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Tipping Point Returns Vol.25 ■「社会を思う人になる」が先、「一人前になる」はあと

「社会を思う人になる」が先、「一人前になる」はあと
 

そう言われたら、皆さんはどう感じるだろうか。「その通り」と素直に受け入れられる人はいるだろう。「いやいや順序が逆。自分の面倒を見ることができない人が社会の役に立てるわけがない」と反論が頭に浮かんだ人もいるだろう。日本で60年近く暮らしてきた私の感覚では「一人前になるのが先」と信じる人が圧倒的多数派だ。その割合は世代が上がるほど高くなる。
 

1990年代前半、20代半ばで会社を辞めて出版業界や広告業界を飛び回っていた頃の話。広告業界で名の知れたある人物と食事をする機会を得た。その人は50代、大先輩だ。最初は緊張していたが、家族は? 大学では何をしてたの?などと聞かれるようになると気持ちが楽になり、私も本音が口をつくようになった。
 

「これからどんな仕事をしたい?」
「具体的なことは何も決まっていませんが、故郷の街の発展に役立つような仕事もやってみたいです」
「ほぉ、百年早いね。ここ(東京)で一旗揚げられない人間が、地元の街に貢献するなんて無理。まずは目の前の小さな仕事で一人前になることを考えろ」
 

この言葉は今も私の心の傷となり残っている。目の前の仕事で一人前とは言えないやつが故郷の街、つまり他人や社会のことを気にするのはちゃんちゃらおかしいと言うのだ。それからというもの、世の中や社会、自分以外の人たちの幸せのことが頭に浮かぶたびにその言葉がよみがえり、(あぁ、今の半人前の自分にはそんなことを願い、行動する資格はないのだ)と考えるようになった。そう、トラウマだ。私はこれを「一人前至上主義者による言葉の暴力」と定義している。皆さんのなかにも似たような経験をした人はいるのではないだろうか。
 

こんな昔話をしたのはなぜか。結論を言おう。目の前の仕事で一人前にならないと他人や社会には貢献できない――そんな考えは時代遅れの妄想だ。今とこれからを生きる私たちは「一人前至上主義者」の言葉に耳を傾けてはいけない。私のようなトラウマを、人から与えられる必要はないし、人に与えてもいけない。
 

道半ばでも、道に迷っていても、自分は半人前だと自覚していたとしても、人と社会のことを思い行動する自分を誉めていい。そんな人に出会ったら、その人の年齢や社会的な立場に関係なく共感し、リスペクトすべきだ。理想を語っているのではない。それが新しい時代に求められる「成功に向かう手順」なのだ。
 

幸いなことに、私は「一人前至上主義」に染まる一歩手前で踏みとどまることができた。おそらく大学の恩師や読んだ本から学んだことが助けてくれたのだと思う。だから、JVTAがまだ数人の社員しかいない超マイクロ企業であった頃でも「難民映画祭」やバリアフリー映画祭、大学や高校教育への無償協力事業には躊躇がなかった。
 

「財務状況もおぼつかないのにボランティアや寄付なんて本末転倒じゃないか」、「何を格好つけてんの?」。実際にそう言われたことがあるし、今もなくなったわけではない。今年、ウクライナからの避難学生たちと取り組んだ『J-Anime Stream for Ukraine』や、SDGsに関連する海外ドキュメンタリー作品の上映を行った『WATCH 2022 WINTER』に対して、そんなような皮肉を言う人は今もいる。「それってビジネスとして成立してるの? 小さな会社にはもっとすべきことがあるんじゃない?」。
 

イベントの成果を事業収支の黒字とするならば、「一人前至上主義」に取りつかれた人の眼に主催者である私たちは半人前に映るだろう。支援やボランティアというものは財務も事業も安定している一人前の会社が余力でやるものだ、と。
 

しかし、私は経営者としても一人の市民としても、自分たちの判断と行動が間違っているとは思わない。「一人前至上主義」に取りつかれた人の言葉には耳を貸さない。なぜならば、仕事で真の成功を目指すためには『「社会を思う人になる」が先、「一人前になる」はあと』が正しいと信じて疑わないからだ。人や社会を思い、行動できる人や会社だからこそ、人や社会は一人前になるよう導いてくれる。そう考えるほうがスッキリする。
 

キャリアパス、職能の獲得、収入の安定……悩みは尽きず、自分はまだまだ半人前だと落ち込むことはあるだろう。まずは自分を何とかしろ、人や社会のことなんて考えるなと圧力がかかることもあるだろう。でも、こう信じてほしい。それは逆だ。人や社会のことを思えるあなただからこそ評価され、招かれ、さらなる成長の機会が訪れる――。
 

「まずは自分が一人前になるために」と考えて努力する姿は、咎められる筋合いのものではないが見とれるような魅力もない。しかし、たとえ未熟であっても、人や社会のことを思う気持ちを胸に一人前になろうと学び、働く人の姿は美しい。
 

幸い世界のビジネス・トレンドはこの方向に流れ始めている。どんなに稼ぐ力がある会社でも、社会や環境に配慮がないなら退場を宣告される。個人も同じだ。評価されるには経験や資格、実績だけでは足りない。ボランティアなどの具体的な活動もそうだが、それ以前のところで「人や社会を思う人であるか」が問われる。そうであれば仕事はまだ半人前でも評価される。
 

私はあと6年ほどで高齢者の仲間入りをするが、この考え方を絶対に変えない。「人や社会を思う人」を評価し、応援したい。同時に自らもそう見なされたい。
 

この話、皆さんはどう思われるだろうか。異論や反論も大歓迎。ぜひコメントをいただきたい。
 

2023年が、皆さんにとって大きな飛躍の年となりますように。
 

◆J-Anime Stream for Ukraine
http://stream.jvtacademy.com/
 

◆WATCH 2022 WINTER
http://www.watch-sdgs.com/
 

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Tipping Point Returns Vol.24 ■フリーランスの「ほんとうの適性」って何だろう?

20年前、私はこの連載Tipping Pointで『がんばれ! フリーエージェント(※)』と題したコラムを書いた。その最後はこんな言葉で結ばれている。(※今のフリーランスと同じ意味で用いている)
 

フリーエージェントという生き方への関心は、日本でも年々高まりつつあります。将来的には国や自治体も支援に乗り出すことでしょう。しかし、そんなものを当てにするようではフリーエージェントの名が廃(すた)ります。
私は職業人としての人生の大半がそうであったように、フリーエージェントという生き方が大いに気に入っています。自分が気に入っているから、年齢も性別も性格も背景も超えたところで、この生き方を目指す人を応援したいのです。
がんばれ!フリーエージェント!

