たち
 

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Written by 山田佳奈
 

やまだ・かな●日本映像翻訳アカデミー コーポレート・コミュニケーション部スタッフ。英日映像翻訳科修了生。
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