 
 

将来的には国や自治体も支援に乗り出すことでしょう――。この願いは現実となり、新聞やネット、テレビのニュースで「フリーランス」という言葉を目にするのは当たり前になった。フリーランスという働き方を巡る法制度の改革や企業が副業を認める動き、同時にフリーランスゆえの課題や諸問題も連日報じられている。
 

ならば今、20年前に私が願った社会が到来したのか? 
答えは半分イエスであり、半分ノーだ。
 

フリーランスの絶対数の増加はもちろん、メガバンクや日本を代表するメディア企業でも「副業」が認められたと聞く。フリーランス保険なる商品がテレビコマーシャルで流れ、国や団体による新たな支援策の検討も活発だ。20年前の「会社を辞めてフリーになるよと言ったら親が泣いた」なんて時代は過ぎ去ったように見える。だから半分イエス。
 

しかし、「そんなものを当てにするようではフリーエージェントの名が廃(すた)ります」という部分は悩ましい。近年の状況を見ると、フリーランスを目指している人、職を転じて間もない人たちからの「国はもっと守ってくれないのか」「優遇制度やセイフティネットが足りない」という声は、むしろ高まっているように見える。だから半分ノー。
 

もちろんフリーランスを守る制度や優遇措置はあるべきだ。私が問題だと感じているのはそれらを「当てにする」という部分である。フリーランスが制度や優遇措置を活用してリスクをヘッジし、より良い仕事を行うのはもちろん正しい。しかし「それらを当てにしなければフリーランスとしてはやっていけない(食べていけない)」という考え方はどうか。私ははっきり言って反対だ。万が一それがフリーランスを目指す人のデフォルト(初期設定)になれば、社会の中で「当てにする人の集団」たるフリーランスの位置づけはとても低いものになる。つまり報酬も上がらない。
 

そんな人は、そもそもフリーランスの適性がない。向いていないのだ。

ここで、米国などフリーランス先進国での定義をいま一度確認しておこう。
「一つの企業や団体と長期間にわたる被雇用契約を結ばずに『スキルに裏打ちされた独立自営の精神』に従って、自らの能力を最大限に活かせる職場を社会に広く求めることができる人材」。
 

独立自営の精神。他者と協力し協働はするが、守ってもらうことを渇望し、優遇されることを「当てにする」ことはない。独立自営の精神を表現するなら「自律し、自立できること」。それこそがフリーランスの唯一無二と言ってよい適性である。
 

例えば、2023年に導入予定のインボイス制度を巡る世論を見てほしい。ネットなどで調べればわかるが「インボイス制度はフリーランスが損をするひどい制度だ!」「弱い者いじめだ!」という声が大勢を占める。か弱いフリーランスから消費税をむしり取るのかという主張が正論として罷り通っている。
 

私はそうは思わない。むしろなぜ「フリーランスで稼ぎが1,000万円に満たない人は消費税を納めなくていいからポケットに入れときなさいよ」などという優遇措置が、今日まで維持されてきたのか不思議に思う。消費税未納を当てにした考え方だからだ。
 

繰り返すが、フリーランスを守る制度や優遇措置は存在するべきだ。ただし、社会的合理性を有し、本来フリーランスの適性がないような人が「当てにする」ことで居座ったり、うまい汁を吸ったりするような、ゆがんだ制度ではないことが絶対条件だ。
 

そういった意味で、「自律と自立」こそがフリーランスの真の適性でありプライドであると信じて疑わない私にとって、昨今のフリーランスブームには危険な側面があるように見える。
 

ではなぜ本来適性のない、あるいは努力してそれを身につけようとしない人がフリーランスを目指したり、フリーランスであり続けようとしたりするのか。
 

原因の一つは、入り口のところでのミスリードにあると思う。例えば、(自分にフリーランスの適性があるか?)と考える多くの人が、ネットで「フリーランスの適性」を検索し「フリーランス適性診断」を受けている現実がある。ちょっと調べただけで、そんなサイトが次から次へと出てきて、こんなふうに「適性」を説いている。
 

<あなたに向くのは、独りで実力を発揮できる自由型?協調性抜群の企業型?「フリーランサー適性チェック」>
Q1. フリーランスになる前の準備として、次のうち一番大事なことは?
・独立開業セミナーなどに通って知識をつける
・とりあえず会社員になって仕事に必要なスキルを身につける
・とにかく幅広く人脈をつくっておく
・仕事がなくても困らないくらいの貯金をしておく

 

はっきり言う。どれも単なる行動の選択肢にすぎず「適性」と呼べるものではない。書いてある通りにやった一流のプロもいるだろう。しかし、何一つ当てはまらない一流もいることを私は知っている。
さらにはこんな提案をするサイトもある。
 

<実は、フリーに向くのはこんな人>
向き不向きの見極めが大切!フリーに向くタイプとは? 独立してから実感する、ここが案外重要!というポイントをまとめてみました。“フリーでやっていけるかどうか…”“独立したものの自分はフリーに向いているのかどうか…”と迷っている方の参考にしていただければと思います。
・1人で居ることを寂しいとは思わない
・好奇心が旺盛で人に会うのが楽しい
・切り換えが早い
・人に頭が下げられる
・負けず嫌い
・・・・・

 

絶句…。特に「言葉のプロ」を目指す人にとっては、どうでもいい診断項目ばかりだ。自律、自立したフリーランスだって1人は寂しいよ。楽しくなくたって必要なら人に会うよ。切り換えがなかなかできなくて執着しちゃうプロは案外多いよ。むやみに人に頭を下げていると、逆に軽くみられちゃうよ…。これを「適性」とするミスリードによって、お上(かみ)の施しを「当てにする」ような人が出てくるのもいたしかたないのかな、とも思う。
 

ほとんどのサイトは人材会社が運営していたり、その先でリンクしたりするもので、ほんとうの目的は転職を促して自社サービスへの登録に導くものだ。それが悪いと言っているわけではない。そういう目的で「適性」と称し、提案しているだけなのだから、朝の情報番組の「今日の占い」程度にとらえて楽しめばいい。
 

このコラムを読んでいただいている皆さんには、ぜひ「自律、自立の人」であってほしい。ブームの中で花盛りのミスリードには耳を傾けないでほしい。真の適性を持つ人、身につけようとしている人であってほしい。
 

8月10日(水)、特別セミナー「フリーランスの新・常識 2022 夏 ~‘今まで通り’が生む大失敗!? 乗り越えるための10の知識」に登壇予定だ。インボイス制度への対処法やSNSの活用法など新しい事例について話すが、根底には、ここで論じた「適性の意味を正しくとらえたうえで、自身の今を見つめ直してみよう」という思いがある。自律と自立という真の適性についても触れる。
ぜひ一緒に考えてみたい。
 

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Tipping Point Returns Vol.23  ■新しい「営業」の時代を楽しもう

「営業」の時代が到来した――。
あの手この手で接待に奔走し、売上表を眺めては一喜一憂する企業戦士…。そんなイメージの「営業」がビジネス社会で大事な役割を担っているのは確かだ。しかし、ここで話したいのは、それとは違う、新しい時代の「仕事のとり方」のこと。特にフリーランスやフリーランスを目指す人には知ってほしい。
 

「営業とは、自分が評価されるために何かをすること」
 

これが、私が新たに据えている定義だ。コロナ禍を経て確信に至り、今年からは「フリーランサーの働き方」を教える授業でも話している。当たり前の定義のように見えるかもしれないが、実はそうではない。
 

まず、「何かをすること」って、ざっくりとし過ぎていないか。いや、これでいい。映像翻訳者の例で話そう。「こんな仕事を請け負った」、「こんな勉強をして新たな知識を身につけた」などはもちろん含まれる。でもこれからは、それだけでは足りない。
 

本、映画、ドラマ、セミナーからあなたは何を学んだのか、何を感じ取ったのか? 
旅先で何を発見したのか?
何に愛情を注ぎ、何を大切にしているのか?
本業のほかに表現していることは何か?
世界、地域社会、ビジネス社会、家族などについてどんな価値観をもっているのか?
自分と社会が持続するために何を心がけ、何をしているのか?
 

「何かをすること」とはこれらすべてを指す。新たな時代の「営業」とはそういうものだと私は信じている。「営業」の目的をすり替える気はない。営業の成果は仕事を受注して対価を得ることに決まっている。言葉としては好きではないが「稼ぐための活動」である。
 

「読書」を例に挙げよう。あなたが素晴らしい本に出会い、それによって新たな技能や価値観を得たとする。あなた自身はそれが自分の仕事力を向上させたと確信している。しかし、従来型の営業にそれを活かすのは難しい。履歴・職歴などを記した定型のレジュメに示せるのはせいぜい「趣味/読書」。追記できてもジャンルくらいだろう。「志望動機」の欄があっても、一冊の本との出会いと思いの深さを書き上げられるほど、文字数は取れない。
 

直接話すという手はある。しかし、初対面の相手や仕事を依頼されたい相手に対面して好きな本についてたっぷり語れる時間などほぼない。腕の立つ営業職に就く人が身近にいたらきっとこう言うはずだ。「顧客に好きな本について語るなんて、何度通ってもそこまでいくのは稀」。
 

でも、「新しい営業」はそれを可能にする。SNSやブログで、丁寧に、しっかりと語ればよいのだ。
 

背景には、デジタル化による社会のドラスティックな変化がある。昭和や平成を知る私が一番驚いたのは「赤の他人が書いたり映したりしたもの(コンテンツ)を積極的に見に行く、取りに行くという行為が世界中で定着したこと」。時間消費という観点で見れば、睡眠や就業(学習)に次いで3番目だという人はもはや珍しくない。ビジネス社会では、気になる会社があればホームぺージを読み込むのは常識だし、社長のブログがリンクされていれば(されていなくても)目を通すのが常識だ。会社と個人、個人と個人の関係でも同じことが言える。
 

つまり「他者が作成したデジタル・コンテンツを評価し、つながりを持つか持たないかを日常的かつ能動的に判断する習慣」が生まれたのだ。これが現代人、特に若い世代のナイーブ(純粋)さや繊細さを過剰に刺激して様々な問題が生まれているという側面もある。だが、そのあたりは社会学者や心理学者の研究を待とう。

話を営業に戻す。仕事を得る、継続するためには「(高く)評価されること」が不可欠だ。評価を得るための「何か」、あなたの切り札や隠し玉、武器までも含めて、それらの優位性はSNSやブログ、その他のデジタルプラットフォーム上で、指先一つで表現できる。しかも、それを見つけよう、評価に用いようとする外の世界があり、その中には今はまだ見ぬ顧客もいる――。
 

SDGsが叫ばれる今、仕事とは無縁だと思って続けていたあなたの小さな善行や社会貢献さえも、新たな顧客との出会いを生む可能性をもつ。正しい考えを抱き、自分と社会を思いながら生きている人、それをデジタルの領域で表現しようと努めている人は、それだけで評価が上がる。懸命に、でも目立つことなく働いてきた人なら、その事実や思いを綴るだけでもいい。必ず読んで、あなたを評価する人はいる。少なくとも私はそう努力する。
 

裏返せば、仕事には関係ないからとSNSで好き勝手なことを言うのはNGだ。いくら実績があっても、技術を持っていても評価を下げる。また、過去に褒められないことをしたりした人は要注意かもしれない。デジタルの世界では何らかのかたちで悪事が露見し、営業においてハンデとなることはあり得る。このコラムの読者が心配するような話ではないが、念のため。
 

もし「自分には書けることがない」という人がいても落ち込む必要はない。これから書くことを一つずつ作っていけばいいだけだ。むしろ楽しみが増えたと考えてほしい。
 

私は語学に打ち込んでいる人、言葉を編む仕事をする人、目指す人が好きだ。自分の内面とじっくり向き合い、社会(他者)の内面に寄り添える資質を備えた人が多いからだ。そして、そういう人の弱点とされた「昭和的なアクティブな営業」はもはや不要になった。そう言える時代になったことはうれしい。
 

静かな人でいい。人見知りでも問題ない。人間関係における消極性、内向性はもはや「営業」における欠点ではあり得ない。ただし、優位性を表現することを忘れずに。それができれば「営業」も一流だ。常に良い仕事と出会い、途切れない。私はそう信じている。
 

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【JVTA代表 新楽直樹コラム】Tipping Point Returns

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Vol.25  「社会を思う人になる」が先、「一人前になる」はあと
Vol.24  フリーランスの「ほんとうの適性」って何だろう?
Vol.23  新しい「営業」の時代を楽しもう
Vol.22  2022年の目標の立て方、教えます
「Tipping Point」連載20年 特別編(3) 一瞬の煌めきを見逃さない
「Tipping Point」連載20年 特別編(2) 言葉の錬金術 ~伝えることは、学ぶこと~
「Tipping Point」連載20年 特別編(1) 尽きることのない想いを、エッセーに託す
Vol.18「〇〇」は私の人生の一部である
Vol.17 人に備えよ
Vol.16 私が「読書」を推す理由
Vol.15 夢中になろう
Vol.14 自分という物語を描き直す(2)
Vol.13 自分という物語を描き直す(1)
Vol.12 言葉の裏にある「毒」を見抜こう ~「OK、ブーマー!」で得するのは誰だ? ~
Vol.11  サラバ、翻訳事典 ~私が好きな会社、アルクの話~ 
Vol.10  追悼 緒方貞子さん ~難民支援と映像翻訳~
Vol.9  働いていない時こそプロであれ! ~俳優、西田敏行の至言~
Vol.8 「せつなさ」の正体
Vol.7  その依頼、伸るか反るか?
Vol.6 「リスクを取って独立する」のウソ
Vol.5  誰が生徒か、先生か
Vol.4  イチローの生き様は胸を打つ (でもちょっとややこしい)
Vol.3  そのアドバイス、毒か? 薬か?
Vol.2  戦う相手を間違えるな!
Vol.1  コトバのプロは強く、美しい
Vol.0  たかがコラム、されどコラム

 

◆2002-2012年「Tipping Point」のバックナンバーの一部はコチラで読めます(PCのみ)
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Tipping Point Returns Vol.22 ■ 2022年の目標の立て方、教えます

もちろん「私の場合はこうしている」という方法だ。世界中の誰にでも当てはまるわけではない。毎年目標を立てるのに上手くいかない、いいアイデアが浮かばないという人がいたらぜひ参考にしてほしい、そんな話だ。
 

意外に思うかもしれないが、私が最初に決めるのは「何を成すか」ではない。実は、ここで失敗する人が多いと思っている。まずすべきことは、目標達成のために費やせる現実的なリソース(主に時間と予算)をしっかり把握すること。新たな目標を設定するうえで、どれだけの時間やお金を投じることができるかを理解していなければ何も始まらないのだ。
 

リソースを把握しないうちに目標を定めてしまう行為は、引っ越し先の新居を見ずして家具を買いそろえてしまうようなもの。いくら気に入った家具でも、部屋のサイズに合わなければ使いものにならない。そんなふうに決めた目標のほとんどは、ひと月も経たないうちに絵に描いた餅になるのが関の山だ。
 

まずは「ゴールまでの期間」を定める。来年の目標だからと言って、1年を単位にする必要はない。私にとって1年は長すぎる。12カ月後の未来に向けて走り続けることを想像しただけで息切れしそうだ。一つの結果を出すのに3カ月は短すぎるが1年は長い。
 

そこで、短すぎず長すぎずの「6カ月」を設定する。「半年で一つの結果を出す」というイメージは、適度なゆとりとほどよい緊張をもたらしてくれる。「目標設定は6カ月単位」がおススメだ。
 

次に、自分のリソースを把握する。ここでは最も重要な「時間」に絞って考えよう。時間を費やさずに達成できる目標などほぼないからだ。違う言い方をすれば、「これまで通りに過ごすことこそ目標達成の最大の敵」である。生活の時間配分を抜本的に変えることが必要条件であることを、強く意識してほしい。
 

では、どのようにして時間を捻出するか?
 

答えは「止める、保留にする、忘れる」。1年を振り返って「止めてもいいやと思える習慣」、「半年くらい保留にしても(放っておいても)問題なさそうなタスク」、「忘れちゃえばいい厄介ごと」をピックアップしてみる。どんな人にも必ずあるはずだ。そして「止める、保留にする、忘れる」を実行する。心配になっても「6カ月なんてあっという間だ。またその時に考えればいい」と割り切る。
 

無責任に聞こえるかもしれないが、私は大真面目に推奨している。そうでもしなければ、集中できる時間なんて捻出できない。新しいことを成そうとするなら、それくらいの覚悟と大胆さは必要だ。
 

そのようにして捻出した「時間」には、それだけの価値がある。
 

ここまで来て、初めて何を目標にするかを決める。捻出した時間に合わせて、現実的かつ具体的に定めるのがコツだ。大きな目標を捨てろと言っているのではない。目標が大きいのなら「6カ月で山の何合目まで登るのか」を定める。そして次の6カ月間で、さらなる高みを目指せばいい。
 

「2022年はTOEIC100点アップ!」。これはNGの目標設定。「週✕✕時間の学習時間を確保して、7月までに50点アップ」と設定し直そう。そうすれば成功確率は跳ね上がる。捻出可能な時間では50点は無理そうなら、30点に変更すればよい。より重要なのは、掲げた目標を達成することだ。その自信と心地よさがクセになれば、次にはより高い目標を設定できるようになる。時間捻出のための「止める、保留にする、忘れる」も、だんだん上手く、楽しくできるようになっていく。(私はそうです・笑)
 

間違っても「こじれた人間関係の修復」や「人に好かれるように努力する」といったあいまいな目標を据えてはいけない。時間でどうなるものでもない理想は、目標にはならない。そんなものは「放っておく、忘れる」ための箱に押し込んでしまえ!と言いたい。
 

自分が変われば他人による見方も変わる。一心不乱に、生き生きと目標に向かうあなたの姿を見て、こじれた相手のあなたへの感情に変化が生じるかもしれない。努力するあなたを遠くから見ていて応援する人が、少しずつ増えていくかもしれない――。私はそう信じている。
 

「新楽式6カ月目標設定方式」、ぜひ一度試してほしい。
 

皆さんの2022年が実り多き年になるよう、心から願っています。
どうぞ良いお年をお迎えください。
 
 

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Tipping Point~My Favorite Movies~ by 新楽直樹(JVTAグループ代表)
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代表/新楽直樹のコラム「Tipping Point」連載20年 特別編(3) 一瞬の煌めきを見逃さない

「Tipping Point」の連載を開始したのはインターネットが日常化し始めた2002年。スクール・メルマガの配信と共にスタートし、これまで200本以上のエッセーを綴りました。20年の節目を迎える今、「なぜ書くのか」「自立した職業人であることを目指す皆さんに何を伝えることができるのか」を、初心に立ち返って見つめ直します。

 

自分の弱さや未熟さを肯定することを、私は惨めだとは思わない。
 

それは、(もっと成長したい、成長できる)という強い意志の裏返しだからだ。自分の未熟さを認めつつ、それでも折れず、静かに耐えて、学び、成長しようと努力する人を見ると、私は無条件で応援したくなる。自分もそうありたいと願っているから、共感が溢れ出す。
 

だからこそ、同じ志を抱く人たちには私のセンサーがとらえた小さな真実を届けたい。その気づきや発見によって私が少し学び、少し成長できたのだから、きっと役に立つはずだ――。Tipping Pointはそういう願いを込めた連載だ。
今回はバックナンバーから、この瞬間も私の心の支えとなり、判断や行動の指針となっている思いや信念を獲得するに至った話を綴った3本を紹介したい。
 

■なぜ行動を起こすのか、何が心を突き動かすのか
1つ目は、2019年11月の「追悼 緒方貞子さん ~難民支援と映像翻訳~」
https://www.jvta.net/blog/tipping-point/returns10/
 

これまでの人生で最も尊敬する人物を綴ったエッセーだ。映像翻訳に打ち込むJVTAの修了生や受講生の皆さん、スタッフに向けて、緒方さんから直接贈られたメッセージは、死ぬまで私を勇気づけてくれるだろう。皆さんにとってもそうあってほしい。
 

「祖国を奪われた人々の過酷な現実、恐怖や喪失、希望や成功、困難を生きぬく力を描いた作品と向き合い、字幕翻訳を行う作業には、並々ならぬご苦労があることでしょう。
UNHCRの啓発活動に対するJVTAと映像翻訳者の方々のご協力に、あらためて感謝を申し上げると共に、ますますのご発展をお祈りいたします」。

 

平等で幸福な人間社会の実現を信じ、時に怒り、時に戦い、真の人道主義とは何かを自らの行動で世界に示された緒方貞子さん。映像翻訳者の思いと活動に心を寄せて頂き、ほんとうにありがとうございました。

 

この私のエッセーは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の公式ホームページやSNSなどでもたびたび紹介されている。そして現在、UNHCRでは「UNHCR WILL2LIVE Cinema 2021 募金つきオンラインシアター」を開催中だ。
 

「UNHCR WILL2LIVE Cinema 2021 募金つきオンラインシアター」
2021年10月1日(金)~11月14日(日)
https://unhcr.will2live.jp/cinema2021/
WILL2LIVEムーブメント(旧「難民映画祭」)の公式サイトより
https://unhcr.will2live.jp/news/07/17/otwd-movies-subtitles/
 

2つ目は、2008年1月の「コトバはヒカリ」
https://www.jvtacademy.com/blog/tippingpoint/2010/04/post-1.php
 

視覚や聴覚に障がいのある方々のための「音声ガイド」や「バリアフリー字幕」のプロの育成に、JVTAがなぜ関わることになったのか、そのきっかけを綴ったエッセー。
 

外国語がわからない人のための映像翻訳者、視力に障害のある人のための音声ガイド制作者。コトバでヒカリを与えるという共通点をもつ両者は、良き友であり、良きライバルであるべきだと思いました。そして、良きライバルがもっている技術、ハート、ミッションから、我々が学ぶべきことはたくさんあると、心を新たにしました。

 

音声ガイドとの出会いをくれたのは当時の受講生だ。1つ目のコラムにあるUNHCRとのご縁を演出してくれたのは、受講生ではないがスクールの説明会で来校した人だった。皆さんとの出会いは、JVTAの事業はもちろん、私の生き方そのものに大きな影響を与えている。
 

■人生の難問を一瞬で解き明かす
最後に紹介したいのは2011年2月の「“生きる鏡”と暮らす」
https://www.jvtacademy.com/blog/tippingpoint/cat10/
 

1冊の本との出会いが「私の人生にまとわりついていた難問」を魔法のように解決してしまったという話。しかもその箴言は本の内容そのものではなく、訳者によるあとがきだった。ペットと暮らす人もそうでない人も、ぜひ考えてみてほしい。
 

人の心は「言葉にできない感情」で埋め尽くされている。感情は目には見えないから、それは確かに存在するはずなのに再現できない。再現できないからその感情を人と共有できない。だからストレスが溜まる、苦しい。
裏を返せばその感情を言葉で表現し、他者と共有できるようになった時の喜びは測り知れないほど大きい。最近そのことをあらためて実感した。
・・・・・・これだと思った。私の心に居座っていた「言葉にできない感情」の正体に、ついに出会うことができた。しかも、かくも美しく気高い文章によって。

 

今読んでほしいエッセーはほかにもたくさんある。バックナンバー(すべてではない)はページ下のリンクから読めるので、ぜひ皆さんにとって共感できるコラム、気づきがあるコラムに出会ってほしい。
そしてできれば「よくわからなかった」「自分もそう思う」など、一言だけでもいいので感想を送ってほしい。私にとってはそれが大きな学びにつながるかもしれないからだ。
 

「小さいがキラリと光る真実」は、案外身近なところに潜んでいる。「学びのセンサー」を働かせていれば、皆さんにもきっと見つかるはずだ。(特別編全3回了)
 
※「Tipping Point」連載20年 特別編(1) 尽きることのない想いを、エッセーに託す
https://www.jvta.net/blog/tipping-point/returns19/
※「Tipping Point」連載20年 特別編(2) 言葉の錬金術 ~伝えることは、学ぶこと~
https://www.jvta.net/blog/tipping-point/returns20/

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Tipping Point by 新楽直樹(JVTAグループ代表)
学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。
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代表/新楽直樹のコラム「Tipping Point」連載20年 特別編(2) 言葉の錬金術 ~伝えることは、学ぶこと~

「Tipping Point」の連載を開始したのはインターネットが日常化し始めた2002年。スクール・メルマガの配信と共にスタートし、これまで200本以上のエッセーを綴りました。20年の節目を迎える今、「なぜ書くのか」「自立した職業人であることを目指す皆さんに何を伝えることができるのか」を、初心に立ち返って見つめ直します。

 

今回は修了生からいただいたTipping Pointへの感想が、私にとって得難い財産になっているという話をしたい。
 

■成長を止めない人の「弱さ」は強み
前回、私のエッセーの原点は拭うことのできない弱さや未熟だと書いた。弱いからこそ生じる気づきや、未熟だからこそ目に留まる小さな真実がある。そうしたセンサーは本来誰の胸の内にもある。しかし現実はセンサーを発動させる機会を奪いがちだ。強い者や成熟した仕組みを無条件で良しとする場では、弱さや未熟さは焦りや劣等感にすり替わるからだ。
 

しかし、人生の多くの時間を「自立(自律)した個人として生きたい。学び、成長し続けたい」と願う方々と過ごしてきた私の目には、「強い者や成熟した仕組み」のほうが、むしろ不明確で危いものに映る。事実、絶対視されていた強さや成熟の象徴が一夜にして瓦解していくシーンを幾度となく見てきた。「深夜のオフィスで灰皿いっぱいになるまでタバコをふかし、部下を怒鳴り散らしながら売上を伸ばせ!所得倍増だ!と叫ぶリーダー」に、今、そうなりたいと願う人はいないだろう。
 

一方、弱さや未熟さがとらえる小さな真実にはキラリと光る美しさがある。シェイクスピアを持ち出すまでもなく、時代も立場も超える普遍性がある。私が読者の皆さんと共有したいのはそういうものだ。誰もが抱いているのに無くしたと思っている地図の一遍。「私は探してみたらポケットにありました。あなたもきっとそこにありますよ」と囁きたいのだ。
 

それが、私にとって思わぬ収穫を生んでいる。何かに気づいた人が、コラムへの感想として自分の経験や思いを綴ってくれることがある。その多くが私にとって、差し出した以上の示唆と真実にあふれたものなのだ。まるで「もっと学んで成長せよ。そして書くべし」と背中を押されているようで、力が湧いてくる。
 

■10年以上前の修了生から届いた感想
今年の9月のある日、10年以上前の修了生から10年以上前に書いたTipping Pointの感想が届いた。ご本人から「名前と業務・職場名を伏せるなら」という条件で許可をいただいたので、ほぼ全文を引きたい。
 

———————————————
新楽直樹先生、ご無沙汰しております。

2010年に英日映像翻訳科を卒業しました××です。卒業後は××の翻訳業務でもお世話になりました。
 

先生が2011年に書かれた「ポケットに’mission’ を忍ばせて」は、折に触れ何度も読み返しています。
新型コロナウイルス感染症拡大という状況の中、自分の mission を見失っていないか、改めて読み返していました。現在は××大学で「進学アドバイザー」として、高校生などを対象に、進学のアドバイスや入試対策講座などを行っています。
 

先日ある高校生に「将来やりたいことがないのだけれど大学に進学してもいいのだろうか」という相談を受けました。
 

今回のコラム『「○○」は私の人生の一部である』にありました「生まれた時から自分の中に灯っていた小さい熱いともし火」に、そんな悩みを持つ高校生がどうしたら気づくことができるのか。試行錯誤する毎日です。先生の文章はいつも心にじんわりと染みます。それと同時に、よし、頑張ろうという気持ちにもなります。これからも先生の文章を楽しみにしております。
 
————————————————

うれしかった。コラムを誉めてもらったことに対してではない。そんなことは大人のたしなみ、メール送信上の社交辞令であることなど百も承知だ。うれしかったのは、私の弱さや未熟さを綴ったエッセーがこの方の内面を通して磨かれ、この方が向き合う高校生にも届いているかもしれないという事実である。
 

蛇足かもしれないが、私の返信の一部も引いておく。

————————————————————-
こんにちは。ほんとうにうれしいメッセージでした。
コラムに込めたメッセージを〇〇さんのように受け取ってもらえる方がいるのであれば、日々の発見や気づきの発信にもっともっと努めなければと、力が湧いてきます。
 

・・・(コロナ禍を過ごした)1年半、一人の受講生すら日本橋の教室に迎え入れることができないでいるこの状況は、私の心に経験したことのない喪失感をもたらしました。
メッセージをいただいてすぐに自分のコラム、「ポケットに’mission’ を忍ばせて」を読み返しました。
 

震災後の「とにかく節電。じっとしているのが善」という日本社会のムードに危機感を抱いたあの日のことが思い出されます。その違和感は「とにかくコロナにかからないことが第一。不自由を認めよ。やりたいことは保留だ」という今の社会の機運に対する懐疑心に似ています。もちろん、何でもかんでも好きにやれ!というわけではありません。感染拡大につながる活動を自粛するのは当然。しかし、だからといって、自粛機運にかまけて「学んで成長すること」にブレーキをかけるのは誤りだと訴えたいのです。休むどころかむしろギアを一段階も二段階も上げよ!というのが私の持論です。
 

「進学アドバイザー」ですか。一人の生徒の人生の岐路に寄り添って道を示す、重要な職務ですね。「将来やりたいことがないのだけれど大学に進学してもいいのだろうか」。そんな真っ直ぐで重い相談に向き合う仕事はたいへんだなぁと思います。同時に、うらやましくもあります。
 

「目標を指し示すこと」と同じかそれ以上に、「自分の心の奥にある種火の存在に生徒自身が気づくよう導き、さらに種火を燃え上がらせる手助けをする」ことが求められる仕事だからです。それこそがまさに「教育や職業訓練の原点」だと思います。
 

世の中には「先生」などと呼ばれて人の上に立っていると勘違いし、実際は「知識」を授けているだけの職業人が星の数ほどいます。しかし、「教育の原点を追求し続けている本物の先生」はどれほどいるのでしょうか。試行錯誤を繰り返しているという××さんは、その一人だと確信しました。
 

そんな教育者である××さんが、JVTAの修了生であることを誇りに思います。これからも気づきや発見があればぜひ教えてください。
——————————————–

 

学びや生きる力をもらったのはむしろ私のほうだということをわかっていただけただろうか。’通学路の雪をかく‘が如く、なりふり構わず綴ったエッセー。それを読んでもらえただけでなく、こちらが伝えた以上の価値ある言葉で返してもらう。まさに「言葉の錬金術」。「Tipping Point」の連載を止めない、止められない理由はそんなところにもあるのだ。(特別編(3)に続く)
 

(参考)
☞「ポケットに’mission’を忍ばせて」 (2011年7月1日)
https://www.jvtacademy.com/blog/tippingpoint/2011/07/mission.php

☞「『〇〇』は私の人生の一部である」(2021年7月2日)
https://www.jvta.net/blog/tipping-point/returns18/

☞「Tipping Point」連載20年 特別編(1) 尽きることのない想いを、エッセーに託す(2021年10月15日)
https://www.jvta.net/blog/tipping-point/returns19/
☞「Tipping Point」連載20年 特別編(3) 一瞬の煌めきを見逃さない(2021年10月29日)
https://www.jvta.net/blog/tipping-point/returns21/
 

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代表/新楽直樹のコラム「Tipping Point」連載20年 特別編(1) 尽きることのない想いを、エッセーに託す

「Tipping Point」の連載を開始したのはインターネットが日常化し始めた2002年。スクール・メルマガの配信と共にスタートし、これまで200本以上のエッセーを綴りました。20年の節目を迎える今、「なぜ書くのか」「自立した職業人であることを目指す皆さんに何を伝えることができるのか」を、初心に立ち返って見つめ直します。

 

■拭いきれないほどの“自分の未熟さ、弱さ”と向き合う
「Tipping Point」を書こうと思ったきっかけがある。
 
自分の頭の中で起こったことだから、大した話ではない。だから誰にも話したことはなかったが、今日は綴ってみたい。
 
日本映像翻訳アカデミー(JVTA)は1996年10月、東京・代々木八幡にある木造の借家を無理やり「校舎」に仕立ててスタートした。幸いにも多くの受講生が開校と同時に門をたたいてくれた。その頃に出会った修了生の名前を映画館やテレビドラマの最後に目にすると、何とも言えない幸せな気持ちになる。
 
そう言うといい時代だったように聞こえるかもしれないが、問題は山積みだった。最大の原因は私がスクール経営者として未熟であったことだ。受講生や修了生のためにすべきこと、できることは数えきれないほどあったはずなのに、事業者として大事なことには気づかず、トンチンカンなことばかりをやっていた。今でも未熟であることに変りはないが、それでも当時を振り返ると恥ずかしくなる。
 
そんなある年の冬、東京が大雪に見舞われた。当時、平日のクラスは夜か午後、土曜日だけは午前中にクラスを開講していた。その日は土曜日で、授業に加えて午後から次期募集のための説明会が組まれていて、多くの方々の来校が予定されていた。交通機関に影響が出ていたこともあり、心配だったので早めに家を出た。代々木八幡に着いたのは7時頃だ。
 
土曜の早朝ということもあってまだ人出がない。そのため、スクールの周辺の歩道には10センチほどの雪が積もっていて、見えている路面部分はカチカチに凍っていた。特に山手通りから校舎までの50メートルほどの上り坂は一歩踏み出すのもたいへんだ。午後の説明会に備えて一張羅のスーツ姿だった私は、雪山のような坂のおかげで校舎にたどり着いた時点で革靴をだめにしていた。
 
(どうしよう…)。まだメールが日常化していない時代だ。全員に電話して授業と説明会を延期するか、いや遠方の人はもう家を出ているかもしれない…。スクール経営者として未熟というのはこういうことだ。前日には予測できたはずなのに何もしなかった。駅で困惑する受講生、歩道で足を取られる受講生、近くまでたどり着いたのに坂で靴をだめにしてしまう来校者…。想像すると胸が苦しくなり、自分を呪った。
 
あと3時間、自分に何ができるのか――。頭から火が噴き出すほど考えた結果、至った結論は「できる限り雪をかく」。スコップがなかったので、その辺にあった板と鉄の棒を抱え、せめて坂だけでも何とかしようと外に出た。それから2時間ほどひたすら雪をかき、路面の氷を削って、人ひとりくらいが歩ける道を作った。
 
これは美談ではない。
 
スクールの経営者としてはとても情けなく、恥ずかしいことだ。ベストは、前日に延期の連絡を全員に伝えることである。なのに、そこに考えが至らなかったから、雪をかくことしかできないのだ。雪まみれになりながら自分の未熟さに涙が出そうになったが、その瞬間、心の片隅の、ほんとうに虫眼鏡で見ないとわからないくらい小さな部分に、ポッと青い火が灯ったのを感じた。
 
こんな雪の日でも、志を抱く受講生や目指す人は必ず来ると信じて疑わない自分。そのためにできることはすべてやるのだと、無我夢中で雪をかいている自分。(あぁ、これが働くということか。仕事をするということの意味なのか)。今の自分がたとえどんなに未熟であっても、事業を通じて出会った人を信じ、役に立ちたいと願う気持ちは心地いい。自分の弱さ、未熟さを認めたうえで、それが結果最善でなくても、そのために行動することはできる――。
 

そんな当たり前のことに、30代半ばになってようやく気づいたのだから情けない。だがその一方で、この仕事に出会っていなければ一生気づくことがなかったかもしれないとも思った。なぜなら、それまでの自分なら絶対に雪かきなどしていなかったはずだから。
 
その日に灯った私の中の青い炎は小さいが、熱く、今も消えることはない。
 
それにしても、予備のスーツをオフィスに備えていないなんて、プロとしてリスク管理がなっていない。汗まみれで泥のついたスーツと靴の自分を来校者はどう見ただろう。恥ずかしい。
 

■なぜ書くか、何を書くのか
さて、そんな話がなぜ「Tipping Point」を書くきっかけなのか。それは、書くことがその時その時の‘雪かき’だという想いに尽きる。JVTAで出会った人のために、できることのすべてをするという、当たり前のことをしているだけだ。
 
授業の質やサービスの質の向上、制度や設備の整備など、事業者としてすべきことを実行する以外にも、できることはある。さらに言えば、こんな自分だからできること、自分にしかできないことがある。
 
そう考えた時、(授業や説明会、ちょっとした雑談では伝えられない、でも伝えたいなぁ、きっとヒントになるのになぁ)という想いが湧き上がっていることに気づいた。言葉の技能の習得に人生の多くの時間を費やしてきた、そしてこの先もそうしていくであろう人。どこまでも学び、成長することを望む人。そんな人たちのことを想うと、私の内の青い種火は自動的に熱を帯び、かけたい言葉が湧き上がってくる。そして、私はたまたま「書くこと」を生業の一つにしてきたのだから、エッセーで伝えよう。そう決めたのだ。
 
何を書くべきか。もしもこの連載が「受講生や修了生のためになることを書こう」「私が知っていて読者は知らないであろうことを教えてあげよう」といったどこかのコラムニスト気取りで始めたものなら、とっくにそっぽを向かれて休載していただろう。
 
そうではない。「Tipping Point」で私が綴りたいは、私という人間の一部分である弱さと未熟さだ。その弱さと未熟さゆえに、私のセンサーが感知した小さな真実を書いているのだ。葛藤と後悔から抜け出せないからこそにじみ出てくる教訓、気づきから、何かを感じ取ってほしいのだ。
 
誤解を恐れずに言えば、こんなことである。「皆さんにも弱さや未熟さがあるでしょう? 正面から向き合うには勇気がいりますよね。ところが成長のヒントは、案外弱さや未熟さの中に隠れています。弱さや未熟さなんて誰にでもあるのだから、開き直ればかわいいもの。恥ずかしかったり、勇気が出なかったりするなら私を見てください。私のエッセーを読んでください。弱いから、未熟だからこそ出会える真実があり、それはきっと人生を豊かにしますよ。私が証明します」。
 
もし読者の皆さんが私のエッセーにわずかにでも共感したら、それは皆さんが本来持っていたものに気づいただけだ。だから連載のタイトルは「Tipping Point」。授業のように知らなかったことを学ぶのではなく、気づいてほしいという想いを込めた。
 
幸か不幸か、私の中の弱さと未熟さのセンサーが感じ取るものは、尽きるどころか歳を重ねるごとに増す一方だ。そして今日も、私は自分の弱さや未熟さを痛感し、自問する。「だから今、お前(自分)ができることは何なんだよ」。そしてばたばたと‘雪かき’を始めるのだ。
 
上手く伝わっただろうか。「悩んだらこのエッセーを読んで、雪かきを始めてみては?」。そう囁いていると理解してもらえたらうれしい。(特別編(2)に続く)
 

※次回は修了生から届いた「エッセーへの感想」が、私にとって得難いTipping Pointになっている話を綴ります。
 
※「Tipping Point」連載20年 特別編(2) 言葉の錬金術 ~伝えることは、学ぶこと~
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Tipping Point Returns Vol.18 「〇〇」は私の人生の一部である

リジー・ホーカーというアスリートがいる。
 

メディアによく登場するプロアスリートでもなく、オリパラ競技のメダリストでもないから、知る人は少ないはずだ。イギリス人女性であるホーカーが得意とする競技は「トレイルランニング」である。
トレイルランニングは、山々の道なき道を駆け抜けた走破タイムを争う競技だ。山の愛好家たちが絵画のような景色をバックに笑顔でジョギングを楽しんでいる姿を思い浮かべるかもしれないが、ホーカーの名を世に知らしめたレースはまったく違う。
 

「ウルトラ・トレイル・デュ・モンブラン(UTMB)」。フランス東部、アルプス登山の聖地として知られるシャモニーをスタートしてイタリアとスイスの国境を横切り、再びシャモニーへと帰る。その距離なんと155キロメートル。高低差の累積は8,500メートルというからエベレストの頂上まで登ってまた下りてくるようなものだ。命の危険を伴うことは想像に難くない。本来は海洋学者であり、2000年のロンドン・マラソンでは3時間40分という凡庸な記録に甘んじていた彼女が、それから5年後にUTMBで優勝を果たす。その後も4度のチャンピオンに輝き、他の主要なレースでも活躍を続けた。
 

今年、彼女が執筆した本の翻訳版が出版された。原題「RUNNER」、邦題『人生を走る ウルトラトレイル女王の哲学』。
 

とても不思議な本だ。書評家として言わせてもらえば「書評に選びたくない一冊」である。彼女の息遣いまでが聞こえてきそうな臨場感でレースを綴り、読者に伴走を求めるが、耐久レースのドキュメンタリーというわけではない。自身の人生や人となりを俯瞰し、分析する記述が多いが、「自伝」ではない。邦題には「哲学」とあるが、持論をこれ見よがしに披露するものでもなく、ましてや彼女自身が綴っているように「走り方のハウツー本でもなければ『私はこうした』とか『私のしたことはこうだった』とかを伝えるつもりもない」。
 

彼女はこう言う。「純粋に物語を語ることで、あなたがあなた自身の物語にもっと深く分け入り、機会をつかみ、その機会が自分をどこに導くかを見つめる勇気を持つ一助になれば幸いである」。その言葉通りの本だと思う。
 

「走ること」が自分という物語、つまり人生の大きな部分を占めている。だからこそ、走ること、特に超・長距離走に惹かれたわが身を見つめ直し、それを言葉にすれば、それは自らの人生を可視化する(物語にする)に等しい。私はそのように理解し、納得した。
 

「走ること」を人生の一部だと自覚するのに、競技会に出場したとか、そこで勝ったとか、ましてや名を馳せることなどまったく必要ない。それらはたまたまそうなっただけだ。ホーカーはこう嘆く。「子供の頃は誰もがもっていた感覚なのに、大人になると走らないか、単なるエクササイズになってしまう」。つまり、彼女にとって「走ること」はこの世で生を得た瞬間から自分の一部であり、超・長距離走に参戦したことや、そこで優勝したことは偶然そうなっただけに過ぎない。大事なのは自分の定義であり、それをなす舞台や他人の評価は問題ではないのだ。彼女はきっと、年老いてロンドンの公園の遊歩道を歩くように走る自分に対しても、モンブランの麓を駆け抜けるのと同じ充実感を抱くのだろう。
 

翻って私はどうか。これまでもこれからも「走ること」は私の人生の一部ではない。ホーカー自身も「走ろう」などとは呼びかけてはいない。私が問われているのは、彼女にとっての「走ること」のように、「〇〇は私の物語、つまり人生の一部である」と自覚しているものがあるかということだ。
 

皆さんはどうだろう。「〇〇」に入るのは成功した仕事とか、他人に褒められた行為とか、特別な特技とか、そういう現実的な視座から見えるものではない。きっと生まれた時から自分の中に灯っていた小さいが熱いともし火。決して消えない蒼い炎。誤解を恐れずに言えば、「身近な動物に愛情を注ぐこと」や「本から生き方を学ぶこと」などは「〇〇」になり得る。「〇〇」は一つである必要もない。
 

このコラムを読んでくださっている皆さんには、「英語も、日本語も、その他の言語も、『言葉を学ぶこと』は私の人生の一部である」と自覚し、その美しい物語を紡ぎ続けてほしい。同時に、言葉の探求に情熱と時間を注ぎ込んでいる自分自身を誇りに思ってほしい。
 

そんな皆さんを信じ、応援し続けることは私の人生の一部である――。
それがホーカーの問いに対する私の答えだ。そう謳い上げることに、過信も恥ずかしさもない。なぜならそう考えた時にだけ、失敗や後悔に満ちあふれたこれまでの人生にも幾ばくかの意味があったと思えるからだ。
 

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Tipping Point Returns Vol.17 人に備えよ

今年の大型連休も「ステイホーム」が求められている。
 

とはいえ世の中はどうだ。駅や空港の人出はコロナ禍以前の2割程度とは言うが、昨年の今頃に比べれば、街も行楽地もそこそこ賑わっているようだ。ワイドショーは「我慢のGW」などと報じる一方で、論調にはどこか(我慢はもう限界。外に出るのも人に会うのもしょうがないよね)という視聴者におもねる姿勢が漂う。
 

それでも、このコラムを読む皆さんには「正しい道を選ぼう」と呼びかけたい。動かない、直接人と交わらない。それを我慢だの心が痛むだのと、いったい誰が決めたのか。ステイホームに徹するという正しい選択をしたうえで、だからこそできることを探し、前を向いて過ごしたい。
 

一人で過ごす時間に何をするか。勉強?趣味?映画を観て、本を読んで…。それはもちろんわかっているし、これまでもそうしてきたよという人に、一つ、加えてほしいことがある。「人に備える」という時間だ。
 

「人に備える」とはどういうことか。私の例で話してみたい。打ち合わせや会議、誰かを訪ねたり訪ねられたりする際に、事前に準備をするのは当然だ。これまでそうやって過ごしてきたし、問題はなかった。しかし、テレワークの時間が増えるにつれ、一つの疑問が湧き上がってきた。(これから臨む打ち合わせに、自分はほんとうに十分な準備を尽くしたのか。相手の立場になって、相手が求めるものを考え抜いたのか。それをどのように伝えたら受け入れてもらえるか、アイデアを尽くしたのか…)。
 

答えはNOだった。
 

仕事の成否を分けるようなプレゼンなどは除いて、近年の自分を振り返ると、ほとんどの会議や話し合いは「そこそこの備えで、そこそこのテーマについて、そこそこ話し合い、そこそこの結果を得るようなもの」で占められていた。怠けていたという認識はない。時間がなかった(と信じていた)のだ。忙しい、忙しい、時間がない、時間が足りない、と。
 

これではダメと思った。徹底できてないことで良い結果が得られるはずがない。それを分かっているつもりで、日常茶飯事として受け流していたのだ。つまり、分かっていなかった。そんな緩みで失ったもの、得られるはずだったものがあるかと思うと胸が痛い。
 

足りなかったのは、相手を思い、求めるものを感じ取ること。それを丁寧に言葉や資料にすること。そしてできるだけ真っすぐに伝わるように工夫することだ。「それなりに」では足りない。徹底してやるのだ。それが「人に備える」ということだ。
 

そして今、私たちには時間がある。
 

連休が明けて、いつも会うあの人(たち)、いつもの会議。会ってみたい人、伝えたいアイデア。これまでと同じというのはもったいない。ぜひ人に備えることにたっぷり時間を費やしてほしい。
 

人に備える時間は裏切らない。増やせば必ず良い結果となって返ってくる。私が身をもって経験したことだ。
 

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Tipping Point~My Favorite Movies~ by 新楽直樹(JVTAグループ代表)
学校代表・新楽直樹のコラム。映像翻訳者はもちろん、自立したプロフェッショナルはどうあるべきかを自身の経験から綴ります。気になる映画やテレビ番組、お薦めの本などについてのコメントも。ふと出会う小さな発見や気づきが、何かにつながって…。
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